第25章「地上へ」
G.「彼女の本質」
main character:セリス=シェール
location:トメラの村

 

 真っ白な抜け殻になったエッジを引き摺って、セリスは武器屋へと向かった。

(・・・というか支えてくれるとか言っていた気がするのに、なんで逆になっているのかしら)

 釈然としない思いで村の中を歩く。
 別に放置しておいても良かった気がするが、どうやらエッジが力尽きたのはセリスの責任の様な気がして、仕方なく連れて行く事にした。

 ちなみに武器屋に向かっているのは、そこにカイン達が居ると思ったからだ。
 と言っても、エッジから聞いたわけではない。行き先を聞く前に、この男は廃人となってしまった。

 ―――ついでにカイン達の様子でも見てくれば? つーか、お前もセリスも必要っちゃ必要だろ。

 辛うじて思い出したロックの言葉。
 カインの用事で、しかも自分やエッジにも “必要” と言えば思い当たる事は一つしかない。
 三人の共通点と言えば、武器を失ったばかりだということ。必要となるのは新しい武器だ。

 だから行くとしたら武器屋か鍛冶屋のどちらかだろう―――そう推論した。
 以前、バッツと “散歩” した時に武器屋を見かけていた。だからとりあえずそこへ向かう。

 ―――程なくして、目指す武器屋へと辿り着く。
 扉を開き、中に入ってみれば「いらっしゃいラリー」とドワーフの店員の景気よい声が出迎えた。
 店内を見回し、程なくしてセリスは自分の推測が当たっていた事を知った。

「やはりここにいたのね」

 カインとバッツの後ろ姿を見つけ、セリスはずっと引き摺っていた荷物を店の入り口放置して二人に近寄―――ろうとしたところで、店員が慌てて声をかけてくる。

「お客さん、粗大ゴミで入り口を塞がないで欲しいラリ!」
「あ、ごめんなさい」
「って、誰がゴミだああああああああっ!」

 “粗大ゴミ” ―――もとい、エッジが勢いよく立ち上がって叫ぶ。
 対し、セリスと店員は無言で示しあわせたようにエッジを指さす。その反応に、エッジがさらなる怒りで怒鳴りかえそうとしたところで、

「あれー、お前らどうしてここに?」

 騒ぎを聞きつけたバッツとカインが近寄ってくる。
 と、バッツはエッジの姿を見て眉をひそめる。

「どうしたんだよお前、そんなズタボロの格好で」

 バッツの言うとおり、エッジの身体は服はあちこち擦り切れて土に汚れ、身体も擦り傷だらけだった。さっきまでのように、ぐったりと倒れていたなら粗大ゴミと言われても仕方ない―――そんな様相だ。

 バッツの問いに、エッジは歯をむき出しにして怒りを顕わにし、セリスに指を突き付ける。

「この女だ! この女がこの俺様を精神的に傷つけ、しかもゴミクズのように引き摺って―――ちくしょー! チャンスだと思ったのに! 傷心だから、ちょーっと優しくすればモノにできると思ったのに! 騙されたああああああっ!」
「・・・なんか失礼なこと言われてる?」

 騒ぐエッジに、セリスが首を傾げる。
 フン、とカインは侮蔑を隠そうともせず、エッジを鼻で笑う。

「何を勘違いしたかは知らんが、この女は本質的にSだぞ? 付き合うならそれ相応の覚悟は必要だ」
「さっきから心外な事ばかり言ってくれるわね?」

 不満そうな表情でセリスは反論した。

「私は心優しいとまで言う気はないけれど、それなりに気は遣ったのわよ! ちょっとだけ失礼な事を言った件についてはちゃんと謝ったし、放っておくのも可哀想だから、ここまで連れてきて上げたし!」
「俺の名前っつーか存在忘れてた挙句に止め刺して、なおかつここまでボロゾーキンのように引き摺ってきただけだろが! このドS女!」

