第24章「幻界」
P.「生命のシステム」
main character:ロック=コール
location:地底 & ライフストリーム

 

 

「さーて、これからちょっとヒマだな」

 何故かがっくりと肩を落とすエッジのことは放っておいて、バッツはどうしたもんかとロックの死体を見る。
 胸を貫かれ、傷口を中心にその身体が真っ赤に染まっている。もう出血は止まっているようだが。

「・・・生き返るとはいえ、このままってのもあれだから、せめて身体くらい拭いてやるか」
「好きにしろ、俺は手伝わん」

 腕を組んだまま、カインが即座に反応する。
 バッツは口を尖らせて「頼んでねーよ」と答え、戦車の方へと足を向けた。確か、戦車の中には飲料として水が備え付けられていたはずだ。探せば布きれの一つもあるかも知れない―――などと思いつつ、戦車に乗り込もうとして。

「・・・誰だ?」

 誰かの気配を戦車の中から感じ、バッツが誰何の声を上げる。
 その声を聞き咎め、カインとエッジも即座に駆け寄ってきた。

「―――確かに誰か居る気配がするな」

 エッジがいつでも術を放てるように身構えながら呟く。
 戦車の中からは一人分の気配が感じられる―――と、戦車上部に設けられた開けっ放しのハッチから、一人の老人が顔を出した。

「! 貴様!」

 三人の中で、カインだけが反応した。
 険しい表情を突然現れた老人へと向ける。
 視線だけで人を殺せそうな強い眼力だ―――が、老人は完全に白髪となっている頭をボリボリと掻きながら、カイン達を見下ろして首を傾げる。

「なんじゃあ、お前らは?」
「そりゃこっちの台詞だ。つーか、どっから沸いて来やがった!?」

 エッジが怒鳴り返すと、老人の代わりにカインが答える。

「さっきのゴルベーザ達の飛空艇でやってきたんだろう」
「え? ということはこの爺ちゃんは・・・」

 バッツが老人を指さす。
 カインは「流石に馬鹿でも解るか」と冷笑を浮かべて。

「ゴルベーザの一味だ。・・・確か、ルゲイエとか言ったか?」
「いかにも!」

 ふんっ、と戦車の上で老人―――ルゲイエは胸を張って叫ぶ。

「ワシはルゲイエじゃ。てーんさーい科学者じゃぞー!」

 

 

******

 

 

「・・・あら?」

 飛空艇の上で、シュウはふと気がついたように周囲を見回す。

「どうかしたか?」

 ゴルベーザの問いに、シュウはぎこちない笑みを浮かべながら答える。

「ええと、その・・・誰か一人居ないような気がしてたんだけど」
「そんなはずはないだろう」

 甲板上にはゴルベーザとシュウの他に、スカルミリョーネの姿があった。スカルミリョーネは飛空艇の操舵輪を握り、運転している。
 後一人、つい先程加わったギルガメッシュは「疲れたぜー」とか言って、中で高いびきを立てている。

「他に誰が居る?」
「煩いマッドサイエンティストが一人」
「・・・・・・あ」

 言われてゴルベーザは、ようやく思い出したように頷いた。

「居たな、そう言えば。そんなのも」
「その言い方って、普通は “酷い” って思うものなんだろうが―――そんな気が起こらないのは何故だろう」

 と、操舵しているスカルミリョーネがゴルベーザに声をかける。

「フシュルルル・・・・・・引き返しましょうか・・・・・・?」
「いや―――放っておこう」
「見捨てるの?」
「飛空艇に居ないとしたら、勝手に降りたのだろう。大方、カイン達の乗ってきた戦車に興味を引かれた―――そんな理由だろう」

 大当たり。

「わざわざ取りに戻ってやる価値もない」
「フシュルル・・・ヤツから我らの情報が漏れる可能性が・・・・・・」
「クリスタルが揃った以上、何を知られても構わん―――さっさと帰るぞ」

 そんなゴルベーザの物言いに、シュウは嘆息する。

「・・・普通は “仲間を見捨てるなんて酷いヤツ” とでも非難するところなんだろうが―――そんな気が起こらないのは何故だろう」

 

 

******

 

 

