第25章「地上へ」
M.「ククロの家」
main character:バッツ=クラウザー
location:ククロの家

 

 

 その家はこぢんまりとした二階建ての家だった。

(・・・というか、他に家がないからそう見えるだけで、トメラの村にあったドワーフの家に比べれば大きいかしら?)

 セリスは辺りを見回しながら思い直す。
 家の周辺は、だだっ広い荒野と、すぐ近くに家の屋根よりもずっと高い丘が見える。そのせいで小さく見えてしまうのだろう。

 建物自体は、トメラの村で見かけたものと同じ、普通の石造りの家だった。
 ただし家自体は普通だが、その周囲には鉱石の屑や、刃が折れた武器などが散らばっていて、さらには土や石で出来た人形が幾つもあった。人形は立っているものもあれば倒れているものもあり、あちこち斬り刻まれ、首や腕が無いモノもある。おそらくは試し斬り用の人形なのだろうが、折れた刃や赤茶けた地面と相まって、ちょっとした猟奇現場だった。

「たのもー」

 そんな中、カインとバッツは気にもせずにさっさと家の中へと入っていく。

「・・・って、早!?」

 思わず足を止めていたセリスは、慌てて二人の後を追った。
 別にセリスも、この “猟奇現場” に恐れおののいていたわけではなく、見慣れぬ光景に少し気を取られていただけだ。
 だが、カインもバッツもまるで眼中にないようで。

(つまりそれだけ、求めているという事か)

 カインは新たな槍を。
 バッツは父の足跡を。

 思えば、先程もそうだった。
 バブイルの塔が起動したと知っても、バッツ達は気にもしなかった。
 (バッツに言わせれば、カインはそれなりに気にしているらしいが)

 対して、セリスは何も求めるものはない。
 ただ、ロックと距離を置きたくて、それでなんとなくバッツ達についてきただけだ。

「・・・なにやっているのかしらね、私は」

 場違いだという想いさえ感じつつ、それでもセリスはククロの家の中へと入っていった。

 

 

******

 

 

「だーかーらー! ククロ師匠はお昼寝中ラリ」
「だったら叩き起こして来い!」

 セリスが家の中に入ると、カインが一人のドワーフと言い争いをしていた。

「客が来たんだ。寝ていようと風呂に入っていようと食事中だろうと、家主が出迎えるのが当然だろう!」

 超自分本位な事を喚き散らすカイン。
 ここに来るまでは割と大人しかったような気がするが、目的の直前まできて抑えきれなくなったのだろうか。

 肩を怒らせてドワーフに詰め寄るカインを、苦笑いしながらバッツが宥めようとする。

「おいおいそりゃムチャってもんだろ。別に会う約束もしてなかったんだし、ここは起きてくるまで待たせて貰おうぜ?」
「待ってられるか! 俺は今すぐにでも武器を手に入れ、地上に戻らねばならんのだ!」

 どうやら本音が出たらしい。
 やはりバッツの言うとおり、カインは冷めたフリをしながらも、内心では自分自身の不甲斐なさに憤っていたらしい。
 セシルから与えられた任務を失敗し、さらには武器を失ってしまった。このままただ帰るわけには行かないというわけだ。

「だからって、ここで焦って鍛冶屋の機嫌損ねて、武器を作って貰えなくなったら、それこそ意味無いだろが」
「ぐ・・・」

 バッツの言葉はもっともだと思ったのだろう。カインは言葉に詰まる。
 それから苛立たしげにバッツを強く睨み。

「馬鹿に諭されるとは・・・」

 ぴくり、とバッツは方眉を跳ね上げて何かを言い返しかけたが―――口を閉ざす。
 このまま口論になれば、最終的にカインにからかわれて終わりというオチになるだけだ。

(す、すげえぜ俺! なんか学習してる! もう馬鹿とか言わせないぜ!)

 心の中で自分自身を賞賛して、なんとか怒りを抑え込む。
 それから極力カインの存在を無視するように努めて、バッツは目の前のドワーフを振り向いた。

 このドワーフ、どうやらドワーフでも随一の鍛冶師であるククロの一番弟子らしい。
 とりあえず愛想笑いなんぞを浮かべつつ、バッツは声をかける。

「そういうわけでさ、アンタの師匠が起きるまで待たせてもらって良いか?」

 後ろではカインが不機嫌そうに嘆息するのを感じた。
 が、特に何も騒がないところを見ると、とりあえずバッツの言葉に納得したらしい。

「待つのは構わないラリが―――」

 はあ、と何故かドワーフは気落ちしたように溜息を吐いて肩を落とす。

「師匠が起きたとしても、武器は作って貰えないラリ」
「へ?」
「おい、それはどういうことだ!?」

 流石に黙っていられなくなったらしく、カインが再びククロの弟子に詰め寄った。

「三年前から、師匠はすっかりやる気を無くして寝てばかりラリ」

 どこか哀しそうに呟くその言葉に、今度はバッツが反応する。

「あのさ、三年前ってもしかして―――」
「煩いぞ! 何を騒いでおる!?」

 バッツの問いを遮るようにして、二階から怒声が降り注いできた。

 

