第25章「地上へ」
P.「亜人」
main character:バッツ=クラウザー
location:ククロの家・武器倉庫
ぎぎぃ・・・・・・と、軋んだ音を立てて扉が開かれる。
同時、中から埃っぽい空気が外へと流れ出てきた。
思わずそれを吸い込んだセリスが、コホコホと軽く咳き込んだ。それを見て、ククロが笑う。
「すまんな。もう三年もここを開けておらんのでな」
と、言って開いた場所は倉庫だった。
ククロの家の裏手にあったもので、剣を欲するバッツをククロはここへ案内してきた。開かれた倉の中には、棚や箱が立ち並び、様々な武器が納められていた。
「ワシが昔に作ったものじゃ―――最後に刀を打って以来、手入れもなにもしておらんが、中には使えるものもあるじゃろう。好きなものを選ぶがいい」
そう言われてバッツ達は倉庫の中に入る。
バッツだけではなく、カインとセリスも興味深そうに中へと足を踏み入れた。
「ほう・・・」
カインは近くにあった剣を手に取り、感嘆を漏らす。
彼が手にしたのは普通のロングソードだった。三年以上手入れをしていないというのは本当らしく、その刃は曇り、所々錆が浮いている―――が、それでも尚、バロンの一般兵が使っている剣よりは切れ味が良いだろう。丁寧に研ぎ澄ましたならば、どれほどの輝きを見せるのだろうか。「惜しいな」
残念ながら、腰の補助武器のに比べると少々重すぎる。
もしももう少し軽かったなら取り替えてしまいたいところだ。「ドワーフ以外の武器もあるんだな」
セリスが不思議そうに呟く。
彼女はショートソードを手にしていた。
人間が扱うものよりもさらに丈が短いのはいかにもドワーフ用だが、随分と刃の部分が薄っぺらい。つまりそれだけ軽いということだ。明らかにドワーフの筋力には合っていない。「色々と試したい事があってな」
セリスの疑問にククロが答える。
「同じ種類の武器でも、持つ者が変われば特性も変わる―――お主が持っておるのは、ホビットを想定して作った剣じゃ」
「ホビット? 地底にはホビットまで居るの?」
「いんや。ワシも見た事がない―――ただ、そういう種族の話を聞いて、思いつきで作ってみただけじゃ」
「なんだ・・・」セリスは力無く笑いながら、剣を棚へ戻す。
「なんだよホビットって?」
剣を物色していたバッツが尋ねる。
「ホビットとは、ドワーフと同じく小柄な種族よ」
「わざわざワシらと同列に並べるな」
「あ、ごめんなさい」ククロの文句に、セリスは苦笑しながら謝る。
「ええと・・・それでホビット族は、手先が器用で、知恵も回るけれど、ドワーフ族のように頑強な肉体と強力な筋力を持っているわけではない」
「ああ、だからこんな軽い武器なんだ」ひょいっと、バッツはセリスがさっきまで持っていたホビット用の剣を手に取る。
確かに軽い。
筋力の低いバッツでも、物足りないほどの軽さだった。「へえ。こんな軽い剣を使うなんて、随分と力のないヤツらなんだろうな」
「・・・らしいわよ」ふと、セリスがさりげなく言葉を付け足す―――のを聞き咎め、バッツは彼女に向かって首を傾げて見せた。
「へ?」
「いやだから、私だって見た事はないし、文献や物語の中で読んだだけだから・・・」自信無さそうに、力無く呟く。
―――大昔には、人間以外の異種族もそれなりに地上で見かけたらしい。
ドワーフ、ホビット、それにエルフと言った、いわゆる “亜人” と呼ばれる者たちは、人間達とは別に集落を作り、生活圏を形成していた。だが、魔大戦を契機に彼らの姿の殆どは地上から失われたという。
ドワーフは地に潜り、他の亜人達もいずこへと姿を消した。
魔大戦の戦火で滅びてしまったとも、この世界を見限って異世界へと渡ったとも言われている。「まあ、そうだなあ。俺だって、ホビットってのは見た事も聞いた事もねえし」
「ナインツ辺りに居るような気もするけれどね」魔大戦で亜人の全てが地上から消え去ったわけではない。
地上に残った亜人達はナインツに渡り、そこで人間族と共に暮すようになった。
それ以外にも、世界各地に亜人達は隠れ住んでいると言われている。「亜人の事などどうでもいい」
それまで棚に並べられた武器を物色していたカインが口を挟んできた。
「それよりもここには槍はないのか、槍は!」
やや苛立ったカインの様子を見れば解るように、この倉庫には槍らしきモノはない。
一応、槍と同じ類の “長物” はあるのだが―――「何故、ハルバードはあるのに普通の槍が一本もないんだ!」
ハルバードとは槍と斧を組み合わせた武器である。
槍のようにリーチが長く、さらに斧のような破壊力があるため、かなり強力な武器である。ただし、槍の先に斧をくくりつけているようなものなので、かなりバランスが悪く、重い。
普通の騎士ならば使う者も居るだろうが、跳躍を得意とする竜騎士には不向きの武器だ。
カインの叫びに、ククロは眉をひそめる。
「槍じゃと? 槍は作った事がないのう」
「なんでだ!?」
「なんとなく、ピンと来なかったんじゃ」
「なんでだ!?」
「知らんわい!」逆ギレ気味のカインに、ククロも怒鳴り返す。
「だいたい、ワシはドルガンの息子に―――バッツと言ったか?―――剣を選べとは言ったが、貴様には言っとらんぞ!」
ギロリ、とククロはカインを睨付ける。
「大体、貴様は何者じゃ! なんか知らんが人の家でやたらと偉そうに。礼儀というものを知らんのか!」
「知っているが使っていないだけだ」
「知らんよりタチ悪いわい! ・・・・・・まあ、傍若無人なりに腕は立つようじゃが、少しは名の知れた戦士か?」
「・・・そう言えば、名を名乗っていなかったな」バッツが名乗っただけで、カインとセリスは名乗りすら上げていない。
「こんな地の底に住んでいるドワーフが知っているとは思わんが、俺はバロンの―――」
「あ! 俺、これが良い!」カインが自分の名を告げようとしたところで。
不意にバッツが声を上げた―――