第23章「最後のクリスタル」
G.「女が男を心配する意味 」
main character:ロック=コール
location:ドワーフの城・謁見の間

 

 

 

「・・・・・・!」

 彼女は不意に目を覚ました。
 反射的に飛び起きる―――と、その瞬間、軽い目眩が襲い、思わず額を抑えた。

「おい、目が覚めたのかって―――大丈夫か?」

 彼女が身を起こしたことに気がついた青年が駆け寄ってくる―――だが、彼女はそれを無視して周囲を見回した。

 そこは病院のようだった。
 いくつものベッドが並び、そこには彼女が知っている者たちが寝かされている。
 ―――だが、そこに彼女が求めた青年の姿はなかった。

  “彼” の姿が見つからないことに、彼女は段々と不安を募らせていく。
 イヤな予感―――最悪な想像が頭を過ぎる。

 「大丈夫か?」ともう一度声をかけてくる旅人の青年に、彼女は泣きそうな顔で尋ねた。

「ねえ、ロックは? ロックはどこにいるの・・・・・・!」

 

 

******

 

 

「さーて、あいつらの様子はどうかな」

 ジオット王との謁見の後、謁見の間を退室したロックは、王の娘であるルカに会いに行ってみるというエニシェルと別れ、一人で医務室へと向かっていた。
 医務室には、負傷、或いは疲労によって倒れた仲間達が寝かされているはずだった。

(まあ、さっきの今で目ぇ覚ましているヤツがいるとは思わねえけど)

 思いながら医務室を目指す。
 行ったところで傷つき倒れた仲間達に対して何が出来るというわけではないが、医務室にいるのは眠りについている者たちだけではない。
 バッツやブリットも看病をしているはずで、今し方ジオット王と話したことを、彼らに伝えるという用事もあった。

 もっとも、封印の洞窟へ向かうには、仲間の回復を待たねばならないし、準備も必要だ。
 だから緊急の用事というわけではなかったが。

「ま、ヒマだしな」

 呟いて、ロックは廊下の角を曲がり―――

「―――おっと」
「あ・・・っ?」

 ―――角を曲がったところで、誰かとぶつかりそうになって、ロックは危なげなくそれを回避する。
 が、相手の方は突然現れたロックの姿に驚いたようで、バランスを崩して倒れそうになる―――ところを、ロックは抱き止めた。

「おい大丈夫か―――って、セリス?」
「あ・・・ロック・・・?」

 抱きかかえられたまま、相手がロックだと気づくと、セリスは小さくはにかんだ。

「なんだ、もう目が覚めたのか?」
「え・・・ええ・・・」

 セリスはぎこちなく頷く―――そんな仕草に、ロックは首を傾げた。

「・・・どうした? やっぱまだ調子悪いのか?」
「うん・・・少し、身体が重い・・・かしら」
「だったら寝てろよ。ほら、医務室に戻るぞ」
「ちょ・・・ちょっと待って!」

 セリスを連れて医務室へ向かおうとするロックをセリスが止める。

「待ってって・・・なにをだよ」
「も、もう少しこのままがいい・・・」
「このままって―――あ」

 そこで気づく。
 ロックがセリスの身体を抱き止めたままだと言うことに。

「わ、悪い―――って、おい?」

 反射的に離そうとしたところを、逆にセリスに掴まれた。
 精一杯の力で―――けれど、まだ本調子ではないのだろう。ロックの腕にしがみつくセリスは、儚いほどに弱々しかった。

「セ、セリス・・・?」
「ロック、お願い・・・」
「・・・!」

 潤んだ瞳でこちらを見上げるセリスの顔―――まるで泣き出してしまいそうな不安な表情に、どくん、とロックの鼓動が高鳴る。
 そんなロックの脳裏には、ついこの間のバロンでの出来事がフラッシュバックしていた。

 セシルと貴族との決着が着く前の事。
 街でセリスに偶然出会い、そのままどういうわけか “デート” してしまった時のことだ。

 あの時と同じ愛おしさを、ロックは感じていた―――

 

 

******

 

 

「・・・セリスのヤツ、大丈夫か・・・?」

 バッツはつい数分ほど前にセリスを見送った出入り口を振り返ってぽつりと呟く。

 ドワーフの城の医務室だ。
 そこにバッツの仲間達は寝かされていた。

「割とフラついてたしな。どっかで倒れてなきゃいいけど・・・」
「だったらついていきゃあ良かったじゃねえか」

 バッツの呟きに対してぶっきらぼうに言ったのはギルガメッシュだった。
 彼はいつもの赤い鎧を脱いで、ベッドに横になっている。その右足はギブスで固定され、吊されていた。
 ぶっちゃけ、魔導レーザーを直撃され、戦車ごと吹っ飛んだ結果である。

