第23章「最後のクリスタル」
J.「溶岩を越えて」
main character:ロック=コール
location:地底

 

 地底に流れる溶岩の河。
 その河の上を、一台の戦車がまるで船のように浮かび、ゆっくりと対岸に向けて進んでいた。

 キャタピラを動かし、じわりじわりと対岸に向けて進んでいく。
 数十分をかけて岸へとたどり着き、キャタピラや装甲を溶岩の熱で赤熱させたまましばらく進み―――やがて止まった。

 止まった直後、ブシューーーーッ、と勢いよく装甲のあちこちから白い煙が吹き出した。
 蒸気のようにも見えるがさにあらず。その正体は冷却剤で、みるみるうちに赤かった装甲が冷えて、元の色へと戻っていく。

「だーーーーーーーーっ!」

 装甲が冷めたあと、戦車上部に設けられた出入り口―――ハッチを勢いよく押し上げられると、中から白い煙のようなもの―――こっちは冷却剤ではなく本当の蒸気だ―――が噴き上がり、それと一緒になってバッツが顔を出す。と、その身体を押し上げるようにギルガメッシュが頭を出し、続いてロックが這い出て、最後にリディアが顔を出す。

 皆一様に、雨にでも打たれたかのように、髪も服もびしょ濡れだった。

「なにが “溶岩を越えられる” よ! あたしたちを蒸し殺す気かーーーーー!」

 戦車の装甲上に出てリディアが絶叫する。

「・・・真面目に死ぬかと思った・・・」

 バッツもぐったりしてキャタピラの上に寝っ転がり、ロックはハッチに腰掛けて、手で仰ぎながら、

「全くだ。・・・おい、そこの戦闘顧問」
「んあ?」

 ばさばさばさーっと、髪の毛を乾かすように頭を振り回すギルガメッシュは、ロックに声をかけられてきょとんと返事を返す。

「溶岩を渡ったらこうなるって解らなかったのかよ?」
「はっはっはー。自慢じゃないが、戦闘顧問として溶岩を渡る訓練はやってなかったぜ!」

 びしいっ、と何故か自慢げに親指を立ててポーズを決める。
 そんなドワーフ戦車隊の戦闘顧問サマに何も言う気力が無くなって、ぱたぱたと濡れた服を仰いで乾かしているリディアへと視線を向ける。

「ていうかお前も、熱いからっていきなり魔法をぶっ放すな!」
「うっさい! あたしが冷気魔法使わなきゃ、アンタだって蒸し殺されてたでしょうが!」
「だったらせめて加減しろーーーーー!」
「同感だ」

 ロックの言葉に同意したのは、遅れて戦車の中から顔を出したカインだった。
 彼はどういう訳か、ロック達と違って濡れている様子はない。

「おかげで戦車の中が水浸しだ。壊れたりしないだろうな?」
「頑丈なだけがウリだからな。深海に沈んでも動く・・・と思う、多分」

 戦車の中から出てきたカインに、ロックは自信なさげに答える。
 なにせ地底には海どころか湖もないし、雨だって降らない。防水性など確認する必要もないし、現に戦車の操縦方法をドワーフたちから習った時は、防水性についてはなにも聞かなかった。
 しかしそこは古代の技術で作られた戦車だ。溶岩だって渡りきるのだから、水なんかで壊れることはない―――とロックは思いたかった。

 ちなみに。
 一体なにが起きたのかと言えば、溶岩を渡った際に車内の温度が急上昇したのだ。戦車自体は溶岩に耐えられても、完全に熱を遮断する事はできなかったようだ。
 それでも大幅に断熱して、かなり熱めのサウナだと思えば、人間でも根性入れればまあ数分くらいは頑張れるんじゃないかという程度の温度だった。

 けれど溶岩を渡るのに数分では済まず―――途中でリディアがキレて、冷気魔法を発動。
 車内のあちこちを氷漬けにして、温度を下げた―――のはまあ良かったが、氷は次第に溶けていき、さらに密閉された空間であったために湿度が急上昇。まるで霧雨のまっただ中に居るような状態で、さらに温度も再び上がっていき、じっとりと湿っぽくかつ熱いという、まるで蒸し上げられたような状態のまま戦車は進み―――ようやく解放されたというわけだった

「おいロック、なんかタオルとか拭くものないかってセリスが言ってるぜ」

 カインに続いてエッジも顔を出した―――カイン同様、彼も何故か濡れておらず、バッツ達のように熱さでへばってもいない。
 ちなみに、戦車の中に居るセリスも同様だ。彼女は、自前のハンカチを使って各員の座席を拭いていたりする―――が、ハンカチなんかでは拭ききれないだろう。それほど車内は水浸しだ。

「応急用の包帯くらいならあるけどな。どのみち俺と同じびしょ濡れだ」
「ふうん・・・まあ、下手に拭くよりも、このまま乾かした方が手っ取り早いだろうけどな」

 温度が以上に高かった車内から出たばかりでそうは感じないが、ここは溶岩が流れる河の近くだ。
 溶岩から放たれる熱気なら、すぐに髪も服も、車内も乾くだろう。

「にしても・・・」

 ロックは半眼でカインとエッジを見やる。

「・・・俺も、なんか特殊な力とか身に着けようかな・・・」

 びしょ濡れのバンダナの水気を払いながらぼそりと呟く。
 カインとエッジ、それからセリスが湿気に濡れていないのは、それぞれ竜気や忍術、魔法などで防御したからだ。

「なんかこう、いきなり魔法を使えるようになる方法ねえかなあ―――なあ、リディア?」

 なんとなしに、近くにいた魔法使いの少女に問いかける。
 ロックとしてはほんの冗談のつもりだったのだが、何故かリディアは不機嫌そうに―――むしろ怒りすら滲ませて、ロックをにらみ返す。

