第25章「地上へ」
H.「別行動」
main character:セリス=シェール
location:トメラの村・武器屋

 

「あー、酷い目にあった」

 身体を確認するように、あちこちを撫でながらエッジが息を吐く。
 改めてセリスが施した回復魔法で、エッジの傷は完全に回復していた。もう痛みも感じない。
 エッジの傷は全身に渡っていたが、殆どがただの擦り傷(+セリスの肘鉄による打撲)で、深い傷はなかった。だから、それほど白魔法が得意ではないセリスでも、問題なく治癒する事ができた。

「半分は自業自得だろう」

 侮蔑と共に呟いたのはカインだった。

「なんでだ!? ちょーっとナンパしただけだぞ俺! それがなんでこうまで心身ともにダメージ受けなきゃなんねーんだ!?」

 エッジの抗議に、カインは「やれやれ」と横目でセリスの方を見やり、

「この女に手を出した男は確実に不幸になる―――そんな常識を知らなかったお前が悪い」
「・・・そんな常識聞いた覚えがないんだけど?」

 セリスがカインをにらみ返す。
 するとカインは「フッ」と冷笑を浮かべる。

「今俺が作った」
「勝手に常識を作らないでくれるかしら?」
「・・・ “不幸を呼ぶ女” ってフレーズ、格好良いとは思わないか?」
「思わないわよ」

 セリスが静かに反論すると、カインは「チッ」と舌打ちする。

「つまらんな」
「貴方を楽しませるために生きてるわけじゃないからね」

 「フン」とセリスはカインとにらみ合う。
 バチバチと火花が散ってるような二人を見て、エッジは何故か感嘆する。

「すげえ、どっちも一歩も退かねえ」
「ほっとけよ。似たもの同士、気が合いすぎて反発してるんだろ」

 バッツが呟くと、カインとセリスは同時にバッツを振り返る。

「「誰が似たもの同士だ!?」」

 異口同音。
 と、思わず声を揃えてしまった事に、二人は再びにらみ合う。

「真似をしないで貰おうか」
「それはこっちの台詞だ」

 二人はみっともなく怒鳴りあったりはしない。
 あくまでも静かに―――しかしその声音は、押し殺した感情が圧縮されて込められている。
 もしも言葉に秘める感情で人を殺せるとしたら、並の人間ならば即死に違いない。

 そんな二人は放っておいて、バッツはエッジを振り返った。

「あ、そうだエッジ、丁度見せたいもんがあったんだ」
「見せたいモノ? 言っておくが、俺の目は少々肥えてるぜ?」

 なにやら自信満々に返すエッジに、バッツは「へえ」と感心したように呟く。
 するとエッジはさらに調子づいて続けた。

「 “諜報活動” と称して、フォールス中のエロ本を収拾した俺様だからな。ちょっとやそっとの代物じゃ、もう反応すらしないぜ!」
「誰がエロ本を見せるつったよ」

 呆れたように嘆息して、バッツは手にした刀をエッジに見せる。

「この刀なんだけど」
「なんだよ刀かよ―――刀!?」

 エッジはバッツから刀を受け取り、鞘を抜いて刃を子細に眺める。

「うわ、忍者刀じゃねえか。しかも下手すりゃウチで使ってるモンよりも業物だぜ!?」

 しばし眺めた後、ぱちんと鞘に刀を戻す。

「これ、どこで? まさかここで売ってたわけじゃないよな?」

 先程カインが言ったような、ドワーフの特性をエッジも理解していた。
 そして、 “刀” と呼ばれる武器は、 “斬る” という攻撃に特化した武器であり、槍以上に “速さ” が重要となる武器だ(刀の中でも例外はあり、 “太刀” と呼ばれるものは、その限りではないが)。

 早い話、槍以上に刀はドワーフにとって相性が悪い武器だ。忍者刀は短めなので、普通の刀よりはドワーフには合っているかも知れないが、それでも “多少は” というレベルである。

「ここの売り物ラリよ?」

 と、答えたのはドワーフの店員。
 エッジは「はあ?」と首を傾げる。

「なんでドワーフの店に!? 売れないだろ!?」
「そうでもないラリ」
「刀を使うドワーフなんか居るのか?」
「いないラリ」
「・・・おいこら、おちょくってのか?」

