第24章「幻界」
L.「三つの賭け」
main character:セリス=シェール
location:幻界

 

 

 幻獣と化したアスラの初撃をその身に受けた時、セリスは適わないことを知った。
 同じ幻獣の力がその身に秘められようとも、人間は人間。人を越えた存在に抗えるほどの “化物” を、セリスはその身に飼っては居なかった。

 圧倒的な力を前に、セリスは立ち向かうことも出来ず、ただ一方的に殺されることしかできなかった―――だろう。

 ―――このフォールスに来る前のセリス=シェールならば。

  “力” と言うものは絶対だ。
 腕力、知力、魔力、権力―――なんでも “力” と名の付くものは、力無き者は力在る者には絶対に勝てない。
 ―――そう、ずっと思っていた。

 けれどそれを覆した存在を彼女は知っている。

 ガストラ帝国のNO.2の実力者であり、 “常勝将軍” の異名を持つ女将軍に。
 ただの名も知られていないトレジャーハンターが勝利した。

 そのトレジャーハンターは特別戦闘力が高かったわけではない。
 どこぞの旅人のように、 “無拍子” や “斬鉄剣” など、常識ハズレのスキルを身に着けていたわけでもない。

 ただちょっとしたマジックアイテムを持っていて、少しばかり機転を利かせただけだった。
 それだけで、戦では負け無しの女将軍を縄で縛り上げて無力化した。

 その時からだ。
 力は絶対ではないと知ったのは。
 力無き者でも抗える手段はあると知ったのは。

 そんな彼女の前に、人では到底適わないような存在が現れた。
 こちらの攻撃は通じず、相手の攻撃を防ぐ術はない。
 勝ち目など万に一つも無い相手だ―――まともに戦えば。

(私では、勝てない)

 セリスは認めた。
 圧倒的な力を持つ、三面六臂の幻獣に自分は勝てないと。

 今までの自分なら、そんなことは認めなかっただろう。
 ガストラの常勝将軍は “敗北” を認めるわけにはいかない。
 己が負けることを認めず、死ぬまで諦めずに終わっていたに違いない。

 けれど、今のセリスは違う。
 素直に敗北を認め―――その上で、ならばどうすれば勝てるかを考える。
 まともにぶつかり合えば勝ち目は0%だ。
 ならば1%―――いや、コンマ何%でもいい。少しでも勝率を上げる方法を望む。

 それは今までの常勝将軍セリス=シェールにはあり得なかった思考。
 それは “ただの” セリス=シェールだから選ぶことのできた選択肢。

 相手の強さと己の弱さを認め、その上で勝利の道を模索する。

 ロック=コールに敗北したことのあるセリスだからこそ―――

「駄目だぞ。そんな風に頭に血が昇っていると―――」

 ―――絶体絶命の状態で、しかし彼から貰った短剣を手に、セリスは不敵に笑う。
 力の無いロックにだって出来たことだ。
 ならば力在るセリスに出来ないはずがない。

「―――罠にハマってお終いだ」

 既に “仕掛け” は済んでいる。
 後は―――

( “賭け” に勝つだけ。・・・ふふ、こんな大バクチ。昔の私が見たら侮蔑するだろうな)

 今はもう思い出せない、鏡の向こうの昔の自分を、彼女は愉快げに想像した―――

 

 

******

 

 

「・・・まさかここまで叩きのめされても、実力差が解らないほど愚かな人間だったとはな!」

 怒りの面のまま、アスラが吐き捨てるように言う。
 対してセリスは笑みを浮かべたまま半眼でアスラを見返す。

「解っているさ。お前が私よりも強いと言うことはな!」

 まるで怯えなど無い様子で、ハッキリと言い返す。
 まるで先程とは人が変わったように余裕ぶったセリスの内心は―――

(怖い)

 の、一言だった。

 何度も殴り殺されかけた―――いや、 “殺された” と言っても良いほどの打撃をその身に受け、しかも意識が飛ばず痛みが最も冴える程度に “手加減” されて蹂躙され続けた。
 その痛みは、セリスの精神の底に深い亀裂となって残っている。

(怖い)

 単純な暴力ほど怖ろしいものはないと思い知る。
 必死で抑え込まなければ、今にもその身が震え、膝から力が抜けて立っていられない。
 叶うことならば、今すぐこの場は逃げ出してしまいたい。

(怖い)

