第25章「地上へ」
J.「道中」
main character:バッツ=クラウザー
location:地底

 

「いつまで歩かせる気だ?」
「俺に文句を言うなよ」

 ぶつくさと呟くカインにバッツが答える。

「なに? もしかしてバテたの?」

 くすくすと笑いながらカインに言ったのはセリスだ。
 フン、とカインは鼻で笑い。

「そんなわけあるか。ただ飽きただけだ―――全く、旅人なんざやっているやつの気がしれんな。歩き回ってなにが楽しいと言うんだか」
「もうちょっと景色とか楽しみゃいいのに」
「・・・赤茶色の大地が広がるだけで、何を楽しめと言うんだ」

 イライラと苛立つカインの言うとおり、確かに楽しめる風景は地底にはない。
 初めて地底に来た時は、ここが地獄かと思うような光景に目を奪われたが、慣れてしまえば彩りもなにもない。

 カイン達三人は、ドワーフでも随一と呼ばれる鍛冶師、ククロの家を目指していた。
 戦車はロック達が乗って行ってしまったので、徒歩である。
 魔物に対する防衛用にか、トメラの村にも戦車はあった―――が、流石にそれを貸してくれとも言えなかった。

「・・・リディアにココでも召喚してもらって、貸して貰えれば良かったんだけどなあ」

 バッツは苦笑い。
 どうにもバッツが “自殺” してからリディアは機嫌が悪く、バッツが頼んだとしても聞いてくれなかっただろう。
 バッツ以外の者なら尚更だ。下手すればブリットやアスラでも難しいかも知れない。

 そんなわけで、乗り物のあてもなく三人はククロの家まで歩いていた。

「ボコが居ればなー」
「お前のチョコボか? 口笛吹いたら走ってきたりしないのか?」
「聞こえりゃ来てくれるだろうけど―――いや無理か、溶岩の河があるし」

 ドワーフの城とトメラの村の間には溶岩で分断されている。
 だからこそ戦車を借りたのだし、なによりそれがなければバッツはボコに乗ってきただろう。

「ああ、クソ! ヒマだ! 退屈だ! 魔物でも襲ってこい!」

 イライライライラ、とカインの苛立ちは最高潮に達していた。

「魔物が近寄らないのは、お前が倒しまくったせいだろが」

 呆れたようにバッツがツッコミを入れる。
 村を出て一時間と経たずに、バッツ達は魔物の群れに襲われた―――のを、カインがあっさりと一蹴。
 得意武器である槍はなく、腰の剣一本だけだというのに、バッツやセリスの出番は無かった。

 で、そんな事が四度ほどあり、気がつけば魔物達はばったりと途絶えてしまった。

 周囲に魔物の気配はある―――が、カインを怖れてか、遠巻きに伺うだけで襲ってこようとはしない。

「ちっ、同胞が殺されたなら仇を討ちにくるべきだろうに」
「そんな風に殺気と死臭を撒き散らしてたら、人間だろうと魔物のだろうと、大概のヤツは近寄ってこないと思うぞ」

 前述の通り、魔物の群れと大立ち回りをしたカインの全身は血まみれだった。無論、100%返り血で、カインはかすり傷一つ負っていない。

「無益な殺生しやがって。わざわざ殺さなくても、追い払うだけで良かったんじゃないか?」

 バッツがやや不機嫌そうに言うと、カインはそれを上回る機嫌の悪さで言い返す。

「フン! 僧侶でもそんなに甘っちょろい事は言わんぞ―――というか、そもそも貴様が墓を作るなどと言い出さなければ、今頃は鍛冶師の家にたどり着けたはずだ!」

 カインが屠った魔物達の墓を、バッツは作ってやった。
 墓、と言ってもこの辺りの地面は非常に固い。だから、魔物達の亡骸を整然と並べてやり、手頃な石を添えてやった程度のものだが。