 馬鹿にされているのかとエッジが凄んでみせるが、ドワーフの店員は全く動ぜずに普通に返答する。

「使わないけど飾るラリ」
「・・・そう言う意味かよ」

 納得して、エッジは再び手にした “阿修羅” と銘の打たれた刀を見る。
 この刀は、上等の業物であるが、それと同じくして工芸品としても価値があるということだ。

 ぱっと見た目は華美な装飾などされていない、地味とも言える剣だ。
 先程カインが触っていた斧の方が、よっぽど華美な装飾が施されていて目を引く。

 しかしこの “刀” は “刀” そのものが美しい。
 刃は滑らかな曲線を描き、すらりと鞘から刃を引き抜けば、片刃に鮮やかな刃文が走っている。
 それらは後付けの装飾などではない。至上の武器を作らんと、鍛冶職人が工夫を凝らし、心身を込めて打ち上げた際に自然と生まれるものだ。

 カインは先程の斧に目を奪われていたが、この刀はそれ以上の “完成度” だ。
 だからこそ、見る者が見れば惹かれ、例え振るう事ができなくとも側に置いておきたいと思うのだろう。

「ちなみにこいつの値段は? ―――ていうか、ドワーフ達って通貨は使ってるのか?」

 エッジが尋ねる。
 父との戦いで失った刀は、それなりの業物だったが、この “阿修羅” はその上を行く。代わりの武器としては十分すぎる代物だ。

「地上の銀貨で構わんラリよ。銀には変わりないラリ。それでお値段は―――」

 提示された金額を聞いて、エッジは渋い顔をする。

「ちょ、ちょっと持ち合わせがねえなあ・・・」

 というか、実のところエッジは一銭も持っていない。
 エブラーナの城に行けば、それなりに蓄えがあるはずだが、あそこは今ゴルベーザの魔物達に絶賛占拠中だ。

 エッジはちらりとセリスとカインを見やるが、二人とも首を横に振る。

「本国に戻ればそれくらいは払えるがな」
「右に同じだ」

 当たり前と言えば当たり前かも知れない。
 店員に言われた金額は、普通に持ち歩くような金額ではなかった。

 最後にバッツの方に視線を移すが。

「お前、旅人に何を期待してるんだよ?」
「だよなあ」

 これでバッツが「ん? 金? いいぜ、そんぐらい出してやるよ」とかいってポンと出されたら見る目が変わったかも知れない。いや逆に引くかも。

「ちぇっ、もーちょっと安ければ、下働きさせてもらって、とか思ったんだがな」
「ちょっとバイトしただけで買える値段じゃねえよな」

 エッジが肩を落とし、バッツが苦笑する。

「ジオット王に頼むのはどうだ?」

 セリスが提案する。以前、地底に来た時にもセリスは武器を “ファイナルストライク” で失い、代わりの武器を譲って貰った。
 色々と協力・援助されっぱなしでこれ以上頼むのは心苦しいが、頼めばこれくらいの代金は払ってくれるだろう。

「どっちにしろ、ここは出直すしかねえか」

 舌打ちしながら、エッジは店員に刀を渡す―――が、差し出された刀を、ドワーフの店員はじっと見つめたまま受け取ろうとしない。

「この刀、欲しいラリか?」
「ん? ああ、これほどの刀は俺もあんまし見た事がねえ。下手すりゃ親父が使ってた銘刀よりも格上かもしれねーし」

 が、金額は今支払える額ではなかった。
 残念そうなエッジに、ドワーフはさらに尋ねる。

「部屋に飾るために欲しいラリか?」
「馬鹿言え。振るうために決まってるだろ」

 エッジの返答に、ドワーフはしばし悩み―――しばらくして、差し出された刀を押し返す。

「おい?」
「くれてやるラリ」
「はあ?」
「今まで長い事この店を開いてきたラリが、刀を使うために欲しいと言ったのはアンタが初めてラリ」

 それはそうだろう。当然、ドワーフの武器屋の客はドワーフしかいない。

「その刀も飾られるより、使って貰った方が喜ぶラリ」
「そりゃそうかも知れないけどよ? いいのか?」

 先程の金額を聞く前ならば喜んで頂いただろうが、なまじ正確な値段を聞いてしまったために、タダで受け取るのは気が引ける。
 そうエッジが思っていると、ドワーフは「それなら」と提案をする。

「タダでもらうのが悪いと思うなら、一つ頼まれごとをして欲しいラリ」
「頼まれごと?」
「その刀、作ったのはドワーフの中でも一番の鍛冶師と呼ばれるククロという爺さんラリ。けど、三年くらい前にその刀を最後に、鍛冶の仕事をやめてしまったラリ」

 ドワーフの頼み事とは、そのククロというドワーフに仕事を辞めた “理由” を聞きだして欲しいとの事。
 勿論、ドワーフ達も話を聞こうとしたのだが、ククロは「やる気が無くなった」「意味が無くなった」と繰り返すばかりでまともに答えようとはしない。