 アスラの目論見は成功していた。
 殴られている最中、何度死にたいと思ったか解らないほどだ。
 諦めてしまえばこれ以上の苦痛を感じなくて済む。それはとても抗い難き誘惑だった。

「―――けれど」

 逃げたかった。
 諦めたかった。
 死にたかった。

 それでもまだ彼女が逃げず、諦めずに生きているのは。

(泣いて、いたのよ)

 この幻界へと誘ってくれた彼女が。
 セリスが叩きのめされるのを見て、ただ何も出来ずに泣いていた。

(今だけじゃない。きっと、彼女はずっと “泣いて” いた―――)

 地底で初めて出会った時から―――実はファブールでも顔を合わせているのだが、セリスは覚えていなかった―――どことなく違和感を感じていた。
 人間を―――特に、幻獣達を傷つけたガストラの人間を憎んでいる。にもかかわらず、その憎しみに違和感があった。

 セリスはガストラ帝国の人間だ。
 しかしリディアはセリスを嫌うだけで、直接的な行動―――例えば戦いを仕掛けたりはしなかった。
 バッツやセシルの手前、仕方なく自重したのかと思っていたが。

 それが違うと確信したのは、この幻界を訪れる直前。

 ロックの死を諦めて受け入れようとしたセリスを、リディアは叱咤してくれた。
 そして、希望への道を照らし出してくれた。

 その時に解った。
 リディアは決してセリスの事を憎んでいないと言うことを。ただ無理矢理に憎もうとしていただけなのだと。

 ここに来て解った。
  “そのため” に彼女はずっと嘆き、哀しみ、苦しんでいたのだということを。

 だから。

「どんな実力差があろうとも、私はお前を倒す」
「どうやって私に勝つというのか!」

 アスラの怒号に、セリスは恐怖に竦む―――のを必死で耐える。
 胸の内の感情を表に出さないよう押し込めて、あくまでも余裕を装って告げる。

「それをこれから見せてやろう」

 

 

******

 

 

「―――・・・ならば見せて貰いましょうか」

 怒りの面から微笑みへ。
 顔を変えて呟くアスラの見つめる前で、セリスは左手に持った短剣の刃を、右手首に当てた。

(まともに戦っては絶対に勝てない)

 だからセリスは “三つの賭け” をした。
 その賭けのうち、一つでもしくじればセリスは負ける。

「・・・っ」

 セリスは自分の手首に当てた刃を引き、手首を切った。
 たちまち血が噴き出して、それは地面へと零れていく。

「なんのつもりですか?」

 まさか今更自殺する気でもないでしょうに、と問いかけるアスラに、セリスは笑みを表情に張り付かせたまま答える。

「魔法は血に宿り、血に魔力は秘める」

 普通の魔道士とは、何代もその血に “魔法” を織込み、それを何代も重なることによって “魔法使い” となる。
 故に、その血には魔法を使うために必要な要素が詰まっている。当然、魔力もだ。
 セリスは魔導―――幻獣達のエッセンスは身体に仕込まれ、それで魔法を使っている―――が、それでも血に魔力が秘められている事には変わりない。

 手首を切った右手をだらりと力無くさげて、そのまま血を地面に流し続ける。
 血の量が少なくなってきたせいか、セリスの表情は少しずつ青ざめていき、僅かに息も切らし始めた。

 だが、それに構わずにセリスは魔法を詠唱する。

“我が心は殺意の刃、我が意志は怒りの刃―――”

 血が足りないせいか、その詠唱はゆっくりだった。
 一語一語をハッキリと発音するように唱えていく。

 そんなセリスを、アスラは特に攻撃することもなく、興味深そうに見つめていた―――

 ―――これがセリスの一つ目の賭けだった。
 セリスが “殺されないこと” 。

 幻獣化したアスラが、最初に3分間だけ攻撃させた時―――それからその後、セリスをなぶり続けた時に気がついた。
 アスラは “本気” で戦おうとしていない、と。

 見せた力は本気だったのだろう。
 しかし、アスラはセリスと “戦おうとはしていなかった” 。
 それも当然のことだ。それだけアスラとセリスの力には差がありすぎる。もしもアスラが本気でセリスと戦おうとしたならば、一分とかからずに終わっている。

 つまりアスラにとって、これは “戦い” ではなく “制裁” に過ぎなかった。 “余興” と言い換えても良いかも知れない。
 だから今も、魔法詠唱をするセリスに対して、特に何をするでもなく待っている。

