第25章「地上へ」
S.「意味」
main character:バッツ=クラウザー
location:ククロの家

 

 

「―――それで、自慢の傑作をあっさり叩き折られて、やる気無くしたってワケか?」

 ククロの話を聞いて、バッツは呆れたように言った。

 ―――ククロの家の中だ。
 さっき入った時に見た、階段近くの大きなテーブルに腰掛けて、バッツ達はククロの話を聞いていた。

「いや、それでは計算が合わないでしょう」

 バッツの発言に、やや顔をしかめたククロが何か言うよりも早く、セリスが口を挟む。

 ドルガンがククロを尋ねたのは15年ほど前の事だ。
 けれど、ククロが仕事を止めたのは3年前。12年分計算が合わない。

 セリスの指摘に、バッツは「あ、そうか」と頭を掻く。

「・・・やる気を無くしたというか・・・まあ、ふて腐れたのは事実じゃ」

 ちょっと言い辛そうに、顔を背けつつククロは呟く。
 確かに増長していたが、それでもククロの腕は鍛冶師としては他の追随を許さぬほどだ。
 今思い出しても、 “剣聖” のために作り上げた剣は、今思い出しても最高の出来だったという自負がある。

「当時の “最高傑作” をあっさり斬り飛ばされ、怒りと悔しさで暫くは何も手が着かなかった―――が、時間をおいて次第に怒りが冷めていき、ようやくある事に気がついたのじゃよ」

 それは。

「あの時、打った剣は確かに最高のものじゃった。 “剣聖” の称号に相応しい剣―――だがそれは、 “ドルガン=クラウザー” のために作られた剣ではなかった」

 例えば、どんなに切れ味が良かろうとも、どんなに威力があろうとも、持ち上げられないほど重ければ意味がない。
 そして、その者が使う “戦法” に合わない武器でも意味がない。

 だからこそ、世の中には様々な種類の武器があり、同じ種の武器でも使い手によっては長さや大きさが異なり、当然重量も違ってくる。

 ククロは一流の鍛冶師だ。
 一目見れば、相手がどれだけの筋力を有するかは解る。
 だから、あの時ドルガンに作った剣は、ドルガンの筋力に合った重量ではあった。しかし―――

「ワシはドルガン=クラウザーの剣を知らずに剣を作ってしまったのだ」

 ドルガンの剣は “疾風の剣” 。
  “速さ” によって、全てを斬り裂く斬撃特化の剣だ。

 あの時ククロが作ったのは形は普通の長剣で、切れ味も威力もバランスの取れた剣だった。
 普通の剣士ならばなによりも最上の剣だったろうが、斬撃特化のドルガンにとって威力はそれほど重要ではない。
 武器の “威力” とはすなわち重量に比例する。武器が重ければ重いほど、単純に相手に与えるダメージは大きくなる―――が、多少威力が少なくても、ドルガンにとっては同じく斬撃に特化した “刀” の方が合ったと言う事だ。

「剣とは振るって初めて完成する。如何に最高の剣と言えど、使い手に合わなければ意味がない―――当時のワシは、そんなことも解らないほどに増長し、浮かれておったという事じゃ」

 懐かしさと悔やみが混じったような苦笑を浮かべてククロは告げる。

「それからワシは一から修行をやり直した。地上に出て、世界各地を周り、エブラーナやシクズスのドマなど、 “刀” を扱う忍者やサムライの居る国を巡り、そこの刀鍛冶に師事をして技術を学んだ」

 それは最高の刀を打つために。
 今度こそ、ドルガン=クラウザーのための刀を造るために。

「ドルガンには感謝しておる。ワシに、初心と言う物を思い出させてくれたのじゃからな―――しかし」
「・・・・・・」
「そうして修行を重ね、地底に戻ってからも刀を打ち続け―――ようやく3年前、一応は満足の行く一振りを打つ事ができた・・・その時だった」
「親父が、死んだ・・・」

 バッツの言葉にククロは言葉無くただ頷いた。

 ―――あの時の衝撃を、ククロは未だに忘れることはできない。
 それどころか、あの瞬間から時が止まっているかのように、つい先程のことのようにも感じられる。

 そのことを伝えたのは弟子のタットだった。
 トメラの村に買い出しに行った際にそんな噂話を聞いたのだという。

 話を聞いた時、ククロはそれを信じなかった。
 地上の噂が地底に伝わる事など滅多にない。伝わったとしても半分は誇張が加えられていたり、ねじ曲がって伝わったりと伝言ゲームのように正確さに欠ける噂だ。

