第25章「地上へ」
V.「唐突の再会」
main character:リディア
location:シルフの洞窟

 

 ―――気がつくと目の前には家があった。

 レンガを組み合わせて作られた―――トメラの村に立ち並んでたのと同じような、レンガ造りの家。
 ただし、入り口にはドアが無く、窓も蓋が無くただ穴が空いただけのものが幾つも壁に開いている。

 周囲を穏やかに流れる、ささやかな風に髪の毛を撫でられながら、リディアはぼーっとその家を眺めて―――

「って!? ど・・・どこ、ここ?」

 はっとして周囲を見回す。
 辺りは随分と薄暗い―――そう思って頭上を見上げればゴツゴツした岩肌の天井があった。と、言っても地底の天井ではない。もっと低い―――洞窟のような場所だった。

「洞窟? それにしては・・・」

 風が吹いている。
 激しくもなく、かといって僅かに空気が動いているという程度でもない。
 まるで草原のまっただ中にあるようなそよ風が、洞窟の中を流れていた。

「おーい、アンタぼーっとするのが好きねー」

 洞窟の中を流れる風という、不可思議な現象にやや呆然としていると、呆れたような声が耳に届く。
 ふと見れば、すぐ目の前にエアリィが浮かんでいた。

「・・・なにここ?」
「なにって、あたし達の住んでる洞窟―――ドワーフ達は “シルフの洞窟” とか何のヒネリもセンスも無いネーミングで呼んでるけど」
「シルフの洞窟・・・そう言えば、アスラが言ってたっけ・・・?」

 幻獣界にいた頃、聞いた覚えがある。
 魔大戦の折、幻獣達の殆どは幻獣界に住むようになり、一部の召喚士以外の人間とは関わりを持たないようになった。

 だが、中には現界に残り、人間達と共存、もしくは誰にも解らないよう隠れ潜む者たちも居た。

 ミストの村を守っていたミストドラゴンもその一つであるし、今目の前にいるシルフもそれだ。

 好奇心が強く、噂話や愉快な話が好きなこの風の幻獣は、閉じた世界である幻獣界は変化に乏しく退屈だったらしい。
 だからこうして、現界のあちらこちらに住みついている―――このエアリィもその中の一人なのだろう。

「住んでる洞窟って・・・じゃあ、この家は・・・」
「アタシ達の家よ。文句ある?」
「文句というか・・・」

 リディアは目の前の家を見上げる。
 レンガの家だ。やや屋根が低い気もするが、それでも普通にリディアが中に入れるほどの大きさの家だ。
 間違っても、シルフ達に適したサイズの大きさではない。

「大きくない?」
「仕方ないじゃない」

 ぶう、と気にでもしているのかエアリィは頬を膨らませる。

「知り合いのドワーフに “家を建てて♪” かわゆく頼んだら、あいつら何考えたのか、自分たちが住むような家を造っちゃってさ!」
「ああ、ドワーフサイズなんだ」

 道理で少し低めだと思った、とリディアは納得する。
 確かにトメラの村で見た建物はこれくらいの高さだった。リディアは大丈夫だったが、背の高いカインなんかは入り口で頭をぶつけていたなとか思い出しつつ。

「で? わざわざあたしをこんな所に連れてきてなんの用? まさかお茶に誘ってくれたってわけじゃないでしょうね」
「それも楽しかったかも知れないわね。幻獣界の連中が人間を受け入れたのなんて、二十年前に魔封壁が出来た時以来だもの。どんな人間かは興味もあるけれど―――とりあえず今は別の用件」

 それを聞いて、リディアは怪訝そうに眉をひそめる。

「・・・なんか、二十年前の事を見てきたように言うけど・・・もしかして、結構年増?」
「誰が年増よ! ていうか、幻獣に歳なんか関係ないでしょーが!」
「まあ、そうだけど」
「良いからさっさと入ってよ! アンタに会わせたい人が―――」

