第25章「地上へ」
K.「起動」
main character:ゴルベーザ
location:バブイルの塔・クリスタルルーム
クリスタルルームに八つのクリスタルが揃う。
光と闇それぞれの、地水火風のクリスタル。
バブイルの塔を “起動” させる鍵であるそれは、揃った瞬間、互いに共鳴する。
その共鳴は塔全体に広がり、今まで封鎖されていた “回路” が解放されていく。
“回路” とは人の身体を網羅する血管のように、塔全体に伸びている魔力の回路の事だ。バブイルの塔には、あちこちに膨大な魔力が封印されている(その一部をルゲイエは “ブラックホールクラスター” のエネルギーとして使用していた)。
だが、溜め込むだけでは意味がない。クリスタルとは、溜め込んだ魔力を開放するための鍵だった。その鍵が揃った今、魔力回路は開放され、バブイルの塔全体に魔力が行き渡る。
「おお・・・」
感嘆の声を漏らしたのはゴルベーザだった。
クリスタルの共鳴と共に、塔全体に満ちる強大な魔力を感じて、感動に打ち震えた声で呟く。「これで月への道が開かれる―――私の望みが叶うのだな・・・!」
「はい、月に至ればきっと・・・」神妙に答えたのはルビカンテだ。
他にもこの場には、他の四天王―――カイナッツォやスカルミリョーネの姿がある。バルバリシアは―――「―――遅れて申し訳ありません」
慌てたようにクリスタルルームへ飛び込んできた。
ちなみに、ファブールなどでクリスタルを保管していたクリスタルルームと違い、バブイルの塔のクリスタルルームは聖なる力で守られているわけではない。
だから、ファブールでは中に入る事の出来なかったバルバリシアや、彼女と同じ立場の他の四天王達も、この場所にいる事ができる。ただし、それなりに結界のようなものは張られているようで、外からこの場へいきなり転移する、ということはできないようだった。
「遅かったな―――何かあったのか?」
「いえ・・・」ゴルベーザの問いに、バルバリシアは首を横に振る。
その様子がいつもと違う事にゴルベーザは気がついたが、特に何も追求はしなかった。代わりに。「シュウはどうした?」
「・・・彼女は、眠っています。疲れているようで」
「そうだな・・・」自分についていてくれた事をゴルベーザは思い返す。
「それよりも早く月へ―――ゴルベーザ様の望みを叶えるために!」
「ああ、解っている」頷くゴルベーザを見て、バルバリシアは心の中で自分が言った言葉と同じ―――しかし違う意味の決意を秘める。
(そう―――早く月に行って、私達の望みを叶えなければならない・・・!)
******
「塔が起動した・・・か」
バブイルの塔から少しだけ離れた場所で。
輝かんばかりの強い魔力の光を放つ塔を、シュウは振り返って見上げていた。バルバリシアの言うように、眠ってなどいない。彼女は既に塔の外へと出ていた。
無論追い出されたのではない。自分の意志だ。彼女は一人ではなかった。
その周囲には三人の人影がある。その内の一人、長身の痩せた女性がシュウに告げる。
「塔が起動し、次元エレベーターが起動すれば、バルバリシア様達はすぐに月へと向かうでしょう」
その言葉に、太った女性が頷いて言葉を継ぐ。
「ならば時間は少ないかもしれません。少し急いだ方が・・・」
「えー、でもさ、何も問題なく上手く行く可能性だってあるじゃない。てゆーか、姉様達はバルバリシア様の事を信じてないの?」背の低い少女があっけらかんとしていう。
それを二人の姉―――ドグとマグがギロリと睨んで黙殺する。「バルバリシア様は、万が一の事を考えて私達をシュウ様に託したのです」
「その “万が一” の時に遅れを取っては、顔向けが出来ないでしょう!」ホントにこの駄妹は頭弱くてやんなるぜ、とでも言いたげに二人の姉は少女―――ラグを見下した。
「あうう・・・ご、ごめんなさいぃ・・・」
「あー、ほら、あんまりケンカしないで―――それよりも、ドグの言うとおりに急いだ方が良いな」
「はい、 “マイマスター” 」シュウはメーガス三姉妹を従えて、ドワーフの城を目指して歩き出す―――
******
ガンガンガンガン!