 しかしそれだけでも割と時間がかかり、四度の魔物の群れの分を合わせれば、それだけで半日近く経過している。
 トメラの村を出たのが昨日の早朝で、無理すればその日の夜(と言っても、地底では昼夜の区別など無いが、便宜上)には目的地にたどり着けるはずだった―――が、墓を作っていたせいで、一晩野宿するハメになったのだ。

「文句言うならさっさと一人で先に行けば良かっただろ!」
「貴様が道案内しなくてどうする!」

 トメラの村の武器屋の店員から、鍛冶師ククロの家までのルートはカインも聞いていた―――が、何分地底の風景というのは、あまり代わり映えしなくてよく解らない。幾つか目印になるようなポイントを聞いたが、ここまでの道のりでその “目印” に気がついたのはバッツだけだった。

 太陽が見えないせいか方向感覚も怪しく、正直なところ、カインもセリスも今自分がどの方角に進んでいるのか解らない。
 目隠しされて、その場を一回転でもさせられれば、自分がさっきまでどっちの方を向いていたのかすら解らなくなるだろう。

 早い話、もしもバッツと別れてカインが一人で先に進めば、ちゃんとたどり着ける自信が―――付け加えれば、トメラの村に戻る自信も―――無かった。

「だったら文句言うなよ。というか、お前がやたらに魔物を殺さなければ・・・!」
「魔物は殺す! 当たり前の事だろう!」

 ―――この二人の主張の違い。
 性格もあるが、それ以上に “立場” 的な違いが大きい。

  “騎士” であるカインは、国民を守る立場にある。
 故に人を襲う可能性のある魔物を見れば、問答無用で殲滅する。
 もしも雑魚だから、自分に害がないからと見逃してしまえば、その魔物に力無き民が襲われるかも知れないのだ。

 魔物を滅ぼす事は、騎士としての義務であり仕事であった。
 ・・・もっとも、カインの場合は単に有り余る戦闘力を発揮して暴れたいという意味合いも強いのだが。

 一方で “旅人” であるバッツは、自分がいつ野垂れ死ぬかも解らない流れの生活だ。だからこそ、道で行き倒れに遭遇したら墓を作り、身元がわかれば形見を取って故郷に届けてやろうともする。
 また、魔物が相手でも殺すのを避けるのは、優しさだけではない。旅人の最優先事項は、敵を倒す事ではなく “生き抜く事” だ。だから自然に、余分な体力を使って魔物を屠るよりも、如何に少ない労力でその場を逃げ出すかということを考える。もちろん、必要とあれば戦う事も厭わないが。

 そんなこともあり、バッツに限らず “旅人” は無闇に命を奪う事を好まず、時には僧侶よりも亡骸に対して慈悲深くなる。
 もっとも、魔物の墓まで作ろうとするのは、バッツくらいなものだろうが。

「いがみ合うヒマがあるなら、さっさと行きましょう」

 いつの間にか足が止まっていたカインとバッツに、セリスが尤もな意見を言う。

 と、二人の視線がセリスに集まった。

「・・・なに?」
「いや、そう言えばセリスが居たじゃん!」
「え、私、もしかして空気扱いだったの?」
「そうじゃなくて、魔法だよマホー! なんか一気に目的地につける魔法とか無いのか?」

 バッツがいうと、セリスは少し考えて。

「そうね、転移魔法で知らない場所に跳ぶのは不安だし、危ないけど――― “速く” 目的地につける魔法ならあるわよ。自分を含む時間の流れを加速する魔法」
「お、ならそれで頼むぜ」

 バッツが頼むと、セリスは「はいはい」と、詠唱して魔法を唱える。

「『ヘイスト』」

 三人を魔法が包み込み、時間が加速する。

「よし、これで俺達は速くなったわけだな!」

 嬉しそうにはしゃいでバッツは歩き出し、その後をカインとセリスが続く―――が、しばらく歩いてバッツは怪訝そうに立ち止まり、セリスを振り返る。

「・・・なあ、あんまり速くなったように感じないんだけど」

  “速く” なるというから、てっきり普通に歩いていても走るようなスピードで進めるのかと思ったのだが。
 別になにも変わらず―――例えば、周囲の風景が凄い速さで通り過ぎるとか―――魔法をかける前と何も変わらない。

