第25章「地上へ」
F.「刀」
main character:カイン=ハイウィンド
location:トメラの村・武器屋

 

 

「・・・ロクなものがないな」

 トメラの村の武器屋
 カインはそこに並べられている品物を見て落胆の息を吐いた。

 ―――封印の洞窟にて、カインは長年愛用してきた槍を失ってしまった。
 銘はないが、カイン専用にと作られたオーダーメイドの銀の槍で、強くしなやかでさらには軽いという、竜騎士にとっては最上の武器であった。

 あれ以上のものがそうそう転がっているとは思わなかったが、それでもここはドワーフの村だ。
 この地底に来るまで、カインはドワーフというものを “おとぎ話” でしか知らなかったが、伝え聞くところによると、ドワーフ族というのは鈍重な外見とは裏腹に、手先が器用で様々な加工技術に優れているという。
 それは武具も例外ではなく、ドワーフ達が作る武器はとても品質が高い。物語でも、度々 “ドワーフ族の作った武具” が登場しては、架空の英雄達がそれを振るい、悪しき竜や魔王達を屠っていた。

 おとぎ話を鵜呑みにするほどカインは子供ではないが、それでもドワーフの技術が優れている事は事実のようで、だから少し期待して武器屋を訪れてみたのだが、どうやら徒労のようだった。

 一応、槍は置いてあった。しかし粗悪品とまでは言わないが、それでも今まで使っていた槍よりは数段劣る。強度は十分だが、しなやかさが無く、さらには重い。加えて致命的なのが長さだった。ドワーフ用であるためか、やたらと短い。

 少年時代にこれくらいの長さの槍を父にプレゼントされ、時間を経つのも忘れて振り回していたな―――などと、懐かしく思っていると。

「うっわー、重ッ! 持ち上がんねー!」

 少し離れた場所で馬鹿が一人騒いでいた。見れば、ドワーフの斧を持ち上げようとして―――びくとも動かせていない。
 体術の奥義とも言える “無拍子” を使いこなし、無類の戦闘力を誇るバッツだが、致命的に筋力が無い。女子供よりはあるだろうが、剣を振るった事もないような一般人と比べても同じかやや劣るくらいの腕力だ。

 そんな彼が、力の強いドワーフ用の斧を持ち上げられるはずもなく。

「・・・勝手についてきて、なにやってるんだあの馬鹿は」

 呆れたようにカインは呟く。
 カインが武器屋に行くというのを聞いて、それなら俺もとバッツが言い出したのだ。
 武器を失ったカインと違い、バッツにはエクスカリバーがある。武器やなんぞに用事はないだろうとカインが言うと、バッツは朗らかに笑って。

「用事がなくてヒマだから行くんだろ。馬鹿だなあ」

 次の瞬間、エブラーナに行く直前にバロン城の中庭で行われた、とびっきりの最強対最強の二回戦が開始されたが、槍を持たないカインでは決め手にかける。苛立たしげに舌打ちして、握りしめた拳を引っ込めると「馬鹿につきあってられるか」と捨て台詞を吐いて、武器屋に向かった。その後を普通にバッツもついて行き―――今に至ると言うわけだ。

「―――斧や大剣はなかなか良いものが揃っているんだがな」

 馬鹿の事は放っておいて、棚に並べられている巨大な斧の刃をなぞる。
 巨人すらも両断出来そうな、カインの身体ほどもある斧だ。
 しかしただ大きいだけではなく、その刃は鋭く、よく鍛えられている。基本、斧に “切れ味” はあまり必要ない。何故なら、斧というのは振り上げて振り下ろすだけのもので、 “斬り裂く” のではなく “断ち切る” ための武器だからだ。特にこれほどの巨大な斧ならば、刃の切れ味よりもその重みで敵を両断できるし、なにより一度でも地面に振り下ろせば、刃が耐えきれずに一発で潰れてしまうだろう。

 だが、カインの目の前にある斧は、名刀かくやというほどに鍛えられ、振り下ろせば刃が砕けるどころか、地面が割れそうな鋭さを見せていた。
 さらには無骨な斧だというのに、不思議と目を引き付けてやまない魅力がある。それなりに装飾は凝られているがそれだけが原因ではない。それは “斧” という武器の中で、一つの完成形と言えるモノであるためだ。

