第24章「幻界」
M.「勝利の後」
main character:リディア
location:幻界

 

 強烈な閃光が目を眩ませる。
 音はしなかった。
 魔力の暴走は、まるで音すらも消滅させたかのように、セリスとアスラの2人を呑み込んだ。

「セリスーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 あまりにも眩い光に何も見えず、リディアはただただ絶叫していた。

 ―――と、その光が不意に消える。

「!?」

 あれほどの強い閃光を目に受けたはずなのに、視力は一瞬で回復する。
 そして目の前に広がるのは、夕焼けの草原ではなく、元居た大図書館の中だ。

 椅子とテーブルが並べられた本の閲覧所で、周囲は幻獣達が取り囲んでいるのもさっきまでと同じ。
 そして中央には―――

「セリス!」

 セリスがアスラに抱きかかえられていた。
 どうやらセリスは完全に気絶しているらしい―――リディアは脇目もふらずに駆け寄る。

「アスラ、セリスは―――」
「魔力が枯渇しているだけです。死んでは居ません」
「・・・そう」

 ほっ、とリディアは胸を撫で下ろす―――が、すぐにはっとしてアスラを見つめる。

「それで、戦いは・・・」

 尋ねるリディアに、アスラは「解りませんか?」と苦笑する。
 そんな彼女に、リディアは周囲を再確認。確認するまでもなく、さっきの大図書館の中だ。

 アスラが作り出した “かりそめの世界” は消えている。
  “かりそめの世界” が消えるのは、それを作り出した幻獣の意志か、もしくは幻獣が戦いに敗れた時だ。
 ということは詰まり―――

「相打ち、だったの?」
「そう―――そしてリディア、貴方達の勝利ですよ」
「・・・あ」

 そう言われて、ようやくセリスが一人で戦おうとしていた理由に思い至った。
 セリスには “ファイナルストライク” という奥の手がある。剣の魔力が高ければ高いほど威力を増す、文字通り “最後の一撃” だ。
 だが、幻獣を消し飛ばすほどの一撃を近距離で放てば、逃げる間もなく自身も巻き込んでしまうだろう。

 だから一人で戦い、リディアを遠ざけた。
 リディアだけでも生き残れば、こちらの勝ちだからだ。
 最悪、アスラを倒しきれなくても、ダメージは与えられる。そうなればリディアの勝率も高くなる。

「大した人ですね」

 皮肉ではなく、心より素直にアスラは賞賛の言葉を口にした。
 抱き上げていたセリスを、リディアの前に寝かせる。魔力を失って眠るセリスの顔はあどけなく、今し方アスラと死闘を繰り広げた女戦士にはどう見ても見えなかった。

「本気で無かったとは言え、まさかたった一人を相手に倒されるとは思いませんでした」

 ここで言う “本気” とは、力ではなく “戦意” の意味でだ。
 セリスが看破していたように、アスラはその気になればセリスを一瞬で殺すことができた。

 だからセリスは本当の意味でアスラを倒したとは言えないかも知れない。
 が、圧倒的な実力差を前にして、アスラが本気ではないと見抜き、そして勝利への道を見いだしたセリスは認めるに値する―――と、アスラは言っているのだ。

「アスラ、それじゃ―――」
「ええ。貴女と誓約を交しましょう」

 アスラの言葉に、リディアは「やったあ!」と歓声を上げた。
 ボムボムやトリスも嬉しそうにリディア達の頭上を飛び回る。

「やれやれ・・・まさかアスラ様を倒せるとはのう」

 そう呟くレイアも、どこか嬉しそうな―――ほっとした様子だった。

「これでロックを救えるな」

 ブリットが言うと、リディアは「うん」と頷いて、

「それじゃ早く戻らないと! まだ大丈夫だと思うけど、急ぐに越したことは―――」
「待てい!」

 不意に制止の声がかけられた。
 他者を威圧する、 “力” の篭もった声だ。
 沸き上がる興奮に、いきなり冷水を浴びせられたかのようにリディア達は静まりかえる。

 その声を放ったのは―――

「幻獣王様・・・?」
「・・・お前達を帰すわけには行かぬ」

 言いつつ、幻獣王はリディア達に向かって一歩前に出た。
 「何故!?」という言葉は、リディアからは出なかった―――いや、出せなかった。
 幻獣王の放つ迫力に気圧され、言葉を発することが出来ない。

