第25章「地上へ」
O.「チャンス」
main character:バッツ=クラウザー
location:ククロの家
「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない・・・」
―――それは一瞬だった。
「む・・・!?」
ククロは驚きに目を見張る
気がつけば目の前に居たはずのバッツの姿が無く―――「―――これこそが最強秘剣」
呟いた声は、アダマンタイトの向こう側から聞こえた。
何時の間に移動したのか、背を向けてバッツは立っている―――が。「って、あれえ!?」
不意にバッツが驚きの声を上げた。
自分の掌をじっと見つめて困惑している―――その手の中にあったはずのものがない。「け、剣は!? エクスカリバーが無い!?」
「そこだ」と、カインが示したのはアダマンタイト。
その側面に、エクスカリバーが僅かに食い込んで、そこで止まっていた。「げ」
それを見てバッツは呻き声を上げる。
「ンな馬鹿な!? 俺の斬鉄剣が!?」
驚愕の表情で叫ぶ。
実はバッツの斬鉄剣は、相手が無機物ならば100%成功していた。
剣聖とまで呼ばれた父・ドルガン=クラウザーでさえ、完全には極められなかった斬鉄剣を、バッツは或る意味では修めたと言える。ただ、バッツの場合、本質的に “殺す” 事を忌避するため、対象が生物になった場合、成功率が格段に落ちる―――というか、そもそも使おうともしない。
「・・・まあ、いくらなんでも “世界最硬” とまで呼ばれた金属相手に、切れ味の無い武器で斬るなんて、ムチャだろう」
セリスが呆れたように呟く。
むしろ、僅かでも食い込ませただけでも脅威だ―――と、思って居ると、エクスカリバーがぽろりと落ちた。見れば、アダマンタイトには剣が食い込んだ分欠けができたが、エクスカリバーの方は全く欠けていない。
( “世界最硬” とぶつかって欠けない聖剣って、なんで出来ているのかしらね・・・?)
ふとセリスがそんな事を思っていると、そのエクスカリバーをククロが拾い上げる。
「これは本当にエクスカリバーだというのか」
「そーだよ、悪いかよ!」アダマンタイトが斬れなかった事が、そんなに不満なのか、ひたすら不機嫌そうにバッツが言い捨てる。
そんな彼を、ククロは振り向いてもう一つ尋ねる。「それで、お主はこの剣を使えぬと言うのか? ドルガンの息子よ」
「なんだそりゃ皮肉かよ! ああ、そうだよ使えねえよ! だから俺を認められないってか!? 親父ならそのエクスカリバーだって使いこなせて、アダマンタイトだってスパーッと斬れただろうけどよ!」イライラと苛立ちながらバッツが言い放つ。
すると、ククロは愉快そうに大声を上げて笑いだす。「な、なんだ・・・?」
いきなり笑い出したドワーフの鍛冶師に、機嫌の悪かったバッツも思わず驚く。
そんなバッツにククロは笑いながら言った。「お主、この剣の事を全く知らんのだな! エクスカリバーとは “超えし者を断つ剣” 。弱き者が強き者へ勝利するがための弱者の剣じゃ!」
「弱者の剣・・・?」
「そう。お主の父ならば、尚更使いこなす事などできまいよ」そのククロの言葉に、バッツはきょとんとする。
「俺の事、親父の息子だって認めてくれるのか?」
「エクスカリバーを “使えなかった” 事と言い、斬れはしなかったが今見たのは間違いなく “斬鉄剣” 。ワシも一度しか目にした事はないが、しかしドルガンの放った斬鉄の技はこの目に焼き付いておる」そのククロの言葉に、「一瞬の技をどうやって目に焼き付けたと言うんだか」などと呟くカインを、セリスが肘で突いたりしていたが、幸いククロには聞こえなかったようだ。
ククロはエクスカリバーをバッツに返しながら機嫌良さそうに言う。
「中に入れ。改めて用件を聞くとしよう」
そう言って、家の中に入ろうとしたククロを、バッツが呼び止めた。
「待ってくれ!」
「なんじゃ?」
「こいつを―――」バッツは傍らにあるアダマンタイトの塊を指さす。
「―――もう一度、俺に斬るチャンスをくれないか?」
「それほどまでにアダマンタイトを斬りたいか。しかしお主は剣士ではないと言っただろう。何故それほどまでに斬る事を拘る」
「・・・それは」バッツの脳裏に過ぎるのは石化した双子の姿。
正直、バッツはパロムとポロムの事を良く知らない。言葉を交した事すらない。ただ、彼らがセシルのためにその身を石へと変えて、バッツ達を救ってくれた事だけは知っている。
その事をバッツは感謝している。双子のお陰で自分が今、生きているという事を。
その件でセシルとも決闘する事にもなった。決闘の後、バッツは気絶して、その間にセシルはトロイアへ飛び立ってしまったため、うやむやになってしまったが、その件に関してバッツは自分は間違っていないと確信している。けれど。
(俺よりもずっと幼いガキを犠牲にして生き延びるなんて、二度とあっちゃいけねえんだよッ!)
もう過ぎてしまった事だ。過去を覆す事はできない。
だけどバッツは証明したかった。
もしもあの時自分が気絶していなかったら、双子を犠牲にしなくても済んだのだと。手にした剣と技で、道を斬り開くことが出来たのだと。もう二度と、全く同じ状況というのは有り得ないだろう―――しかし。
もしももう一度同じ状況になっても、誰も犠牲にせずに、斬り開くことが出来るということを、バッツは証明したかった。
「・・・・・・」
ただ、それを上手く言葉にすることはできずに押し黙っていると、ククロは何かを感じ取ったのか。
「好きにせい。どうせ扱いに困っていたものだしのう」
「マジで? ありがと!」
「しかしどうするの? エクスカリバーじゃ斬れなかったでしょう?」セリスが問いかけると、バッツは渋い顔をしてカインを振り返る。
「そこなんだけどさ・・・あの、カイン―――」
「こいつか?」と、カインは腰の剣をぽんと叩いた。
補助的な武器として使っている剣だ。ちなみにあくまでもメインは槍のため、威力よりも扱いやすさ重視であり、そのためにカインが使うには少し軽めの剣だった。
筋力の低いバッツには丁度良いかも知れない。カインはここぞとばかりに意地の悪い笑みを浮かべる。
「三ベン回ってワンと言えば貸してやる」
「ちょっと剣借りるだけで、なんでそんなことしなきゃなんねーんだよ!」
「剣は騎士の命だ。それを貸すには相応のことをして貰わねばな」憤るバッツに、上から目線で偉そうなカイン。
「・・・ “騎士の命” の割には安い相応だと思うけれど」
ぽつりとセリスが呟くが誰も聞いていない。
「あのな、俺としては多少切れ味があればなんでもいいんだよ! でも俺はエクスカリバーしか持ってないし、セリスだって剣を失ったし、辺りに落ちてるのは折れてるし―――お前の持ってるヤツしかないから仕方なく」
「ハッ、仕方なく? それが人にモノを頼む態度か!」
「があああっ、ムカツクー! いいよ、解ったよ! もう一度、このエクスカリバーで挑戦してやらあ!」カインに背を向けて、バッツは再びアダマンタイトへと向き直る―――と。
「まあ待て待て」
ククロが待ったをかけた。
「剣が欲しいのならばある。ついてくるがいい」
そう言って、彼はくるりと背を向けると歩き出した―――