第25章「地上へ」
N.「仇討ち」
main character:バッツ=クラウザー
location:ククロの家

 

「ドルガンの息子・・・じゃと」

 ククロが振り返る。それを見てバッツはにやりと笑った。

「やっぱり親父の事を知ってるんだな?」
「・・・・・・」

 バッツの問いに、しかしククロは答えない。
 じっとバッツの身体を子細に眺めて、やおら「フン!」と嫌悪感をあらわに吐き捨てる。

「戯言ならばもっと “らしい” ことを言わんか! ヤツとは似ても似付かん!」

 言われてバッツは「えー」と不満そうな声を上げる。

「ンな事言われても、俺って母親似だしなあ」
「顔の事ではないわい! その身体、それから身に纏う気配―――ドルガン=クラウザーは生粋の剣士じゃった。肉体は名刀のように強くしなやかに鍛えられ、性格は何処か飄々としていながらも、その奥には真剣を思わせる鋭さがあった!」

 ククロはそこで一呼吸して、もう一度確認するようにバッツを見やる。

「鍛冶師の端くれとして、剣を扱う “資質” は見れば解る。それなりに鍛えられてはいるようだが、ドルガンに比べて、貴様の肉体のなんたる貧相な事か! そもそも貴様からは “気” と言うものが感じられん!」
「 “気” ?」
「 “剣気” と言っても良い。剣を扱う者ならば誰もが共通して持っている “気配” じゃ。お主からはそれが感じられん。どうさロクに剣を振るった事もないのだろう!」

 そんなククロの言葉に、バッツの背後でセリスは首を傾げた。側のカインにひそひそと尋ねる。

「 “剣気” などというものは聞いた事がないけれど・・・知ってる?」
「俺も初耳だ―――が、鍛冶師ならではの感じ取る能力でも備わっているんだろう。お前が魔力を感じ取れるようにな」
「しかし、だとしても随分と頼りない感覚ね。バッツに “剣気” とやらが無いはずが無いのに」
「・・・さて、どうかな」
「どういう意味?」
「俺には剣気など感じられんが、俺にも解る事はある」

 バッツには、戦士ならば当然あるはずの “気配” が存在しない。

「それは?」
「 “殺気” だ。抑え込んでいるわけでも、隠しているわけでもない―――ヤツには殺気というものを持っていない」

 何故ならば、バッツ=クラウザーは剣士どころか戦士でもなく―――

「そりゃ俺は親父と違って “旅人” だからな」

 ククロの言葉に、バッツはそう答えた。

「貴様が旅人だろうと旅芸人だろうと、ヤツの息子ならばそれなりに “何か” を引き継いでおるハズじゃろう!」

 それに、とククロは続けて。

「仮に貴様がヤツの息子だとしても、貴様なんぞに興味はない。とっとと帰れ!」

 そう言って、彼は再び背を向けようとする―――ところへバッツが声をかけた。

「どうすれば認めてくれる?」
「なに?」
「俺がドルガン=クラウザーの息子だって、どうすれば認めてくれるんだよ」
「・・・・・・」

 バッツの問いに、ククロは無視しかけて―――ふとなにか思いついたらしく、にやりと笑う。

「面白い。ならばその技を持って示してみよ!」

 

 

******

 

 

 ククロは弟子であるタットに何かをもってこいと命ずると、バッツ達を連れて庭に出た。

「仮にもドルガンの息子だというのならヤツにしか使えぬ技は知っているじゃろう?」
「もしかして斬鉄剣の事か?」

 バッツが聞き返すと、ククロは「そうじゃ」と頷いた。
 それから、バッツの腰に下げている剣を見やり。

「見たところ中々立派な剣を持っているようじゃ。ならば、その剣でもってあるモノを斬ってもらう」
「なんだそんなことか」

 ククロの出した “課題” に、バッツはにやりと笑った。

「チッ、つまらん」

 話を聞いたカインが、本当につまらなそうに吐き捨てた。その隣ではセリスが苦笑している。

 ククロは信じていないが、バッツは正真正銘のドルガン=クラウザーの息子であり、しかも斬鉄剣の使い手でもある。
 何を持ち出されようとも、大抵のものならばバッツにとっては紙も同然だ。

 すでに斬ったも同然と思っているバッツ達の様子に、しかしククロもにやりと笑う。

「大分自信があるようじゃな?」
「まあな」

 あっさりと頷きを返すバッツに、ククロは胸中で、

(よほど “腰に下げた剣の切れ味” に自信があると見える)

 ククロの目には、バッツが持つ剣は分不相応に見えた。
 見た事のある剣では無いが、それでもただの剣ではないとは解る。

(普通の剣ではないな。魔法剣・・・か?)

  “聖剣” だとは考えない。聖剣とは選ばれし者のみが使いこなせる剣だ。
 それぞれに “条件” があり、その条件を満たさない者にとってはナマクラ以下、ただの鈍器に過ぎない。そして、偉大な剣聖の息子を騙る男が、聖剣に選ばれるとは思いもしていなかった。

(まあ、なんにせよ、すぐに化けの皮はがしてやるわ!)