 異邦人であるエッジ達ならばもしかしたら興味を持つかも知れない。
 それに、ククロは仕事を辞める直前まで、仕事として斧などドワーフ用の武器を作る一方で、 “刀” を打つ事に情熱を注いでいた。
 少しでも軽く、少しでも強く、少しでも鋭く。
 至高の刀を打つために、試行錯誤を積み重ねていたという。エッジが譲って貰った “阿修羅” も、そうした中の一振りだった。

 だから刀を使える人間ならば、ククロも話をしてくれるかもしれない、とドワーフの店員は付け足した。

「三年前・・・か・・・」
「あん? どうかしたか?」

 ドワーフの話を聞いてふと呟いたバッツに、エッジが尋ねる。
 バッツは「なんでもない」と誤魔化しながら、なんとなしに父親―――ドルガン=クラウザーのことを連想していた。

(親父が死んだのも三年前―――まさか関係ないよな)

 ドルガンがこの地底を訪れたという話は、当人から聞いた覚えがある。
 だが、ククロという名前は聞き覚えがない。だが―――

(・・・そーいや親父の形見の刀、あれって誰が作ったもんなんだ?)

 無銘の刀。
 今までバッツは、故郷の村にあったものだと思い込んでいたが。

 エッジが手にしている刀を見やる。
 先程刀を抜いた時、なんとなく見覚えがある様な気がした。形見の刀に似ているかもしれない。

「ククロ爺さんの家は、この村から1日ほど歩いた場所にあるラリ」

 ドワーフの説明にエッジはうーん、と首を傾げる。

「1日か・・・明日にゃドワーフの城に戻らなきゃいけないだろ?」

 ―――本当は封印の洞窟からすぐにでも城に戻るべきだったかも知れない。
 だが、疲労しているところを無理に強行軍で押し通せば、途中でどんなトラブルがあるかも解らない。
 魔物や、或いはゴルベーザ達に襲われれば、それこそ致命的な事になりかねなかった。
 村長にクリスタルが奪われてしまったことを伝える必要もあったので、一晩だけこの村に泊まる事にしたのだが―――流石にこれ以上はのんびりしていられない。

「別行動をとれば良いだろう。どうせすぐに地上に戻れるとは思えんしな」

 カインの提案に、しかしエッジは首を横に振る。

「俺はあのルゲイエの事があるから、寄り道はできねえよ。城に残ってるおふくろに引き合わせて、それで、どうするかを決めねえと・・・」

 いいつつも、エッジからは殺気が漏れていた。今すぐにでも父の仇を取りたいと思っているのだろう。

「・・・なら俺が行くよ」

 そう言ったのはバッツだ。

「刀なら俺だって使えるし、エッジの代わりにはなるだろ」
「俺も行こう」

 続けて言ったのはカインだった。「なんで?」という顔で他の面々が見ると、彼はフン、とあらぬ方向を向く。
 その視線の先には、さきほどカインが眺めて駄目出しした槍があった。

「ドワーフの鍛冶師のくせに、刀を打つような変人だろう? ならば頼めば槍を作ってくれるかもしれん」

 まだ諦めていなかったらしい。
 いや、諦めかけたところで “変人” の鍛冶師の話を聞いて期待してしまったのか。

「あ、それなら私も良いかしら?」

 おずおずと手を挙げたのはセリスだった。

「私も武器がないから、つくって貰えたらって」

 皆の視線が彼女に集まる―――のは、なにもセリスまで同行するのが不自然だったわけではない。
 何故か、彼女の口調がいつもよりも弱気だったからだ。

 セリスにしてみれば、武器が欲しいというのも本音ではあったが、一番の理由は。

(・・・ロックと、少し離れた方がいいかも、なんて言えないし)

「その手で剣を握れるのか?」

 カインがセリスの左手―――利き手を見て指摘する。
 彼女の手は、まだ焼けただれたままだ。ちょっとした荷物を持つくらいなら問題ないが、剣のように重いモノを振り回すのは難しいだろう。

「今はまだ難しいけど、少しずつ魔法で癒してるから―――あと数日もあれば剣を振るえるようになると思う」

 痕は残るでしょうけどね、と彼女は苦笑する。

 ちなみに魔法で一気に回復させることもできるが、それをしないのは、深い傷を無理に回復させれば肉体の組織が脆くなるからだ。
 緊急時ならばともかく、余裕があるならば回復魔法は肉体が持つ自然治癒力を補助する程度に留めるのが良い。

「んじゃ、エッジは行けないけど、代わりに俺達三人がククロって爺さんの所に行って話を聞く―――それでいいか?」

 バッツがドワーフに尋ねると、彼は頷いた。

「構わないラリ」

 彼にとっても駄目元のつもりなのだろう。

「よし、じゃあ決まりだな」

 そう言って、バッツは手を打った―――

 