「てゆーか、なんだったら俺がついていくべきだったか!? 今、チョーヒマだし俺様!」

 足は折れたが、体力はありあまっている様子のギルガメッシュを振り返り、バッツはしみじみと呟いた。

「お前、元気だよな・・・」
「はっはー! 元気なだけが取り柄ってよく言われるぜ!」

 グッ、と親指を立てるギルガメッシュにバッツは「変なヤツ」と、苦笑。

 ―――ファルコン号と戦車隊の砲撃戦?が終わった後、その砲撃戦の原因がギルガメッシュだと聞いて、当然の如くロックやカインはいい顔をしなかった。
 だが、彼らが文句を言うよりも早く、全く悪びれない様子で「いやあ、悪い悪い。まあ死人がでなかったし別にいいじゃん」などと軽快に笑い(足を折った状態のまま)、それでロックは毒気を抜かれてそれ以上は何も言わず、カインも相手にするだけ馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにどこかへ行ってしまった。

 そしてバッツは特に恨みに思うようなことはなかった。
 ギルガメッシュの言うとおり、誰が死んだわけでもないし(大怪我したのもジオット王とギルガメッシュの二人だけだった)、むしろ死んだと思っていたギルガメッシュが生きていることを喜んだくらいだ。

「で、どうするんだよ。あのお姉ちゃんが心配なら探しに行こうか?」
「その足でどうやって探しに行くんだよ?」
「杖・・・いや、杖は格好悪ぃな。片足―――それもダサすぎる。・・・ハッ、閃いた!」

 ばっ、とギルガメッシュは両手を頭の上に伸ばしてバンザイの格好をする。

「逆立ち! これなら足が折れててもオッケイ!」
「・・・おい、バッツ。止めた方が良いぞ。あれはやりかねん」

 静かにツッコミを入れたのはブリットだった。
 ちなみにこの医務室内で起きているのは、以上の三人だけで、他は全員ベッドの中で眠りについている。

 早速ベッドの横に身を乗り出し、床に手を付けて逆立ちしようとしているギルガメッシュを、ブリットに言われるまでもなくバッツは止めた。

「止めとけよ。馬に蹴られて殺されるぞ?」
「馬・・・?」

 バッツの言葉にギルガメッシュは動きを止める。
 床に手を付けたまま首を傾げて尋ねた。

「なんの話だよ」
「あれ、知らねえ? 人の恋路を邪魔するやつは―――っていうだろ?」
「恋路って・・・するってえとなにか? あのお姉ちゃん、コレに逢いに行ったっていうのか?」

 小指を立ててにたりと笑いながら尋ねるギルガメッシュに、バッツは「そーだよ」と頷きながら、先程のセリスの様子を思い返す。

 彼女はいきなりベッドから身を起こしたかと思うと、医務室の中をきょろきょろと―――まるで迷子の子供がそうするように―――見回したあと、不安そうにロックの名を呟いて、その姿を求めた。
 バッツがここはドワーフの城の医務室で、ロックは王様に会いに行っているのだと教えると、彼女は止めるのも聞かずに、ふらつきながら医務室を出て行ってしまった。

「そうかもしれないが、そうとは限らないんじゃないか?」

 確かにセリスはロックのことを気に掛けていたようだが、それだけで色恋沙汰に結びつけるのは総計だろう。
 ブリットが言うと、バッツは素直にちっち、と指をふる。

「男が女を心配するのは当たり前のことだが、女が男を心配するのは、女がその男のことを愛した時だけだ―――って、俺の親父は言ってたぜ」
「解るような解らんような―――というか、最初に不安を漏らしてたのはバッツだったろう」

 ブリットが言うと、バッツは苦笑する。

「言ったろ? 男が女を心配するのは当たり前のことだって―――だからって馬に蹴られるのは御免だしな。ここはロックの事を信頼して―――」

 などとバッツが言ったその時だ。

「クエーーーーーーー」

 と、甲高い叫び声を上げて、一羽のチョコボが医務室の中に飛び込んできた―――

 

 

******

 

 

(・・・まいったな)

 ロックは通路の端、壁に背を預けて座り、途方に暮れていた。
 その隣ではロックの片腕を掴んで離さないセリスが、同じようにして座っていた。

 離さない、といっても今のセリスは何とも弱々しく、ロックが強引にすればあっさりと引きはがせるだろう。

(本当にどうしたもんかなあ・・・)

 目を合わせないようにしながら、セリスの様子を盗み見る。
 セリスはロックの腕を掴み、穏やかに瞳を閉じている。眠っているようにも見えるが、なんとなく眠っていないようにロックには思えた。

 「どうしたラリ?」と時折通りかかるドワーフたちに「なんでもない」と答えながら、ロックは溜息を吐く。

( “これ” はなんだよ?)

