第24章「幻界」
Q.「彼女の望み」
main character:ロック=コール
location:ライフストリーム

 

 

「・・・セリス」

 ロックは自分を引き留めた女性の名を驚いた様子で口にする。

「まさかお前まで死んだってわけじゃないだろうな?」
「・・・それは―――よく、わからない」

 問い返され、セリスは曖昧な返事を返す。
 セリスはアスラと相打ちにあった後の記憶がない。そのまま気絶してしまったためだ。

(アスラが作った “かりそめの世界” とやらは、言い換えれば “精神世界” とでも言うべきもの。だからあそこで肉体が死ぬほど傷つこうとも、現実には影響しない―――が)

 精神は別だ。幾ら肉体に影響はなくとも、あの世界での記憶ははっきりと残っている。
 死ねばその時の記憶はトラウマとなって心に残るし、それがあまりにも強ければ精神的な死もありうる。

 そしてそれは魔法も同様だ。
 魔法の源は精神力である。つまり、かりそめの世界であっても、魔法を使えば使った分だけ消耗する。

 セリスは己の限界まで力を使い果たした。
 それで肉体が死ぬわけではないはずだが、力を使い果たして意識が戻らないと言うことは可能性としてある。

 そこから考えられるのは―――

(気絶している間に、幻獣達に殺されてしまったか・・・?)

 幻獣達にとってはセリスは許し難き敵だろう。
 素直に見逃してくれるとは考えにくい。
 ならば戦いの後、目を覚まさないうちに殺されてしまっても不思議ではない。

 まるで他人事のように思いながら「そんなことよりも」とロックを見つめる。

「私のことなんかよりも、ロック! 貴方は生き返れるのよ!」
「生き返るって・・・どうやって?」
「アスラが―――いえ、リディアがきっと生き返らせてくれる! 今ならまだ生き続けることができるの!」

 必死になって叫び、セリスはロックを引き留めようとする。

「けれど、肉体が生き返っても貴方という “生命” が戻らなければ、意味がない。だから―――」
「勝手なことを言わないで」

 セリスの声を遮る冷たい声。
 それはロックの腕を取り連れて行こうとした女性が発したものだ。

「もうロックは “死” を受け入れたの。これ以上、現世で苦しい想いをすることなく、私の居る場所へ “戻る” ことを望んでくれたの―――そしてそれは生きとし生けるものにとって、とても当たり前で自然な成り行き。―――今更、ロックを無理矢理に生き延びさせようなんて、私が認めない」

 拒絶の言葉に、セリスはその女性を見つめる。
 その顔立ちは何処か自分に似ているような気がする―――そう思った瞬間、なんとなく彼女の正体に気がついた。

「まさか・・・貴女はロックの言っていた・・・」
「ロックから聞いていたのかしら? ・・・そう、私の名前はレイチェル。レイチェル=コーラス―――私の事を知っているのなら話が早いわね。ロックは私が連れて行く、誰にもそれを邪魔する権利はない・・・」

 そう言って、彼女はセリスに見せつけるように、ロックの腕をぎゅっと抱きしめる。
 対してセリスは、一瞬だけ言葉に詰まり―――しかしすぐにレイチェル強くにらみ返す。

「ある!」
「え?」
「私には、邪魔する権利がある! だ、だって私は・・・わ、私は・・・!」

 そこでセリスは視線をレイチェルからロックへと移した。
 緊張した様子であえぐように息を吸い、それから意を決して叫んだ。

「私はロックのことが好きだから!」

 顔を真っ赤にして叫ぶセリスにロックは「え」と呆けた声を上げた。

「私はロックのことが好きだから! 死んで欲しくないから―――生きていて欲しいから! だから!」

 早口でまくし立て、レイチェルを指さした。

「あ、貴女を倒してでもロックは取り戻す!」
「・・・考え方が暴力的ね」

 やれやれと、冷めた調子でレイチェルは呟いた。

「倒すって、私はもう死んでいるのよ? それに仮に私が排除されたとしても何も変わらない。ロックはすでに死を受け入れているのだから」
「うるさい、うるさい、うるさい! そんなの私は認めない!」