「な、なんだよ・・・」
「冗談でもそういうこと言わないで―――殺すわよ」
「こ、殺すとまで!?」

 なんでそうまで言われなきゃいけないんだ、とロックは思ったが、リディアの殺気じみた迫力になにも言えなかった。
 と、バッツは「そういえば」とリディアに尋ねる。

「なんでリディアまでびしょ濡れなんだよ? セリスみたいに魔法で防げなかったのか?」

 その疑問に、リディアは一転して気まずそうな顔をする。

「そ、そういうの苦手なの!」

 強力無比な火力を誇るリディアの魔法だが、反面、魔力の制御は不得手だった。
 ある一定以上の力を発動させるのは得意だが、細かな制御―――例えば葉っぱ一枚分を燃やす程度の火を生み出す、というようなことは苦手なのだ。

 今回の例で言うと、セリスは冷気系の魔法で周囲の熱を遮断し、湿気も自身の身体に届く前に冷やして液化させた。それでセリスの周囲に水は溜まったが、セリス自身は濡れなくて済んだというわけだ。

 同じ事をやれば、リディアの周囲が氷漬けになりかねない。

 と、ギルガメッシュが自分自身を指さして言う。

「ちなみに俺も苦手だぜ!」
「「「「「聞いてねえよ」」」」」」

 その場に出ていた、ギルガメッシュ以外の全員が同時にツッコミをいれた―――

 

 

******

 

 

 トメラの村―――

 地底に住むドワーフ達は、背が低い、暗視が効く、腕力が強い、などの特徴があるが、中でも特記すべきなのはその手先の器用さだろう。
 「ラリホー、ラリホー」といつでも明るく、かつ豪放な性格からは想像も出来ないが、ドワーフたちは先天的に何かを創作する能力に長けている。

 そしてフォールスの治下に住むドワーフたちは、大別して二つの技能者に分けられる。
 古代の民が残した技術を解き明かし、戦車などを作り上げるいわゆる “技術屋” と、鉄を鍛え刃物や鎧を作ったり、美しい装飾品を彫り上げたりする “職人” だ。

 主に技術屋のドワーフはバブイルの塔、ドワーフの城を中心とした北部に住み、職人系のドワーフは南部に住んでいる。
 と言っても、別に仲が悪くて別れているわけではない。

 北にはバブイルの塔があることからも解るように、各所に古代技術の跡が残されている。
 逆に、南部にはそういったものが残されていない代わりに、鉱石や地底では珍しい植物などの資源が数多くあるのだ。
 だから自然と、技術を求めるドワーフは北へと集まり、職人は南へと住み分けしているのだ。

「定期的に技術交流はしているらしいがな。古代の技術でなければ加工できない鉱物なんかもあったり、逆に職人達も古代にはない手法を新たに見つけ出したりとか」

 などと村の中を歩きながら、ギルガメッシュが説明する。

「へえ、良く知ってるな」

 バッツが感心したように言うと、ギルガメッシュは「おうよ!」と胸を叩く。

「なにせ戦闘顧問サマだからな!」
「いや、関係有るのか、それ」

 ロックが呆れたようにつっこむ。
 その戦闘顧問サマのお陰で、死ぬような目にあったロックとしては、ギルガメッシュに対してあまり良い印象を持つことはできない。

 溶岩の河を渡り終えて、休憩しながら進み―――水浸しになったものの、戦車は壊れず動いてくれた―――村には一日ほどかかって辿り着いた。
 ドワーフの城から数えれば三日。飛空艇ならば一日でたどり着けたかも知れないが、これでも早かった方である。

 村に着いたロック達は、ジオット王に言われたとおり村の長老に会うことにした。
 村長に会いに行くのは今会話した三人―――ロックとバッツ、それにギルガメッシュの三人だ。あとついでに、バッツの腰にはエクスカリバーと一緒に、ライトブリンガーも下げられている。

 他の者たちはというと、この村の宿に部屋を取ってもらっている。
 慣れない戦車の旅での疲れを癒すため、今日は村に一泊してから封印の洞窟へ向かうことにしたのだ。
 もっとも、長老に話を聞いて、もしもゴルベーザが封印を力尽くで突破した後だというのなら、疲れた身体にムチ打って、今からでもすぐに洞窟へと向かう必要があるが。

「さてと、ここかな?」

 ロックは先程、村の中ですれ違ったドワーフに聞いた建物へ辿り着く。
  “村長” と言っても、だからといってこの村で一番エライというわけではなく、一年単位で村人達で持ち回る役職で、基本的に村の中のことは村人全員の話し合いで決める。
 つまりこの村で言う “村長” は、その村内会議の議事進行役で、 “村の長” というわけではない。だから教えられた家も、村の中を見回せば同じような建物が幾つもある―――普通の民家だった。

「・・・ていうか、そんな村長に話を聞く必要があるんかなあ」

 ジオット王は代々続いている、ドワーフ達の王家の血筋だ。
 しかしこの村の村長は、単なる役職。早い話、村長が知っていることは、他の村人達だって知っているだろう。わざわざ “村長” に聞かなければならないことなどないような気がするのだが。

「まあ、いいじゃん。王様に言われたんだし、封印の洞窟について聞いてみようぜ」

 バッツに促され、「それもそうだな」と、ロックはその家のドアをノックした―――

 


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