 黙ったままのリディアに、幻獣王は続ける。
 リディアの前で眠り続けるセリスを一瞥し、

「如何にアスラが認めようとも、我らはその人間を認めるわけには行かぬ―――それはその人間の仲間も同様だ」

 幻獣王の鋭い視線が射抜くようにリディアを睨む。

「あ、あたしは別に・・・・・・」
「仲間では無いと言い張るつもりか? その者に協力しておいて」

 アスラとの戦いの最中、セリスを守るためにブリットを召喚したことを幻獣王は言っているのだ。
 直接言葉にはしないが、またも “裏切り者” と揶揄されているようで、リディアは何も言えずにただ俯く。

「お待ちください、幻獣王様!」

 俯いたまま何も言えないリディアに代わり、別の者が前に出る。
 レイアだ。

「リディアがその人間に協力したのは、あくまでもアスラ様と誓約を結ぶため! 決して、リディアは裏切り者などではありませぬ!」

 レイアの言葉に、幻獣王は「ならば」と、セリスを見やる。

「その人間を殺せ」
「・・・え?」

 リディアは反射的に、目の前に横たわっているセリスを見つめた。

「利用するためのものならば、最早用済みだろう―――殺すのだ」

 容赦のない幻獣王の言葉。
 それが本気だということははっきりと解る。もしもリディアが断れば、幻獣王は裏切り者としてセリスもろともリディア達を殺すか、良くてもこの幻界に一生幽閉しようとするだろう。

(それならセリスを殺して幻獣王の許してもらう方が良いに決まってる)

 考えるまでもなく、リディアはそう判断する。

(あたしたちが幻獣王に敵うはずもないし、第一セリスは幻獣達の敵、ガストラ帝国の人間だし。こんなヤツのために命を張る義理なんてない)

 心の中で決意を固めていく。

(セリスだって、自分の命一つであたしやロックが助かるなら、それを望むだろうしね)

 勝手な判断―――とはリディアは思わなかった。
 絶対にそうだと確信している。今ここで、リディアに殺されたとしても恨んだりはしないだろう。

 だから決めた。
 リディアはブリットを振り返り、ただ一言。

「お願い」

 とだけ呟く。
 その言葉にブリットは頷くと、己の剣を抜きつつリディアの前に出る。

 そして、そのままセリスを―――避けてさらに前へ。幻獣王と相対する。

「・・・なんの真似だ?」
「これがあたしの答えよ!」

 答えたのはリディアだった。
 先程までの、 “裏切り者” という言葉に怯えていた様子は微塵もなくなっている。
 力強い意志のこもった瞳で、じっと幻獣王をにらみ返した。

「我らを裏切るつもりか!」
「そう思いたければ思えばいい!」

 リディアの返事に、周囲の幻獣達がざわめく。
 騒ぎの中、リディアは構わずに続ける。

「あたし達じゃ、貴方には敵わない」

 アスラを相手にさえ、勝てる自信など無いのだ。
 幻獣王はそのアスラと同等以上の力を持っている。そして戦いになれば、幻獣王はアスラのように様子を見るようなことはせず、一気にリディア達を津波で押し流そうとするだろう。

「セリスの所属する、ガストラ帝国が幻獣達に何をしたのかも知ってる。確かにガストラ帝国は許し難いと思うし、そんな奴らのために命を張る義理なんてない」

 いいつつ、リディアはセリスを見下ろす。
 ガストラ帝国の女将軍。

 彼女の寝顔を一瞥し、それからすぐに幻獣王へ視線を戻して「それに」と言葉を繋げる。

「セリスはロックを助けたくてここまで来た。こいつ一人の命で他が全員助かるなら、本望でしょうしね」
「・・・? それではまるで、その人間を殺しても構わないと―――」
「だからっ!」

