第23章「最後のクリスタル」
H.「恋愛事情 」
main character:ロック=コール
location:ドワーフの城

 

 ノックをする、と部屋の中から「はあい」と返事が返ってきたので、エニシェルは部屋の扉を開く。

「失礼するぞ」

 と、部屋の中に入ってみれば、部屋の中は無数の人形で埋め尽くされていた。
 壁一杯に棚が並べられ、そこに整然と人形が並んでいる―――と思えば、床には乱雑に人形達が散らばっている。

 人形の種類は様々で、クマや犬などの動物の人形は勿論として、人間やドワーフ、果てはゴブリンなどの魔物の人形まであった。
 魔物のもの、とは言ってもそこは女の子。リアルにおどろおどろしいものは無く、全て可愛らしくデフォルメされたものだ。

 様々な、と述べたが、その種類はモチーフだけに留まらない。
 普通に布を縫って綿を詰めたものが殆どだが、毛糸で編んだものや、フェルトを縫い合わせて作られた簡単な物、中には陶器で作られたものや、操り人形指人形の類まであった。

 そんな部屋の中で、ドワーフの少女が一人、金髪の女の子の人形を抱きかかえ、その髪をすくっていた。
 部屋の中に入ってきたエニシェルの姿を見つけると「誰?」と首を傾げる。

「妾の名はエニシェル、お前の父に友達になってくれと頼まれた」

 告げると、ルカは「ふうん」と気のない返事を返してくる。
 確かに人見知りっぽい反応だな、とエニシェルが思っていると、その感想を裏切るように、ルカは不意ににぱぁと笑顔を見せる。

「ねえねえ、そんなことよりもこの子、どう?」

 笑顔のまま、抱きかかえていた人形をエニシェルに向けて突きだした。
 普通の人形だ。
 金髪に、フリル一杯の小さなドレスを着ていて、聖剣モードのエニシェルにどこか似ている気がする。

「可愛いな」

 と、当たり障りのない感想を言うと、ルカは「そうでしょそうでしょ♪」と嬉しそうにはしゃぐ。
 そんな様子に、どこが人見知りなのかと思うエニシェルの前で、ルカはさらに楽しそうにその人形の説明をする。

「この子はリリカって言って、七人姉妹の末っ子なの。性格はちょっと大人しく控えめで―――」

 本当にどこが人見知りなのかと、もしかしたら親子の仲が上手く言ってないんじゃないかと思いつつ、ルカの止めどなく溢れてくる人形の説明に時折相づちを打つ。

「それでね、リリカには好きな人が居るんだけど」
「ほうほう、それで?」
「うん。それが実はね―――」

 ・・・ジオット王の言葉が正しかったと知るのは、数十分後の事だった―――

 

 

******

 

 

「お前、俺の事・・・・・・す、好きなのか?」

 アホだと思った。馬鹿だと思った。死ねと思った。
 言ってから、今までの人生でベスト3にランクインするくらい超後悔。

「な、なーんちゃって」

 究極のアホだと思った。史上空前の馬鹿だと思った。というかもう本気で死ねよと思った。
 思いながら、愛想笑いを張り付かせたまま、今の言葉を “なかったこと” にしようとする。

「そ、そろそろ医務室行こうぜ? もういいだろ?」

 いいつつ立ち上がろうとする―――が、セリスはロックの腕を掴んだまま離さず、立ち上がろうともしない。
 見れば、セリスはなんとも難しそうな顔をして悩んでいるようだった。
 そんな表情のまま、セリスはぽつりと呟く。

「好き・・・なのかもしれない」

 ドガン、と鉄のハンマーで心臓を直接殴られたかと思うような衝撃をロックは受けた。
 なにか言おうとして―――しかし何も言葉は出ない。出せなかった。
 ロックが呆然としている前で、セリスは難しい表情のままさらに続ける。