 だからドルガンが死んだなどと信じずに―――信じられずに、ククロはそれを確かめるために打ったばかりの刃を放り出し、地上へと向かった。
 地上に―――アガルトの村へ出て海を渡り、以前に聞いていたドルガンの家族が暮しているという、ファイブルにあるリックスの村へたどり着いて。

 ・・・そこにはドルガンの墓があった。

「村の人間から、すでにドルガンの妻は病気で亡くなっていて、ドルガンも同じ病で逝ったらしいと聞いた。墓を作ったのは息子だが、その息子もすでに村を旅立ってしまったとも」

 ふう・・・と、ククロは重く息を吐く。

「それからワシは刀を打つ意味を見失い―――他の武器を作る気力も失い、今に至るというわけだ」

 騙り終え、しばし沈黙が場に満ちる。
 やがて、ククロはバッツの方を向いて告げた。

「―――と、ワシの話はそんなところじゃ。これで満足か?」

 その言葉に、バッツは人差し指を立てた。

「一つだけ不満があるぜ」
「不満?」
「アンタ、もう武器は造らないのか?」

 バッツの問いに、ククロは力無く視線を下へと落として呟く。

「今の話を聞いてなかったのか? ドルガンに自慢の剣を叩っ斬られてから、ワシはヤツに合う刀を造るために―――ドルガン=クラウザーに認められるために情熱を注いできた。しかしそのドルガンが死んだ今、ワシにはもう、武器を造る意味も気力もない・・・」
「親父は最後までアンタの刀を振るってたぜ」

 バッツの言葉に、ククロはぴくりと反応する。

「ドルガンが、ワシの刀を・・・?」
「1回折られたけどな。それでもその部分を補修して、ずっと使い続けてたんだ」

 ククロはその言葉が信じられないとでもいうかのように、顔を上げてバッツを凝視する。

「何故じゃ・・・? 何故そうまでしてドルガンはワシの刀を・・・?」
「いや知らんけど」

 あっさりと答えるバッツに、その場の全員が言葉を失う。
 次の瞬間、ククロが吼えた。

「って、なんじゃそりゃあああああああ!」
「いやあ、だって親父が何考えてあの刀使ってるかなんて聞いた事ないし」

 怒鳴られながら平然と、バッツは頬をぽりぽりと掻きながら答えた。

「まあ、普通に考えて良い刀だったって事じゃねえ? うちの親父は―――俺もそうだけど―――基本的に武器を選ばねえし。長かろうが短かろうが、重かろうが軽かろうが、使いこなせるしな―――ああ、流石に持てない大きさとか持ち上げられないほど重いとかは無理だけど」
「あの、ねえ、ちょっと? 今、すごく台無しな事を言ってるって気づいてる?」

 やや引きつった表情でセリスがバッツにつっこむ。
 続けてカインも、どこか疲れた様子で、

「結局貴様、なにが言いたいんだ?」
「だからさっき言っただろ? 俺は―――」

 バッツは言いながらククロの方を向いて、

「―――俺は、アンタがもう剣を打たないって言ってる事が不満だって」
「じゃから何度も言わせるな! ワシにはもう剣を造る意味が―――」
「親父のせいにして、色々投げ出すなって言ってるんだよ!」

 ククロの言葉を遮るようにバッツが怒鳴る。
 その言葉に、ククロは思わず言葉を止めた。

 と、ククロが気圧された事に、バッツは少し気まずそうな表情を浮かべる。

「・・・いや、まあ俺もそれについては偉そうなことは言えないんだけどな。親父が死んだ時、俺だってしばらくはふて腐れてなにもしなかったし」

 ―――父や母の一番近くに居ながらも、何もしてやることが出来なかった自分。
 それこそ生きる “意味” というものを見失っていた頃を思い出し、バッツは告げる。

「まあ、だからこそ言える事もあるっていうか・・・・・・やっぱよくないぜ、そういうの。死んだヤツのせいにして、何かを諦めるってのはさ」
「・・・・・・」
「 “人は死ぬと言う事をしらなければならない” ―――俺の知ってるヤツの言葉だけど、誰だって死ぬ時は死ぬんだ」

