第25章「地上へ」
I .「迷い」
main character:ゴルベーザ
location:??????

 

 

 魔法陣だ。

 さほど広くはない部屋に魔法陣が描かれ、その中央に一人の女性が立っている。
 さらりとした銀髪を、長く腰まで伸ばしている女性だ。

 と、そんな彼女に誰かが近寄った。
 漆黒の鎧に身を包んだ男だ。その横顔は苦痛に歪み、辛そうに女性を見つめている。

 対し、女性は苦笑を浮かべていた。
 そして、黒い鎧の男に何事か囁く。「大丈夫」「哀しまないで」―――そう言った意味の言葉だ。

 やがて二人は軽く抱擁を交して、男は女性から離れていく。

 魔法陣の中に女性一人になると、不意に魔法陣が光り輝き始める。
 その光は徐々に強くなっていき、それは女性を包み込んでいく。

「―――の事、お願いね」

 光の中に消える寸前、彼女はこちらを向いて微笑み呟いた。
 対してこちらはただ黙って―――何か一言でも喋れば、抑え込んでいた感情が爆発してしまいそうで―――頷いた。

 彼女から託された、大事なものを抱えるように抱きしめながら――― 

 

 

******

 

 

 光と闇の戦い。
 五つの光に対するは五つの闇。
 光は星を守るために世界を封印し、闇は人を守るために光に抗する。

 その戦いを、自分の腕の中にある大事なものをぎゅっと抱きしめて見守り続けていた。

 それはどちらが善で、どちらが悪という話ではなかった。

 ただ、己が守りたいもののために戦い―――互いに、その守るべき対象が異なると言うだけだった。

 戦いは光の方が優勢。
 大きな一つの光に従う四つの光は、同じく大きな一つの闇と共に戦う四つの闇を押し込んでいく。

 だが、追い込まれる寸前、大きな一つの闇がそれらの光を蹴散らす。

 その闇は強大だった。
 同じ大きな一つの光が相対するが、しかし圧倒的に闇は呑み込もうとする。

 決着が着くかと思われた瞬間、闇は動きを止めた。
 そしてさらに膨れあがり味方である闇をも呑みこもうとする―――暴走だった。

 対し、大きな一つの光は闇に対して最後の一撃を繰り出そうと、他の光の力を借りて力を溜め、増幅させ、それを闇に向かって解き放つ。

 光と闇の激突。
 世界が壊れてしまうような衝撃が響き渡り、 “それ” は現出する―――

 

 

******

 

 

 気がつけば見知らぬ場所にいた。
 自分が誰なのかも上手く理解出来ない。

 ただ気づく。
 腕の中にはなにも無かった。
 大事な人達から託された大事なものがあったはずなのに、それは失われてしまっていた。

 それに気づいて号泣する。
 見知らぬ場所、己自身すら解らぬ状態で、ただ嘆いた。

 頭が酷くズキズキと痛む―――が、そんなものよりも “失ってしまった” 喪失感のほうが強かった。

 嘆きながら自問する。
 何故失ってしまったのか? と、何故守る事が出来なかったのか? と。

(―――それはお前が無力だったからだ)

 頭の中に誰かの声が響く。
 己の問いかけに答えるようなその声に、嘆きを止める。

 声はさらに続けた。

(お前に力があれば、何も失わずに済んだのだ―――)

「力・・・」

 呟く。
 その通りだと思った。
 自分が幼く、無力だったからなにもできなかった。ただ見守る事しかできなかった。

 力さえあれば、力さえあれば、力さえあれば!

 大事な人達を守る事も出来たのに―――

(力を望むか?)

 頭の中に響く声を、最早不思議とも思わずに素直に頷いた。
 その反応に、声の主は笑ったような気がした。

(ならば力を授けよう―――我が意を受け入れよ、ゴルベーザ!)