「でも―――解らない」
「・・・は?」

 少しだけロックは正気に戻った。
 セリスはこくりと頷いて、

「最初はロックのこと、なんとも思っていなかった」

 なにせミストの村で襲われたことや、バロンで追いかけ回したことすら忘れていたくらいだ。

「それがゾットの塔で助けられて、バロンで貴方に敗北して―――」

 それからこの青年のことが気になり始めた。
 最初は負けたことから来る悔しさという感情だった。悔しくて悔しくて、でもリベンジのしようがなくて、それで毎日のようにロックのことばかり考えていた。

「その悔しさが、いつの間にか興味に変わっていた・・・」
「興味って・・・俺は珍獣かなにかか」

 苦笑いしてロックが呟くと、セリスも笑って。

「似たようなものよ。少なくとも、私の周囲にはいないタイプだった」

 ガストラ帝国では強さが全てだ。
 どんな人格者であっても力無き者は見下され、どんな無法者でも力があれば認められる。

 ケフカが良い例だ。
 将軍職にはついていないものの、その強大な魔力で皇帝に取り入り、セリス達将軍と肩を並べるまでに至っている。

「だから、自分の力を誇らない人間というのは初めてだったし、居たとしても見下して記憶にも残していなかったと思う」
「まあ、本気で最初は忘れられてたしな、俺」

 ロックがそういうと、セリスは申し訳なさそうに目を伏せた。

「バンダナの事は・・・本当にごめんなさい」

 バロンでのおいかけっこの際、セリスはロックのバンダナを奪い、それを捨ててしまっている。
 そしてそのバンダナは、ロックにとって恋人の形見と呼べるものだった。

「今更気にしちゃいねえよ―――第一、取られたのは俺のミスだしな」

 苦笑して、ロックはセリスに買って貰ったバンダナを軽く撫でる。
 ん、とセリスは小さく笑ってから、ロックの瞳を覗き込むように見上げて続けた。

「そんな風に力のない相手に負けたの悔しくて―――でも、次第に興味に変わっていった。私を負かした男がどんな人なのか知りたくなった」
「大した男でもねえよ、俺は」
「大したことのない男が、ガストラの将軍を倒せるものなら、今頃帝国は潰れてる」

 セリスはくすりと笑って。

「多分ね、私がフォールスに残ったのも、半分は貴方が原因かもしれない―――貴方の事が気になって仕方ないから。だから」
「セリス・・・」
「こういうこと、初めてでよく解らないの。今、私の胸に渦巻いている気持ちが “好き” という感情なのかどうか―――」

 きゅ、とロックの腕を掴む力が少しだけ強くなった。

「解らないから不安に思うし、困惑する」

 呟いて、彼女は少しだけ微笑んだ。

「ローザはね、 “ずっと一緒に居たいと想うこと” が愛だって言ってた。それが人を好きになると言うことだって」

 私はね、とセリスは続ける。

「ロックとずっと一緒に居たいって―――」
「やめろよ!」

 溜まらなくなって、ロックは叫んだ。
 やや乱暴にセリスの手を振り払って立ち上がる。「あ・・・」とセリスが少し傷ついたような表情を見せてこちらを見上げてくるのを見て後悔しながらも、全ての感情を押し殺して怒鳴る。