 ルゲイエの名乗りを聞いて、エッジは眉をひそめた。
 かすかだが、その名前に聞き覚えがあったからだ。

「それって・・・」

 不意に、エッジの脳裏にバブイルの塔での事がフラッシュバックする。

 

 ―――・・・親子、だったか―――ルゲイエ・・・それにカイナッツォの奴め、これを知っていたな・・・・・・。

 

 ルビカンテが呟いた言葉。
 あの時は、激昂していてそのことについて問う余裕は無かったが―――

「まさか、こいつが親父を・・・?」
「おそらくな―――付け加えれば、ベイガンを改造したのもこいつだ」
「こいつが・・・」

 ぎりっ、と奥歯を強く噛み締め、憎悪をもってルゲイエを睨み上げる。
 その迫力にルゲイエはびくりと身を震わせた。

「な、なんじゃあ? なんでワシ、睨まれとるんじゃ?」
「てめえが居なければ親父は死なずに―――魔物になって、あんな死に方をしなくて済んだ!」

 叫び、一足飛びに戦車の上まで跳躍すると、固く握りしめた拳でルゲイエを殴り飛ばす。

「うごわああっ!?」

 悲鳴をあげ、ルゲイエは戦車からはじき飛ばされ、地面に背中から落ちた。

「ぬうう、痛い! すっごく痛いッ!」

 叫びながらのたうち回るルゲイエ。
 エッジ達の乗ってきた戦車は割と大きく、ちょっとした小屋くらいの大きさはある。その上から殴り飛ばされたのだ、本来なら痛いだけで済むハズがないのだが―――余程上手く落ちたのか、それとも意外にも頑丈なのかもしれない。

 ともあれ、エッジは戦車の上から、地面をごろごろと転げ回るルゲイエを睨付ける。

「てめえはすぐには殺さねえ! 自分のやったことを後悔するまで痛めつけてなぶり殺してやる!」

 そう宣言して、戦車を飛び降りようとした―――その時だ。

 エッジの背後から光が放たれた。
 それに気がついて振り向けば、リディア達が幻界から帰還するところだった―――

 

 

******

 

 

「もう戻ってきたのか!?」

 早いな、とバッツが言うと、アスラが解説する。

「幻界では “時間” の概念がここよりも希薄なのですよ」
「意味が解らん」
「まあ、時間の流れが違うと思って頂ければ」
「やっぱり解らねー」
「いや解るだろ」

 エッジがバッツにつっこみを入れる。
 リディアが戻って来たので、ルゲイエの事はとりあえず保留にしておいた―――と言っても、ただ放置したわけではない。

「なんでワシが縛られなきゃならんのじゃーーーーー!」

 縄でしっかりと捕縛して適当に転がしている。
 それを見て、リディアが首を傾げた。

「・・・なにあれ?」
「詳しく話すと長くなるけど、とりあえずエッジの仇らしい」

 バッツが言うと、リディアは「ふうん」と呟きながら、なにやら引っかかるものを感じていた。
 ちなみに彼女はファブールでルゲイエと遭遇している。もっともあの時は、ケフカやバルナバの方がインパクト強く、このマッドサイエンティストに対する印象はかなり薄く、完全に忘れ去っているようだが。

「そっちこそ、なんか多くなってるじゃんか。セリスも―――生きてる、よな?」

 エンオウ達や、気絶したままのセリスを見て、バッツが尋ね返すとリディアは頷く。

「こっちも詳しく話すと長くなるけど―――とりあえずセリスは生きてる。そしてロックも・・・」

 リディアはアスラを振り返る。
 穏やかな微笑みを浮かべた女性は頷くと、ロックの死体へと向き直る。

 両腕が一直線になるようにして両手を真っ直ぐに向き合わせ、パンッ、と叩き合わせ―――同時に。

“オン” !」

 アスラが一声唱えると同時、ロックの死体を眩い光が包み込む。
 それは失われた生命を今一度呼び起こす蘇生の光だ。

 魔法を使わないバッツにも感じられるほどの命の力。
 これならば、ロックも絶対に蘇るとバッツは確信した―――

 

 

******

 

 

(・・・あれ・・・?)

