第25章「地上へ」
E.「エドワード=ジェラルダイン」
main character:セリス=シェール
location:トメラの村・宿屋
「・・・う・・・うっ・・・うくっ・・・」
宿のすぐ外。
セリスは宿屋の壁に身体を預け、嗚咽を堪えていた。それをどうして良いか解らずに、エッジがオロオロと困ったように見守っている。
「えーと、そろそろ落ち着いたかよ?」
「・・・・・・」こくん、と頷くセリス―――が、嗚咽を無理矢理押し込んでいるのは見れば解る。
「ていうかなんでいきなり泣き出したんだ?」
「うっ・・・」エッジの疑問に、抑えていた悲しみが再び溢れだす。
言えるわけがない。
部屋を出る間際、手を振ってセリス達を送り出したロックの姿が―――(あの時―――光に満ちたあの場所で、 “拒絶” された時の事と重なったなんて、言えるわけがない)
ロックにフラれるのは仕方ないと思っている。少なくとも、仕方のない事だとは思おうとしている。
けれど、そのままロックと二度と会えなくなるのは―――想像するだけで胸が苦しくなり、頭の中がぐちゃぐちゃになって、堪えようもなく泣き出したくなる。今のロックは死ぬ意志は無いように思う。少なくとも今すぐに自殺しそうな気配は無い(と、セリスは思い込もうとしているが、ロックとまともに目を合わせられなかった彼女にそんな判断出来るはずがない―――もっとも、ロックに死ぬ意志が無いのは正解だが)。
さっきのだってロックは軽い挨拶のつもりだったのだろう。それは当たり前のように誰もがすることだ。
それは解っている、解っているのだが・・・・・・。(私はこんな弱い人間だったの・・・?)
涙を堪えながら、セリスは己の情けなさに愕然とする。
自分は強い人間だと思っていた――― “ガストラの常勝将軍” は自他共に認める強さを持っていた。それに比べて今の自分はどうだろうか。
たった一人の男の事で一喜一憂し、こんなにも脆く心を惑わせている。
ロックを失う事をひたすら怖れ、そのことで他の事が何も考えられなくなるくらいに哀しく、切なく、苦しみに打ちのめされ―――それに抗う事も出来ない。ここにいるのは、 “セリス=シェール” というただの女性だった。
「あー・・・やっぱロックのヤツを呼んでくるか?」
「待って!」どうせ原因はあいつだろ、とエッジは宿の中へ戻ろうとする。
だが、素早くその腕をセリスが掴む。(駄目だ・・・これ以上、ロックの側にいたら、私・・・本当に駄目になる!)
「良いから、行きましょう。私はもう、大丈夫だから」
大丈夫じゃなかった。
涙で目は潤み、瞳が揺らいでいる。
哀しみを堪えているためか顔は紅潮し、必死な顔でエッジを見つめていた。「そうは言っても―――」
言いかけて、エッジは言葉を止めた。
(・・・よく見るとこいつ、かなりイイ女だよな?)
ガストラの人間、ということでエッジにとっては間接的には父親の仇だった。
それにガストラの女将軍の話は聞いている―――それもあって、今までは “女性” という認識が薄かったのだが。こうして “ただの女の子” なセリスを見ていると、手の一つも出したくなってくる。
(子細はよくわかんねーが落ち込んでいるし、口説き落とすチャンスか? 据え膳食わぬは男の恥だ。ここは一丁優しい言葉で慰めつつ口説き落としてみるとすっか)
とかなんとか考えつつ、エッジはさり気なくセリスの肩なんかを抱いてみる。
セリスは身をびくりと震わせて、驚いたようにエッジに顔を向けた。「え・・・なに・・・?」
対してエッジは嘘くさい笑顔を浮かべ。
「大丈夫か? ふらついてるぜ?」
「そ、そう、かしら?」
「―――ま、ロックの代わりにはなんねーかも知れないけどさ、少しだけ支えさせてくれよ」(よーしよし! ナイス俺優しさアッピーーール! 傷ついてるところに押しつけない程度の優しさ。俺が女だったらマジ墜ちてるね絶対!)