 セリスを殺すことよりも、セリスが何をするのかに興味があるのだ。
 それに、セリスが何をしようとも、それがアスラに通じないと解れば、絶望を与えられる。
 これは “余興” であり、“制裁” だった。

(まず、一つ目の賭けは勝った)

 詠唱しながらセリスは心の中で呟く。
 正直、かなり危ないところだった。先程、アスラが諦めてセリスを殺そうとした時、ブリットが間に入らなければ、セリスは負けていた。

 リディアとブリットの2人に感謝しつつ、セリスは―――

“精神に秘めたる刃よ、幾重にも重なりて踊り狂え―――”

 ―――魔法を完成させる!

「『ライオットソード』!」

 

 

******

 

 

 その魔法をリディアは知っていた。
 彼女にとってはもう十年以上も昔の記憶―――だが、それははっきりと思えていた。

「ティナの・・・魔法?」

 ファブールで、ティナが使った魔法だ。
 ガストラ帝国のオリジナルなのか、今までに、そしてそれ以降も見たことのない魔法だった。

 魔力の剣を無数に生み出して、敵を切り刻む魔法剣。

「『ライオットソード』!」

 セリスが叫ぶと同時、草原のあちこちが赤く輝き出す。
 特にセリスの足下は眩いほどに輝いていた。

「あれは・・・!」

 その光の位置、それは今までにセリスがアスラに殴り飛ばされ、血を吐き、流した場所だ。

「まさか・・・アスラの攻撃を受け続けていた狙いは―――」

 と、リディアの言葉を肯定するかのように、セリスの作った血溜まりから無数の剣が精製されていく。
 血を媒介としたその剣は、ティナが使ったのとは違い。黒に近い―――血のような赤い色をした剣だった。

 血から生まれた剣はふわりと空中へ浮き上がると、その切っ先を全てアスラへと向ける。

「飛べ―――」

 セリスが力の無い声で呟く。
 その声に従い、血の剣はアスラに向かって殺到した!

 

 ブラッドレイブ

 

(あの時のティナの魔法は、鋼鉄すらも容易く斬り裂いた。魔力の宿った “血” でさらに強化された術なら―――)

 リディアの “もしかしたら” ―――という想いはしかしすぐに裏切られる。

 

 

******

 

 

 迫り来る血の剣。
 それに対して、アスラは―――

「「 “オン” 」」

 二つの面が唱えた途端、その六本の腕が緑の光に包まれる。
 最初にセリスの魔法を防いだ時と同じ、魔抗の光だ。
 が、今回はアスラの全身ではなく、腕だけに限定されている。

 そして、アスラは飛来する血の剣をその腕で―――

「破!」

 殴りつける。
 勿論、切っ先や刃に当たる部分ではなく、刃の腹の部分を狙い、フックやアッパーで殴り壊していく。
 アスラの拳打に剣は音もなく粉々に砕け散り、赤い魔力の粒子となった。

 四方八方から無数に迫り来る赤き血の剣。
 そのことごとくを、アスラは拳で破砕していく。

「―――これで、終わりですね」

 とうとう最後の剣も破壊して、アスラは息をついた。
 今のは少々危なかったかも知れない。
 初めて見る術だが、かなり高度な魔法剣であることはすぐに解った。さらに血の力で強化されている。
 対抗魔法で身を守っても、まともに受けたなら深傷を負ったかも知れない。

 だからこちらに到達する前に全て叩き壊した。

「これで、終わりですね」

 今呟いたのと同じ言葉。
 しかしそれはセリスに向けていった言葉だ。

 血の剣だった赤い魔力の粒子が漂うその向こうで、セリスは力無く佇んでいる。
 弱々しく頭を垂れ、その表情は見えない―――が、瀕死なのは疑うべくもない。
 その腕からはまだ血が流れている。放っておいてもすぐに “死ぬ” だろう―――が。

「せめて、私の手で終わらせてあげましょうか」

 セリスに声が届いているかどうか解らないが、そう呟いた―――その時だ。

 

 魔封剣

 

 アスラの周囲に漂っていた魔力の粒子が、一斉にセリスの―――その手の中の短剣へと集束されていく。

「なっ・・・!?」

 唖然とするアスラの目の前で、 “血の剣” を形成していた魔力は、全て短剣へ吸収され―――その負荷に耐えきれなかったのか、刃にビキリと大きくヒビが入った。

「自分が放った魔力を回収したのですか・・・?」

 まだ戦う気なのか―――と、呆れながら思いかけて。
 すぐにアスラは自分の勘違いに気がついた。

(・・・あれは単に魔力を回収しただけではありませんね・・・!)

