第23章「最後のクリスタル」
C.「 “年の差なんて” 」
main character:カーライル=ネヴァン
location:金の車輪亭

 

 からんころん、とドアにつけられたベルを慣らしつつ、閉められたばかりの扉が開かれる。
 パロムとテラを見送ったまま、扉を見つめていたポロムは思わずどきりとする―――が、店に入ってきたのはパロム達ではなかった。

「いらっしゃいませ―――って、あら。これはまた珍しい取り合わせじゃん。デート?」
「そっ、そんなんじゃありませんよ!」

 客を迎えたリサの冷やかしに、過敏に反応したのはカーライルだった。
 竜騎士団の副官は、いつもの竜騎士の鎧は身に着けて居らず、私服の軽装姿だった。
 そしてリサがデートの相手だと誤解したのは、その後ろにくっついて入ってきた―――

「あれ、ファスじゃないか」

 カーライルと一緒に入ってきた、黒髪黒肌の少女を見てセシルが声を上げる。

「セシル!?」

 セシルの姿を見つけ、どこかおどおどしていたファスの表情がぱーっと明るくなって、カーライルの側から勢いよく飛び出して、セシルに駆け寄る。

「・・・・・・」
「あら残念。フラれちゃったね、色男」

 からかうリサに、カーライルは「だから違います!」とムキになって言い返す。
 さらにそこにロイドも加わって、なにやら三人で店の入り口でわいわいと騒ぎ出す。

 それはさておき、駆け寄ってきたファスに、セシルは尋ねた。

「ファス、どうしてこんなところに?」
「その・・・っ!」

 ファスは顔を上げて、黒い瞳でセシルをじっと見つめる。

「エ、エニシェルは大丈夫かなって・・・!」

 その言葉でセシルは事情を理解した。
 エブラーナに向かったエニシェルのことを心配して、ファスはずっと不安に思っていたのだろう。
 セシルに尋ねようにも、一昨日は双子とローザのことでピリピリしていたし、昨日は双子の見舞いや、溜まってしまった仕事―――主に民との謁見を消化するために忙しかった。
 そして今日は今日で、こうして脱走していれば、ファスがエニシェルのことを尋ねる暇もない。

 そんな不安を抱えたファスをカーライルが見つけ、元気づけるために街に連れ出して―――偶然、セシルと遭遇したわけだ。

 そこまで推測して、ちらりとカーライルの方を見る。
 当のカーライルは、ロイドやリサとなにやら言い合っているようだった。

(・・・ていうか、何時の間に仲良くなったんだろう・・・)

 キッカケは、例の貴族の反乱の時に、貴族の領地を旅してまわった時だろうか。
 それにしてもかなり人見知りが激しいファスが、セシルやエニシェルに続いて、カーライルにまで懐くとは意外だった。

(・・・いや、もしかしたら本当は人懐っこい子なのかもしれないな。ただ、最初の一歩を踏み出すのが苦手なだけで)

 そんなことをぼんやりと思いながら、セシルはエニシェルの問いに答えた。

「安心して、エニシェルなら無事だよ―――・・・一応は」
「い、いちおう・・・って!?」

 安心させるために言葉をかけたつもりが、余計な一言を付け加えたせいで、逆に不安がらせてしまったようだ。

「あ、いやそれがどうもバブイルの塔に侵入したはいいけれど、どうも失敗したらしくって」
「しっぱい・・・?」
「失敗したと言っても大丈夫だよ。誰かが死んだわけじゃないから。ただ、操縦方法が解らない飛空艇で塔を飛び出して、そのまま墜落―――おっと」
「ついらくー!?」

 ファスは悲鳴をあげた。
 目を白黒させて、目眩でも起こしたのか足下をふらつかせた。

「おっと」

 と、いつの間にかファスの側に来ていたカーライルがファスの身体を支える。

「大丈夫ですか、ファス」
「あ・・・ありがとう・・・」

 カーライルに支えられ、ファスはちょっと照れたようにはにかんだ。
 肌が黒いので解り辛いが、少し頬が赤らんでいるようにも見える―――のに気づいて、ローザとリサの目がきらんと光った。