 ムカ、とセリスの目が少しつり上がる。
 そんな彼女の様子には気づかず、エッジはさらにまくし立てる。

「ああ、クソ体中が痛ぇっ! 悪いと思うなら懇切丁寧に身体使った気持ちの良い看病をしてもらおうか!」

 この期に及んで助平根性を発揮出来るのは、或る意味で立派かも知れない。

「そうね、じゃあ “早く” 怪我は治さないとね?」

 セリスは、そっとエッジの怪我に優しく指を添わせた。
 その仕草は女性ならではの艶めかしさがあり、思わずエッジはどきりとする。

「じゃあ、すぐに回復魔法を使うから、抵抗しないでね・・・?」
「お、おう・・・」

 セリスの甘い口調に、エッジはドギマギする。
 そんな様子を見て、カインは「馬鹿なヤツだ」と嘆息し、バッツはなんとなくセリスから戦慄を感じて一歩退く。

「行くわよ―――『ケアルラ』」
「ぎええええええええええええええええええっ!?」

 セリスが魔法を唱え、淡い光がエッジの傷を包んだと思った次の瞬間、エッジの口からは絶叫が放たれていた。
 傷の痛みがさらに倍加されたような激痛に、エッジはその場にのたうちまわる。

 それをセリスは「あら」と冷笑を浮かべて見やり、

「急いで傷を治して上げようとおもって、詠唱無しで強引に魔法発動させたら失敗してしまったわ。悪いわね?」

 ざーとらしく謝罪するが、当のエッジは聞いていない。
 あまりの激痛のせいか、もはや暴れ回ることなく、びくんびくんと静かに痙攣を繰り返している。

「本気で哀れだな・・・」

 普段なら冷笑、嘲笑するカインだが、幼馴染の凶悪な白魔法を連想しているためか、その表情には心底からの同情が浮かんでいた。

「く、くそ・・・このアマ・・・」

 どうやらようやく痛みが治まってきたらしい。
 エッジは息絶え絶えになりながら、怒りに燃える目でセリスを睨む。

 そんなエッジに、セリスは苦笑いする。

「ちょっと冗談が過ぎたわね。今度は本当に回復して―――」
「ヒ、ヒィッ!?」

 手を伸ばしてくるセリスに、エッジはすぐさま怒りを引っ込めて、怯えた顔で倒れた状態のまま後ずさる。

 ―――ちなみに詠唱無しで唱えた魔法は、威力など無いに等しい。
 セリスだからこそそれなりに効果を発揮させる事ができたが、並の魔道士ならば発動すらしなかっただろう。
 今の魔法も、 “痛みを与えた” わけではない。あくまでも回復魔法の不完全な効果として、痛覚を活性化させて、ここに来る途中で積み重ねてきた体中の傷の痛みを再体験させただけなのだ。一度に。

 しかしそれも、エッジが魔法に対して抵抗すれば全く効果を現わさなかっただろう。
 だからセリスは予め「抵抗しないでね」と前置いたのだ。

 だがエッジは勿論、その他の者たちもセリス以外は魔法に詳しくなく、そんなことは解らない。

「ほ、本物の鬼かお前はーーー!」

 セリスの手の届かない場所まで逃げて身を起こし、エッジは絶叫する。

「あの、別に私は・・・」
「ほら見ろ俺の言ったとおりだったろう。この女は真性のサディストだと」

 カインがしみじみと呟く。

「ち、違うわよ! 今度はちゃんとやるから! “傷つきし者よ、光の安らぎに―――”
「も、問答無用ってことかよ! こ、こうなったらやられる前にやってやるぜええええっ!」

 詠唱を開始するセリスに、エッジは痛みを堪えて立ち上がると、そのままセリスへと飛びかかる。

“―――その身をゆだね” ―――って、ちょっと!?」
「うおおおおおおっ!」

 傷を負っているせいか、エッジの動きは鈍かった。
 しかし魔法に集中していたせいかセリスは反応が遅れ、殴りかかってきたエッジの拳を紙一重で回避し―――

「ぐあっ!?」
「あ」

 ―――反射的に肘を突き出してカウンターを見舞う。
 肘鉄がエッジの鼻っ柱に突きたたり、彼は鼻血を撒き散らしながら仰向けに倒れた。

「・・・今の完璧にキマったな。完全にオチてやがる」

 バッツが倒れたままぴくりとも動かないエッジの様子を確認する。
 それから畏怖を込めてセリスを振り向く。

「そういや言ってたっけ。敵は全て殲滅する冷徹な “常勝将軍” だって・・・」
「ち、違う―――いや冷徹な将軍っていうのは本当だけど、そうじゃなくて!」
「フッ・・・解っているさ」

 カインはエッジを見下ろして呟く。

「これでもまだ手加減した方だ。もしもここが戦場だったなら、確実に息の根を止めている―――そう言いたいんだろう?」
「違ううううううううううううっ!」

 武器屋内に響き渡ったセリスの抗議の声は、しかしその場の誰にも受け入れられる事は無かった―――

 


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