第24章「幻界」
O.「幻獣王」
main character:リディア
location:幻界
“幻獣王” の名は伊達ではない。
リヴァイアサンには他の幻獣達に命令する能力―――いや “権限” を持っていた。
幻獣たちは幻獣王の命令に背くことはできない。但し、その権限は純粋な幻獣に限り、ブリット達のような “魔物” や、アスラやオーディンの様に、幻獣以外の存在から幻獣へと昇華した者たちには適用されない。さらにもう一つだけ例外があり―――
「俺様にケンカ売ろうってのか! ああ?」
火の粉を撒き散らしながら、向かってきた幻獣を炎の拳で殴りつけるエンオウ。
その隣では、シオンの背に乗ったままのエルディアが、向かってくる幻獣達の足下へ氷の息を吹きかけて、足を凍らせていく。「・・・お前達は大丈夫なのか?」
リディアに手を伸ばそうとした幻獣の顔面を、 “ゴブリンパンチ” で退けながら、ブリットがエンオウ達に尋ねる。
「あのクソジジイの “権限” は俺達にとって絶対なんだが、一つだけ例外があるんだよ! 召喚士と “誓約” を交していた場合、誓約の方が優先される!」
「なんで?」
「知るか! 昔からそーゆーことになってんだ―――よっと!」げしげしげしっと、次々に来る幻獣達を文字通りに殴り飛ばす。
エンオウの拳は、アスラよりは遅いが、パワーは幻獣形態のアスラと同等だった。エンオウに殴られるたび、幻獣達が面白いように吹っ飛んでいく。「ちょっと! 解ってると思うけど―――」
「わーってる! 死なない程度にゃ手加減してる!」リディアの声に、エンオウが言い返しながらも次々と幻獣達を殴り飛ばしている。
その横顔が、どことなく楽しそうなのはリディアの気のせいなのだろうか?「うっはー、楽しー!」
気のせいではなかった。
「こーゆーの最近なかったからなー! リディアのヤツも、思ったよりは召喚してくれねえし」
「悪かったわね」そう言いつつ、リディアは仲間達に守られながら軽く深呼吸して、告げる。
「みんな! しばらく時間を稼いで! その間に、現界に “跳ぶ” から」
「出来るのか? セリスに補給して貰ったとはいえ、ほとんどMPは少ないはずだろう?」
「あたしを信じなさいって!」ブリットの心配に対して、にっ、と彼女は笑った。
―――が、内心では不安が渦巻いていた。
ブリットの言うとおり、リディアは消耗していた。完調の時ですら “魔封壁” を越えるのは成功率が高いとは言えない―――今のままでは、ほぼ間違いなく失敗してしまうだろう。だが。
(だからって、指をくわえているわけにはいかないのよっ! どっちみちこのままじゃ、ただやられるだけ。それならイチかバチかで―――)
「―――そう言うのは感心しませんね」
そっとリディアの肩に手が添えられる。
「アスラ様?」
「万に一つの可能性に賭ける―――のも良いですが、ここで失敗すれば確実に終わりです。分の悪い賭けは極力するべきではありませんよ?」
「・・・あの、あたし口に出してました?」
「顔に出てました」そう言って微笑むアスラ―――その手が置かれた肩から、暖かな力が伝わってくる。
「力が―――・・・」
「足りないのなら私の力をお使いなさい」
「アスラ様・・・ありがとう、ございます!」
「いえ―――あ」と、アスラは小さくはにかんで、
「キスの方が良かったですか?」
「・・・そういう冗談は止めてください。あたし、そっちのケはないんで」渋い顔で答え、リディアは精神集中を開始した―――
******
爆炎
エンオウが炎の爆発を巻き起こし、群がる幻獣達を吹っ飛ばす。
その炎は、しかし必要以上に延焼しない。本来の姿でなくとも、炎を完全に支配する “炎の王” の異名を持つイフリートだ。 “炎使い” としてはバブイルの塔でリディア達が戦ったルビカンテよりも上手だった。
氷の檻
エルディアが、まるで指揮者のように両手を振り上げると、どこからともなく氷柱(つらら)が降り注ぎ、迫る幻獣達を取り囲み、その動きを封じる。
そのエルディアを背に乗せたシオンも、頭に生えた歪んだ形の角を幻獣達へと向け、
雷撃
迸る雷が幻獣達を感電させ、マヒさせて動きを奪う。
エンオウ達は、本来はイフリート、シヴァ、イクシオンと呼ばれる、それぞれ炎、氷、雷の三属性を持つ幻獣だ。
アスラやリヴァイアサンのように一個体だけではなく、他にも同種の幻獣達は存在する―――が、エンオウ達の力は、幻界に居る他の仲間達よりも頭一つ抜き出ていた。その証拠とでも言うかのように、数で勝る幻獣達を寄せ付けず、しかも滅ぼさないように手加減までする余裕がある。
