第25章「地上へ」
Q.「 “刃” 」
main character:バッツ=クラウザー
location:ククロの家・武器倉庫

 

 バッツが選んだのは、それは剣ではなかった。

 正確には “剣” となる前のただの “刃” だ。
 鞘も無く柄も無く、ただむき出しになっている “刃” を、バッツは手近に落ちていたボロ布を巻いて持っていた。

 僅かに反りの入った片刃―――早い話が “刀” だった。
 ただ、トメラの村の武器屋に置いてあった忍者刀に比べ、刃に厚みがあり、丈も長い。
 つまりそれは忍者が使う刀ではなく、以前にバッツが父の形見として使っていたものと同じ “サムライ” の刀なのだろう。

「・・・なんだそれは」

 カインが訝しげに言う。
 バッツは「んー」と気のない声を上げて、背後を―――倉庫の隅を振り返る。

「なんかそこに落ちてた」

 バッツの言うとおり、見れば倉庫の隅、床に長細いものが無造作に置かれた跡があった。
 どうやらその “刃” は棚に置かれることもなく、うち捨てられていたようだった。

「馬鹿だとは思っていたが」

 ハ、とカインは嘲笑を浮かべる。

「本気で貴様は馬鹿だな」
「なんでだよ」
「他に業物があるだろうに、どうしてそんなモノを選ぶんだ」

 バッツが手にした “刃” は流石にククロの作と言うべきか、見事な刃だった。
 しかも、棚に陳列している他の武器と違い、多少なりとも錆ついている様には見えない。

 ただ、床に落ちていた事もあり、土埃にまみれて薄汚れている。
 しかも柄も鞘もない未完成の状態なので、棚の武器よりもかなり見劣りしていた。

 カインの疑問―――と言うよりは、単に馬鹿にした言葉に、バッツは迷い無く答える。

「これが “良い” って思ったんだよ。こいつが一番、使ってみたいって思ったんだ」
「しかし使うも何も、柄がなければ―――」

 ―――使いようがない、とセリスが言いかけたところで、倉庫の中にタットが飛び込んできた。

「お待たせしましたラリ〜!」
「遅い! もっと早うせんかい!」

 なにやら工具箱を抱えて入ってきた弟子を、ククロは叱りつける。
 「ドワーフに速さを求められても困るラリ・・・」などとぶつくさ呟く弟子から、ククロは工具箱をひったくるように取り上げると、工具箱を床に置いて開く。
 箱の中にはトンカチなどの工具の他に、刃のついていない “柄” が数本入っていた。

 工具と柄が入っている事を確認すると、ククロはバッツを振り返る。

「ほれ、そいつを貸せ。柄くらいはつけてやる」
「おう、頼むぜ。流石にこのまんまじゃ振ることもできねーしな」

 バッツがククロに柄を渡す―――のを眺めながら、セリスはふと疑問を感じた。

(・・・弟子の姿が見えないと思ったら、工具箱を取りに行っていた―――ということは、バッツがこの “刃” を選ぶ事を、最初から予想していた・・・?)

 倉庫にはいる時、すでにタットの姿は無かった。
 つまり、ククロは倉庫に行く前に、弟子に工具箱―――柄の入った工具箱を取りに行かせていたと言う事になる。
 しかしそれは、バッツがこの “刃” を選ばなければ不要だったハズのものだ。

 さらにセリスはもう一つ疑問―――というか気づいた事があった。

 ククロはこの場で刃に柄を組み合わせていた。
 まるで鍛冶場に戻る間も惜しいとでも言うかのように。
 早くこの “刀” を完成させたいとでも言うかのように。

 そんな風に作業するドワーフの横顔は―――

(嬉しそう・・・?)

 ククロは弟子を叱った時からずっとしかめっ面だったが、その口元は緩んでいるようにセリスには思えた―――

 

 

******

 

 

「―――これこそが最強秘剣」

 

 斬鉄剣

 

 ククロが刃に柄を組み終った後、一同は再び庭に戻ってきていた。

 バッツは一息ついて、背後を振り返る。
 そこにはさっきと変わらず、少し欠けたアダマンタイトの塊がクズ山の上に鎮座していた。

 今度はちゃんと切れ味のある刀での “斬鉄剣” だ。
 しかしアダマンタイトは全く斬れていない――――――ように見えた。

「フン・・・」

 面白くも無さそうな顔をして、カインがアダマンタイトに歩み寄ると、その場で軽く跳躍して、アダマンタイトに跳び蹴りを見舞う。
 ドワーフの力でも持ち運ぶのに一苦労するような重量物も、竜騎士の脚力で蹴り飛ばされては堪らずに吹っ飛んだ。

 アダマンタイトは勢いよく飛んで、ククロの家の壁にめり込む。
 ククロはそのことに文句も言わず、クズ山の上に “残された” アダマンタイトをじっと見る。

 カインが蹴り飛ばしたのは、アダマンタイトの上半分だけだった。
 クズ山には残りが相変わらず自重で埋まっていた―――鮮やかな切り口を天に晒して。

「―――見事じゃ」

 感嘆の息を漏らし、ククロがバッツに告げる。

 バッツは「いやいや」苦笑いしながら、抜き身の刀―――納める鞘は無い―――をじっと見つめる。

「半分はこの刀のお陰だぜ。軽く振るだけで空気がスパスパ斬れてるような感じだ―――今までに振った剣とは、まるで別モンだぜ」

 バッツの賞賛に、ククロは「当然じゃ」と胸を張る。
 顔をほころばせ、バッツの持つ刀を見やり。

「なにせそれはワシが三年前に、全身全霊を注ぎ込んで造り上げた最高傑作じゃからな」
「・・・その最高傑作が、どうして柄も鞘も無く、あんな風にうち捨てられて居た?」

 不機嫌な様子でカインが疑問を発する。
 ククロに対する疑問でありながらも、その目は吸い寄せられるようにバッツの手にした刀に注がれていた。
 バッツが見つけた時には気付かなかったが、柄を付けて薄汚れた刃を軽く拭けば、見違えるような鋭さを放っていた。

 バッツが「半分は刀のお陰」と言うのも決して誇張ではない。これほどの鋭さを持った刃を、カインは今までに目にした事はなかった。
 倉庫の棚に並べられていた他の武器も見事な刃だったが、この刀と比べれば見劣りする。

(チッ、俺とした事が見た目に惑わされるとはな!)

 忌々しそうに心の中で呟く。
 カインが不機嫌になっている理由は、この刀の真価を見抜けなかったためだった。

 しかしククロはカインの疑問には答えず、また家の方へと振り返る。

「さて、気が済んだならば中に入れ。改めて用件を―――」
「おい待てジジイ」

 機嫌をさらに悪化させてカインがククロの目の前に回り込む。
 そんなカインにやれやれと嘆息して、ククロはバッツを振り返った。

「お主の用件は察しがついとる。大方、お主の父親―――ドルガン=クラウザーのことを聞きたいんじゃろう?」

 ククロの言葉に、バッツはコクコクと頷いた。

「そうそう。親父の形見の刀の事でちょいと聞きたいことがあってさ」

 うむ、とククロは頷いてからカインを向き直る。

「お主の疑問もそこに含まれている―――話してやるから、中に入れと言っとるんじゃ」

 

 

 


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