第25章「地上へ」
T.「エアリィ」
main character:リディア
location:ドワーフの城

 

 ―――時間は少し遡る。

 ゴルベーザの手によって、バブイルの塔が起動した頃。
 リディアはドワーフの城の寝室で、羽の生えた小人と対面していた。

「なにぼーっとしてるのよ! 早く来なさいってば!」

 シルフはリディアに向かって身振り手振りでついてこいと仕草をする。
 突然に現れた、エアリィ、と名乗ったシルフに、リディアは首を傾げたまま困惑した。

「来なさいって、結局アンタは何なの?」
「あーもー!」

 ベッドの上に座り込んだまま、動こうとしないリディアの様子に小人はキーッ、と喚いた。

 それは掌サイズくらいの少女だった。
 木の葉を重ね合わせたような緑の服を身に纏っている、青い髪の小さな少女。

 前述したように背中には羽が生えている―――のだろう。今は高速で羽ばたいているためか、リディアにははっきり見えなかったが、背中に何か霞んで見えるのと、ブーンと羽虫を思わせる音を立てて目の前にホバリングしている姿を見れば。

「・・・・・・やっぱり虫?」
「ちーがーうー!」

 宙に固定されたように浮かぶ虫。もとい小人は苛立ったように自分の髪の毛をかき乱す。

「あたしはシルフのエアリィ様だつってるでしょーが! 幻獣なんだぞー! 凄いんだぞー! 尊敬しろー!」

 尊大に胸を張るエアリィに、リディアは勢いよく息を吹きかけた。

「うきゃああああああっ!?」
「・・・シルフのくせに、息吹きかけられて吹っ飛ぶんだ」

 吹っ飛んだエアリィを見て、リディアが胡乱げに呟く。

 シルフとは風の属性を持つ幻獣である。
 いくら小さくても、息を吹きかけられるはずがないとリディアは言っているのだが。

「アホかあああああああっ!」

 一度は部屋の入り口近くまで吹っ飛んだエアリィは、すぐさまリディアの眼前にまで舞い戻る。
 息を吹きかけられたせいか、青の髪の毛がボサボサになっている。

「いきなり息を吹き付けるなんてどんだけ礼儀がなってないのよ!?」
「いきなり現れて喚き散らすのは礼儀知らずじゃないっていうの?」
「あたしはいいの!」

 どんな理屈だ。

「ていうか、 “息” と “風” は別物だから、いきなり吹きかけられればあたしだって影響を―――」

 というエアリィに向かって、リディアはもう一度息を吹きかける
 だが、今度はそれを予測していたのだろう。エアリィはその息に合わせるように手を振り上げる―――瞬間。

「ふわっ!?」

 リディアの顔に、吹きかけた息よりもさらに強い “風” が吹き付けてきて、堪らずに後ろへと倒れ込む。

「あははははは。やーいやーい、ばーかばーか」

 風によって、髪の毛を逆立てて後ろに倒れ込んだリディアを指さしてエアリィは宙に浮かんだまま、腹を抱えて愉快そうに笑い出す。
 と、そんな風に笑うエアリィを、リディアは起き上がり様素早く手で掴んだ。一転して、「ぎゃあああ」と悲鳴をあげるエアリィ。

「何すんのよ!」
「それはこっちの台詞!」
「吹き飛ばしたのはアンタが先じゃない!」
「つい、なんとなく―――じゃなくて」

 さきほどの事を誤魔化すように、リディアは話を切り替えた。
 手に掴んだエアリィを、じっと見つめて。

「・・・で、結局アンタはなんなの?」
「だからシルフのエアリィちゃんだってば」
「・・・・・・」

 エンドレスで繰り返しそうな会話の流れに、リディアは嘆息した。
 手を開いて、エアリィを解放する。

「まあ、いいか。どうせやることも無かったし」

 一人でぼーっとしているのも退屈だった。
 けれど、顔見知りとは一緒にいたくない気分だ。

 突然現れた、このよくわからないシルフに付き合うのも丁度良いかもしれない。

「ようやく来る気になった? 最初っからそうしなさいよ全く」

 悪態をつくシルフにちょっとムカっとしながらも、リディアはエアリィについて部屋を出た―――

 

 

******

 

 

 部屋を出て、エアリィの後を追う。
 青い髪のシルフは、時折ちゃんとついてきているかを確認するようにこちらを振り返りながら、ふよふよとリディアの目線の高さに浮いて進んでいく。

 途中、何人かのドワーフとすれ違い、その度にエアリィの姿に気がつくと怪訝そうな顔で立ち止まって凝視する。
 どうやらシルフがドワーフの目の前に姿を現わすのは希な事らしい。

(それも当たり前か―――というか、むしろなんでこのシルフ、こんなところに居るんだろ)

 何度も述べるようだが、シルフは風の幻獣である。
 当然、風のある場所を好み、風の吹かない場所には居ないはずだ。

 そしてここは地底。
 風など全く吹くはずもない場所である。こんな所にシルフが住みついてるとは思いにくいのだが。

 ―――などと考えていると、やがて酒場にたどり着いた。

 かなり広い酒場だ。
 この城では、謁見の間やクリスタルルームと並ぶほどに広い酒場。
 ドワーフというのは酒好きで、夜は城中のドワーフが酒場に集まる事になるためであり―――反面、真面目で働き者でもあるドワーフ達は、昼間の今は誰も酒場にいない。

「こんなところに来てどーすんの? 言っておくけど、あたしはお酒ってあまり飲めないわよ?」

 でも今は少し飲みたい気分かも。
 などと思っていると、エアリィは酒場の端の方へ飛んでいく。

 酒場の端―――なんにもない、ただ壁があるだけの場所だ。

「こっちー」
「こっちって、行き止まりで―――」

 そうリディアが言いかけた瞬間。
 いきなり、エアリィの姿が掻き消えた。

「・・・え?」

 小さいが、それでも目の前に居たものを見失うはずがない。
 それに、今のはただ消えたというよりも―――

「なに・・・? 今、壁の中に入っていったような・・・」

 不思議に呟きつつ、リディアはエアリィが消えた場所まで駆け寄り、その壁に手を触れる―――いや、触れようとしたが、何も触れなかった。

「あれ?」

 と、間の抜けた声を漏らしつつ。
 あると思っていた壁の感触が無く、リディアはバランスを崩して壁の中へと倒れ込んでいった―――

 

 

******

 

 

「お客さんラリか?」

 酒場の奥にある調理場で、夜の仕込みをしていた酒場のバーテンが、人の気配を感じて酒場を覗いてみる。

 しかし、酒場の中を見回しても誰の姿も見えない。

「気のせいラリか」

 と、ドワーフのバーテンは再び調理場に戻っていった―――

 


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