(さらにこれで本来の力ではないというんだからな)
ブリットはリディアやセリスの側で守備に専念しながら、エンオウ達の戦い振りを見て感嘆する。
最初こそは、幻獣達の勢いに押され、エンオウ達を突破してリディアに迫る幻獣も居たが、今はもうブリットの出番はなかった。それはそれで有り難かった。
拳打もそれなりに強力なブリットだが、やはりメインは剣だ。攻められ続ければ拳一つでは対応しきれなくなる。
そうなれば剣を振るわなければならないが、ブリットの “円月殺法” は下手に手加減出来るような技ではない。正直に言えば、幻獣達に対して含みあるブリットとしては、一体や二体斬り捨てても構わないとすら思っているのだが、そうすればリディアが哀しむ。
そんなことを思いながら、ちらりと視線をリディアへ向ければ、彼女はアスラの力を借りながら、魔封壁を越えるために精神を集中させていた。
要領は来た時と同じ。魔封壁を一時的に打ち破り、現界への扉を開く。
ただし、今度はリディアの故郷である現界に戻るので、幻獣のエッセンスを利用する必要はなかった。(・・・このまま持ってくれれば―――)
誰も喪われずに帰ることができる―――そう、ブリットが思ったその時だ。
「皆の者、引けぇっ!」
幻獣王の号令がかけられる。
それとともに、幻獣達は一斉に後ろへと下がった。「せめて命だけは助けてやろうとは思ったが・・・」
怒りを顕わにしたまま、幻獣王の周囲にどこからともなく水が吹き出した。
それを見てエンオウが「げ」と呻く。「やべえ、ジジイ本気かよ!?」
「貴様らが私を本気にした!」
「だああっ、エルディア! シオン! 先手必勝ー!」エンオウが幻獣王に向かって拳を突きだし、エルディアとシオンもそれぞれ指先と角先で幻獣王リヴァイアサンを指し示す。
メテオストライク
天からの一撃
エアロスパーク
火山弾、巨大雹が幻獣王の頭上に降り注ぎ、足下からは雷気を伴った旋風が吹き荒れる。
炎と氷、二つの塊は風によって細かく砕け、風に乗って乱舞して、中心に居る幻獣王を打ちのめす!これこそがエンオウ達が得意とする合体攻撃―――
トライテンペスト
得意、と言ってもそんなに何度も使った技ではない。こんな技を使わなくても十二分にエンオウ達は強く、三人が協力しなければ相手など、そうそう居ない。
単に “お遊び” で作った技ではあるが、その威力は確かだった。だが。
「・・・これがどうかしたか?」
旋風が収まった後、しかしリヴァイアサンは無傷だった。
幻獣王の全身を覆う水の壁によって、火山弾も、雹も、雷気も全てシャットアウトされてしまったらしい。「幾らなんでも無傷ってアリかよ!?」
「本来の力を出さずに、私に通用すると思ったのか・・・?」甘い! と呟くと同時、リヴァイアサンを中心として、エンオウ達の視界一杯に巨大な津波が立ち上がった。
タイダルウェイブ
大津波がエンオウ―――いやリディア達全てを呑み込もうと迫る。
「意地でもリディアだけは守るッ!」
「エンオウ!?」エンオウはリディアやブリット、それからセリスたちを庇うように立ちはだかる。
と、その前に氷と雷の壁が出現した。エルディアとシオンの援護だ。「サンキュー」と、エンオウが呟いた瞬間。
津波がエンオウ達を呑み込んだ―――
******
「くっ・・・・・・!?」
津波に呑み込まれた―――とブリットが思った直後、耳をつんざくような水の音が鼓膜を貫く。
だが、水はブリットを呑み込むことは無かった。おそるおそるとブリットは目を開く―――と、そこには赤銅色の巨大な背中があった。
「へっ・・・どーだよ。守ってやった・・・ぜ」
エンオウはにやりと笑って呟き―――そして力尽きたように膝を突く。
「エンオウ!」
「は・・・心配すんな、まだ俺は元気だぜ」どこがだ! と思いながら、ブリットはエルディア達の姿が見えないことに気づいて周囲を探す。
と、すぐ側に、エルディアとシオンが倒れていた。こちらは完全に気絶している。自分たちの防御を放棄して、エンオウの補助をしたのだ。むしろ生きていることが凄い。並の幻獣ならば、今の一撃で消滅しているだろう。ブリットは回復して貰おうとアスラを振り向く―――が、アスラはリディアと共に精神集中し続けている。
「クエー」
ココが鳴き声を上げ、トコトコとエルディア達の元へ歩み寄る。