 そう、エアリィが言いかけたその時だ。

「エアリィ? 戻ってきたのか?」

 家の中から声が聞こえてきた。
 男の声だ。しかも―――

「・・・え? この声って」

 聞き覚えのある声にリディアが戸惑っていると、声の主がエアリィではないシルフ達を引き連れて姿を現わす。

 上半身裸で、拳法着を履いた弁髪の、筋骨隆々の男。

「・・・・・・っ!?」

 その姿を見て、リディアは声を失う。
 と、エアリィが男にまとわりついているシルフ達を見て「あーーーー!」と不機嫌そうに声を上げる。

「ちょっとアンタ達! あんまりベタベタひっつかないの! 迷惑でしょ! ・・・っていうかシルフィ、右肩はアタシの指定席なんだからどきなさいよっ!」

 もの凄い勢いで、エアリィが男の周囲から他のシルフ達を追い払う。
 どうやらエアリィはこのシルフ達のリーダー的存在であるのか、他のシルフ達は「えー」「やだー」「エアリィったら傲慢ー」などと不満を口にしながらも、渋々と男から離れて家の中に入っていく。

 その様子を、エアリィは男の肩の上に座って見送り、フン、と鼻息荒くする。

「ったくあいつら、油断も隙もないんだから! ベタベタしていいのは恋人のアタシだけなんだから!」
「そんなに怒るな。彼女達だって、私に好意を持ってくれて居るのだから」
「ちょっとぉ、浮気とかしないでよね。アタシが一番貴方の事を愛してるんだからっ!」

 そう言って、エアリィは男の頬に口付けする。

「・・・・・・・・・」

 その様子を、リディアは呆然と―――まるで魂が抜けてしまったような表情で見つめていた。

「なに? どしたの? ふふ、アタシ達のラブラブっぷりにあてられちゃった?」

 見せつけるように男の首に身体をすりつけるエアリィと、それを気恥ずかしそうにしながらも微笑んで受け入れる男に対し、リディアは発言の許可を求めるかのように力無く手を挙げる。

「ええと、なんというか、色々と突っ込みたい所はあるんだけどとりあえず」

 全く力のこもっていない言葉を吐きながら、挙げた手を人差し指だけ立ててそれを男に向かって突き付けた。

「ヤン、あんた何してんの・・・?」

 

 

******

 

 

 ヤン=ファン=ライデン。

 宗教国家ダムシアンのモンク僧長であり、リディアやセシル達と共に、バロンを操るゴルベーザに立ち向かってくれた仲間だ。
 リディアが幻獣界から現界に戻った時、ドワーフの城でバッツ達と共に再会し、ゴルベーザの本拠地であるバブイルの塔へと共に攻め込んだ。

 そして、そのバブイルの塔で次元の狭間に呑み込まれて還らぬ人となった―――と、思われていたのだが。

 リディアは目の前に居る男を確認する。
 それは間違いなくヤンだった。

 他人の空似―――例えば双子のように良く似ている他人というのは居るかも知れない。
 だが、顔や背丈は偶然同じ人が居るとしても、髪型や服装まで同じというのはまずないだろう。
 ヤンは別れた時と同じ弁髪で、上半身裸、拳法着の下だけを帯をして履いているという状態だった。

 これで別人だったら、パラレルワールドの住人か鏡の中の悪魔とかそんな存在だろう。

 しかし、リディアの目の前の彼は、指を突き付けてくるリディアに対し、困ったように首を傾げた。

「君は誰だ?」
「・・・ふうん」

 ヤンの反応に、リディアは極上の笑みを浮かべる。
 そして口早に何言が唱えつつ、自然な動作でヤンの腹部に自分の掌を押しつけた。

「『サンダー』」
「ぐおあっ!?」

 いきなり電撃魔法を放たれ、ヤンは身体をのけぞらせる。
 が、倒れそうになりながらも踏みとどまると、困惑半分怒り半分といった様子でリディアを睨付けた。

「いきなり何をする!?」
「そーよそーよ危ないじゃない!」

 何かを感じ取ったらしく、一瞬早くヤンの肩から退避していたエアリィも口を揃えて言う。「愛してる」とか言った割にはかなり薄情だ。

 しかしリディアは怯まずに、逆にヤンをにらみ返して怒鳴り返す。

「アンタが寝惚けた事言うからでしょうが! あたしの顔を見忘れたとは言わせないわよ!? それとも何? まだ、あたしが “成長” したってことが納得出来ないっての!」

