第23章「最後のクリスタル」
D.「生きていた男 」
main character:ロック=コール
location:地底

 

「う・・・?」

 バッツはぼんやりと目を覚ました。
 どこか硬い床の上に仰向けになって寝ている―――それが飛空艇の甲板上だと、すぐには気が付けなかった。

「なんだ・・・?」

 ぼんやりとした頭をうまく動いてくれず、自分がさっきまで何をしていたのか思い出せない。
 身を起こそうとして―――体が酷く重く、だるいのに気がついた。
  “無拍子” を自然と使えるバッツは、肉体疲労というものに縁が薄い。それがこんな風に身体がダルいのは二つしか原因がない。風邪か何か病気か、あるいは “無拍子” を超えるほどの肉体運動をしたかのどちらかだ。

(あ、そっか・・・)

 ゆっくりと身を起しながら今までのことを思い出す。

(ええと、バブイルの塔でルビカンテと戦って―――)

 ルビカンテ戦のときに、バッツは斬鉄剣を使っている。
 剣技の中でも最高峰に位置する技の一つだ。その代償に、心身ともに激しく消耗してしまう。それこそ無拍子でもフォローできないほどに。

(それから、ルビカンテのやつをクリスタルルームまで追いつめて―――そしたら足元が・・・)

 そこまで思い返した瞬間、バッツは軽い目眩を感じて頭を振る

「よくわからないけど、ここにいるってわけだな!」

 思い出したくもない出来事を、極力記憶の隅に押しやりながら、努めて大きな声でバッツは現状把握。いや把握していないが。
 高所恐怖症のバッツとしては、いきなり床が消え去って底が見えない奈落へと落とされたことなど思い出すだけで気を失いそうになってしまう。だから、バブイルの塔にいたはずが何故こんなところにいるのかなどということは、深く考えないことにした。

「・・・って、そういやここはどこだ?」

 立ち上がり、辺りを見回す。
 飛空艇の甲板上だ―――ただし、エンタープライズではない。
 エンタープライズよりも一回り大きな飛空艇―――赤い翼を改修した飛空艇だが、バッツは見覚えを感じながらも、赤い翼のそれだとは気がつかない。外から見れば赤い船体で一目でわかるだろうが、甲板上からでは外装は見えない―――し、甲板やプロペラの形で違いがわかるほど、バッツは飛空艇に精通しているわけでもない。

 バッツが倒れていたのは飛空艇の船尾の近くだった。
 船尾に近づいて飛空艇の外を見回す―――と、辺り一面に赤い大地が広がっていた。

「あれ・・・? もしかして地底・・・?」

 そういえば外のようなのに、太陽の光が感じられない―――と空を見上げてみれば、そこには赤茶けた天井がはるか高みに見えた。

「なんで地底に・・・もしかして、バブイルの塔を通って地底にたどり着いたのか?」
「その通りだ」

 覚えのある声と気配。
 振り返れば、そこにはやはり見知った竜騎士が、甲板上にある船室の出入り口の陰から現れ、歩み寄ってくるところだった。

「なんで地底なんかに・・・? ルビカンテとクリスタルはどうなった?」
「ルビカンテとクリスタルについては俺も知らん。バルバリシアを追いつめたところで貴様らに邪魔をされ、仕方なく塔から撤退したということしか知らんな」
「邪魔?」
「落ちてきただろう。俺の頭の上に」
「お、覚えがねえなあ・・・」

 バッツは無理矢理に “なかったこと” にして、そのことには触れずにさらに尋ねる。

「他の連中は?」
「向こうにいる―――飛空艇が落ちた時、お前の姿だけ見えなかったから探しに来てやった」

 感謝しろ、と言わんばかりに尊大に言い放つカインに、バッツは怪訝そうに眉をひそめる。

「飛空艇が・・・落ちた・・・?」

 やや顔を青くしながらバッツは言葉を反芻した。
 言われてみれば、確かに飛空艇は不自然な状態で地面に着地している。甲板上も若干傾いているようだ。

「・・・地底だと飛空艇ってのは、落ちるようにできてんのかよ・・・?」

 やや皮肉をこめて呟く。
 地底に来たばかりの時も、飛空艇は墜落するハメになった。

「そんなことはシドにでも聞け」

 そう言い残し、カインはバッツに背を向けて、元来た場所へと戻り、バッツもそのあとに続いた―――

 

