第25章「地上へ」
D.「別れの挨拶」
main character:セリス=シェール
location:トメラの村・宿屋
セリスが寝かされていた部屋は、宿屋の二階にある端の部屋だった。だから “隣の部屋” がどちらか迷う事もなく、その扉の前に移動する。
拳を軽く握って、扉をノックしようとしたその時。「―――だから、どうやって地上に出るか聞いてるんだよっ!」
部屋の中からロックの怒鳴り声が響いてきた。
その声に、セリスの動きが硬直する。(あ・・・・・・)
身体が動かない。
ロックの声が聞こえた瞬間、彼が生きていた事を喜ぶ以上に、別の感情が心の中に渦を巻いて、セリスの身体を縛り付ける。極度の緊張に上手く息をする事も出来ず、セリスはその場に立ちつくした。
扉の向こうでは、またロックと―――あと別の誰かがなにやら叫んでいるが、目の前がぐるぐると回って、頭の中がガンガンと鳴って、どくんどくんと胸を打つ鼓動が煩くて、上手く聞き取れない。ノックをしようと拳を持ち上げたままの状態で固まり、身動きひとつ出来ずにいる―――と。
「・・・なにしてんだ、アンタ?」
気がつけばいつの間にか扉が開かれ、エッジが不思議そうな顔をしてセリスを眺めていた。
どうやら忍者の感知能力で、部屋の外にいたセリスの気配を察知したらしい。「って、ああ、こいつに会いに来たってワケか憎いねえこの色男」
「だあっ!? いきなり蹴るんじゃねえっ!」言いながらエッジは振り返りつつ、部屋の中に居たロックを流れるような動作で蹴り飛ばす。
部屋の中を見れば、エッジとロックの他に、もう一人。「お前は―――」
縄で縛られた白衣の老人。
その姿を見て、セリスは訝しげに眉を寄せる。「―――誰?」
「ちょっとー!? そりゃあないんじゃないかなーーーーーっ!?」情けないような声―――むしろ巫山戯ているようにも聞こえるが―――でルゲイエは叫んだ。
「この前、バブイルの塔でも会ったし、それ以前にもマイフレンドの紹介で顔を合わせとるじゃろー!?」
「マイフレンド?」
「ほれ、高笑いで有名なっ!」
「誰?」
「ケフカじゃ、ケフカ! お前さんの同僚のっ!」
「ああ、解った」ルゲイエの説明に、セリスはようやく納得したように頷いた。
「ようやく思い出してくれたかの!?」と表情を明るくするルゲイエを、セリスは心底イヤそうな顔をして見返した。「・・・あいつの友達なら、きっとロクでもない人間なんでしょうね。それだけは解った」
「ひゃっひゃっひゃ! ロクな人間じゃない事にかけては自身があるぞ!」縛られたまま胸を張って言うルゲイエ。
が、すぐに顔色を変えて抗議の声を上げる。「って、まさかまだ思い出してくれんのかい!?」
「いや、私はどうでもいい人間の事は、覚えるのが苦手で・・・」
「どうでもいい扱いされたー!? こっちは大事に手塩にかけて作ったバルナバを壊されたというのにー!」大事に、という割には最後に容赦なく自爆させたのはお前だろ。
―――と、セリスと一緒にバブイルの塔でルゲイエと相対したカインかブリットでも居れば、そんな風に突っ込んだかも知れないが、生憎(というほどでもないが)二人ともこの場には居なかった。
ちなみにセリス達がルゲイエと戦闘した時、ロックは別行動だったので面識はない。エッジはその時はまだ仲間ですら無かった。「そーいや俺と会った時の事も忘れられてたっけ」
苦笑。
したのはロックだ。
ロックがセリスと初めて顔を合わせたのはミストの村。その後、バロンの街でも追いかけっこをしたのだが、そのどちらの事もセリスはすっかり忘れ去っていた。
正確には “出来事” は覚えていたが、ロックの事は忘れていた。そんなロックの軽口に、セリスは過敏に反応する。
「あ・・・っ、ご、ごめんなさい・・・・・・」
ロックにして見ればただの冗談のつもりだったのだろう。
しかしセリスは、見るからに落ち込んで、表情を暗く俯かせる。ロックの方を見ようともしない―――いや、見る事も出来ない様子で、身を震わせた。「え、ええと・・・ただの冗談なんだけど・・・」
その反応に、困ったようにロックが頬を掻く。
だが、セリスは俯いたままだった。(―――おい)
素早くエッジがロックの側にすり寄って耳打ちする。
(なんだよあの様子! お前、なにかやったのか?)
セリスに聞こえないように小声で尋ねた。
(いや、別になにも―――)
ない、と言い返そうとしたところで、不意に思い出した。
自分が言った言葉を。
―――悪いけど。セリスとレイチェルのどちらを選べと言われたら、俺はレイチェルを選ぶしかない。
ロックが死んだ時にセリスに向けて言った言葉。
(・・・まさかアレか・・・?)