 

******

 

 

 翌日―――

「そーゆーわけで、鍛冶師の爺さんに会ってくるぜ」

 村の外に止めてある戦車の前で、バッツはロックに告げる。

「ああ、わかった。お前らなら心配ないとは思うけど気をつけてな―――こっちも、地上に出る目処がついたら迎えに行く」
「そいや地上に出る方法は解ったのか?」

 バッツの問いかけに、ロックは微妙に視線を反らす。

「方法・・・というか手段というか・・・」

 何故かロックがごにょごにょと言葉を濁していると、代わりにキチガイじみた声が響いてきた。

「おーまーかーせー! ワシの科学力をナメンなー!」
「だからてめえは黙ってろ!」

 縄で縛られているルゲイエ。その縄の一端をエッジが握っている。
 ちなみに城に戻る組で外に出ているのはその三人だけだ。リディアは早々にアスラと一緒に戦車の中に篭もってしまった。

 それを聞いて「嫌われたなあ」とバッツは苦笑した。

「地上に戻る方法は・・・まあ、こっちでなんとかするから」
「おう、任せた」
「早くしろよ。できればゴルベーザが行動を起こす前に」

 カインが釘を刺すとロックは「解ってるよ」と苦笑して。
 それからバッツとカインの背後に隠れるようにしている彼女を見やり。

「セリス」

 名を呼ぶ。
 呼ばれたセリスは、びくりと身を震わせた。

「な、なにかしら?」

 平静を保っているように振る舞っているつもりだろうが―――明らかに動揺している。
 構わずロックはセリスに近づくと、彼女に向かって左手を差し出す。

「え―――?」

 ロックの行為にセリスはきょとんとして―――不意に息を呑む。
 無意識のうちに手が自分の懐―――ロックから貰ったナイフが仕舞ってある懐に添えられる。

(まさか、ナイフを返せって・・・)

 嫌だ、とセリスは思った。
 ロックに振られるのは仕方ないと思う。
 けれどせめて、思い人の持ち物だけは持っていたいと思った。

「だ、駄目・・・っ」
「へ? 握手するの、駄目か」
「え? あ、握手・・・?」
「そう、握手」

 きょとんとするセリスに、ロックはさらに手を―――左手を突き出してくる。
 それくらいなら―――と左手を出しかけて、セリスは動きを止めた。セリスの左手は火傷で醜く焼けただれている。

「・・・嫌か?」

 ロックの問いに、セリスは躊躇いながらも左手を差し出した。
 と、おずおずと差し出された手を、奪うようにロックの手が掴む。両手で。

「えっ!? ロ、ロックッ!?」
「んー・・・と」

 ロックは無遠慮にセリスの左手を触る。何かを確認するようにまさぐり―――

「な、なにしてるのっ!?」

 気恥ずかしさに耐えられなくなって、セリスはロックから手を引き戻す。

「痛かったか?」
「もう痛みはないけど・・・」
「そっか―――あ、そうだ、俺のナイフなんだけどさ」

 ロックのついでのように付け足された言葉に、セリスはぎくりと身体を強ばらせる。

「ちょっと貸してくれ」
「か、返さないわよ―――って、え?」

 予想していた事と微妙に違う事を言われ、セリスは首を傾げる。

「貸してくれ・・・?」
「一度やったモンを、今更返してくれなんて言わねえよ。でもしばらく使うアテもないだろ? だから次に会う時まで貸してくれよ」
「何をするの?」
「秘密」

 にやり、とロックは笑う。
 その笑みに、セリスは眉をひそめた。

(・・・なんで、そんな風に普段通りなのよ!)

 普段通り―――それも、最近はロックもセリスに対して態度がおかしかったのが、以前に―――丁度、セリスがロックに “敗北” した頃の調子に戻っているような気がする。

(私はこんなに苦しくて、切なくて、まともにロックの顔も見られないのに!)

 なんだか段々と不条理を感じ、苛立ってくる。
 その勢いで、セリスはロックのナイフを取り出すと、それを乱暴に差し出した。
 差し出されたナイフをロックは受け取り―――それを見て、セリスは苛立ちをぶつけるように怒鳴った。

「ちゃんと返して!」
「解ってるって」

 セリスの怒鳴り声にも何処吹く顔で、受け取ったナイフを懐にしまい込むと、くるりと背を向ける。

「それじゃな」

 後ろ手に手を振って、さっさと戦車に乗り込もうとする。

「あ・・・・・・」

 そんなロックの背中に、セリスはなにか声をかけようとして―――しかし結局何も言わず、苛立ちを表情に表わしたまま、ロックに対して背を向けた―――

 


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