 その言葉に、ゴルベーザは抗うことはせず、そして―――

 

 

******

 

 

「う・・・?」
「あ、目を覚ましたか?」

 目覚め、身を起こす―――と、傍らにほっとしたような顔のシュウがいた。

「私は・・・?」

 ぼんやりとする頭を抑え、ゴルベーザは周囲を見回す。
 バブイルの塔の一室だ。その部屋にあるベッドに、ゴルベーザは寝かされていた。

 何か夢を見ていたような気がする―――が、どんな夢だったかは上手く思い出せない。
 ただ酷く懐かしく―――それでいて哀しい夢だった、気がする。

「大丈夫? 気分は・・・どうだ?」

 心配そうにシュウが問いかける。
 ゴルベーザは苦笑を返して。

「なにをそんなに心配している?」
「当たり前だ! 部屋についた途端、いきなり倒れて―――それから三日も眠り続けていたんだぞ! スカルミリョーネが言うには、単なる疲労のせいだから、寝かせておけば良いと言っていたからそうしたが・・・」

 そう言って、シュウは疲れたように嘆息する。
 よくよく見れば、そういうシュウの表情にも疲労の色が濃い。目の下には隈もできている。

「・・・もしかして、ずっと側についててくれたのか?」

 言われてシュウは驚いたように目を開いて、それからふいっと視線を反らす。

「別にずっとじゃない」

 それは少しだけ本当だった。
 倒れたゴルベーザをベッドに寝かせた後、シュウはそのことを四天王達に告げた。
 スカルミリョーネの診断を聞いてから、一旦は自室に戻ったのだが、心配でたまらず、結局はゴルベーザの側に来てしまった。

「心配かけてしまったようだな」
「べ、別に心配なんかしていない」
「・・・さっき心配していると、思い切り肯定された気がするが」
「う・・・」

 言い返されて、シュウは気まずそうな顔をする。
 と、ゴルベーザはベッドから降りて立ち上がる。

「・・・もう起きてもいいのか?」
「ああ、お前のお陰でゆっくり休めた」
「私はなにも・・・」
「それよりも、お前こそ休んでいないのだろう? 使うか?」

 ゴルベーザが自分が寝ていたベッドを視線で示すと、シュウはしばしぼーっとベッドを見つめて―――やがて顔を真っ赤にして怒鳴る。

「馬鹿ッ! 男の寝た後の寝床を使うなど、そんな破廉恥な事ができるか!」
「は、破廉恥なのか?」

 ふむそれは知らなかったなと、ゴルベーザは生真面目に呟く。

「だ、だが無理にと言うのなら、休んでやっても―――」

 などと言っていると、部屋の扉が開く。
 そこから姿を現わしたのはバルバリシアだ。

「ゴルベーザ様、お目覚めになられましたか」
「うむ。・・・済まなかったな、この大事な時に」
「いえ・・・それよりも、早くクリスタルルームへ。皆が待っております」

 ん? と、シュウはそういうバルバリシアの態度に疑問を覚えた。
 口調はいつもとなんら代わりはない―――が、いつもの彼女ならもう少しゴルベーザの身体を気遣うはずだ。
 それに、どうにも雰囲気がいつもより張りつめている気がする。

(全てのクリスタルが集まり、いよいよ目的が遂げられる―――それで緊張しているのか?)

 そんな風にシュウが思っていると、ゴルベーザが疑問を発する。

「まだ起動させていないのか?」
「はい。やはりこれはゴルベーザ様自らの手で起動させるべきかと」
「そうか、解った」

 頷いて、ゴルベーザは部屋を出ようとする―――寸前で、彼はシュウを振り返った。

「そう言えばお前の問いに答えていなかったな」
「問い・・・? ああ―――」

 

 ―――月に行って―――力を手に入れてどうするんだ?

 

 クリスタルを全て集め、塔に帰還した時にシュウが発した問いかけ。
 その問いに答える前にゴルベーザは倒れてしまった。

「私には守りたいものがあった―――守らねばならぬものが。それがなんであるか忘れてしまったが、ただ失ってしまった事だけは覚えている」

 大事な人から託されたもの。この腕の中にあったもの。

「その “失われたもの” とやらを取り戻すために?」
「・・・解らない」
「え?」
「解らないが・・・力を得れば、私は救われる・・・そう思っているのかもしれない」

 そう答えるゴルベーザの傍らで、バルバリシアが悲痛な表情を浮かべる―――が、それにゴルベーザもシュウも気づかなかった。
 ゴルベーザはシュウに苦笑いを浮かべる。

「軽蔑するか?」
「え・・・?」
「このフォールス中を巻き込み、お前の仲間も犠牲にした―――その理由がこんなあやふやなもので、お前は私を軽蔑するか?」

 その問いに、シュウは虚を突かれて戸惑う。
 ゴルベーザの様子は普段と変わらない―――が、その問いはまるで―――

(迷っている・・・のか?)