 ・・・普通なら、死んだとおもっていたヤンが生きていてくれて、感涙するシーンなのかも知れない。
 だが、前触れもなく唐突に現れた上に、いきなりシルフとイチャイチャしてたものだから、そんな感傷などあっさり吹き飛んでしまっていた。

 もう一度寝惚けた事を言うなら、もっとキツイのをお見舞いしてやろう―――そうリディアが思っていると、ヤンは愛想笑い何ぞを浮かべつつ言った。

「実は忘れてしまって」

 リディアはにこやかに次の魔法を詠唱した。

「『サンダラ』」
「ぐああああああああああああああっ!?」

 流石に堪えきれず、ヤンはその場にブッ倒れた。

「ちょ、ちょっとーーー! 彼は記憶喪失なのよ! なんてことすんのよ!」
「は? 記憶喪失?」

 リディアは昏倒したヤンを見下ろす。

「じゃ、もっと強い電撃ブチかませば記憶が戻るかもねー」
「やめてー! これ以上やられたら死んじゃうー!」

 エアリィがリディアの目の前に立ちはだかる。
 リディアは「冗談よ」と限りなく本気の目で呟く、と。

「なんの騒ぎゴブかーーーーー!」

 家の中からまた誰かが飛び出してきた―――

 

 

******

 

 

 飛び出してきた、背の低い妖魔を見てリディアがその名を呟く。

「ゴブリン?」
「ぬっ。俺をただのゴブリンと侮るなよ小娘! いや俺よか背が高いから大娘!」

 そのゴブリン―――帽子を頭にかぶったゴブリンキャップは、リディアにそう言い放って背後を振り返る。
 何をしているのかとリディアが思っていると、ゴブリンキャップはいきなり悔しそうに地団駄を踏む。

「ふおおおおお! ヒッグゥゥゥゥゥ! エストォォォォォ! お前らは何処に行ったんだぁぁぁ!? 俺達生まれは違えど死ぬ時は一緒だZE! と、梅園で誓い合った義兄弟だったというのにーーーーーー!」
「えっとー・・・」

 なんだか果てしなく疲労感が蓄積されていくのを感じながら、リディアはゴブリンを指さしてエアリィに尋ねる。

「なにこのゴブリン」
「んー、よくわからないけどヤンと一緒に洞窟の中に倒れてたの。確か名前は―――」
「ちょっと待ったコール!」

 なんか男泣きしていたゴブリンは不意に復活してリディアに向き直る。

「名乗れば名乗った名乗るとき名乗るべき! 痩せても涸れても腐っても! このゴブリンキャッパーズのリダル、自分の名前くらいは自分で―――」
「キャッパーズって、一人しか居ないじゃん」
「むう、言われてみれば! これでは複数形で名乗れん! ええと、ゴブリンキャッパーの―――」
「普通にゴブリンキャップで良いんじゃない?」
「・・・そうですね。ええと、ゴブリンキャップのリダルと申します」

 何故かいきなり低姿勢になって名乗るリダル。

「うう、なんだろう・・・ “ー” と “ズ” が無いだけで何の変哲もないそこらにいるゴブリンキャップと同列な気分。帰ってきて俺の特別感!」

 虚空に向かってぶつぶつと呟くリダル。
 リディアは心底疲れたように吐息してエアリィに尋ねる。

「・・・状況を確認したいんだけど。つまり、ヤンとこのゴブリンが貴方の洞窟にいきなり倒れていて、しかもヤンは記憶喪失だったと」
「あ、そう言えば彼ってヤンって言うのね。ヤンとアタシがラブラブって事も付け加えてよね!」
「それが一番良く解らないんだけど。なんでこのハゲが好きなわけ?」

 見たところ、どっちかというとエアリィの方が一方的に惚れ込んでいるように思える。
 ヤンの方は記憶がなくて、自分の妻の事を忘れているせいか、それを単に受け入れてるだけのようだ。

「ハゲって言うな。・・・ええと、アタシがヤンの事を好きな理由? 強いて言うならフィーリング?」

 なんじゃそりゃ―――と、思いかけてふとリディアは気がつく。

(そう言えばヤンって、風の神様の信徒だったっけ)

