第25章「地上へ」
W.「記憶喪失」
main character:リディア
location:ドワーフの城・酒場

 

 ―――気がつくと、リディアはココ達と共にドワーフの城の酒場に戻ってきていた。
 シルフの洞窟へ向かった時とは打って変わり、酒場の中にはドワーフ達が集まり楽しそうに酒を酌み交わしている。行く時は誰も折らず、なんの声もしなかった酒場はほぼ満席で、騒がしき喧噪に満たされている。

 陽がないために地底の時間はよく解らないが、ドワーフ達がここに集まっているという事は、もう夜なのだろう。
 だが、エアリィがリディアを連れ出した時、少なくともまだ昼前であったはずだった。しかし、シルフの洞窟に半日以上も居たとは思えない。

(シルフの洞窟とドワーフの城、それを行き来した時に、そこで余計な時間を潰したってことよね)

 振り返る―――と、そこにはただ壁があるだけ。

 シルフの洞窟から、また “何処か” を通って来たような気がするのだが、そこがどこかは解らない。
 だが、間違いなく、これほど時間が経ってしまったのは、その “何処か” で何かがあったのだろう。

(まあ、いっか。なんかあまり思い出そうとしちゃいけない事のような気もするし)

「っていうか、ここに隠し通路があるって誰か気づかないのかな―――って、あれ?」

 思い直して、何気なく今通ってきたはずの壁に触れてみる。
 だが、先程のように手はすり抜けず、硬く冷たい石の感触が返ってきた。

「道が無くなってる?」

 リディアが怪訝そうに言うと、ココの背に乗せられたヤンの、さらにその背中の上に座り込んでいたエアリィが「あったりまえじゃん」と言ってきた。

「ここはアタシんちへの抜け道だし。アタシじゃないと道は開かれないよ」
「―――ふうん、そういうことか」

 どうやら誰でも隠し通路を通れるというわけではないらしい。
 リディアが魔封壁に閉ざされた幻獣界から幻獣達を召喚する時に、特殊な呪文――― “合い言葉” が必要であったように、この “抜け道” を開くには何かしらの条件が必要であるようだ。
 例えば幻獣、もしくは風の属性を持つ者でなければ開かれない、とか。

(そんな抜け道が、なんでこんな所にあって、シルフの洞窟と繋がってるのかはよく解らないけど)

 このドワーフの城がいつ出来たのかは解らないが、作られた時に出来たのか、後付なのか、それとも何もない時から “抜け道” だけはあったのか。
 自然に発生したものなのか、それとも誰かが作ったものなのか、自然発生ならば原因は何なのか、人為的ならばその理由と目的は―――

 ―――とかそこら辺は何も考えてないので、あまり深くつっこまないでいただければ僥倖で御座います。
 っていうか、そもそもなんでドワーフの城に開発室を作ったのかという。

(・・・なんだろう。なんかこの抜け道についてこれ以上気にしちゃいけないような気がしてきた)

 作者の懇願―――もとい、天の声を聞いたかのように、リディアはそれ以上 “抜け道” について考えるのを止める。
 その代わりに、自分の足下をうろちょろしてるゴブリンを見下ろした。

「むう、むう、ドワーフがいっぱい! これは俺に対する挑戦に違いない!」
「何の挑戦? ・・・っていうか、なんでアンタもついてきてるのよ」

 リダルに問うと、ゴブリンキャップはヤンを指さして言う。

「俺達の終生のライバルを連れて行くというなら、俺もついていかねばな!」
「ライバル? ヤンが?」
「うむ! 何を隠そう、そのヤンとやらとは一度拳を交えた好敵手というヤツなのだ」
「一度だけで好敵手って言えるの?」
「何を言う! アレは歴史に残る戦いだった・・・! 俺達が究極連携必殺技を繰り出そうとすれば、その寸前でヤツの蹴りがそれを防ぐ! ・・・結局、決着はつかなかったが、次にやれば必ずどちらかが倒れるだろう・・・」

 遠い目をするリダル。
 とりあえず嘘はついていない。まあ、次にもう一度戦えば、倒れるのは間違いなくリダル達だろうが。

「あれ、リディアじゃねーか」

 リダルの話をうさんくさげに聞いていたリディアに、誰かが声をかけてきた。
 声のした方を見れば、赤い顔をしたエッジが透明な液体の入ったグラスを片手に持ち近寄ってきた。随分と呑んでるらしい―――が、意外にその足下はしっかりしている。流石は忍者と言うところだろうか。

