第25章「地上へ」
C.「問い」
main character:セリス=シェール
location:トメラの村・宿屋

 

 

「・・・・・・!」

 アスラの姿を見た瞬間、セリスは我知らず一歩退いて身構えていた。
 そんな彼女を、アスラは「あらあら」と苦笑する。

「そんなに身構えなくても」

 言われてからようやく自分の反応に気づいて、セリスも不敵な笑みを返す。

「・・・あれだけ痛めつけられたんだ。これも当然だろう?」

 そう言いながらも、セリスは自分の背中にじんわりと嫌な汗が流れるのを感じていた。
 仮初めの世界とはいえ、何度も叩きのめされて殺されかけた相手だ。心の奥底にその恐怖は刻まれている。

「安心してください、もう貴方を痛めつけるつもりも理由もありません―――少なくとも今は、ね」
「今は、か」

 呟いて、セリスは身体の緊張を意図的にゆるめる。
 それを見て、アスラが「あら」と感心したように声を漏らす。
 緊張を抜く―――言い換えればリラックスする、ということだが、それを意識してするのは難しい。普通は、リラックスしようと意識するほどに、緊張は増すものだ。
 それができるということは、それだけ心身共に鍛えられているという事だった。

「すまないがそこを通してくれないか? 逢いたい人がいるんでな」

 身体の緊張は解いたが、しかし心の奥底に刻み込まれた恐怖はそう簡単にはぬぐえない。
 正直、近寄るのも―――できれば目に映る事すら遠慮したい相手だ。

 別にセリスは死ぬ事は怖くない。
 ガストラの将軍として、死ぬ事は何度も覚悟している。
 だが目の前にいるのは “死” と隣り合わせながら、全く別の恐怖だった。自身を凌駕する圧倒的な力の持ち主。もしも彼女がその気になれば、セリスなど一瞬で殺されてしまうだろう。
 言わば、生かすも殺すもアスラ次第―――自分の命が相手に握られているような気がして、それがセリスの感じている恐怖の正体だ。

(こいつの気まぐれ一つで私は死ぬ―――無意味に、あっさりと、人が無造作にアリを踏みつぶすように)

「随分と嫌われたようですね」

 セリスの胸中を知ってか知らずか、やれやれ、とアスラは呟く。
 と、自分が部屋の入り口を塞いでいる事を再確認して。

「ここを通りたければ、私の問いに答えていくがよいでしょう!」
「・・・お前、割とアレなヤツなのか?」

 具体的な “アレ” として、キョッキョッキョーと笑う同僚の魔道士やら、「俺はただの旅人だ」とかいう普通じゃない旅人とか、ついでに「愛よ、愛なのよー!」とか喚いている友人あたりを想像してみたりする。

「アレ、というのがよく解りませんが、私の問いに答えるまでここは通しません―――あ、転移魔法とか使おうものなら、詠唱始めた瞬間に拳が唸りますよ?」

 それも考えないでもなかったが、セリスはアスラの “問い” とやらに興味があった。

「 “ギルガメッシュ” のことか? それなら私に聞かなくとも、他の誰もが知っているし、私は他の者が知っている以上の事を知らない」
「ええ、そのようですね。そのことはすでに聞きました」

 ですが、とアスラは首を横に振る。

「私の問いは別の事です―――戦いの最中でも疑問に思った事ですが―――」

 と、アスラは毛布にくるまっているリディアへ視線を向けた。

「どうして貴方は、リディアのことであそこまで怒りを感じたのですか?」
「言う必要があるのか?」
「是非とも貴方の口から聞かせて頂きたいですね」

 アスラの口調こそ丁寧だが。

(・・・面白がってるな)