 心の中で、誰に問うでもなく問う。

 問うまでもなくロックは知っている。
 セリス=シェール。
 シクズスにある帝国の女将軍。
 剣と魔法を使いこなし、若くして “最強” たるレオ=クリストフと肩を並べる “将軍” の座についた。

  “常勝将軍” の異名を持ち、その二つ名の通りに、彼女が参加した戦で敗北したことはない。
 氷の女王シヴァもかくやと言わんばかりの白く美しい肌と美貌を持ち、見る者を震え上がらせる冷徹で冷たい視線で敵を射抜く。

 ―――つらつらと、 “セリス=シェール” に関することを思い浮かべ、ロックは首を横に振った。 “これ” は “それ” ではないと。

「ロック・・・?」

 ロックが首を横に振るしぐさに気がついたのだろう、セリスが目を開けてロックを見上げる―――その表情に、さっきまでの泣き出しそうな不安げな色はない。
 まるで、ロックの側にいることがなによりも安心であるかのように。

「ああ、悪い。なんでもない―――じゃなくて」

 なるべくセリスとは目を合わせないようにして、ロックは言葉を言い換える。

「どうしたんだよ? 医務室を抜け出して、そんな身体でなんでこんなところに・・・」

 セリスの身体は本調子ではなかった。
 どうして無理してまで医務室を抜け出してきたのかがロックには解らない。

「ロックがいなかったから・・・」
「俺・・・?」

 ロックが自分を指さすと、セリスはこくん、と頷いた。

「目が覚めて、でもみんな居るのにロックだけが居なかったから、それで不安になって・・・」

(医務室には俺の他に、カインやエニシェルも居なかったハズなんだが―――)

 ロックはそう思ったが特に言わなかった。
 つまりそれだけ、セリスは混乱していたということなのだろう。

「でもバッツが居ただろ? 俺が王様に会いに行ってるって聞かなかったのか?」
「聞いた・・・ような気がする―――でも」

 いつの間にか。
 セリスの身体は小刻みに震えていた。それは恐怖から来る震えだ。

「イヤな予感がして・・・怖くて・・・」
「はあ? なんでだよ?」

 セリスが恐怖を感じているのはロックにも解る。
 でも、何故にそこまで怖がっているのかがロックには解らない。

「だって! 穴から落ちて! 魔法だってちゃんとかかったか解らないし! それで、もし、もしもロックだけが助かってなかったらって思ったら、私・・・!」

 そこでようやくロックは理解した。
 バブイルの塔で、落とし穴に落とされた後、セリスは浮遊魔法を最後の力を振り絞って唱え、それで気絶した。
 つまりその後、助かったのかどうなのかを彼女は知らなかったわけで。

(まあ、そりゃあ絶体絶命のピンチで気を失って、目覚めた時に誰かがいなけりゃそいつのことを心配するよな)

 そう思いつつ、ロックはセリスが掴んでいるのとは反対側の、空いてる手を伸ばして、セリスの頭をぽんぽんと撫でる。

「ちゃんと生きてるだろ。そんなに怖がるなって」

 ロックが言うと、セリスは一瞬だけ驚いた顔をして―――すぐに表情をほころばせた。

「変ね」
「なにがだ?」
「貴方がいないと思っただけで目の前が真っ暗になるほど不安になるのに、貴方が居ると感じられるだけでとても幸せな気分になれるの」

 くらっとした。
 それこそ一瞬、目の前が真っ白になったような錯覚を憶え、ロックは瞬きを数度繰り返す。

「ど・・・どっかの白魔道士みたいなこと言いやがって・・・」

 全力で平静を保ち、そんな言葉を絞り出す。
 すると、セリスは苦笑を返し、

「そうね。かなり影響を受けてるって自分でも思う」
「悪い冗談だ」

 半ば本音でロックは言い捨てた。

「どうして?」
「もしもローザ見たいのが量産されたら男は困る。少なくとも俺は嫌だ」
「ローザの事が嫌いなの?」
「いいや。美人なおねーちゃんは大好きだぜ―――見てる分にはな」

 嘆息して、ロックは続ける。

「アイツの愛は強烈すぎる。そのくせ直球と見せかけて時々変化球混ぜてくるしな。あんなのさばききれるのはセシルくらいなもんだぜ」
「セシルだってさばききれなかったと思うけど」

 セリスの反論に、ロックは言葉に詰まった。

「そう言えばそうか―――って、なんか話がズレてきてる。なんの話だったっけ?」
「貴方の傍に居ると安心するって話」

 ロックの息が詰まった。
 苦しくなるギリギリまで息を止め、それからゆっくりと息を吸って嘆息する。

「・・・なんだよ、それ」
「そのままの意味だけど?」
「俺はセシル=ハーヴィじゃねえぞ」
「私はローザ=ファレルでもないわよ」

 当たり前のこと言いあってから。
 ロックはその言葉を口に出しかけて―――口を閉じた。

「どうかしたの?」
「いや・・・なんでもねえよ」
「なんでもないって顔じゃないけど」

 だが、セリスはそれ以上は追求してこなかった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 しばし無言で時が流れる。
 なにやら、ロックが向かおうとしていた医務室の方から「クエーーーーー」とかいうチョコボの鳴き声が複数聞こえてきたような気がするが、その時のロックにはそんなことどうでも良いくらい困惑していた。

「・・・あのさ」
「なに?」

 尋ね返すセリスに、ロックはなんとなく愛想笑いなんぞを浮かべながら、その問いを舌の上に乗せた。

「お前、俺の事・・・・・・す、好きなのか?」

 言った瞬間、ロックは死にたくなるほど後悔した―――

 

 


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