 気がつくと、ロックは光に満ちた空間に居た。

「なんだ、ここ?」
「ここはライフストリーム。終わってしまった生命が巡り、そしてまた新しい命として生まれるための場所」

 声。
 それは、聞き覚えのある女性の声だった。

「その声・・・まさか・・・?」

 愕然として顔を上げる。
 そこには見知った―――というより、ずっと望み求め焦がれていた青い髪の女性が浮かんでいた。

「レイ・・・チェル・・・?」

 ロックの “後悔” 。
 それが今、彼の目の前で優しく「ええ」と頷く。

「お久しぶりね、ロック。あなたを迎えに来たわ―――」

 

 

******

 

 

 ロックを包み込んでいた光が消える。
 先程まで血の気がなかったロックの身体に生気が戻る。バッツが脈を確認すると、はっきりと鼓動が脈打つのを感じた。

「やった! 生き返った!」

 バッツが歓声を上げると、周囲の面々もほっとした表情を浮かべる。
 リディアはアスラに向かって深々と頭を下げる。

「ありがとうございます、アスラ様。お陰で助かりました」
「いえ、礼など言わないでください」

 アスラは困ったように笑いながらさらりと告げる。

「結局、駄目でしたし」
「・・・は?」

 アスラの言った言葉の意味が解らず、リディアがきょとんと間の抜けた声を上げる。
 バッツやエッジなど、他の者たちも同じような表情を浮かべていた。

「だ、駄目だったって・・・どういうことですか・・・?」

 引きつった表情でリディアが尋ねる。
 ロックは “生き返った” はず。それはバッツが確認した。なのに “駄目だった” という意味が解らずに困惑する。

 アスラは、肉体は生き返りながらも、未だ意識を取り戻さないロックを見下ろして。

「私の術で肉体は蘇りましたが、肝心の “生命” ―――魂が戻ってきていません。このままでは “生ける屍” 。生きたまま永遠に目を覚ますことはないでしょう」
「ど、どういう意味だよ・・・?」

 なんとなくバッツにもアスラの言葉の意味は察することはできた―――が、認めたくないという想いが、その質問を口にさせた。

「どうやらこの青年、生き返る意志はないようです」
「ンなわきゃねえだろ!」

 バッツがアスラへと詰め寄った。

「ロックが死にたいなんて思うはずがねえ! こいつにはやることがあるんだよ! 恋人を生き返らせるって―――そんなヤツがなんで死にたいって思うんだ!?」
「それは逆でしょう」
「逆?」
「最愛の者が死んだならば、同じ場所へ逝きたいと思うのではないでしょうか?」

 アスラの言葉に、バッツは言葉に詰まる―――が即座に首を横に振る。

「だったらさっさと自殺でもなんでもしてるはずだろ!」
「自分で死ぬ勇気が無かったのでしょう―――だから、こうして殺されてしまった時に、そのまま死を受け入れてしまった」
「・・・認めねえよッ」

 バッツはアスラから視線を反らし、“蘇らない” ロックを睨み降ろす。

「俺は認めねえ! 誰が認めても、コイツ自身が望んだとしても、ロック=コールが死を受け入れるなんて絶対に認めねえ!」
「お兄ちゃん・・・・・・」

 絶叫するバッツを、痛ましそうにリディアは見つめる。
 リディアだけではない。バッツ以外の誰もが諦めたように沈痛な面持ちで居た。

 やるだけのことは全てやった。
 リディアが連れてきたアスラの力でロックの身体は息を吹き返した。
 しかし、ロック自身は死を望んでしまった―――それは仕方のないことなのだと。

「ロック! 聞こえてるのかよ! 聞こえなくても俺の声を聞きやがれ!」

 ロックの側に跪いて、バッツが無茶なことを叫ぶ。

「俺の言ったことをもう忘れたのかよ! 死ぬなつったろーが! 助けて欲しくないんだろッ! だったら死ぬなって言ったじゃねーか!」

 初めて地底に来た時のことだ。
 飛空艇から落ちそうになったロックをバッツが助け、代わりにバッツが落ちてしまった。
 その後、「命がけで助けたりするな」と言ったロックに、バッツは「だったら死ななければいい」と答えた。死ぬような事にならないのなら、別に助ける必要もないのだからと。