「ようやく機嫌直ったのか―――って、なんだそいつら?」

 エッジは見慣れぬ者たちの姿を見て首を傾げた。
 ヤンとエアリィはともかくとして、リダルはどこからどう見てもゴブリンである。
 だが、リディアが連れているなら危険な魔物ではないと思ったのか、特に警戒はしない。酒が回っているせいもあるのかもしれないが。

 リディアは面倒そうに溜息を吐いて、

「なにから説明したもんかなー」

 頭の中で考えをまとめる―――と、そこにまた別の声が聞こえてきた。

「おいエッジ、水はまだかよ。お前のおふくろさん、かなりヤバイぜ」
「あ、悪ぃ」

 と、エッジが振り返った先に居たのはロックだった。
 こちらも酒が入っているのか、顔が赤い。

「ねーねー、ヤバイってなにがー?」

 好奇心を刺激されたのか、 “ヤバイ” という単語に何故かわくわくとした様子でエアリィが尋ねる。

「いや、おふくろがアスラと飲み比べして―――撃墜されちまってな」
「へー・・・」

 リディアは酒を呑んだ事はあまりない。それもあってか、幻獣界でもアスラが酒を呑んだところは見た事がない。
 けれど、何となく呑める方だという気はする。そしてどうやらイメージ通りだったらしい。或いは、案外ジュエルが酒に弱すぎるだけなのかも知れないが。

「おいエッジ!」
「だああ、そんなに急かすなよ! 水は貰ってきたって!」

 と、エッジはロックに持っていたグラスを渡す。どうやら中に入っていた液体は、酒ではなく水だったらしい。
 「まったく・・・」とロックはエッジからグラスを受け取り―――そこでリディア達に気がついた。

「あ、リディア。ようやく部屋から出てき―――」

 たのか。という言葉は出なかった。
 ロックの視線は、リディアの隣り、ココの背中に注がれて言葉を失い、動きを止める。その手から水の入ったグラスが滑り落ち、床に落ちてがしゃん! と割れるが、その音は酒場の喧噪にかき消された。

「って、おい! 何落としてんだよ! 酔っぱらってのか!」

 エッジが文句を言うが、ロックは聞いていない。
 震える手でヤンを指さし、リディアに尋ねる。

「なあ・・・もしかしてそいつは―――」
「ヤンよ。なんか生きてたみたい」
「マジかああああっ!」

 ロックは歓声を上げて、ヤンに駆け寄る。
 ぺしぺしとヤンの頭を叩きながら笑い、はしゃぐ。

「おお、確かにこのハゲ! ヤンじゃねーか! 心配させやがってこのハゲ!」
「だからハゲって言うなー!」

 気を失ってるヤンを代弁するかのようにエアリィが怒鳴る。が、ロックはまたもや聞いていない。
 笑いながらリディアを振り返り、

「おいおいリディア、もっと喜べよ! ヤンが死んだって聞かされた時、すっげえ泣きそうな顔してたじゃんか!」
「うっさい」

 腹立たしげにリディアはロックの足を踏みつける。
 普段のロックなら回避したかも知れないが、酔いが回ってるせいか思いっきり爪先を踏みつけられた。

「いってええええっ!」
「馬鹿みたいにはしゃがないでよ。事情を聞いたら、すぐに冷めるから」

 リディアの言葉に、ロックは涙目で「へ?」と首を傾げる。
 と、そこで件のヤンが目を覚ました。

「む・・・? ここは―――」
「お、気がついたか? 久しぶりだな!」

 明るくロックが声をかける。そんなロックと顔を見合わせ、ヤンは不可解そうな顔をした。

「お前は―――誰だ?」

 

 

******

 

 