 幻獣王の言葉を遮って、リディアは大声で叫ぶ。

「だから絶っっっっっ対に、あたしはこいつを守る! 絶対に殺させたりしない!」
「話が繋がっておらん」

 リディアの勢いに押されてか、やや困惑気味に眉をひそめる幻獣王。

「意訳すると」

 そこへブリットが口を挟む。

「 “セリスは『仲間』だから殺させない” とリディアは言ってる」
「って、勝手な事言わないでよ!」
「違うのか?」
「・・・・・・・・・」

 ブリットに問い返され、リディアは黙り込む。図星だったらしい。

「ち、違うんだからね!」

 しばし黙り込んだ後、リディアは弁解するように言う。

「セリスの事はどうでもいいの。ただ、こいつを殺さなきゃ帰さないとか、そーゆー勝手なこと言うのが気に食わないだけ!」
「滅茶苦茶な照れ隠しだな」
「うっさい!」

 ぼそりとツッコミを入れたブリットに、リディアは顔を真っ赤にして怒鳴る。
 と、そんなリディアに向かって不安そうに幻獣の子供が問いかける。

「う、嘘だよね、リディア? 僕たちを裏切ったりしないよね」
「・・・嘘じゃないわ」

 少しだけ躊躇いを見せて、リディアははっきりと告げる。

「あたしは貴方達を裏切―――」
「リディアは誰も裏切らない!」

 リディアの言葉を遮って、ブリットが怒鳴る。

「リディアは誰も裏切っていない!」
「ブリット・・・?」
「俺は、知っている」

 

 

******

 

 

 ―――痛いよ、ブリット・・・・・・心が痛い、の・・・・・・。

 

 まだ幼いリディアの泣き顔が脳裏にフラッシュバックする。
 1日たりとも忘れたことのない “痛み” の記憶。

 幻獣王リヴァイアサンと共に幻界を訪れたリディアを幻獣達は歓迎した。
 自分たちの王を救い出してくれた少女を、幻獣達は英雄として迎え、友人として扱った。

 幻獣達はリディアを受け入れたが―――その一方で、人間達への憎しみを捨てていなかった。

 事あるごとに幻獣達は人間たちへの恨み辛みをリディアに聞かせた。
 ガストラ帝国を名乗る人間達が、幻獣を連れ出して自分たちの力として、何度も何度も幻界へ攻め込んできたこと。そのせいで幻獣達の多くは傷つき、苦しみ続けたと言うことを。今でも帝国には捕われた仲間達が居るはずなのだと。

 そんな風に人間達の恨みを口にして、決まって最後には「でもリディアは別」と言って終わった。

 幻獣達は、別に同じ人間であるリディアを責めるつもりは無かったのだろう。
 ただ、自分たちが憎んでいる “人間” と “リディア” は別なのだと説明したかったに違いない。

 けれど幻獣達の言葉は、幼いリディアの心を深く抉った。

 

 ―――人間は悪い存在なの・・・?  “あたし達” は幻獣達に憎まれなければならないの?

 

 寝る直前になってようやく、リディアは幻獣達から解放される。
 なにせリディアは “英雄” だ。寝る時間まで幻獣達はリディアに付きまとい、一緒に居たいと望み、リディアもそれを受け入れた。

 ただ、幻獣達の中には睡眠を必要としない者が多く、そう言った者たちはそれこそ四六時中リディアと一緒に居たがったが。
 それは流石にと、寝る時くらいは静かにさせて上げるべきだとアスラが取りなして、寝る直前だけリディアは一人の時間を得ることができた。

 そうして幻界で初めて眠る直前、リディアはブリットを召喚し、問いかけたのだ。

 その時の事は、深い後悔としてブリットの胸の奥底に沈んでいる。
 泣きながら問いかけてくるリディアに対して、その時のブリットは何も答えることが出来なかった。

 当時のブリットは、まだただのゴブリンに過ぎず、知恵もなく、人の言葉を喋ることもたどたどしく、リディアに慰めの言葉をかけることすらできなかった。

 

 ―――幻獣達は “あたし” に優しくしてくれる。でも幻獣達は “人間” を憎んでる。

 

 ただのゴブリンは、リディアの嘆きを半分も理解出来ていなかった。
 どうしてそこまで哀しむのか。どうしてそんな風に泣くのか、理解出来なかった。

 

 ―――あたしを幻獣達は仲間だと言ってくれる・・・だったら “あたし” にとっても “人間” は敵なのかな? 憎まなければならないのかな・・・・・・?

 

 ただ、大好きなトモダチが哀しんでいることだけは理解した。
 その涙を止めたいと、強く強く、焦燥感だけを感じて―――結局、なにもすることは出来なかった。

 

 ―――あたしは、セシルやバッツお兄ちゃんを憎まなければならないのかなあ・・・・・・?

 

 今なら解る。
 はっきりと断言することも出来る。

 何故なら、ブリットはそのために強くなったのだから。

 リディアがかつては幼く、弱く、大好きな人達が奪われ、傷つく中で何も出来なかった事を悔やんで強くなろうとしたのと同じように。
 ブリットはそのリディアを守るため、哀しませる全てから守りたくて、強く成長したのだから―――

 


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