「簡単に死にやがって! だったら俺だっててめえを “命がけ” で助けてやるからな! それでもいいのかよッ!」

 すでにバッツの言葉は支離滅裂となっていた。
 助けるも何も、ロックはもう死んでいる。今更バッツが命がけで何をしようと、何をすることもできない。

 そんなことはバッツ自身解っていた―――が、それでもなにも叫ばずには居られなかった。

「聞いてるのかよ! 聞けよこの野郎!」

 何度も何度もロックに向かって絶叫する。
 それでもロックは何も答えない。

「お兄ちゃん、もういい・・・もういいから・・・!」

 リディアが泣きながらバッツの背中にすがりつく。
 バッツは歯を噛み締めて「畜生!」と拳を地面に打ち付けた。

「なにか・・・なにかないのかよッ! コイツを呼び戻す方法は・・・!」
「残念ですが」

 申し訳なさそうに呟いたのはアスラだった。

「私が使った蘇生魔法は、死者の魂を肉体へ呼び戻す効力もあります―――が、最終的には魂に戻る意志がなければなりません。強制的に呼び戻したとしても、精神が壊れて発狂し、廃人となってしまうだけですから」
「くそ・・・!」

 バッツは悔しそうに呻きながらふと、ロックと同じように倒れたまま目を覚まさないセリスに気がつく。

「セリス・・・」

 バッツは跪いたまま、膝立ちでセリスの元まで歩み寄ると、その手に自分の手を添える。
 ロックの短剣を握りしめたままのセリスの手を両手で包み込み、祈るように呟く。

「頼む、セリス! ロックを・・・このバカヤローを呼び戻してくれよ・・・・・・!」

 

 

******

 

 

「レイチェル・・・本当にレイチェルなのか・・・・・・?」
「ええ」

 幼馴染は穏やかなに微笑んだまま頷いた。

 ロックは未だ信じられないかのように、じっとレイチェルを凝視する。

「コーリンゲンの」
「ええ」
「俺の幼馴染の」
「ええ」
「俺にベタボレで」
「・・・いや、別にベタボレってワケじゃ―――」
「そんでもって俺の言うことならなんでも聞いてあんなことやこんなことやそんなことまで―――」
「アホかああああああっ!」

 げしいっ、とレイチェルの跳び蹴りがロックの顎に的中する。
 ロックは数メートル吹っ飛んだ後、よろよろと元の場所まで戻った。

「くっ・・・この蹴り、間違いなくレイチェル・・・!」
「・・・なんか、釈然としない理解のされ方だけど」

 はあ、とどこか疲れたように嘆息する彼女に、ロックは少し真面目になって問いかける。

「俺を迎えに来たって言ったな?」
「ええ、貴方は死んでしまったの」
「ふーん」
「なんか、随分とあっさりした反応ね」

 訝しがるレイチェルに、ロックは苦笑する。

「まあ、死んだのはうすうす解っていたしな。死んじまったならどうしようもないだろ?」
「・・・迎えにくるまでもなかったか」
「うん? なんか言ったか?」
「いいえ、なにも―――それじゃ逝きましょうか」

 レイチェルはロックに向かって手を差し伸べる。
 ロックはそれを躊躇いなく手を取った。

「俺はこれからどうなるんだ?」
「星の生命―――大きな一つの生命と一緒になるの。そこで貴方の生命は細かく分解され、他の生命と混ざり合い、また新たな生命として地上で “生まれ変わる” のよ。それがこの世界の “システム” 」

 説明を受けながら、ロックの身体はレイチェルに引かれていく。
 見れば、レイチェルの背後に大きな光の塊が見えた。

 それはとても暖かく、自然とロックは気持ちが安らぐのを感じる・・・。

「ああ・・・よく解らないけど、なんか懐かしい気がする・・・」
「そうよ。貴方も元はこの生命から分かたれて “貴方” となったの。それが還るだけ―――なにも怖いことはないわ」

 段々とロックとレイチェルは “光” へと近づいていく。
 そして、レイチェルが手を伸ばせば光に届く―――というところで。

「ロック!」

 ロックを呼ぶ、レイチェルではない別の声が響いた。
 ぴたり、とロック達の動きが止まる。

「その声・・・?」

 振り返る―――と、そこにはレイチェルと良く似た女性が居た。ただしこちらは金髪だ。

「行かないで、ロック!」

 セリス=シェールが必死にロックに向かって呼びかけていた―――

 


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