と、ドワーフの城の外で、騒音が響き渡る。その正体は、飛空艇を修理する音だった。
「うーむ、若い血潮が真っ赤に燃えるようなハンマーさばき。お前さんスジが良いのー。どじゃ? ワシの弟子にならんかー?」
ヒャッヒャッヒャと笑いながらルゲイエが、ハンマー振るっているロックに言う。
当たり前のようにロックは嫌そうな顔を浮かべた。「誰が! てゆーか、てめえも働け!」
「し、失敬だな君は! ワシだってちゃんと働いとるわい!」
「さっきから、無駄口叩いてるばかりじゃねえかっ!」ロックが怒鳴ると、ルゲイエも憤慨したように怒鳴り返す。
「そんなことないぞい! ワシ、さっきからめっちゃ働いてるっちゅーねん!」
「とてもそうには見えないけどな」
「いやホント。すっげー働いてるって―――妄想で」
「こ、このクソジジイ・・・」ロックは睨みながら、手にしたハンマーをその巫山戯た頭に振り下ろしたくなるのを必死で堪え、代わりに。
「てゆーか、バブイルの塔がなんか光り輝いてるんだけどよ! 本当にまだ大丈夫なんだろうな!?」
ハンマーを振り上げて指し示すのは、言葉通りに光り輝く地底から地上へと大地を貫く巨塔だ。
魔道の素養がないロックは何も感じないが、直感として感じるものはあった。「なんつーか、ものすげえ “罠” の気配を感じるんだけどな! 放っておくとマジでヤバいっつーか」
具体的に何がヤバいのかは解らない。
けれど、放置していて良い物ではないと、ロックの危機感知能力が告げている。だがルゲイエはフェッフェッフェ、と笑って。
「さっきも言うたが、塔が光って唸って輝き叫んどるのは、単に塔が “起動” しただけじゃい。バブイルの塔は “兵器” でも “要塞” でもない。単に地上と月とを繋ぐ “通路” でしかない。あの塔自体は脅威ではないわい」
じゃが、と何が嬉しいのか白衣の狂科学者はにんまりと笑って付け足す。
「放置しておくと、ゴルベーザ達が月に渡って、何を引っ張ってくるか解らんがなー―――じゃから焦るのは間違っておらん。さっさと働けー!」
「てめえもだあああああああああっ!」いい加減にブチ切れて、ロックはルゲイエに向かってハンマーを振りかぶった―――
******
バブイルの塔で奪った飛空艇―――ファルコン号(命名エッジ)。
その修復のために、ロックやドワーフが忙しく動き回っている。その彼らに向かって偉そうに指示を出す狂科学者を、二人の忍者が遠巻きに眺めていた。
「なあ・・・いいのかよ、オフクロ?」
エッジがジュエルに尋ねると、母は「なにが?」と問い返す。
「だからあのジジイだよ! 放っといていいのか? あいつは親父の仇で・・・」
「でも直接の仇ってわけでもないでしょ? それに、地上に出るにはあいつの力が必要なんでしょ?」
「ハッタリかもしれないぜ?」
「だったらそうと解った時に殺せばいいのよ」さらりと告げるジュエルに、エッジは背筋に寒気が走る。
何気なく言ったその言葉の中に、言いようの無い深い感情を感じたからだ。
ジュエルも別に、ルゲイエの事を許しているわけではない―――ただ、感情に流されて大局を見失うようでは一流の忍者とは言えない。目的の為ならば、親の仇とも手を結ぶ―――それこそが真の “忍” というものだった。(俺だって、わかっちゃいるつもりだけどよ・・・)
「ともあれ、 “塔” があんな風になった以上、なおさら手段は選んでられないわ」
ジュエルは光り輝くバブイルの塔を見る。
エブラーナは、代々あの塔を守護してきたが、クリスタルを集めるとどうなるかなどは伝えられては居なかった。
つまり、ああやって光り輝いているのも知らなかった事で―――これからどうなってしまうのかも解らない。「対策を練るにしても、地上に戻らなければ話にならないでしょ」
