第25章「地上へ」
R.「 “剣聖” との出会い」
main character:ククロ
location:ククロの家(過去)

 

 

 ・・・・・・あの頃の事を思い出すと、懐かしさ以上に羞恥心が噴き上がる。

  “若気の至り” などという言い訳ではとても許容出来ないほど、当時の自分は調子づいていたのだと思う。
 もしも若い頃の自分と顔を合わせたら、一発くらいはブン殴っていただろう。

 

 

******

 

 

 ―――15年ほど前。

 当時、ククロは鍛冶職人として最盛期を迎えていた。
 手先が器用なドワーフ達の中でも、最高の技術を持った鍛冶師として、ドワーフで彼の名を知らぬ者はいないほど。
 今はタット一人しか居ない弟子も、10人以上居て、家ももっと街に近い場所で、広々とした鍛冶場を有する御殿のような家だった。

 ククロの作る武器は、鋭く強く、振り下ろせば断ちきれぬものはないと言われるほどで、彼の武器を持つ事はドワーフの戦士として一つのステータスとなっていた。
 そのため、毎日のように地底中から注文が殺到していた。

 だが、当時のククロは仕事を選り好み、殆どの注文を弟子達に押しつけ、気に入った注文だけ仕事をする―――そんな毎日を送っていた。

 しかしそんな風に仕事をさぼっていても、客も弟子達も咎めることはなかった。
 それというのも、明らかにククロ一人で捌ききれる注文数ではなく、片っ端からククロが請け負っていたなら、一生掛っても仕事は終わらないからだ。
 だから、10件の注文があれば、そのうちの1つしかククロは仕事せず、あとは弟子達に任せるか、以前に作った在庫品を払い出していた。

 そしてその希少性がさらに “ククロの武器” の価値を高め、ククロを増長させる結果となる。

 10のうち1つやっていた仕事を、100のうち1つしかやらなくなり、果てはその仕事にも手抜きが見られるようになった。
 そんな風に品質が落ちてもドワーフ最高の技術は伊達ではなく、手抜きの武器でさえ、他の武器は霞むほどで、だからククロがどれだけ手を抜こうがやる気を無くそうが、文句を言える者はいなかった。

 それでも次第に技術は荒れ、悪評が流れて注文が減り、弟子達も一人、また一人と辞めていった―――そんな頃。

 一人の “旅人” が、ククロの元を訪れた。

 

 

******

 

 

 それは “人間” だった。
 ドワーフではない。この地底ではなく、地上に住んでいる異種族の姿を見て、ククロは軽く驚き、さらにその名を聞いてもう一度驚いた。

 ドルガン=クラウザー。

 この地底にまで名声響く、 “剣聖” と呼ばれる最強の剣士の一人。

 地底と地上とでは、殆ど交流がない―――が、それでも皆無というわけではない。
 地上へ出る道は幾つか存在し、極少数だが地底から地上へと移り住んでいるドワーフも居る。フォールスにあるアガルトの村はドワーフを祖先に持つ人間の村だ。
 ククロもアガルトの村を通じ、地上にある “ミスリルの村” から魔法金属ミスリルを取り寄せた事が何度もある。

 そういうわけで、地上と地底はわずかだが通じている―――とはいえ、あくまでも “わずか” だ。
 そのわずかの中で地底にまで届く噂の “剣聖”。一度会ってみたい―――いや、彼の者のための剣を打ってみたいと、ククロは密かに思っていた。

 ドルガンが言うには、剣士の端くれとして最高の技術を持つ鍛冶師というのに興味があったのだという。
 見れば、彼が腰に差している剣は、どうみても安物の剣であり、 “剣聖” の称号には相応しくないものだった。
 だからククロは、地上に戻るというドルガンを引き留め、彼のための剣を打たせて欲しいと懇願した。

 ククロが自発的に仕事をしようとするのは実に久しぶりの事で、弟子達は大いに驚いた。
 その熱意に打たれてか、ドルガンもしばらく地底に留まることとなり、ククロは驚喜してドルガンのための剣を打ち上げた。

 それは貴重で高価な鉱石を惜しむことなく使った剣であり、軽く、硬く、強く、鋭く―――さらには強い魔力を秘めた、強力な剣だ。
 その上、ククロは装飾にまで凝り、見るからに立派な、まさに “剣聖” が持つに相応しい剣を作り上げた。

 ククロは自分の作った剣に今までにない満足感を覚え、意気揚々とドルガンに向かって差し出した―――が。

 しかしドルガンはそれを受け取ろうとはしなかった。

 何故だ!? と、まさか受け取って貰えないと思っていたククロが詰め寄ると、彼は困ったように首を傾げて言った。

「なんとなく―――俺には “合わない” 気がしてな」
「馬鹿な事を! 合うも合わないもあるか! これは最高の剣じゃ! 最高の鍛冶師であるワシが、 “剣聖” のために作り上げた最高の一振り! これ以上の剣はないんじゃぞ!」

 怒鳴るククロの言葉を聞いて、ドルガンは「そうかな?」とにやりと笑って見せた。
 どういう意味かと訝しがるククロに、彼は鍛冶場の隅に打ち捨てられていたものを拾い上げた。

 それは “刀” だった。

 当時のククロは、ドワーフ用の武器―――つまり、斧や大剣を主に作っていた。それなのにドワーフに需要の無い “刀” が何故鍛冶場に転がっているかと言えば、それはかつてフォールスに存在した “サムライ” が使ったと言われる剣の話を噂として聞いたからだ。

 曰く、何よりも鋭く、通常の剣よりも細身で軽いながら、達人が振るえば金属すら “斬る” のだという。

 金属を “断つ” 斧ならば作った事はあるが “斬る” 刃など見た事はなかった。
 嘘か真実かは解らないが、例え嘘であっても実現して見せようと、ククロは刀造りに熱中していた時期があった。
 もっとも、何本か作った後、どれだけのものを作っても、ドワーフの能力では刀を使いこなせる事はできないと気づき、投げ出してしまったが。

 ドルガンが手にしたのは、そんな刀のうちの一振りだった。
 別に特別出来が良かったわけでも、丁寧に保管していたわけでもない。
 たまたま処分し忘れ、放り出されたままになっていたもので、刀身には赤サビすら浮いていた。

「まさかそんなものが、この剣よりも上だというのか!」

 その時は馬鹿にされているのだと思い、怒りと共に剣を振り上げた。
 と、そんなククロに、ドルガンは何事か呟き出す。

「その剣は疾風の剣―――」

 

 斬鉄剣

 

 気がつけば、目の前にドルガンの姿は無かった。

「―――これこそが最強秘剣」

 声は後ろから。
 ククロが振り返ると、そこにドルガンの姿があり、そして―――

 かしゃん。

 軽い音が足下で響いたと思うと、ククロの足下に剣の切っ先が転がっていた。
 ぎょっとして自分の手にした剣を見れば、刃の上半分が無くなっていた。その上半分は、まさにククロの足下に転がったそれだった。

「ば、馬鹿な・・・」

 呆然と剣の切断面を見る。
 見事な切断面だった。
  “断つ” のではなく “斬る” からこそできる、美しいと思えるほどの滑らかな切断面。

「まァ、こんなもんだ」

 吸い寄せられるように斬られた剣を見つめるククロに、 “剣聖” はそう言って無邪気に笑いかけた―――

 

 

 


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