 

******

 

 

 ククロの家の中は、外に比べて随分と片づいていた。
 家の一階部分は鍛冶場であり、それらしき道具がきちんと整理されて棚に並んでいる。
 材料である様々な鉱石も、分類されて棚に収められていた。

 整理された仕事場―――だが、整理されすぎていて、ここしばらく仕事をしていないという事が解る。

(炉に火も入っていないみたいだしな)

 セリスは鍛冶場の奥にある炉らしきものを見て思う。
 鍛冶の知識はあまりないが、それでも刃というものは鉄を熱して、叩いて造り上げるものだという事は知っている。
 実のところ鍛冶場に入るのはこれが初めてだが、本来この場所は鉄を打つ熱で熱気に溢れているということは想像に難くない―――が、今は熱など無く、むしろ外よりも涼しいくらいだった。

(ここの主は仕事もせずに寝ていたようだしな)

 と、家の中の隅、休憩用か食事用か、七、八人くらいは座れる長いテーブルが置かれ、その向こうに二階へと続く階段があった。
 その階段の上から、ドスドスと荒々しく足音を立てて、白髪を振り乱しながら一人の老ドワーフが降りてくる。

「タット! 人が気持ちよく寝ておるのに、ぎゃあぎゃあと喚きおって!」
「す、すいませんラリ! 師匠!」

 ひい、と小さく悲鳴をあげて “タット” と呼ばれたドワーフは、ククロに向かって頭を下げる。
 ずかずかと横柄な態度で歩いてくるドワーフに、まるで対抗するようにカインが「フン」と相手を見下すように見下ろした。

「寝てる場合か! わざわざ客が貴様を訪ねてきてやったんだ! とっとと飛び降りて出迎えるというのが―――」
「だからお前はちょっと黙ってろよ!?」

 慌ててバッツがカインを押しのけて前に出る。
 カインは苛立ちを募らせて、そんなバッツを押しのけようとするが―――

「ここはバッツに任せておきなさい。旅人なら、こういう時のやりとりは慣れているでしょう」

 セリスがカインの腕を引いて留める。

「―――でないと、いい加減に魔法の一つでもブチ込むぞ」
「・・・チッ」

 以前、敵ごと雷撃魔法を喰らわされた事でも思いだしたのか、カインは忌々しげに舌打ちしながらもセリスに従う。
 やれやれ、とセリスは息を吐く。正直なところ、わざわざこんな所まで来て、カインと一戦交えるつもりはない。

(それこそ、なにしてんのかしらって感じね)

 そんなことを思いつつ、セリスはバッツとククロの様子を見る。

「あぁ? 客じゃと?」

 カインの暴言のせいか、ククロはあからさまに不機嫌そうだった。
 バッツやカイン、それにセリスの姿をジロジロと眺めている。

「そう客。実は―――」
「帰れ」

 バッツが用件を言うよりも早く、ククロは即答した。ジロリ、とタットの方を一瞥して、

「そこの馬鹿弟子から聞かんかったか? ワシはもう武器など作らん。作る意味を失ってしまった・・・」

 失われた意味とやらを思い返しているのか、ククロの言葉は尻すぼみに力を失っていく。
 そんなククロの言葉を聞いて、バッツは言った。

「それだよ。なんでアンタが武器を作らなくなったか、それを聞きたいんだ」
「・・・そんなものを聞いてなんとする? そもそも、なんでワシが見も知らぬ貴様らなんぞに話さねばならん!?」

 言うに連れて、再び苛立ってきたのか、声が大きくなる。

「大体貴様らはなんじゃ!? 人の家を訪れて、名乗りもせんとは礼儀知らずも甚だしいわ!」

 怒りの言葉をバッツにぶつけ、ククロは背を向けて二階に戻ろうとする。

「帰れ。ワシは貴様らに用事など無い―――」
「俺はバッツ=クラウザー」

 去りゆく背中にバッツが名乗る。

「 “ただの旅人” で―――それから、 “剣聖” ドルガン=クラウザーの息子だよ」

 その言葉に。
 ククロは足を止めた―――

 

 

 


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