 完成された逸品に、斧に興味のない者でも思わず目を奪われてしまう。

「・・・これと同じレベルの槍があれば使ってみたいと思うんだが―――それも仕方ないということか」
「何で仕方ないんだ?」

 いつの間にか寄ってきたバッツが問いかけてくる。どうやら斧を弄るのも飽きたらしい。

 無視しても良かったのだが、このまま宿に帰っても手持ちぶさたなだけだ。
 そう思い、暇潰しに解説してやる事にする。

「槍を扱う上で、力以上に敏捷性が必要となる」
「おう、そりゃお前やフライヤを見てれば何となく解るぜ」

 槍というのはリーチが長い分、隙が大きくなると言う欠点がある。
 特に良くあるパターンとして、突きを避けられると同時に懐に飛び込まれれば、対応するには槍を捨てるしかない。

 槍を持った兵士達が一列に並んで、隙間無く槍を突き出して突撃するのならばともかく、一人の槍使いとして敵と戦うならば、突く速度と同じ速度で槍を戻し、敵に接近されたなら即座に間合いの外に離脱する敏捷性は必須となる。

 そういう意味では、瞬発力の高い “竜騎士” とは槍使いとして理想的だった。

「ならば解るだろう。ドワーフ達はチビで腹が出ていて短足、お世辞にも俊敏とは言えない」
「・・・短足云々は言わなくて良かったんじゃないか?」

 聞かれてやしないだろうな、とバッツは武器屋の店員をおそるおそる振り返る。
 もちろん店員はドワーフだったが、レジカウンターの中で欠伸をしているだけで、どうやらこちらの会話は届いていないようだった。

 もっとも、聞こえたところで陽気なドワーフの事だ。そう怒りはしなかったかもしれないが。

「短足でチビということは、腕の長さも短いということだ―――そんなドワーフが長い槍を振り回せば、地面につっかえる」

 だから、ここで売られている槍は極端に短い。

「あー、なるほどなー」

 地面に槍の端がつっかえて、棒高跳びの選手のように槍に持ち上げられているドワーフを、バッツは想像した。

「身の丈にもあわず、なにより “速度” で敵を貫く槍よりも、 “力” で粉砕する斧や棍棒、大剣の方がドワーフ達にとっては使い勝手が良いと言う事だ。つまり、ドワーフ達にとって “槍” というのは需要がない」
「なるほどなあ・・・って、それ最初から解ってたんだよな? ならなんでわざわざ武器屋になんて来たんだよ?」

 バッツの疑問に、カインは「フン」と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「もしかしたら、と思って来ただけだ―――が、無駄足だったようだな」
「まあ、こうして見回してみても、ゴツイ武器ばっかりで―――あれ?」

 武器屋の一角。そこに置いてあったものに、バッツは目を留める。

「どうした? いい槍でも見つけたか?」
「いや、槍じゃないけど・・・あれ、刀、だよな?」

 やや反りのある、黒い鞘に収められた剣だ。
 手にとって少し抜いてみれば、美しい文様の入った片刃が姿を現わす。
 その刃の付け根には、 “阿修羅” と銘が打たれてあった。

「刀・・・しかもこれ、ドワーフ用じゃなくて、人間サイズだよな?」
「そうか? 俺には少し短く感じるが・・・」

 カインが異を唱えると、バッツは刀を鞘にパチンと収め直す。

「そりゃ “サムライ” の使う刀じゃなくて―――ほら、エッジが持ってただろ?  “忍者刀” ってヤツだからだ」

 忍者の使う忍者刀は、何よりも使い勝手を主としている。
 そのため、普通の刀よりは丈を短くし、狭い場所でも振り回しやすく作られているのだ。

 バッツは手にした刀に目を落とす。
 ふと、なにか一瞬だけ懐旧の念に捕われた。不思議なことに、この刀を初めて見たような気がしない。

(なんだ・・・?)

 と、バッツが首を傾げていると―――

「いらっしゃいラリー!」

 店員が声を上げる。
 振り返ってみれば、馴染みのある客が店の中に入ってくるところだった―――

 


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