「それ以上は・・・頼むから、やめてくれ!」

 例えセリスが今抱えている感情が恋だとして、もしもロックの事を好きだとしても、それをロックは受け入れるわけにはいかない。

 そして。

 そんなセリスに対するロックの想いを、ロック自身認めるわけにはいかない。何故ならば―――

「解ってる」

 セリスは立ち上がりながら呟く。

「私はガストラの将軍で、貴方はガストラの反抗組織の一員。そして―――」

 ゆっくりとセリスは指先をロックへと向ける。

「貴方には恋人が居て、私が属する帝国はその仇でもある」

 だから、と彼女は微笑して。

「私はロックとずっと一緒に居たいって思わない」
「え・・・」
「解ってるから。私は貴方とは相容れない立場だってことは」
「だったらなんで・・・」

 言いかけて、ロックは一瞬言葉に詰まった。
 それは、さらにセリスを突き放す言葉だと気づいたからだ。

 しかしその言葉を察したセリスは、ロックの後を続けて言う。

「なんで、私は貴方を求めたかって?」
「・・・ああ」
「だから、それが解らないの」

 セリスは両手で自分の胸を抱きしめる。

「解ってる。例え私が貴方のことを好きでも、その想いは叶わないって―――叶えちゃいけないって解ってる」
「・・・・・・」
「解ってるけど、止まらないの。貴方が死ぬのが怖くて、貴方に嫌われるのも怖いって思ってる。気持ちが抑えられなくて、どうしたらいいか解らなくて・・・!」
「それは―――」

 突き放すべきだ、とロックは思った。
 セリスがロックに恋しているのか、それともまた別の感情なのか、ロックにも判断できない。
 しかし、なんにしてもセリスのその想いは否定しておくべきだとロックは思った。

 セリスの言うとおり、彼女とロックは相容れない存在だ。
 今のように馴れ合ってる状態が異常なのだ。完全に突き放して、立場を明確にするべきだ―――それがお互いのためでもある。

(ここでセリスを受け入れてしまえば、きっとあとで後悔する―――お互いに)

 そうロックは確信して―――セリスに手を伸ばして、その額を指でつん、と突いた―――

 

 

******

 

 

「クエーーーーーーーッ!」

 入ってきたチョコボは、医務室の中を見回すとベッドに眠るリディアに目を止めて、猛スピードで駆け寄る。

「なんだこのチョコボ―――って、ココか!? もしかして!」

 バッツが叫ぶと、チョコボ―――ココはバッツに向かって「クエッ、クエッ」と二度ほど頷く。

「どうやらリディアのニオイを感じて、飛んできたらしいな」

 と、解説したのはブリットだった。
 そうかあ、とバッツはココの身体を優しく撫でながら笑う。

「リディアの事を心配して来てくれたんだな。悪かったな、教えてやるのを忘れていて」

 以前、地底に来た時にココは地底に置き去りにされてしまった。
 だから当然、この城の中に居ると言うことはバッツも知っていた。

「・・・あれ? そーいや忘れていたと言えば―――」
「クエーーーーーーーーッ!」

 バッツが呟いた瞬間、もう一羽別のチョコボが医務室の中へと飛び込んできた。
 メスのココよりも一回り大きい、オスのチョコボだ。
 そのチョコボを見て、バッツは気安く手を挙げる。

「よ、ボコ。元気にしてたか?」
「ク、クエエエエエエエエエエッ!」

 バッツの姿を見つけ、ボコがバッツに向かって駆け寄る。バッツを吹っ飛ばしかねないほどの突撃だったが、直前で減速して、バッツの目の前で丁度停止して、大きな頭をバッツの胸にすりつける。そんなボコの首をバッツは嬉しそうに抱きしめかえしてやった。

「ホント久しぶりだなー。なんか痩せたような気がするけど、ちゃんとメシは食わせてもらってるのか?」
「クエッ、クエッ!」
「あん? “置いていくなんて酷いじゃないか!” って? 仕方ないだろ、あの時はなし崩しに地上に戻されたし」
「クエーーー?」
「当然、お前のことを本気で置いていこうだなんて考えるわけねえだろ―――・・・まあ、でもしばらくお前のこと、忘れてたりしたけどさ」
「クエエエエエ!」
「わ、悪かったって! いや、地上でも色々あったんだよ。色々!」

 親友同士の再開。
 そんな微笑ましい光景を、じいっと見つめているチョコボが一匹。

「・・・・・・」

 ココだ。
 彼女の視線に、バッツが気づく。

「おい・・・なんか睨まれてないか、ボコ?」
「クエッ?」

 バッツに言われ振り返り、ココと視線を合わす―――そしてすぐさまココに向かって、「クエッ、クエッ、クエエエッ!」と鳴く。
 その鳴き声を人間の言葉にしたら「気がつかなかったわけじゃないんだ! 単にバッツが懐かしくて!」とか弁解しているようにバッツには聞こえた。