「・・・なるほど、記憶喪失、か」

 リディアから事情を聞いたロックは神妙な顔で呟いた。

 酒場の一角にあるテーブル席。
 そこにロック達は座っていた。

 ちなみにテーブルに居るのはロックとリディア、それからヤンにエアリィにリダルに加えて―――

「ぷはー♪ ごめんなさ〜い、もう一瓶頂ける〜?」
「いやあー、トモエちゃんたらいい呑みっぷりじゃあ。それに色白の肌に赤みがさして、なんとも言えず色っぽいのう!」

 こちらの空気などお構いなしに酒盛りで盛り上がってる幻獣二人。

 なんとなくリディアは気まずくなりながら、ドワーフのウェイターから酒瓶を受け取るアスラに声をかける。

「あの、アスラ様。もうそろそろ止めた方が・・・」
「あらあらあらー。リディアったらー、私がこの程度で酔いつぶれるとでもー?」

 とか言うアスラの足下は酒瓶が山の様になっている。数えるだけで頭が痛くなるような数だ。
 リディアがこの酒場に戻ってきた時には、すでにジュエル相手に呑み比べて潰した後だった。その後も、呑み比べてた時と変わらないハイペースで飲み続けている。

 ちなみに完全に酔い潰れたジュエルは、エッジがココの背中に乗せて部屋へ連れて行った。

「この程度って、顔どころか全身真っ赤だし! ていうか語尾が変に伸びてるじゃないですか!」
「だーいじょーぶー!」
「そうじゃそうじゃー! トモエちゃんはできる子じゃぞー!」
「ジジイは黙ってろ! ていうかなんで居るのよ!」

 アスラに対する態度とは打って変わって、リディアはアスラと向き合って酒を呑んでいる老人―――ラムウを強く睨む。

「まあまあ良いじゃないー! あ、ドワーフのおにーさーん? もういちびーんー! っていうかもう面倒だからタルで持ってきてタルー!」
「呑むの早ッ!? ・・・・・・はあ、もういいや」

 色々と諦めた様子で、リディアは溜息を吐く。
 そんなリディアにロックが声をかける。

「で、リディア、なんか記憶喪失を治す魔法とか、そういうのは無いのか?」

 酔いも完全に冷めた様子で、ロックは真剣な表情で尋ねる。
 その様子に少し戸惑いながらも、リディアは首を横に振った。

「あたしは知らない・・・アスラ様は?」

 白魔法の使い手であるアスラならば、と思い一応聞いてみる。
 タルを抱え込んで呑んでいたアスラは、リディアの問いに一旦タルを置いて。

「そーゆーのはないですねー。とゆーか、そもそも記憶喪失って、私も初めて見ましたしー」
「電撃とか強いショックを与えてみたらどうじゃ?」

 ラムウが言うと、リディアは渋い顔を浮かべる。

「残念ながらそれはすでに試して貰った。だがなにも思い出せん」

 ヤンが苦笑しながら言う。
 その対面で、ロックが残念そうに息を吐く。

「・・・そっか、そんなに都合の良い魔法は無いよな・・・」

 とても気落ちした様子のロックに、リディアはふと気になって声をかける。

「あのさ、さっきははしゃぐなとか言ったけど、そこまで深刻になることないんじゃない? 一応、生きていたわけだし」

 さっきはロックのように盛り上がる気にはなれずに、ついあんなことを言ってしまったが、逆にここまで落ち込まれると気にしてしまう。
 するとロックは力無い笑みを浮かべて。

「ああ、悪いな。昔、俺の知り合いも記憶喪失になっちまってさ・・・」
「それって・・・」

 ・・・あんたが生き返らせたいって人の事?

 と、聞こうとして聞けなかった。
 リディアはそのことをバッツから聞いて知っていた。ロックが “生き返って来なかった” 時、バッツが叫んだ言葉を聞いたからだ。

(けれどそんなことはペラペラと口にして良い事でもないよね)

 そんなリディアの想いに気がついたのか、ロックは「サンキュ」と小さく呟く。

「とにかくこれからどうするかだな!」
「うむ、その通りだ」

 ロックが仕切り直すように言うと、ヤンが頷く。

「・・・ていうか、お前はもうちょっと深刻になれよ!? 自分の記憶だろ? 無くなって不安になったりしないのかよ!」
「そうは言ってもな」

 文句を言うロックに、ヤンは少し困ったような顔をする。

「確かに私は記憶を失った。けれどエアリィと出会い、そしてお前達という仲間にも “再会” できた。私の目が曇っていないのなら、お前達は私にとって良き者達なのだろう。そんな仲間達が有り難くも私を助けようとしてくれている」

