第25章「地上へ」
A.「 “させてくれる事” 」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・王の寝室

 

「・・・やっぱり休んでない」

 ローザとベイガンに言われ、「少し休む」と言って私室へセシルは戻った。
 数分置いて、ローザが追いかけて部屋に入ってみれば、ベッドではなく机に座り、書類に目を通しているセシルの姿があった。

 以前は整理整頓されていたセシルの寝室―――単にものが少なかったと言うこともあるが―――は、今や幾つも書類が高く積み上げられていた。
 床に書類が散らかっていないのが不思議なほどの量だが、そこは近衛メイドの精鋭達が細かに片づけてくれているらしい。

「いや、休んだよ。5分ほど」

 机に向かったまま、セシルは振り向かずにそう答えた。
 たった5分の休憩―――しかしそれすらも嘘であるとローザは見抜いていた。
 部屋に入った直後に椅子に座り机に向かい、今ローザが見ているのと全く同じ様子を容易に想像出来る。

 ちなみにこれらの書類の大半は、主にこのバロン国内に関するデータだった。
 国内の人口から始まって、作物の生産量や輸出入の品目、果ては出生率やら。ともかく国内に関するあらゆるデータが記された書類で、しかもそれが領地別に分けられている。
 王様の部屋だけあって、ちょっとした会議場くらいの広さはある部屋だが、それが満杯になっていた。

 データ自体は、セシルが王となった時に各地の領主に要請したものだった。
 先王であるオーディンが王座につくことになった原因とも言えるエブラーナ戦争―――そのせいで、バロン国内は荒れ、さらに領主達がどさくさに紛れて他の領地を横取りにしたために、領地の線引きがあやふやになり、それまでのデータは意味を為さなくなってしまった。

 もちろんオーディンは、滅茶苦茶になってしまった領地を改めようとしたが、下手に突けば領主達は反発し、さらに騎士達がオーディン王を立てていたために、領主―――貴族達はオーディンに対して敵意すら抱き、反乱の兆しすら見せていた。
 エブラーナ戦争がようやく終わったところで、また貴族達が反乱を起こせばさらに国は荒れてしまう。それを危惧したオーディンは、仕方なく貴族達を刺激しないよう、バロンの街以外の領地を完全委任せざるを得なかった。

 そういうわけで、今までバロン国内の領地に関する確かなデータは存在せず、だからセシルは領主達に治める領地のデータを提出させたのだ。

 が、馬鹿正直に正確な報告をする領主などそうそう居るものではない。
 特に今 “領主” となっている者の殆どは、戦争のどさくさで他の領地をかすめ取ったような者たちだ。
 全くのデタラメではないが、自分に都合の良いような数値を報告するに決まっている。

 だからセシルは提出されたデータを、今まで目を通すことすらせずに放置していた。
 そのうち余裕が出来たら、各領地を視察し、データとの差異を確認しながら正確なデータを作らせようと考えていたのだが。

 最後のクリスタルが奪われ、ロックが死に、エニシェルが連れ去られてから、事情があって “アレックス領” に居たセシルは、すぐさま城へと戻ると、それらのデータを引っ張り出して、それを検分するように臣下へ命令した。データ的に明らかに不自然な数値であれば勿論、ちょっとした違和感でもあれば即その領主を呼びつけて、セシル王直々に問いただす。それを繰り返し、正確なデータを作り上げていこうとしているのだ。

 何故いきなりそんなことを始めたのか、セシル以外の誰も解らない。
 ただ、解るのはエニシェルとの連絡が途絶えてから、セシルから異常なほどの威圧感が発せられているということだけだ。

「セシル、怒ってるの?」
「なにに対してだい?」

 問い返され、しかしローザはその問いに直接は答えない。

「エニシェルが連れ去られて怒ってるのよね?」
「・・・・・・」

 その言葉にセシルは答えなかった。
 書類に目を通すセシルの背中を見つめ、ローザは溜息をついた。
 それから、ベッドに歩み寄ると腰掛ける。辛うじて、ベッドは書類に埋もれては居なかった。

「私に手伝えること、あったら言ってね?」
「うん、ありがとう」

 セシルの返事を聞きながらも、 “させてくれる事” は “心配” くらいなものなんでしょうね、とローザはもう一度こっそりと溜息を吐いた―――

 


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