 それは明らかだった。
 まあ、少しこそばゆいが隠すほどのことでもない―――し、言わなければ本気でアスラは部屋から出さずに、セリスを叩きのめすだろう。

 だからセリスは答えた。

「 “友人” が苦しみ、傷ついている―――その原因に怒りを覚えるのは当然の事だろう」
「ちょっと!」

 その言葉が聞こえたらしい。
 リディアは毛布をはね除けると勢いよく飛び起きて、セリスに抗議の声を上げる。

「誰が友人よ!?」
「・・・正確には、友人となりたいと思っている相手、だがな」

 セリスは苦笑。
 しかしそう言い換えても、リディアは収まらない。

「あ、あたしは、アンタの事なんか友達となんて絶対に思わないんだから! とゆーか敵よ、敵!」
「そうね」

 リディアの言葉にセリスは苦笑しながら頷く。

「何が可笑しいのよ!?」
「いいえ? ―――ただ、そう言えば私もそんな感じだったな、と思って」

 今はバロンに居るはずの ”親友” のことを思い返す。
 初めて顔を合わせた瞬間から、よく解らないペースに巻き込まれ、セリスは一々反発していた。

(思い返してみても、あれは当然の反応だったと思うけど)

 ローザが妙な事を言うたびに、セリスは ”ガストラの女将軍” という体面を保つのに必死だった。
 結局、 “ファレル時空” に呑み込まれてしまえば、無駄な努力であったが。
 そして最終的には、 “ガストラの女将軍” ではなく、 “ただのローザ=ファレルの友人” というのも悪くないと思ってしまった。

 リディアも同じだ。

(まあ、私の時ほど相手が酷いワケじゃないけれどね)

 リディアは “セリスはガストラの人間。だから敵” という体面を保とうとしている。
 セリスはその事情も理由も知っている。だからこそ解る。リディアは “間違っている” と。

(本当に敵だと思うのなら。拒絶したいと望むなら―――)

 それはバッツから教えて貰った事。
 一々反応せず、無視すればいい。
 心底イヤな相手なら、それが正しい対応というものだ。

 バッツの言葉を思い返していると、、うんうんとアスラが頷く。

「成程」
「って、納得しちゃうのアスラ様!?」

 得心したように頷くアスラに、リディアは抗議じみた声を上げる。
 しかしそんな彼女の声は無視して、アスラはじっとセリスを見つめた。

「ならばその言葉を信じましょう。そして望みます―――貴方がリディアの良き友人となってくれることを」
「勝手に望まないで!」
「お前なんかに頼まれるまでもない」
「だからあたしを無視して勝手に話を進めるなー!」

 互いに不敵な微笑みを浮かべあうセリスとアスラ。
 ちなみに蚊帳の外で騒いでる当事者(約一名)のことは無視。

「・・・それで、いつまで通せんぼしているつもりだ?」
「あら、これは失礼」

 アスラは部屋の中に入り、出入り口を開ける。
 セリスは嘆息して、部屋を出る。出る際に「・・・ロックの様子を見てくる」と言い残して。

 ぱたん、と扉が閉じられて、部屋の中にはリディアとアスラの二人が取り残された。

「アスラ様」

 二人きりになった途端、リディアが問いかける。
 真剣な表情で―――毛布にくるまったままだが。

「あたしも、一つ聞きたい事があるの」
「私に? なんでしょうか?」

 リディアはセリスが出て行った扉をじっと見つめる。

「幻界で、幻獣王様とエンオウが気になる事を言ってたでしょ―――セリスの中に居るのが “誰” かって・・・」

 

 

「馬鹿な!」

 幻獣王の怒声が響き渡る。
 彼は、倒れているセリスを指さして、エンオウ達に向かって叫んだ。

「その人間がどういう存在なのか、お前達が解らぬはずはないだろう!」
「解ってるさ」

 幻獣王の言葉に、エンオウは少しだけ神妙に声を落とす。

「こいつに “誰” の力が秘められているかなんて―――最初から気がついている」

 

 セリス達魔導戦士は、幻獣の力を源とする。
 つまり、セリスにはその力の元である幻獣が居たと言う事だ。

 その問いに、アスラは表情に影を落とした。

「・・・リディアも見当はついているんでしょう?」
「アイツから、たまに懐かしい気配を感じるの。あたしが、子供の頃に一緒に居た覚えのある気配が」

 リディアは唇を震わせて呟く。

「あれは、ティナの―――」
「そう」

 アスラは頷いた。

「おそらく彼女の力の源となっているのは “マディン” ―――エンオウ達を初めとする、魔大戦前後に生まれた若い幻獣達のリーダー的存在だった幻獣で・・・」
「ティナの、お父さん・・・」

 リディアの呟きに、アスラは無言で頷いた―――

 

 


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