 レイチェルの言葉をかき消そうとするかのようにセリスは叫ぶ。
 まるで子供のように駄々をこねるセリスに、レイチェルは冷ややかな表情をロックへと向けた。

「なら本人に決めて貰いましょう? ねえロック、私とあの娘、どちらを選ぶの?」
「・・・俺は」

 レイチェルの問いに、ロックは申し訳なさそうにセリスを見る。

「悪いけど。セリスとレイチェルのどちらを選べと言われたら、俺はレイチェルを選ぶしかない」
「あ・・・」

 その言葉に、セリスから力が抜けた。
 何が何でもロックを取り戻す! という強い決意は、あっさりと霧散する。

 分かっていたことだ。分かっていたはずの事なのに、こうやってはっきりと断言されて、セリスは力無く項垂れる。

「ようやく理解したようね―――さあ、ロック。逝きましょう」
「・・・・・・ああ」

 レイチェルに促され、ロックは最後に項垂れるセリスを一瞥して背中を向け、光の塊へと―――

「・・・・・・構わない」

 それは力の無い言葉だった。
 それでもロックは動きを止める。

「私が選ばれなくとも構わない―――だけど、それでもいいから生きていて欲しいの」

 振り向く、とセリスが目に涙を溜めてこちらを見上げていた。

「お願いだから、死なないでロック・・・!」
「セリス・・・」
「駄目よ!」

 何か言いかけたロックの言葉を遮り、レイチェルが厳しい声で叫ぶ。
 その腕を取り、 “光” の方へと引っ張りながら。

「そんな女に構ってないで、早く行きましょう!」

 そう言って引っ張るが―――ロックは動かなかった。

「ロック! 早く―――」
「お、居やがったな!」

 いきなり別の声が割り込んできた。
 それはこの場に居るはずのない青年の声だ。

 その声の方を振り向いて、ロックは驚きのあまり目を見開く。
 振り向いた先に居たのは、茶髪の旅人。

「バッツ・・・? どうしてここに!?」

 ロックの疑問に、バッツはにやりと笑って答えた。

「ちょいとな。いつまでも戻って来やがらない馬鹿野郎に、一言言ってやりたくてな」
「じゃなくて、どーしてこんな所にいるんだよ! まさかお前も死んだのか?」
「おう!」
「ちょっと待って! なんで貴方が死ぬの!?」

 突然の闖入に、それまで呆然としていたセリスがはっとして尋ねる。
 バッツは地底世界で待っていたはずだ。死ぬような事はなかったハズだが。

「まさかまたゴルベーザが・・・」
「いや? 自分の胸に勢いよくナイフ刺したらあっさり死ねたぜ?」
「は・・・? 自分で・・・刺した?」
「うん。ぶすーって感じで」

 あまりにも淡泊なバッツの説明に、その場の誰もが内容を理解するのに時間が掛った―――

 

 

******

 

 

「馬鹿?」

 リディアは蒼白な顔で呟いた。
 目の前には、セリスの持っていたナイフを心臓に突き立てたバッツが倒れていた。

 完全無欠に死んでいる。

 即死だったためか出血が少なく、表情も実に穏やかで、胸に刺さったナイフを気にしなければ眠っているようにしか見えない。
 でも死んでる。

「本当に、馬鹿だ馬鹿だと今まで思っていたけど・・・」

 ロックを呼び戻してくれ―――と祈るようにセリスに向かって呟いたバッツは、ふとその手の中にあるナイフに気がついた。
 それからの彼の行動は迅速で、かつ迷いがなかった。
 セリスの手から上手い具合にナイフを取ると、それを自分の胸へと向ける。
 唐突な行動に、何をする気か把握出来なかったリディア達に向かって、いつものように笑いかけながら馬鹿はのたまった。