 しかしココはつれなく首をそっぽ向かせると、そのままボコとは視線を合わさないようにして医務室を出て行く。
 その後を追いかけてボコも出て行くが―――直後、ドゴン! という音が廊下の方から響き渡った。

「おーい、ボコ・・・?」

 おそるおそると、バッツが廊下を覗き込んでみれば、どうやら思いっきり蹴り飛ばされたらしいボコが、廊下の壁にめり込んでいた。

「だ、大丈夫か・・・?」
「クエエエ・・・」

 大丈夫じゃないらしい。
 壁から剥がれると、そのまま力無く床にうずくまったまま動かない。

 とりあえずそのままにして置くわけにも行かずに、バッツはボコを引っ張って医務室に入る。

「ていうか、どうしたんだよお前ら。地底で再開してから、随分と仲悪くなってねえか?」

 バッツが尋ねる。
 ファブールで別れる前は、ボコとココは結構仲が良かったような気がする。
 少なくとも、今みたいに蹴り飛ばされるような関係ではなかったはずだ。

 それが地底で再開してみれば、どうもココはボコのことを避けているようだった。

「色々と事情があるんだ」

 そう言ったのはブリットだ。

「事情?」
「考えても見ろ。俺達はこの世界とは時間の流れが違う幻獣界に言って、十数年もの刻を過ごした―――つまりその十数年分、ボコよりもココの方が歳を取ってしまったということだ」

 ブリットの言葉にそれまで黙っていたギルガメッシュが「オウ、成程」と手を叩く。

「つまり、同い年だった彼女が、いつのまにかオバサンになっていたってことか」
「・・・お前、そういうこと女性達の前で言うなよ・・・?」

 デリカシーのない発言に、ブリットが顔をしかめる。

「ココは年の差を気にしてボコを避けてるって? そんなのボコは気にしないのにな?」
「クエッ、クエッ!」

 バッツの言葉に、同意するようにボコは何度も頷いた。
 しかしブリットは溜息を吐いて、

「それは年下の意見だな。歳を取れば色々と気を遣ってしまうものだ」

 ココがボコを避ける理由はそれだけではないがな―――と、心の中で呟きながらブリットはしみじみと言う。

(まあ、それは俺が言うべき事ではない・・・)

  “ココの事情” を胸の奥にしまい込む。
 と、バッツがふと気がついたように言った。

「・・・そーいえば、ブリットもそれだけ歳をとったってことだよな?」
「なんだいきなり」
「いや、昔に比べて、随分と流暢に喋るようになったなー、とか。強くなったなー、とか」

 今更といえば今更なことをバッツが言うと、ブリットはさっきよりもはっきりと顔をしかめた。

「・・・その俺の十数年分も、お前の一ヶ月には敵わなかったんだが」

 地底で再会した時、ブリットはバッツにボロ負けした。
 そのことを苦く思い出すブリットに、バッツは誤魔化すように愛想笑いを浮かべた―――

 

 

******

 

 

「ロック・・・?」

 指先で突かれた額を抑え、セリスはきょとんとする。
 そんな彼女に、ロックはきっぱりと言い放った。

「それは解ってないんだよ」
「え・・・?」
「解ってるハズないだろ。だって、今のお前は “ガストラの女将軍” じゃなくて “ただの” セリス=シェールだ」

 ―――その時、自分はどんな顔をしていたのだろう。
 ロックは後になってそんなことを思う。
 その時のロックは、自分がまるで自分でないように―――誰かが自分の口を使って喋っているかのように、考えもせずにすらすらと言葉がでてきたことと、セリスが愉快なほど目を丸くして驚いた表情をしているのははっきりと憶えている。