それからばっ、と両手―――両手羽を広げると、そこからキラキラとした癒しの光がエルディア達に降り注ぐ。成長したチョコボが使える特殊能力 “チョコケアル” だ。
しかし、その回復量は微々たるものだ。幻獣2人を一気に回復させるほどの力はない。「―――無駄なことを」
呟いたのは幻獣王だ。
その周囲には、再び水が噴き出している。「今の一撃を防いだのは流石だと言いたいが―――二度目は防げまい」
それは事実だった。
エンオウも力無く「ちっ」と舌打ちしたまま、幻獣王をにらみ返すことしかできない。
―――と、ブリットがエンオウの前に出る。「おい、なんのつもりだ?」
「お前はよく頑張ってくれた―――今度は俺達の番だ」
「アホ言え! お前1人で、ジジイの津波を防げるはずがないだろ!?」
「1人じゃない」言い返したブリットの周囲に、ボムボムやトリス、レイアが同じように前に出てきた。
彼らを見て、エンオウは一瞬呆気にとられ―――すぐに声を上げた。「数が揃っても同じ事だ! 幻獣王ナメてんのか!?」
「お前みたいに完全に防ごうとは思っちゃいない―――ただ、一秒でもいいから、リディアに津波が到達するのを防げれば・・・」一瞬でも早く、リディアの “転移” が成功すればブリット達の勝ちだ。
「愚かな・・・」
水を高めながらリヴァイアサンが告げる。
「幻獣ですらない、ただの魔物風情が私の一撃を一秒でも防げると?」
「 “ただの” 魔物じゃない」
「なに・・・?」
「俺達はリディアの “ガード” だ―――」今回、ブリット達は何もしていない。
アスラとの戦いは殆どセリスに任せきりで、その後もエンオウ達が守ってくれた。召喚士は基本的に他の魔道士と同じく、魔法に長けている分体技では劣る。
接近されればどうしようもない―――そんな召喚士の盾となり、守護するのが “ガード” と呼ばれる存在だった。(リディアを守る “ガード” として、これ以上他の者たちに頼りたくない!)
「―――だから意地でもリディアは守る!」
「ならばその意地ごと、押し流してくれん!」先程と同じように、視界一杯に巨大な津波が立ち上がった。
「・・・悪いな、レイア。付き合わせて」
津波を眼前にして、ブリットが小さく謝る。
本来、レイアは幻獣王に仕える魔物だ。心情としても幻獣王側だろう。
幻界に不案内なリディアのお目付役として付けて貰ったのだが、本来仕えるべき幻獣王と敵対させてしまったことを謝罪しているのだ。「なんの。お主が言っただろう―――私もリディアの “ガード” の一人。それよりも・・・来るぞ!」
レイアの言葉通り、津波がブリット達に向けて押し寄せてくる!
タイダルウェイブ
裁きの雷
津波に呑み込まれる―――と思った次の瞬間、目の前を凄まじい雷光が覆い尽くす。
雷の幻獣であるシオンの雷撃が、まるで小さな火花かと思えるほどの、強烈な雷撃が、リヴァイアサンの大津波と激突する。「――――――っ!?」
雷撃の余波にはじき飛ばされ、ブリット達は―――エンオウをも含む―――為す術もなく吹っ飛んだ。
吹っ飛ばされなら、目が眩んだ視界に緑色の何かがかすかに見える。(リディア―――?)
やばい、激突する! ・・・と思った次の瞬間。
ごがん、と目の前で音がして、ブリットははじき飛ばされていた。意味が解らず地面に落ちて、混乱したまま身を起こす―――と、顔面が痛い。もの凄く。
「な・・・なんだ?」
「ううむ、割と飛ばんもんじゃのー」脳天気な声に顔を上げれば、さっき見た爺さんが手にした杖を振り抜いた姿でそこにいた。
どうやらリディアにぶつかる寸前、野球のボールよろしく杖で打ち返されたらしい。「ラ、ラムウ・・・!?」
と、ブリットがその老人の名を呟いた瞬間。
ふわっ、と身が浮き上がるような浮遊感と共に。ブリット達は “現界” へと転移した―――
******
「・・・行ったか」
ふむ、とリヴァイアサンは呟く。
そこには先程までの怒りに満ちた様子は無かった。「心配かの?」
ひょこひょことラムウがリヴァイアサンに歩み寄り、にやにやと笑いながら尋ねる。
「当然だ。人間は我らに比べ脆弱な存在である。いつ死んでもおかしくはないからな」
「・・・だったらもうちょっと手を抜いてやれ。ワシが手をださんかったら危なかったぞ」
「死なないように手加減はした―――それにブリットの言うとおり、数秒でも持たせられればリディアの転移は完成していた」
「もしもブリット達が一秒も耐えられなければ?」