 自分の言葉で両親の事を思い返し、バッツの瞳がかすかに揺れる。
 だが、続く言葉ははっきりとしてククロへと告げた。

「けどさ、死んだからって今までの事が全部無意味になるわけじゃないだろ? アンタは親父のために最高の刀を打とうと努力してくれた。親父が死んで、それは叶わなくなっちまったけど、でもそのために手に入れたものはアンタの中で残ってるはずだ」

 ククロはバッツの言葉を聞きながら、無意識に自分の掌を開き、それをじっと見つめる。
 ドルガンの刀を打つために得たもの。それは “技術” だ。形には見えないが、確かにそれはククロの手の中にある―――

「それを使わずに無駄にしちまうのは、それこそ今までの事を無意味にするってことだろ。親父のお陰でアンタが初心とやらを思い出した事も、親父がアンタの刀を気に入って最後まで使い続けた事も、全部無意味にするってことだ」

 だから、とバッツは続ける。

「俺はそれが不満だって言いたいんだよ」
「・・・・・・やれやれ」

 バッツの言葉を最後まで聞いて、ククロは苦笑いを浮かべた。

「やはり親子じゃな―――飄々としていながらも、その鋭い切れ味で二度もワシの腐った心を斬り捨てるとは!」
「お、それじゃあ・・・」

 バッツが期待の声を上げると、ククロは「うむ」と頷いて、自分の腕をパン! と叩いた。

「確かにこの技術、無駄にするということは今までを全てを否定するという事! ドルガンの刀のための技術を使った方が、ヤツへの供養にもなるだろう―――タット、火を起こせ! 久しぶりに仕事をするぞ!」
「りょ、了解ラリー!」

 ククロの命令に、タットは慌てて鍛冶場へと飛び込んでいく。その様子は、どこか嬉しそうだった。

「さて・・・それではまず、バッツ。貴様の刀を打ってやろうか?」
「俺? ・・・いや、いらねえよ。俺にはエクスカリバーがあるし・・・」
「おい。それはないじゃろう。お前の言葉でやる気を出したんじゃ、ここは素直に受け取っておけ」

 そう言われるとバッツも強くは断れない―――が、困ったように言葉を濁す。

「つってもなあ・・・・・・ああ、それならアレくれよ。さっきの刀」
「なに? さっきアダマンタイトを斬った刀か?」
「うん。あれ、なんか “良い!” って思ったし」
「しかし、あれはドルガンのために打ったもの。お前には少々重いだろう?」

 ドルガンに比べて、バッツは筋力が低いという事をククロは見抜いていた。
 斬撃特化のため、それなりに軽めに造ってあるが、それでもバッツが振るうには少しばかり重いはずだった。

「問題無いって。親父が使ってたのと同じくらいの重さだったし―――使いこなせたのはさっき見ただろ」
「・・・むう」

 確かにバッツはあの刀で “斬鉄剣” を使い、アダマンタイトを斬った。
 これ以上は言っても無駄だと悟り、ククロは嘆息した―――ところで、カインが身を乗り出す。

「バッツとの話は終わりだな? ならば―――」
「そうじゃな。お主の槍でも造ってみようか、カイン=ハイウィンド」
「・・・!」

 機先を制され、カインは驚きに言葉を失う。
 そんな竜騎士を、ククロは愉快そうに眺めて言った。

「解っておるよ。その体つきと立ち居振る舞いを見れば、かなりの使い手だということは解る―――もっとも」

 と、そころククロはちらりとバッツへ視線を向けて。

「見ても、全く解らんヤツも居るがな」

 バッツの体つきは明らかに戦士のそれではない。
 だからククロは、なかなかかの剣聖の息子だと信じられなかったのだが。

 カインに視線を戻し、続ける。

「それに倉庫で言いかけたろう。『バロンの―――』と」

 竜騎士であることは鎧を見れば解る。
 バロンの竜騎士で、かなりの使い手と来れば、浮かび上がる名前は一つしかない。

「チッ。解ってるならサッサと言え」
「傍若無人なヤツじゃのう―――まあ良い。それで槍じゃったな? このワシに造って欲しいと?」
「ああ。最強の槍を造ってくれ」
「最強とはまたどえらい注文じゃのう―――言ったとおり、ワシはしばらくハンマーを握っとらん。それに槍を造った事もない。望みのものがすぐ造れるとは限らんぞ?」

 ククロの言葉に、カインは不敵に笑う。

「待ってやるさ。その代わり、必ず造れ。誰にも負ける事のない最強の槍を―――」

 

 

 


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