そんなエッジの心中など解らないセリスは、微笑みを返した。
「・・・ありがとう。それならしばらく頼もうかしら」
そういって、エッジに身体を預ける。
よっしゃオッケーバッチシ行けるッ! などと心の中でガッツポーズ。
心の隅っこでふとリディアの顔が思い浮かんだが、「すまんリディア、浮気な俺を許してくれ」とか声には出さずに謝罪する。
ていうかそもそもお前ら恋人同士じゃないだろうがとかいうツッコミはどこからも入らない。心の中だから。と、エッジがそんな風に妄想していると、セリスがじっと見つめてきていた。
熱い眼差し―――のようにエッジは感じた―――に、視線を合わせると、セリスは気まずそうに視線を反らす。その仕草に「マジで脈有りかああああああっ!?」と大絶叫。あくまでも心の中で。
「あ・・・その・・・・・・」
気まずそうな表情のまま、セリスはちらちらとエッジの顔を見ながら、何かを言いたそうにしている。
そんな彼女に、エッジは柔らかく微笑んで―――少なくとも当人はそのつもりで―――セリスに言う。「何か俺に言いたい事があるんじゃないかい、マイハニー?」
「・・・はにー?」
「いやいやいやまってまって今の無し今の無し!」慌ててリセットを要求するエッジ。
おそるおそる腕の中の彼女の様子を見れば、セリスはきょとんとしているものの、それだけだった。(危ねえ危ねえ、ボロ出すところだったけどまだ行けるまだ行けるセェーーーフッ!)
どっくんどっくん慌てる心臓を落ち着かせるように深呼吸。
そんなエッジに、セリスは躊躇いがちに言葉を紡ぐ。「あの・・・こう言う時に、こういうことを言うのも、流石にどうかと自分でも思うのだけど・・・」
(うおおおおおおっ、告白!? 愛の告白!? ロックから俺にお乗り換えですかーーーーーーーーっ!?)
声に出したらこの村全体にまで響き渡りそうなはしゃぎようで、心の中で大絶叫。
しかしエッジはぎりぎり表面上は平静を保って尋ね返す。「な、なにかな?」
ホントにギリギリ、忍者として鍛え抜かれた精神力を振り絞って、心の中で超期待して暴れ狂ってる激情を何とか抑え込む。
もしもこのままセリスが「貴方が好きっ! 私をめちゃめちゃにしてーっ!」とか叫ぼうものなら、そのままお姫様だっこでセリスを担ぎ上げて、その場でUターン。宿屋に舞い戻って空いている部屋を借りてゴートゥベッドしてしまうだろう。ナイけど。
「その・・・怒らないでほしいんだけど・・・」
「はは。君の言葉なら、どんな事を言われたって怒るわけがないさ」ジュエルやリディア辺りが見ていたら、問答無用で石を投げつけていたに違いない。
そんな気味の悪いエッジに対して、セリスは申し訳なさそうに―――本当に、心の底から申し訳なく思いながら尋ねる。
「貴方、誰だっけ?」
ほら無かった。
「え?」
エッジの中で猛る男気がクールダウン。
呆然とするエッジを見て、セリスは慌てて弁解する。「あ、違うのよ? 誰かは知ってる! エブラーナの忍者よね? それ “だけ” は覚えてるから!」
「・・・・・・」一応、弁解のつもりなのだろうが、エッジにとっては追い打ちに等しい言葉だった。
「ただ名前が出てこなくて・・・割とどうでも良かったから」
「うおおおおおっ!?」ついに耐えきれなくなって、エッジは絶叫。
セリスの肩から手を離し、力無くその場に跪く。(ルゲイエの野郎が同じ目に会った時は笑えたが、いざ自分がその身になると・・・っ!)
地面に手と膝を突き、精神的に崖っぷちの所でエッジは堪えていた。
身体に力が入らない。それほどまでにセリスの言葉は、エッジの精神を打ち砕いていた。(う、うううっ・・・・・・相手が美人で、しかも期待しまくってた分、カウンターがハンパねえっ!? も、もしもこれ以上の追撃を受けたら、立ち直れんかも・・・・・・)
そんな風に跪いたままのエッジに、セリスはしまった! と口を手を押さえていた。
だが、それでももう一度弁明を試みようとする。・・・もしもその場に第三者が居たのなら、必死でセリスを止めていただろう。
それほどまでに、この先の展開―――というか “オチ” は、セリス以外の誰が見ても明らかだった。おそらくバッツだって理解出来たハズだった。多分。しかし、無情にもその場には仲間はおろか、ドワーフすらも通りかかってはくれなかった。
「ご、ごめんなさい! 今の無し! 忘れて! ・・・ええと、ど、どうでもいいじゃなくて―――そう!」
セリスはようやく言いたい言葉を見つけて、ぱっと表情を輝かせて言い放つ。
「全然興味が無かったから!」
「―――」それはとどめの一撃。
心を氷の刃で貫かれたような想いで。「え? あの・・・ちょっと?」
唖然とするセリスの目の前で、エッジはその場に倒れ伏した―――