 

******

 

 

「・・・死ぬかと思った」

 舳先のほうの甲板上では、ロックがどこか呆然と呟いていた。
 そんなロックに、エッジがケラケラと愉快そうに笑う。

「お前それ、さっきからもう5回は言ってるぜ?」
「言いたいほど死ぬかと思ったっつーんだよ!」

 喚くロックに、エッジはへっ、と笑う。

「やれやれ、こんなことくらいで取り乱すなよ。・・・ま、ここが忍者と泥棒の違いってとこか」
「泥棒じゃねえ! ていうか、なんでてめえにまで泥棒扱いされなきゃいけねえんだよ!」

 エッジはロックがトレジャーハンターであることさえ知らないはずだ。
 何せ、エブラーナに発つ前にバロンで初めて顔を合わせたばかりだ。自己紹介もろくにしておらず、少なくともロック=泥棒などと連想できるはずもない。

(・・・まさか俺、誰が見ても連想するような泥棒顔しているとか・・・!?)

「いや、ユフィがそう言ってたんだけどよ」
「あのアマ・・・」

 いつか奴とは決着付けるべきか―――と、決意を燃やす。
 と、そこへ少女の声が割り込んだ。

「さっきから偉そうにしているが、別に貴様の手柄というわけでもないだろう」

 そうエッジに行ったのはエニシェルだった。
 剣の状態から、黒いミニドレス姿の少女へと変化している。
 そのエニシェルの視線はエッジではなく、そのそばで倒れているジュエルに向けられていた。
 ジュエルが何をしているのかといえば、力を使い果たして気絶しているのだ。

「ジュエルが全力で忍術―――いや、忍法だったか? とにかく術を発動させたからこそ、貴様らも無事だったのだろうに」

 飛空艇が墜落して、それに乗っている者たちが無事で済むわけがない。
 以前、地底でエンタープライズが墜落した時は、セリスが浮遊魔法を唱え、それで落下速度を緩和した。
 だが、今回そのセリスは気絶したままだ。

 それなのに誰も死なず、無事に不時着できたのは、エニシェルの言う通り、ジュエルの力によるものだった。

 天地無用の術。

 周囲を無重力化する術である。
 それで飛空艇の周りを無重力にすることで、落下速度は加速することなくゆっくりと着地することができた―――もっとも、上下方向はそれで良かったが、水平方向には推進装置が停止するまで分の加速があったので、以前同様、不時着時はかなりの衝撃があったが。

 ともあれ、誰も死人が出なかったのは幸いというほかはなかった。
 一人、バッツだけが飛空艇の後ろの甲板に転がって行ったようだが、それも不時着時のことだ。以前のように飛行中の飛空艇から落ちたわけじゃない。今、カインが様子を見に行っているが、死んではいないだろう。

「しかし、これからどうする?」

 そう尋ねたのはブリットだった。
 ゴブリン剣士は甲板上に寝かされている、三人の女性―――ジュエル、セリス、それからリディア―――を眺めながら、誰に言うともなしに問いかけた。

「できれば、早くリディアを安全な場所に寝かせてやりたい」
「そうしたいのはやまやまだけどな」

 はあ、とロックは嘆息する。

「まずここがどこか解らない」

 溶岩の真っただ中でなかったのは幸運だが、飛空艇の周囲には高い丘や崖が囲んでいて、遠くまで見通せない。
 なにせ、バブイルの塔すら確認できないのだ。墜落する寸前、ドワーフの城らしきものを見たような気がするが、それも定かではない。

「地底の地図でもあれば話は別なんだけどな―――あてずっぽうで街や城を探し回っても、途中で力尽きて魔物に食われるのがオチだ」

 そう言いながらも、ロックは周囲に魔物の気配を感じていた。
 それはエッジやブリットも同様だろう。
 飛空艇の巨体が威圧感となっているのか、魔物は姿を現そうともしない―――が、ロックたちが飛空艇を降りれば、即座に襲いかかってきそうな殺気が感じられる。

「だからと言って救援はあてにできまい?」

 エニシェルが口を挟む。
 ここで待っていても、それこそ力尽きるだけだ。
 助けを呼ぶ手段はセシルと繋がっているエニシェルだけ―――しかも、地上にいるセシルに救援を頼んでも、今は地底に来る方法が無い。