 思いつつ、なんと答えるべきかと考える。

 シュウがフォールスに来たのは、クリスタル集めが佳境に入ってからだった。
 だが、それまでにゴルベーザがどんなことをやってきたのか、情報としては知っている。
 バロンを影で操り、フォールスの諸国を軍事力で蹂躙し、強引にクリスタルを集めてきた。

 どんな理由があろうとも、それは決して “正義” とは呼べない行いだ。

 しかし―――

「軽蔑なんかしない」

 気がつけば、シュウはそう答えていた。

「理由があやふやだろうと、お前にとってはそれが必要な事だったのだろう? ならば、軽蔑なんてするものか」

 例え間違っていようと。
 それが “悪” と呼ばれるものであろうとも。

 シュウはゴルベーザを信じようと思った。
 自分が信じる事で、彼の不安が取り除けるのであれば、地獄に堕ちても構わないとすら思う。

 それと同時に確信する。

(私はこいつに惚れてしまったんだ)

 まだ出会って一ヶ月と経っていない。
 けれど、どうしようもなくこの男に惹かれている自分に、シュウは気づいた。
 それは一度、身を挺して庇われた恩などという、一時の感情によるものではない。

 威風堂々としていながらも、ゴルベーザは疲れ、傷ついていた。
 ドワーフの城からクリスタルを奪った後、受けた傷のためとはいえ、その後昏々と眠り続け、今回もまた疲労によって倒れた。
 ゴルベーザの中にある “脆さ” 。それを感じ取ったからこそ、シュウはゴルベーザの元に居る事を選択し―――脆さを内に秘めながらも、己の目的に向けて前に進み続ける “強さ” に惹かれたのだろう。

 ゴルベーザはシュウの答えを聞いて、フッ、と微笑む。

「ありがとう。その言葉で、少しは救われた気がする」

 そう言い残して、ゴルベーザは部屋の外に出た―――

 

 

******

 

 

 ―――部屋を後にして、ゴルベーザは一人で塔のクリスタルルームへと向かう。
 その途中で、ゴルベーザはふと立ち止まった。
 そして、先程自分の言った言葉を思い返す。

「・・・ “救われた” と言ったのか? 私は・・・」

 救われる必要などないはずだった。
 シュウに言ったとおり理由はあやふやだが、クリスタルを集めて “力” を得る事は、ゴルベーザの望みのはずだった。
 少なくとも、その “望み” だけは確かなはずだった。

 それなのに、どうして―――

 

 ―――お前は私を軽蔑するか?

 

 どうしてあんなことを聞いてしまったのだろう?
 誰に軽蔑されようと、悪だと誹られようとも、構う事など無いはずなのに。

 今更―――

 

 ―――少しは救われた気がする。

 

 フォールスに争乱を持ち込んでおいて、そのことで今更救われたいなどと思っていなかったはずなのに。

 そもそも、今まで “何故” 力を求めるかなどと、そんな理由など気にしてはいなかったのに―――

「もうすぐ望みが叶う・・・感傷なのかもしれんな・・・・・・」

 一人呟いて、ゴルベーザは再び歩み始める―――

 

 

******

 

 

「―――お前はゴルベーザについていかないのか?」

 シュウは、何故か部屋に残ったバルバリシアへと問いかける。
 問いかけながら、ちらちらと、さっきまでゴルベーザが眠っていたベッドをチラ見していたり。

 ちなみにその脳内。

(まあ本人にも勧められた事だし睡眠不足で眠いのは確かだし今から与えられた自室に戻るのも少し億劫だしちょっとくらい一眠りしていっても良いというか当然というか当たり前というかで別に温もりとか匂いとかそんな破廉恥な事を考えているわけでは決してなく―――)