「だから言ったでしょう?  “自分を含む時間の流れを加速する魔法” だって」
「はあ?」

 セリスに改めて説明されるが、バッツはいまいち意味が解らない。
 しかしカインは理解したらしく「そういうことか」と面白く無さそうに呟いた。

「つまり体感時間は変わらんという事か」
「そう言う事」
「どういう事?」

 やっぱりバッツには上手く理解出来なかったらしい。
 セリスは苦笑して、地面に転がっている小石を拾い上げた。

「つまり、こういうことよ」

 そう言いながら、手にした小石を前に向かって放り投げる。
 投げられた小石は放物線を描いて地面に落ちる―――はずだったのだが。

「・・・あれ?」

 バッツは思わず声を上げた。
 セリスの手から離れた小石は、放り出された瞬間、まるで水の中を進むようにゆっくりと宙を進んでいく。よくよく見れば、その動きは放物線を描いているようだが―――なんにせよ、バッツが予測したよりも遙かに小石の速度は遅かった。

 と、セリスは未だ宙にある小石に近寄ると、再び掴んだ。

「私達が “速くなった” のではなく、周囲が “遅くなった” って考えると分かり易いかしら?」
「周りが遅くなった・・・って、意味あるのか? それ」
「実際の時間的には速く目的地につける―――でも、さっきカインが言ったように体感時間、つまり私達が感じている時間の長さは変わらないから」
「・・・ええと?」
「私達的には、魔法をかけてもかけなくても変わらないって事―――あ、それと、もうそろそろ効果も切れるから」

 そうセリスが言った途端、加速魔法の効果は切れた。
 もっとも、バッツとカインには何が変わったのかよく解らなかったが。

 カインは足下の小石を拾い上げて、それを前方に投げる―――と、石は普通に放物線を描いて地面に落ちた。

「確かに効果は切れたようだな」
「ていうか早くねえ!?」

 バッツのツッコミにセリスは微笑む。

「本来は戦闘用の魔法だから―――数分持てば、決着を付けるには十分でしょう?」

 悪戯っぽく笑うセリスを、バッツは半眼で見返す。

「なあ・・・もしかして、俺、馬鹿にされたのか?」
「なんだ、今頃気がついたのか」

 フッ、とカインが冷笑を浮かべると、「そんなことないわよ」とセリスはまだ笑いながら。

「ちょっとからかっただけ」
「何が違うってんだ!」

 不機嫌に言い返して、バッツはズンズンと先へ進む。

 「遊びすぎたかしら?」と苦笑しながら、セリスはバッツを追いかけようとして―――不意に背後を振り返った。

「どうかしたか?」

 セリスが振り向いた先にはカインが居る―――が、セリスが振り向いたのは彼ではなかった。そのずっと先、目では見えない遙か彼方の方角だ。

「なにか・・・魔力が―――遠いけど、それでもここまで感じる強い魔力が・・・」
「おい、どうかしたのか?」

 声に振り返れば、セリスの様子に不穏なものを感じたのか、バッツが戻ってくるところだった。

「塔がどうかしたのかよ?」
「塔、というのはバブイルの塔の事か?」

 カインが尋ねると、バッツはセリスが見つめていた方を指さして頷く。

「おう。あっちがこの前の塔のある方向だぜ」

 自信満々にいうが、距離が在りすぎるため塔の姿は影も見えず、そもそもそっちの方角が北か南かもわからない。
 だが。

「でも確かに、バブイルの塔ならば納得がいく。ゴルベーザが集めたクリスタルで何かをして、それで塔に魔力が集まっているとしたら―――」

 こくり、と唾を飲み込み、緊迫した様相でセリスはバブイルの塔がある方向を見つめ続けた―――

 


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