 ただ、ロック自身がどんな想いで、どんなことを考えて居たのかは思い出せない。

「ガストラは俺にとって仇だ―――けど “ただの” セリス=シェールは俺にとって仇じゃない」

 だから、とロックは続ける。

「お前が俺を好きになったって、なんも問題ないし、俺だってお前を―――」
「だ・・・駄目ッ!」

 セリスが悲鳴をあげて両手を前に突き出す。
 その声に、ロックは我に返った。

「あ・・・」
「駄目! やめてロック! それ以上言われたら、私ッ、わけわかんなくなるッ!」

 叫びながら、セリスは顔を真っ赤にしてぼろぼろと涙を流していた。
 嬉しい、という表情ではない。彼女自身の言葉どおり、ただただ混乱しているのだろう。

「同情してくれるのは嬉しい。けれど、それで私を受け入れたら、貴方はきっと後悔する」
「・・・・・・っ」

 そんなことはない、などとはロックには言えなかった。
 だから口を閉じ、無言を返す。
 そんなロックに、セリスは両手で涙を拭いながら告げる。

「私は貴方に後悔なんてしてほしくないの。だから、お願いだから私の “片想い” でいさせて・・・」
「セリス、俺は―――あ」

 と、そこでロックは気がついた。
 セリスが涙を拭う手。右手は白く美しかったが、それとは対照的に左手は醜く焼けただれていた。

「その手・・・」
「あ・・・っ」

 セリスは反射的に左手を隠す。そういえば、さっきから左手はロックに見せないようにしていたように思う。腕を掴んでいた時も、右手を添えて左手は隠していたし、指さした時も右手だった。

「・・・見た、かしら」
「まあ、な」

 それは火傷だった。
 バブイルの塔で、ルビカンテの火燕流を吸収しようとした時の火傷。

「酷い火傷よね。女の子の手が台無し・・・」
「馬鹿。今更そんなこと気にするタマかよ」

 涙の痕が残った顔で、ぎこちなく笑うセリスに、ロックは憮然として手を差し出す。

「見せてみろよ」
「・・・どうして?」
「具合はどうかって言うんだよ」
「ちょっと酷いけれど、使い物にならなくなるほどじゃない。・・・剣は、しばらく使えそうにないけれど」

 そう言って、セリスは火傷した左手を背中に隠したまま出そうとしない。
 ロックは諦めて差し出した手を引っ込めた。

「魔法じゃ治らないのか?」
「白魔法は苦手ってわけじゃないけど、得意でもないから―――完全に綺麗に治すのは私じゃ無理ね」
「クノッサス導師なら?」

 バロン―――いや、フォールスで最高位の白魔道士の使い手の名前を出す。
 するとセリスは小さく首を横に振った。

「・・・解らない。そもそもあの導師は簡単に白魔法で癒すことを忌避しているようだし、第一私はガストラの人間だし」
「関係あるかよ、そんなの」

 憮然としたままのロックに、セリスは少し躊躇ってから尋ねる。

「ロックは・・・嫌い?」
「え?」

 突然の問いに戸惑うロック。
 セリスは自分の左手をおそるおそる、ロックの目の前に差し出した。

「こんな風に、醜い手をした女は嫌い・・・よね?」
「ンなわきゃねえだろ」

 即答しながらも、ロックはさらに不機嫌そうになる。

「じゃあ、どうしてそんなに機嫌が悪いの?」
「・・・・・・・・・」
「・・・ロック?」

 セリスに名前を呼ばれ促され、ロックは深々と溜息を吐いた。

「なにも出来ねえからだよ!」
「え?」
「バブイルの塔で、俺はなんにもできなかった! ただ、バッツやエッジが戦ってるのを見てるだけで、俺は何もできなかったんだ!」
「そんなことは―――」
「ある!」

 ロックはセリスの火傷した手を睨付ける。

「お前がそんな火傷を負ってもなにもできねえ! 何もしてやれねえんだ!」
「・・・らしくない」
「なに?」

 ぽつりと漏らしたセリスの言葉に、ロックは反応する。
 見ればセリスはじっとロックを見つめていた―――その真摯な瞳に、なにかいたたまれなくなる、が何故か視線を反らすことは出来なかった。