 血の剣には、セリスの魔力に加えて、セリスが流した血の力が合わさっている。
 魔力に血は秘める―――とはいえ、普通は血に宿る魔力を全て一度には使えない。

 人によって一度に魔力を解放できる量には上限があり、それが魔道士としての力量―――即ち “魔法力” と呼ばれるものである。
 魔力の総量はMP(メンタルパワー)と称されるが、MPが高い人間ほど強い魔法を使えるわけではなく、例えばMPが100ある人間でも、10しか魔力を放出できなければ、MPが50しかなかったとしても、30の魔力を放てる者に負けてしまう。

 セリスは自分の血を外に流し、それを媒介に魔法を発動し、それを回収することによって短剣に通常以上の膨大な魔力を溜め込んだ。
 しかしあまりにも強すぎるため、短剣が耐えきれない。このままではすぐに剣は崩壊し、魔力が暴走して自爆してしまうだろう―――が。

(・・・まずい、ですね)

 何が不味いのかアスラには具体的に解らない―――が、長い間戦い抜いてきた戦士としての勘が告げている。
 余裕を見せている場合ではないと。

 アスラは今までそうしたように、一足飛びにセリスへと迫る。

「・・・・・・ “脆き剣よ、我が力にて英雄の剣と成れ―――”

 俯いたまま、セリスは何事か呟いていた。短剣の魔力を使って魔法を唱えようとしているようだが―――

(その前に殺します!)

 アスラは即座にセリスに向かって拳を振り下ろす。
 高速の拳だ。
 セリスには避ける手段はない。今度はリディアも邪魔はできない。ブリットを拳の前に召喚するには、遠く離れすぎている。

 目にも止まらぬ拳の先が、セリスの髪の毛に触れる―――直前。

「『セイバー』!」

 セリスの魔法が完成した。

 

 

******

 

 

 それは古代に喪われた魔法。

 古来、魔道士は身体的には脆く、屈強な戦士達に守られて魔法を唱えるのが常だった。
 しかし、戦士達が倒されたり、或いは敵を防ぎきれなければ、敵は魔道士に接近して、接近された魔道士は為す術もなくやられてしまうだろう。

 その対策のため、古代の魔道士は接近戦ようの魔法―――魔力の剣を生み出す魔力剣『セイバー』を生み出した。

 ・・・が、その魔力剣の威力は名剣をも凌ぐが、魔道士に剣の素養など在るはずもない。
 どんな名剣でも、使い手が駄目なら意味がない。結果として、その魔法は無意味となり、忘れ去られてしまった。

 その魔法を基礎として、発展させたのが、ティナやセリスの使った『ライオットソード』だった。

 

 

******

 

 

 手の中に赤い魔力剣が生み出される。
 セリスの全ての魔力を注ぎ込んだ剣だ。如何にアスラだろうと、易々と斬り裂かれてしまうだろう。

 当たれば、の話だが。

 セリスにはもう剣を振るう力はない。どころか、アスラの拳を受けて、何をすることもできずに終わる―――と、その場の誰もが思っていただろう。

(え・・・?)

 しかしアスラは驚愕する事になる。
 セリスの頭を狙って振り下ろされた拳は、セリスの髪の毛をかすめただけで当たることは無かった。
 目標を見誤った、わけではない。
 セリスが回避したのだ。

 

 アクセラレイター

 

 セリスの “切り札” 。
 己の全てのMPと引き替えに、時間停止魔法『クイック』を発動させる術だ。
 発動時間は残されたMPに比例する―――今のセリスには、1秒も持続させることはできなかっただろう。

 だが、コンマ数秒でも、半歩前に出るだけなら十分だった。

 アクセラレイターで半歩だけ前に出て、さらにアスラに向かって倒れ込むように身体を倒す―――それだけで、アスラの一撃を回避し、さらに生み出した魔力剣をアスラに向かって突き刺す―――