「だな。だから―――」
「俺が街を探してきてやるよ」

 ロックが何か言おうとしたところで、カインと一緒にバッツが姿を現す。

「お、目を覚ましたか」
「街か城か・・・とにかく助けを呼んで来ればいいんだろ?」
「お前一人で行く気か?」

 エッジが尋ねると、今度はバッツがうなずくよりも早くにロックが答える。

「いや、ここはバッツ一人に任せるのが正解だ。正直、今のメンバーで魔物相手に立ち回れるのはバッツとカイン、それからブリットの三人だけ―――だが、ここの守りに最低でも二人はほしい」

 ロックが言うと、エッジは不満をあらわに言い返す。

「はあ? なんでだよ!」
「いつ魔物たちが襲ってくるかもわからねえ。その時に、これだけの人数をたった一人で守り切れると思うか?」
「そういうことを聞いたんじゃねえ! なんで俺も戦闘員から外すんだ!」

 エッジが自分を指さしながら言う―――が、ロックは半眼でエッジの姿を見つめ、

「逆に聞くけど、お前は戦えるつもりなのかよ」
「あたりまえだっつーの!」
「人間相手ならともかく、魔物相手に素手でか?」
「・・・ぐっ」

 エッジは武器を失っていた。
 いつも腰に差している忍者刀はルビカンテに燃やされ、手裏剣類もとうに尽きている。
 忍術を使うのに必要な念気はいくらか回復しているが、術を使うのに必要な “タネ” ―――例えば火遁の術を使うのに必要な火薬類など―――も終わっている。

 タネを必要としない “雷迅の術” のような術もあるにはあるが、そちらは念気の消耗が激しく、一回や二回使えば力尽きてしまうだろう。

「解ったろ? 魔物に襲われてもバッツなら切り抜けられる。さらにこいつは旅人が本業だ。知らない街を見つけるのは得意だって、な?」
「旅人ってのは地図を見ながら旅するもんで、別に知らない街を探すのが得意ってわけじゃないけどな」

 バッツは苦笑しながら「でも」と付け加える。

「知らない道を往くのは慣れてはいるぜ」
「なら決まりだ。バッツ、頼む―――うん?」

 ふと、ロックは振り返る。
 飛空艇の外、なにか地響きのような音が聞こえてきたからだ。

「この音・・・どこかで・・・あ!」

 音の正体に気がついて、ロックは声を上げる。
 それからにやりとバッツを振り返った。

「どうやらバッツ、知らない道を往く必要はなくなりそうだぜ?」

 というロックの言葉に応えるように、崖や丘の陰から “それ” が姿を現した。

「なんだありゃ? ストローがついたカンオケか?」

 それを見たことがないエッジが呟く。
 キャタピラの付いた箱に、丸い砲身が備わっている。見ようと思えばエッジの言うように見えるかもしれない。
 だが、ロックは苦笑して」

「ありゃあ戦車だ。地底に住むドワーフ達の戦車だよ」

 その戦車は一つだけではなかった。
 いくつもの戦車が、ぞろぞろと姿を現す。
 バブイルの塔での戦闘で、かなりの数が失われたはずだが、まだまだ戦力を残していたのか、それともこの短期間で修理したのか―――良く見れば、戦車のほとんどは鉄板がつぎはぎに打ちつけられている。どうやら後者らしい。

「む。あれはジオット王じゃないか? それにあれは―――」

 ブリットが何かを見つけて呟く。
 見れば、戦車の中に一回り大きな戦車があり、戦車の中からドワーフの王が上半身だけ身体を出している。
 さらにその隣を並走する戦車の上には、赤い鎧の男が仁王立ちで立っている。

「って・・・あれ、もしかしてギルガメッシュか!? 生きていたのかよ!」

 地底から脱出する際、赤い翼を巻き込んで火口へ消えていった男の名をロックは口にする。
 と、ロックが見つめていると、ギルガメッシュらしき男は大仰な身振りでロックのほうを指さしてなにやら叫んだ。
 距離があるので、何を叫んだかは聞こえなかったが、もしかしたらこっちの姿に気がついたのか―――と、ロックが思った瞬間。

 ドワーフ戦車隊の砲塔が、一斉に火を噴いた―――

 

 


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