「10分くらい経ったら生き返らせてくれ」

 それだけを言い残してぶすー。
 全く微塵も躊躇いなく、自分の胸に刃を突き立てて死んでしまった。

「この、大馬鹿あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 涙目で、リディアはバッツの死体に向かって絶叫した―――

 

 

******

 

 

「じゃ、じゃあなにか? お前、俺を連れ戻すためにわざわざ死んだっていうのか?」
「そうしなきゃ、お前に会えなかっただろ?」
「そりゃそうだが―――本当に馬鹿だなお前」

 はは、と苦笑するロック。
 バッツは少しだけムッとした表情を見せ、

「馬鹿馬鹿言うなっつーの。別に死んでもリディアが生き返らせてくれるから問題なし―――それよりもてめえだ! 折角生き返れるってのに、どうして戻ってこないんだよ?」
「・・・・・・」

 バッツの問いに、ロックは苦笑したまま答えない。

「なんとか言えよ! お前、自分の恋人を生き返らせるんじゃなかったのか!」
「私はそんなことを望んでいない」

 そう答えたのはレイチェルだった。
 彼女は敵意ある眼差しでバッツを睨付ける。

「私は蘇ることなんて望まない。そのためにロックが傷ついて、苦しむのなら尚更よ!」
「なんだよお前」
「レイチェル―――貴方が言う “ロックの恋人” 」
「へえ・・・」

 レイチェルの名乗りに、バッツは半眼になってロックを睨む。

「そういうことかよ?」

 バッツにしては珍しい、侮蔑のこもった視線だ。

「恋人と再会出来たから、もう思い残すってことはないってか? そのまま一緒に死にたいっていうのかよ!」
「・・・・・・」
「答えろロック=コール! てめえの “想い” はそんなモンだったのかよ!」

 バッツは怒りを感じていた。
 ロックのことを、バッツは或る意味で尊敬していた。

 バッツは両親が死んでしまった時、何も出来なかった。
 母親が死んだ時も、父親が死んだ時も―――どちらも一番身近に居たはずなのに、直前まで死の気配を察することが出来ず、死んだ後もバッツに出来ることはなにもなかった。

 父・ドルガンが亡くなった後、バッツは膝を抱えて落ち込むことしかできなかった。
 弔ってやることすら満足にできず、殆ど人任せだった。

 だからこそ恋人が死んだ後、諦めずに生き返らせる方法を望んだロックのことを尊敬していたのだ。

 なのに―――

「少し恋人と顔を合わせただけで満足出来るような安っぽい覚悟だったら、最初から大層なこと望むんじゃねえ!」
「ちょっと―――」

 レイチェルが何かを言いかけて―――それをロックが制する。
 彼は先程から表情を変えずに、苦笑したままバッツに問い返す。

「そうだな。お前の言うとおりかも知れない―――それで、そんなことを言うためだけに、お前は死んだのか?」
「ちげーよ」

 吐き捨てるように否定してから、バッツはその言葉を口にする。

「 “人は死ぬと言うことを知らなければならない” 」

 バッツが口にした言葉―――それを聞いたロックの表情から笑みが消える。

「 “あいつ” がここにいたら言う台詞だ」
「・・・だろうな」
「俺が言いたいのはそれだけだ。後は勝手にしやがれ!」

 言い捨てて、バッツはセリスを振り向く。

「行こうぜセリス。これ以上、アイツにできることはねえ」
「行くって・・・私は死んだんじゃ・・・」
「何いってんだ。生きてるよ、ちゃんと」

 そう言って、バッツはセリスの腕を取る―――瞬間、2人の姿はかき消えた。

 それを見て、レイチェルは改めてロックに声をかける。

「邪魔者は居なくなったようね―――私達も、行きましょう」
「・・・レイチェルはそれを望むのか?」

 ロックの問いに、レイチェルは優しい表情で頷く。

「勿論よ。私はこれ以上貴方に苦しんで欲しくないもの」
「そうか・・・レイチェルがそう言うなら、俺はそれに従うよ」

 そのロックの言葉に、レイチェルは安堵したように微笑むと、ロックの腕を “光” に向かって引き寄せた―――

 


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