 さっき、ちょっと格好良い事言った誰かさんは何処へやら。

 と、まあ、そんな風に色惚けスイッチが入っちゃってたせいで、バルバリシアの雰囲気がいつもと違う事に気づくのが遅れた。

「貴方に少し用事が―――いいえ、 “挨拶” というべきかしらね」

 いうなり、バルバリシアは “パチン” と指を鳴らす―――次の瞬間、シュウを取り囲むように三つの影が出現する。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャーン♪ プリティー・ラグちゃんふっかーつ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「え、あ、あれ・・・?」

 出現した途端、騒ぎ立てる背の低い三女を、太目の貫禄のある長女と背が高く痩せた次女が冷たい目で蔑んでいた。
 その視線は「相変わらず空気の読めなさは天下一品だなぁオイ」「ラグ・・・本ッ気で要らない子。もう1回、○ねばいいのに」などとかなり雄弁に語っていた。

「ご、ごめんなさいお姉ちゃん。じ、自重するから、そんな他人の様な目で見つめないでー!」
「「お姉ちゃん?」」

 長女次女が言葉を合わせて首を傾げる。
 なんで “お姉ちゃん” なんて呼ばれたのか解らないと言った様子だ。

「あううう・・・」

 めそめそと泣き崩れるラグ―――は放っておいて、バルバリシアは「こほん」と気を取り直すように咳払い。

「―――ドグ、マグ!」
「「ハッ!」」

 バルバリシアの号令に、メーガス三姉妹の長女と次女―――ドグとマグが、シュウの両腕をそれぞれとがっちりとホールド。

「あ、あれ? あたいナチュラルにハブられてるー!?」

 三女が喚くがとりあえず無視。

「どういうつもりだ?」

 いきなり捕まえられ、シュウは驚き困惑する。
 そこで初めて気がついた。バルバリシアが、こちらを冷たく見つめているのを―――

「貴方は邪魔なのよ」
「邪魔・・・?」
「そう。貴方が来てからゴルベーザ様は少しだけ “安らぎ” を得てしまった―――二度もお倒れになったのはその所為だ! ・・・今までは、どんなに傷ついても、私達がどんなに休息を勧めても聞かず、気を張りつめ、 “望み” のために立ち続けたというのに!」
「え・・・?」
「それだけじゃないわ! 今までゴルベーザ様には “迷い” が無かった。何があろうとも “力を得る” その望みを叶える意志があった―――けれど、ほんの僅かだけれど、その意志が揺らぎ始めている」

 それはシュウも先程感じた事だった。
 ゴルベーザの “弱気” や “不安” ―――それらから来る “迷い” を感じた。

「貴方がいればゴルベーザ様は弱くなる―――だから貴方は邪魔なのよ!」
「私を殺すのか?」

 シュウの問いに、バルバリシアは首を横に振る。

「いいえ。今までゴルベーザ様に尽くしてくれた事は事実。それに免じて命だけは取らない―――けれど、ここからは出て行って貰うわ」

 そう言って、バルバリシアはドグとマグに目配せする。
 すると、シュウの両腕を捕まえた二人は、シュウを部屋の外へと連れ出そうとする。

 シュウはそれに抵抗しなかった。
 バルバリシアに言われた事がショックだったからではない。
 一瞬だけ―――ほんの一瞬だけ、苦しそうな表情を見せた―――そんな気がしたからだ。

 それは言葉にすることは出来ない想いを、必死で堪えようとしているようにも見えた―――

「バルバリシア」

 部屋を追い出される直前、シュウはバルバリシアを振り返った。

「あの人の事、頼む・・・!」
「言われなくても」

 頷く彼女に、シュウは微笑んで部屋を出て行った―――

「・・・・・・」

 三人が出て行った扉を、バルバリシアは無言で見つめる。

(そう。ゴルベーザ様は私が守る。・・・・・・でも、私が駄目だった時には、シュウ・・・貴方だけが―――)

「あのー」
「えっ!?」

 いきなり下から声をかけられて、バルバリシアは驚いて飛び上がる。
 空中に浮かんだまま下を見下ろせば、困ったようにラグがこちらを見上げていた。

「あの・・・あたい、置いて行かれた見たいなんだけど、どうしましょう」
「・・・さっさと追いかけなさい!」
「は、はいっ」

 バルバリシアに怒鳴られて、ラグは慌てて部屋を飛び出して行った―――
 

 


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