「らしくないって言ったのよ。ロックがバッツ見たいに戦えないなんて、貴方自身が一番良く知ってるじゃない」
「・・・・・・」
「ロックはもっと、自分のことを良く知っていて・・・なにができるかできないか解ってる人でしょう? そんな事、今更・・・」
「俺はさ」

 ロックはセリスの言葉を遮って―――憮然とした表情のまま―――告げる。

「この程度の男なんだよ。お前に何もしてやれない―――お前に好かれる価値もない男だ」

 セリスの言うことは正しかった。
 ロックは、自分に出来ることと出来ないことをしっかり把握している。

 それは彼の長所であり―――同時に短所でもあった。

(レイチェル・・・)

 故郷で長い眠りについている恋人の事を思う。
 いや、正確には “まだ” 恋人ではなかった。結局、プロポーズはできなかったのだから。

(やっぱり俺は駄目なままだ・・・惚れた女にも、惚れてくれた女にも、なにもできやしない・・・)

 自分にできないことを把握している―――というのは、裏を返せば自分にできないことは最初から諦めるということでもある。
 それでロックは一度レイチェルから離れ、とりかえしのつかない後悔をすることになった。

(セリスに対して俺は何もできない。俺は―――)

「ロック!」
「うお!?」

 いきなり耳元で怒鳴られ、ロックはのけぞった。

「な、なんだよセリス」
「それはこっちの台詞。何度呼んでも聞こえてないみたいだったし」
「あ・・・悪い」

 どうやら何度か呼んだらしい。思考に没頭していたロックは気がつかなかった。

「まあ、いいわ。それでね、一つお願いがあるの?」
「お願い?」
「ええ―――貴方のナイフ、一本貰えないかしら?」
「俺のナイフ・・・?」

 訝しがりながら、ロックはナイフを一本取り出すと、それをセリスに差し出す。

「こんなもので良ければ一本くらいやるけどよ。でもそれ、握りを俺が使いやすいように削ってあるから、他の人間にゃ使いにくいと思うぜ?」

 ロックの言うとおり、握りの部分が削ってあった。
 セリスは「いいわよ」と笑って、それを布にくるんで懐にしまいこむ。

「別に振り回すわけじゃないし」
「は?」
「私の手、しばらくは剣を使えないから・・・」
「代わりにナイフで戦うって?」

 ロックが言うと、セリスは首を横に振る。

「振り回すわけじゃない、って言ったでしょ?」
「じゃあどうするんだよ。それでリンゴでも剥いているっていうのか?」
「そんなわけないでしょ。魔封剣よ」
「マフウケン・・・って、あの魔法やダークフォースとかを吸収する技か」

 ロックの言葉にセリスは頷く。

「そう。名前の通り、剣がなければ使えない技だから」
「だから代わりに俺のナイフを?」
「そういうこと。ほら、ね?」
「へ?」

 なにが「ね?」なのかわからないロックは、きょとんとする。
 セリスはくすりと笑って。

「貴方が私にしてくれること、あったでしょう?」

 セリスはナイフをしまった懐に手を添える。

「貴方が私になにもできない、なんてことはないから」
「あ・・・あのなあ。ナイフなんて何処にだってあるだろ。別に俺のじゃなくったって・・・」
「ロックのだからいいの」

 きっぱりといわれ、ロックは言葉を失う。
 と、セリスはくるりとロックに背を向けると、医務室の方へと足を向けた。

「じゃあ、そろそろ戻りましょうか。バッツ達も心配してるかも知れないし」

 そう言って、彼女は少しふらつきながら歩き出す。
 そんな彼女に、ロックは「ちょっと待てよ」と声をかける。

「なに?」
「・・・フラついてるだろ。腕貸してやるよ」

 憮然としたまま、ロックはセリスの隣りに並ぶと、肘を突き出す。
 セリスはその腕に自分の腕を絡め、体重をロックへと預けた。
 それから、満面の笑みでロックに顔を向けて口を開いた。

「―――ありがとう」

 


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