「そんなやつらにリディアの “ガード” たる資格はない―――し、それではあのガストラ帝国とやらに敵うはずもない」厳しく言い捨てて―――それから「耐えられると信じてはいたがな」と付け足した。
「もしかしてワシ、余計なことしたかね?」
うむ、と頷くリヴァイアサン。
「だがまあいい。私も少しはやりすぎたかと思っていたからな。今にして思えば、ブリット達はともかく、瀕死状態のエルディア達は危なかったかもしれん」
「やっぱりヤバかったんじゃないかっ!?」ラムウのツッコミに、リヴァイアサンは誤魔化すようにゴホンと咳払い。
「問題ない。結果として目的は果たせた―――エンオウ達があちらに行けば、リディアも召喚魔法を使いやすくなるだろう」
「アスラもついているしのう」とラムウが言うと、リヴァイアサンは途端に渋い顔をした。
「アレはなあ・・・ああ見えて意外と気まぐれというか身勝手な所があるからな―――下手すれば、リディアの事など放り出して、ギルガメッシュを追いかけていきかねん」
「それもそれで仕方あるまい―――じゃが、 “誓約” を交した以上は、そうそう好きにはできまいて」
「しかし元人間だからな。 “誓約” の効果も薄かろう―――もっとも、まさかアスラと誓約を交わせるとまでは予想外だったが」
「あの良い形のケツをしたお嬢ちゃんか。ああいうのが何人も居ると、ちと厄介じゃのう・・・」神妙な顔をして呟くラムウ。
しかしリヴァイアサンは、特に気にした風もなく言う。「あの程度ならばまだ問題ない。アスラも本気ではなかった―――もしも本気ならば、一瞬で叩き殺されていたはずだろう」
「まあ、そうじゃが」頷き、「さて」とラムウの身体がふわりと浮き上がる。
それを見上げ、リヴァイアサンが尋ねる。「行くのか?」
「うむ―――どうやら現界に不穏な様子がある。人間達が “ファイブル” と呼ぶ地にある星を司るクリスタルの力が弱まっておるようじゃ」
「人間達が封じた “虚無を求めし者” の封印が再び解ける、か」リヴァイアサンの言葉に、ラムウは頷いた。
「“魔大戦” “光と闇の氾濫” “無” ―――かつて起きた災厄が、再び起ころうとしている。今は―――」
「―――闇の氾濫」
「うむ・・・・・・どうやら “デスブリンガー” がリディア達の敵の手に渡ったようじゃ」
「 “絶望の剣” か―――本当に人間というのは度し難いな」
「だからこそ強くあろうとする―――そんな人間達を、ワシは好ましく思うぞ」お主はどうじゃ? と視線で問いかけるラムウに、リヴァイアサンはなにも答えない。
幻獣の王としてその問いに答えるわけにはいかなかった。代わりに釘を刺す。
「・・・向こうでリディアに会っても、余計なことは言うなよ」
「今回、お前さんの一番の目的は、リディアに昔の心を取り戻して貰うことだった―――とかかの?」
「・・・・・・」リヴァイアサンが睨付けると、ラムウは苦笑した―――次の瞬間、その姿が掻き消える。
「行ったか・・・」
ラムウが消えた虚空を見送り、先程と同じ言葉を呟く。
と、そんな幻獣王に、他の幻獣達がおずおずと近寄ってくる。「どうした?」
「・・・私達のせいで、リディアは苦しんでいたのですか?」幻獣の一人がリヴァイアサンに問いかける。
見れば、皆、苦しそうな申し訳なさそうな様子だった。誰一人として、リディアの事を恨んだり憎んだりする者は居ないようだった。それを確認し、リヴァイアサンは厳しい声音で尋ね返す。「どうしてあの “裏切り者” のことを気にするのかね?」
「裏切り者なんかじゃない!」幻獣達から反論の声が上がる。
「リディアは仲間だ!」
「裏切らないっていってくれたもの!」
「俺はリディアを信じます!」リディアの事を心底想っての言葉を聞いて、リヴァイアサンは―――
「・・・・・・ふっ」
―――と、微笑を浮かべた。
「ならば次に逢った時に、当人に聞くがよい」
「また、逢えますか?」
「勿論だ」リヴァイアサンの言葉に幻獣達は歓声を上げた。
その声を聞いて、幻獣王は一人胸中で呟く。(xbsfib,pgicw,wrprql,mxyoe,rfyf,zkcu,avyhu,swbwew......)
それはリディアが幻界からエンオウ達を召喚した時に唱えた呪文。
リヴァイアサンがリディアに教えた、一時的に幻界と現界を通じるための “合い言葉” だ。
その言葉の中にはリヴァイアサンの “本意” が隠されていた。(いつかきっと来る。我が願いが叶う日のことを―――)
リディアの事を話題として盛り上がる幻獣達の中で。
リヴァイアサンは祈るように心の中で呟いていた―――