「くうっ!?」

 本来の姿となってから、アスラは初めて焦りの声を上げる。
 殆ど腹部に切っ先が触れていた剣を、しかしアスラは身を捩って回避する。完全に避けることは出来なかったが、セリスの剣はアスラの横腹をかすめることしか出来なかった。

 だが、かすめただけでアスラの横腹を浅く斬り裂き、そこから赤い血が少し流れる。

「・・・・・・っ」

 剣を回避されたセリスは、力無くアスラの身体にその身を預ける形となった。
 出血多量で体力はなく、魔力も今のアクセラレイターで完全に尽きた。もうセリスには何も残されていない。

「・・・危ないところでした」

 ふう、とアスラは自分の身体に寄り添うようなセリスを見下ろして息を吐く。
 あと数秒も経たないうちに彼女は “死ぬ” だろう。そしてその後、本当の “死” を与えねばならない。

(認めるべきでしょうか)

 アスラはここに来て迷い出す。
 セリスは許されざる存在だ。例え、実際に幻界を襲撃したわけでなくとも、その身に幻獣の力を宿しているだけで罪と言える。

 しかしその一方で、アスラはたった一人でここまで戦った彼女に敬意を感じていた。
 結果として、かすり傷程度しか付けられなかったが、幻獣となって後、ここまで追い込まれた記憶はない。

 それに―――

(リディアのために怒ってくれましたし、ね)

 リディアの苦しみは、元人間としてアスラも理解している。
 だが、幻獣となった身ではそれを肯定するわけには行かない。

 さてどうするかと彼女が迷っていると―――ふと、気がついた。

「・・・・・・・・・」

 セリスにはまだ息があった。
 そして何事か呟いている。

 死ぬ間際のうわごとなのか、それともアスラを倒せなかった悔恨の呟きなのか。

 結論から言うと、そのどちらでもなかった。

「・・・・・・・・・ “無邪気な小悪魔よ、悪戯を繰りて人を笑え―――”
「詠唱・・・?」

 アスラが訝しげに呟いたとおり、それは魔法の詠唱だった。
 しかしセリスにMPが残されていないのはアスラにも解っている。手にした魔力剣の魔力を使おうとする様子もない。

 何をする気なのか、とアスラが困惑しているうちに、セリスの魔法は完成する。

「『アスピル』」
「な・・・っ!?」

 驚愕するアスラから、魔力が吸い取られていく―――

 

 

******

 

 

 セリスが唱えたのは、自分のMPを必要としない魔法だった。
 他者のMPを奪い取る魔法―――だがそう言った状態変化系の魔法は普通の攻撃魔法よりも成功率が低い。人間やそこらの魔物相手ならばともかく、幻獣に通用するはずはなかった。

 通常なら。

「私の血を通して魔力を・・・!」

 刃が斬り裂いた傷口から、セリスはアスラの魔力を吸収していた。
 魔力は血に秘める―――魔力そのものとも言える血からなら、魔力も奪いやすいだろう。

 しかし、アスラから奪った魔力を吸収しているのはセリス自身ではなかった。全て手にした魔力剣へと注ぎ込んでいる。

 その事に気がついてアスラは困惑する。
 今更剣を強化したところで、セリスはそれを振るう力は無いはずだった。

「何をする気なのですか!?」

 アスラの問いに、しかしセリスは答えない。もう喋る力すら残されていないのだ。
 ただ、心の中だけで呟く。

(―――二つ目の賭けは勝った)

 賭けの二つ目。
 それはセリスがここまで辿り着くかどうかの賭けだった。

 血を流し、それを魔力へと転化して、最大威力の魔力剣を生み出す。
 魔力も体力も、セリスの全てを出し尽くしてきた。一歩でも加減を間違えれば、途中で力尽きていただろう。

(・・・後は―――)

「むううっ!」

 吸収され、魔力剣の力が膨れあがってくる事にイヤな予感―――いや、純粋に ”恐怖” を感じて、アスラはセリスを引きはがそうとする。
 だが、それは遅すぎた。

 アスラが行動を起こす前に、セリスは “最後の賭け” を仕掛ける。

(―――これが通用するかどうかッ!)

 心の中で叫び、制御していた剣の魔力を一気に解放する!

  “アクセラレイター” がセリスの “切り札” ならば、それは “奥の手” だった。
 剣に秘めた魔力を暴走させ、大爆発を引き起こす、その一撃は―――

 

 ファイナルストライク

 

 


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