 ファブールは風を司る神を奉り、風のクリスタルを守ってきた国だ。
 そのモンク僧長であるヤンは、その風の加護を受けている。同じ風の属性を持つシルフとは相性が良いはずだ。

(エアリィだけじゃなくて、他のシルフ達もヤンにくっついてたっけ)

 などとリディアは思いながら、さらにエアリィに尋ねる。

「で、あたしをここに連れてきたのは?」
「ヤンが記憶を取り戻す手がかりになればいいかと思って。アンタが、ヤンの仲間だってことは “風の噂” で知ってたから」

  “風の噂” とはシルフ達の特殊能力のようなものだ。
 彼女達は風の声を聞く事が出来、風が運んできた情報を知る事ができる。

 ただ、風は気まぐれに吹くため、いつも必要な情報を得られるわけではなく、しかも断片的である事が多く、実際にはあまり役に立たないことの方が多い。
 けれどはっきりとしない情報だからこそ、シルフ達の好奇心を余計に刺激して、彼女達は “風の噂” を確かめに世界中を飛び回るのだ。

「 “風の噂” ・・・って、地底には風が吹いてないじゃない」

 リディアが言うと、エアリィは「ふふん」と偉そうに小さな胸を張る。

「な・ん・で、アタシ達が風が吹かなくて居心地の悪い地底なんかに居ると思う? この洞窟は風の抜け道なのよ!」
「抜け道?」
「そ。小さな穴が地上と繋がっていて、そこからアタシ達が風を呼び込んで、地底に流してるの」

 そう言えば、洞窟の中だというのにそよ風が吹いている。それはシルフ達が地上の風を呼び込んでいるためだったらしい。

「といっても、地底に流れてるのはアタシ達以外には感じられないような弱い風だけどね」

 どれだけ弱くても、風が流れれば時間はかかっても “風の噂” は聞こえてくる。

「そうして他のシルフが知らないような地底の情報をいち早くキャッチ! アタシは流行の最先端を行く女・・・ッ!」
「・・・なんとなく、あんたの性格が解った気がするわ」

 つまり、流行に乗り遅れるのが嫌いなタイプなのだろう。
 それが好きかどうかは別として、なんか流行りだしたからとりあえずやっとく―――という性格なのだ。

(そーいや “エアリィ” って名前を名乗ってるのって、アタシが幻獣界でエンオウ達に名前を付けたからだって言ってたっけ)

 何時の間にどこで聞いたか何故か思い出せない情報を思い返しながら、リディアは納得する。

 魔封壁で封じられた幻獣界の情報をどうやって知り得たか疑問は残るが、まあ魔封壁も完璧ではない。
 リディアが現界に戻る時に使った “抜け道” もある。それこそ風が流れる隙間くらいはあるのだろう。

「それで、あんたはヤンの記憶を取り戻したいわけ?」
「当然じゃない! 愛する人の記憶だもの。すっごく興味があるわ!」
「・・・愛する人のため、ってわけじゃなくて単なる好奇心なんだ」

 まあ、シルフらしいかなと思いつつ。

「じゃ、とりあえず運びましょうか。他の仲間に見せたらなにか思い出すかも知れないし。それに地上に戻ったら―――」

 奥さんに会わせてみよう、と言おうとしてやめる。
 もしもヤンに奥さんが居ると知って、エアリィが逆ギレして「ヤンは他の女に渡すくらいなら記憶喪失のままがいい!」とか言い出して、戦闘になったら少し面倒だ。

「地上に戻って、なに?」
「・・・故郷に連れて行けば何か思い出すんじゃない?」
「わ! いいわねヤンの故郷。今から楽しみ〜♪」

 エアリィの台詞に、リディアはイヤな予感を感じて尋ね返す。

「・・・まさかついてくるつもり?」
「当然じゃない! 恋人として!」
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「なんでもない」

 まあいいか。連れて行くだけ連れてって、あとはヤン達の問題、と。

 無責任にそう考えて、リディアはまだ気絶したままのヤンを運ぶため、ココを召喚した―――

 

 


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