 そう思ったところで、ようやくタットがやってきた。

「ひい・・・ひい・・・」

 一抱えもする大きな金属塊をタットは必死に抱え込んで運んできた。
 その様子を見て、セリスがふと訝しげな表情を浮かべる。

「・・・妙ね。ドワーフなのに、あれくらいのものを持つのに苦労するなんて」

 セリスはこの地底に来て初めてドワーフというものに出会ったが、その特性はだいたい掴んでいる。
 成人でも、人間の少年くらいの背丈しかないが、その力は普通の人間を遙かに凌駕する。

 タットが持つ金属塊は、一抱え、と言っても人間の子供が一抱え程度の大きさなので、それほど大きくはない。
 それでも人間にとっては、持ち運ぶのに一苦労するだろうが、ドワーフならば苦もなく運べるはずだ。少なくとも、ドワーフの城でセリスは何度かそう言う光景を見かけていた。

(・・・まあ、力が無いドワーフが居たっておかしく無いのかもしれないけれど)

 などとセリスが思っているうちに、タットはククロの前まで辿り着く。

「よし、じゃあそこへ乗せろ」

 ククロは傍で、武器の残骸や金属の切れ端やらが無造作に積み上がっている山を顎で指し示す。
 それはバッツの腰くらいに積まれたクズ山で、そこにタットが運んできた金属塊を乗せると、ベキゴキバキベキメキガキゴキメキ・・・と、盛大な音を立てて山の中に沈む。

「重い・・・!?」

 セリスは自分の考えが間違いだった事を悟る。
 金属塊はクズ山の中に半分ほどめり込ませていた。
 土や草などを盛った山ならば、それだけ沈んでも不自然では無いが、金属を積み重ねた山の中にそれほど沈むのは有り得ない。
 しかもクズの中を分け入ったわけではなく、明らかに金属を押しつぶし、砕く音を立てていた。

「なんだこれは・・・?」

 カインさえも驚きの表情を浮かべるのを見て、ククロが愉快そうに笑い声を立てる。

「ふわっはっはっは! 驚いたか! そして見よ! これこそが世界最硬と謳われる、 “アダマンタイト” じゃ!」
「これが・・・!」

 セリスはまじまじとクズ山に沈んだ金属塊―――アダマンタイトを見る。
 金や銀の様に煌びやかに光っているわけではない。むしろ銅に近く、暗くくすんだ色をしていた。
 だが、その名を聞いた後だと、不思議と重圧感を感じる。

「さあ、斬れるならば斬ってみよ!」

 セリス達がアダマンタイトに威圧されるのを見て、ククロは調子よく言い放つ。

「じゃが覚悟しろよ? 下手に斬りかかれば、お主の自慢の剣が―――」

 不意に、ククロの言葉が止まる。
 その視線の先は―――バッツ。

 彼はじっと、クズ山の上に沈んだアダマンタイトを見つめていた。

「これが、アダマンタイトか・・・・・・」

 呟く。
 その表情は淡々としていて、感情というものが感じられない―――が。

(な・・・なんじゃ? この威圧感は・・・!?)

 先程までの調子もどこかへ吹っ飛んで、ククロは気圧されていた。
 バッツから、さっきまでとは別人かと思うほどの “気迫” が放たれている。まるで、目の前の金属塊が、何かの仇だと言わんばかりに―――

「―――その剣は疾風の剣」

 不意にバッツは腰からエクスカリバーを抜くと、呟く。
 あらゆるものを斬り捨てる、最速最強の必殺剣を放つために。

「ちょっと待ってバッツ! いくら斬鉄剣でも、エクスカリバーじゃ無茶すぎる!」

 慌てたようにセリスが叫ぶ。
 しかし、すでに “集中” しているバッツの耳には届かない。
 が、代わりにククロが反応した。

「エクスカリバーじゃと!?」

 驚いてククロはバッツの手にした剣を見て目を見張る。
 かの聖剣を、ククロは目にした事はなかった―――が、話には聞いて知っている。そして、その剣に認められるための “条件” も彼は知っている。

(もしも本当にヤツがドルガンの息子だというのなら―――)

 ククロが胸の鼓動を速くして、バッツの姿を見つめる。
 そして―――

「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない―――」

 

 

******

 

 

 アダマンタイト。
 目の前にある金属の名前を、バッツは聞いた事があった。

 しかし見た事はない。
 何故なら “その時” バッツは気絶していて、なにをすることも出来なかったからだ。

「―――その剣は疾風の剣」

 それはセシル達がバロンをゴルベーザの手から奪回した時の事。
 カイナッツォを倒した後、城の渡り廊下で迫り来る壁の罠にかかった。

 その時に、行く手を塞いだのがこの “アダマンタイト” だ。

「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く・・・・・・」

 あの時、もしもバッツが起きていれば。
 あの時、もしもバッツがアダマンタイトを斬り捨てる事ができたなら。

 もしかしたら、双子達は犠牲にならずに済んだかも知れない。

「斬るよりも速く斬り、抗うよりも速く斬り捨てる―――」

 結果として、パロムとポロムの石化は解かれた―――と、バッツはエニシェルから聞いていた。

 それでも、あの時双子を犠牲にしてしまった事実は覆らない。
 だからこれはあの時の “仇討ち” だった。

 守りきれなかった双子のための。
 双子に守られてしまった自分のための―――

「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない・・・」

 そして必殺剣は発動する!

 

 斬鉄剣

 

 

 


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