ジュエルはそう言いながら、視線をルゲイエへと戻す―――と、ついにロックがキレたらしく、大きめのハンマーをブンブンと振り回し、ルゲイエを追いかける姿が見えた。
「・・・俺達よりも先に、ロックがブッ殺しちまいそーな」
「んー、そうかも」あはは、とジュエルは軽快に笑う―――目は笑っていなかったが。
「それよりもアンタ、あの子の事はいいの?」
「あの子って?」
「リディアの事。ユフィの事を差し置いて、狙ってたんじゃなかったっけ?」
「なんでそこで、アイツの名前が出てくるのかが甚だ疑問だが」心底いやーな顔をしてから嘆息する。
「なんかリディア、不機嫌でさあ・・・近づき難いって言うか・・・今も、一人っきりで部屋の中に閉じ篭もってるし」
そう言って、エッジはドワーフの城の方を振り返った―――
******
「・・・魔力?」
強い魔力を感じて、リディアは顔を上げた。
だがすぐに興味を失ったように、抱えた膝の上に顔を埋める。ドワーフの城の一室だ。
トメラの村から帰還した後、リディアは一人この部屋のベッドの上で、眠るでもなくただ体育座りで座り込んでいた。一人だ。
いつもは側にいるブリット達の姿もない。
リディアは今、誰とも会いたくなかった、話しもしたくなかった、一人になりたかった。
だから、ブリット達ともリンクを切って、一人で部屋の中に閉じ篭もっている。心の中がぐちゃぐちゃとしている。
原因はわかっている。
バッツが自分の胸に刃を突き立てた瞬間が、どうしても頭から離れない。無事にバッツは生き返った事は解っている。
けれど―――「馬鹿」
呟く。
その馬鹿もここにはいない。
リディアの事など放っておいて、ドワーフの鍛冶師とやらの所に行ってしまったらしい。別に気にして欲しいと思っているわけではないが、居なければ居ないで何か嫌な気分になる。余計に心がざわめく。
(嘘だ)
心の何処かで、反論が返ってくる。
(気にして欲しくないなんて嘘。本当は―――)
「違うわよ、馬鹿ッ!」
自分の心の声に対し、リディアは怒鳴る。
すると目の前で「ひゃああああっ!?」という悲鳴が聞こえた。「え・・・?」
「い、いきなり大声出さないでよっ!」見れば、目の前に昆虫の羽を生やした小さなお人形―――もとい、“こびと” が空中に浮かんでキーキーと叫んでいる。
「ていうか、誰が馬鹿だってのよ! 馬鹿って言ったヤツが馬鹿なんだぞー!」
「ええっと、虫?」
「誰が虫だー!」羽を生やした “こびと” は、大きく胸を張って偉そうに告げる。
「アタシはエアリィ。由緒正しい風の幻獣、シルフ様よ!」
「・・・そのシルフ様があたしになんの用よ?」シルフという幻獣の事は知っていた。
ただ、幻界には居なかったので見た事がなかったが、それでも正体を聞いて特に驚くこともなくリディアは聞き返す。対して、エアリィと名乗ったシルフは偉そうな態度のまま。
「ようやく見つけたわよ、召喚士の人間! さあ、さっさとアタシについてきなさい!」
「え、なんで・・・?」話が見えず、リディアは思わず首を傾げた―――
******
「―――バブイルの塔が起動したか・・・」
彼は静かに呟いた。
どこか諦めのこもった呟きだ。年老いた老人だった。
頭の天辺は禿げ上がり、側頭部からは地面にまで届くような長い白髪が伸びている。
青いローブを身に纏い、その姿は老練の魔道士そのものだった。天を仰いでみる―――と、見上げた先にはくりぬかれた天井があり、そのさらに先には青い星が浮かんでいた。
「ゼムスめ・・・封印されながらもここまでやるか―――しかし」
その目が険しく細められる。
見た目は老人でありながら、その眼力には見た目以上の力が秘められていた。「そう易々とやられはせぬ・・・例え相手が誰であろうとも―――!」
青き星を見上げ、彼は静かに・・・しかし力強く呟いた―――