 さらに、とヤンは言葉を繋げ。

「その良き仲間が助けようとしてくれている私は、おそらく悪しき者ではないのだろう? ならば自分に対しても周囲に対しても、不安になる要素など無いだろう?」

 きっぱりと言い放ったヤンに、ロックとリディアは言葉を失った。

「きゃああああっ♪ ヤンってば格好良すぎるー! 流石はマイダーリン!」
「ぬおおおっ、流石は俺のライバル。それでこそマイライバル!」
「ぬ、そ、そうか・・・?」

 はしゃぐエアリィとリダルに、ヤンは満更でも無さそうに照れる。
 そんなヤンに、ロックは苦笑して。

「つーか、恥ずかしいっての。こっちが」
「ホントよねー。ていうかただの馬鹿じゃない。ウチの馬鹿兄貴と良い勝負だわ」

 とか言うリディアも少し照れているのか頬が赤い。

「ま、とりあえずは地上に出て故郷にでも連れてって見れば良いんじゃない? 懐かしさでなにか思い出すかもしれないし―――そう言えば、地上に戻る目処はついたの?」

 リディアの問いに、ロックは渋い顔を見せた。

「飛空艇が直ればなんとかなるってあのジジイは言ってるけどな。ただその飛空艇、俺達が最後のクリスタルを取りに行ってる間も、ドワーフ達が少しずつ直してくれたらしくて、飛ぶくらいはもう出来るんだが、問題は内面なんだよなあ」

 「内面?」とリディアが尋ね返すと、ロックは頷く。

「どうもあの飛空艇、バブイルの塔にあったテクノロジーが組み込まれてるらしくてな。俺はもちろん、ドワーフ達もよく解らないらしい」
「ふうん。つまり、その内面をいじれるのはあのルゲイエってヤツだけってこと?」
「ルゲイエ!?」

 と、リダルがリディアの言った名前に反応する。

「ルゲイエって、ルゲイエ博士のことゴブか!?」
「おう、なんだよ知り合いか?」
「知り合いも何も―――」

 と、リダルが何事か言いかけた時。

「駄目じゃ駄目じゃ駄目じゃあああああああああああああああああああああああああっ!」

 酒場の喧噪にも負けないほどの大声で喚きながら、件の狂科学者が飛び込んできた。
 その手には、何故かブリットの腕を掴んで引き摺っている。ブリットなら簡単に振り払う事も出来るはずだが、何か面倒そうな疲れたような様子で引き摺られるままだ。

「ぬおっ! いたなローーーーーーック!」

 ルゲイエはロックを見つけると、脇目もふらずに駆け寄ってくるろ、ブリットをロックの目の前に突きだした。

「駄目じゃぞこのゴブリン、全くなんもわかっとらん!」
「・・・だから何度も言ってるだろう。俺は機械の事などなにも解らないと」

 言葉通り何度も説明したのだろう。ブリットが疲れ果てたように呟く―――が、ルゲイエは聞いていない。

「全く! 本当に全く! 同じゴブリンでもワシの助手達とは大違いじゃわい!」
「いや、そんな事を俺に言われてもなあ・・・」

 困った―――というより、うんざりしたようすでロックが呟く。
 すると、そのロックの後ろで、

「は、博士!」
「ぬ、ワシの事を尊敬と羨望と敬愛を込めて呼ぶその声は!」

 ルゲイエは手にしていたブリットの腕を振り払うと、リダルの姿を見つけた。

「その姿はまさしくワシの助手一号!」
「俺はリダルです博士ー!」
「うむうむ解っておる解っておる。お主が戻ってきたなら100人力の三分の一じゃ!」

 どうやら、ルゲイエの助手は三匹で1セットらしい。

「良しついてこい助手一号! お前の力が必要じゃっ」
「リダルです博士ー!」

 などと喚きながら、ルゲイエはリダルを引き連れて酒場から出て行った。

「あのゴブリンキャップ、あれの関係だったんだ」

 どうりで変なゴブリンだと思った、とリディアはむしろ納得する。と、

「ヤン!?」

 ヤンの姿に気がついたブリットが驚きの声を上げる。
 対して、ヤンはお約束のように「誰だ?」と問い返した。

(・・・あと、何回同じ事を説明すれば済むのかな)

 そんな事を思いながら、リディアはブリットに事情を説明するために口を開いた―――

 

 


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