「そっ、それで、こいつは結局なんなの?」
ロックが心当たりを思い出したところで、セリスがうわずった声で尋ねてきた。
見れば、ロックの方を向いて、ルゲイエを指さしている。どうやら強引に話題を変えて、なおかつ “普段通り” を装っているつもりらしいが、その顔はロックに向けられているものの、目は思いっきり別の方へ向けられている。
ついでに、だらだらだらだらと尋常でない量の汗なんかかいていたりして、ツッコミを入れるのも哀れなくらいだった。とりあえず、セリスのテンパった様子は見ないフリをして上げる事にして、問いかけに答える事にする。
「いやなんか、ゴルベーザの仲間らしいんだけどな。なんでも地上に行くための方法を知っているとか言うんだが、それを聞き出そうとしても、妙な事を口走るだけで要領を得ないんだ」
「そ、そうなの」
「・・・・・・」
「・・・・・・」会話が途切れる。
ついでに何とも言えない気まずい空気が場に満ちる。
どれだけ気まずいかと言えば、なんとルゲイエが空気読まずに発言出来ないほど気まずい状態だ。「な、なんじゃこのプレッシャーは!? ワシが何も言えんじゃとー!」
ただのネタフリだった。
「黙ってろ」
「アウチッ!?」エッジのチョップがルゲイエの脳天にヒット。
巫山戯た悲鳴をあげた割には、結構痛かったらしく、ルゲイエは縛られた状態のまま床の上をのたうちまわる。「ひっ、額がっ。額がひたいぃぃぃっ!」
周囲の空気が白くなった―――様な錯覚を、エッジ達は感じた。
「・・・もう殺しちゃおうぜ、こいつ」
「いや落ち着けよ。気持ちは解るけど」一応、まだ自制できているエッジにむしろ感心しながら、一応ロックは宥める。
「ちなみに、今のは “額” と “痛い” をかけたギャグでな?」
「いちいち説明するんじゃねえよっ!」げしいっ、とエッジはルゲイエに掴みかかると、懐から手ぬぐいを取り出して、手早くルゲイエに猿ぐつわを噛ませる。
「・・・こうでもしとかねーと、マジにブッ殺しちまいそうだ!」
怒り―――というより、むしろ憎悪を込めてエッジが吐き捨てる。
その様子に、ロックは呆れたように「気持ちは解るけどよ」と、もう一度繰り返し。「地上への道を聞き出そうってのに口を塞いでどうするんだよ?」
「永遠に口を塞いじまうよりはマシだろが」
「あのっ!」不意に、またセリスが声をかけてくる。
さっきと同じように、ロックの方を向きながらも視線は絶対に合わせないようにして。「バ・・・バッツとカインは、ど、どうしたのっ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」いきなり流れをぶった切るような質問にロックとエッジは顔を見合わせる。
セリスにしてみれば、普通に会話をしようとしているつもりなのだろうが、あきらかに三回転くらい空回りしている。「おい、こいつここまで駄目な女だったか?」
「駄目とか言うなよ。今はちょっと・・・その―――疲れてるんだよ!」
「疲れてなんかない!」即答。
されて、思わず驚いて二人はセリスを見る。
が、視線を反らしているセリスは、そんなロック達の表情にも気づいていないようだった。「・・・なんつーか、ロック。本当になにやったんだよ?
「別になんもやってねえよ」
「嘘こけ。お前に対して超挙動不審で、しかもお前の言葉にだけ妙に反応してるじゃねえか」
「あー・・・」ロックは困ったように唸ってから―――名前を呼ぶ。
「セリス」
「な、ななななな、なにっ!?」
「あの時の事なんだけどさ」
「な、なんの事!? 私はなにも覚えていないし、気にしてないから!」覚えていない事を、どう気にするというのか。
こりゃ駄目だ、と想いながら、ロックはエッジを振り返る。
「悪いんだけどさ、ちょっと外に連れてってやってくれよ。気分転換に」
(というか、今は俺が側にいない方が良いみたいだしな)
心中ではそう思いながら、エッジに頼む。
しかしエッジは渋い表情で、猿ぐつわを噛まされたまま、うんうん唸っているルゲイエを振り返る。「コイツはどうするんだよ?」
「俺が見てる。お前が居ても殺意が高まるだけだろ」それからロックは思い出したように付け加えた。
「ついでにカイン達の様子でも見てくれば? つーか、お前もセリスも必要っちゃ必要だろ」
「まあ、そだけどな」ロックの言葉にエッジは頷くと、セリスの背後に回り込んでその両肩を掴んだ。
「えっ!?」
いきなり肩を掴まれて、セリスは驚く。普段のならばこうもすんなりと背後を取らせる事も無かっただろうが、今は普段の彼女ではなかった。
と、セリスが驚いている隙に、エッジは強引にセリスの身体を方向転換させ、部屋の入り口へと向かわせる。「んじゃ行ってくるぜ」
「えっ? えっ?」エッジに押され、部屋を出る寸前、セリスはロックを振り返る。
ロックは笑いながら「行ってこーい」と手を振る。そんな感じで、エッジと共にセリスは部屋を出る。エッジが部屋を出る間際、後ろ足で扉を蹴って閉めていく。
ばたん、とやや乱暴に扉は閉められた。「・・・・・・あれ?」
閉じられた扉を、ロックは思わず、じっと見つめる。
手を振ったポーズのまま固まり、笑みを引きつらせて首を傾げた。「・・・今・・・もしかして、泣いて・・・たか・・・?」
気のせいかもしれない。気のせいだと思いたい。
けれど、部屋を出る間際に見たセリスの瞳から、滴が零れたような気がして―――「・・・・・・・・・」
しばらくの間、ロックは扉の向こうに消えていったセリスの姿を凝視したまま、動く事ができなかった―――