「ちょっとちょっと色男! なんかまだ脈はあるみたいだよ?」
「だからそう言うんじゃないと何度も言ってるでしょう―――第一、僕とファスでは歳が離れすぎているでしょうに」

 ちなみにファスは14歳で、カーライルは24歳。
 一回りほども歳が離れている。

 と、そんなカーライルの意見に、ローザが勢いよく立ち上がって宣言する。

「愛の前に歳の差なんて関係ないわ!」
「「「「言うと思った」」」」

 ファスとポロム以外の全員が同時につっこむ。
 その同時ツッコミに流石のローザも狼狽える。

「な、なにこの、 “やれやれまたいつものワンパターンだよ” 見たいな空気は・・・!?」
「あ、自覚はあるんだ」

 少し感心したようにセシルは呟く。
 ローザは椅子に座り直しながら拗ねたようにセシルを見やり、

「なんか・・・セシルが冷たい」
「そんなことはないよ」

 とかいいつつ目を反らし。
 そんなローザに、ポロムが「ロ、ローザ様の意見はもっともだと思いますっ!」とフォローする。フォローされ、ローザはポロムの方を向いて―――不意ににこりと微笑む。

「そうよね! ポロムならそう言ってくれると思ったわ!」

 言ってから、一瞬だけちらりとセシルの方へ視線を向け、すぐにポロムに戻す。

「ねっ?」
「・・・い、いえあのその・・・・・・」

 ローザの仕草の意味を理解して、ポロムが顔をかーっと真っ赤にする。

 そんな二人の白魔道士のやりとりは置いておいて、カーライルは非難がましくセシルを見つめた。

「陛下、あまり不用意なことを仰らないでください。ファスは本気でエニシェルの事を気にしているのですから」
「悪かったよ。僕も迂闊だったと思ってるんだ―――っていうか、君はカインの事は心配じゃないのかい?」

 エニシェルの乗った飛空挺が墜落したと言うことは、カインも同様だということだ。
 しかし、カーライルは平然と。

「カイン隊長が、飛空艇が墜落したくらいでどうにかなるハズがないでしょう」
「まあ、それもそうか」
「いやそうなんスか?」

 この中では割と常識人なロイドが首を捻る。

「・・・って、話をそらさないで下さい! もっと陛下がちゃんとして下されば、ファスだってこんな不安にはならなかったはずです! 今日だって、城を脱走なんかしなければ・・・ベイガン達が必死で探していましたよ?」

 一応、竜騎士団の副官を務めるカーライルよりも、近衛兵長であるベイガンの方が位は上だ。
 が、カインがベイガンの事を低く見ている―――というか、嫌っている―――ので、カインを尊敬するカーライルもまた、ベイガンの事をどことなく蔑んでいた。敬称を付けずに呼び捨てにしたのもそのためだ。

 その事にセシルは苦笑しながら「ああ、そろそろ時間だなあ」とのんびり呟く。
 と、それまでやや呆然としていたファスが立ち直り、再びセシルにくってかかる。

「せしるっ、墜落してエニシェルは―――」
「悪い、ファス。それはまた後で―――リサ」
「なにかな?」

 尋ね返すリサに、セシルは不敵に笑って告げた。

「いつものを―――頼む」

 

 

******

 

 

「陛下は居られるかッ!」

 からころん、と鈴を鳴らしながらドアを勢いよく開けて、ベイガン以下近衛兵団が “金の車輪亭” に踏み込んできた。
 「いらっしゃーい♪」と出迎えるリサに構わず、ベイガンは店内を見回す。

「陛下がこの店を訪れたという話を聞いた。隠れているのなら―――む?」

 ベイガンは、店内に一人だけ居る客の姿を見つけて怪訝そうな顔をすると、その客へと近寄った。

「これはカーライル殿。このようなところで・・・奇遇ですな」
「は、はあ、そうですね」

 何故かカーライルはそわそわした様子で曖昧に受け答えする。
 その様子を不審に思いながらも、ベイガンはさらに尋ねた。

「時にカーライル殿。陛下の姿を見ませんでしたかな?」
「さ、さあ・・・?」

 やはりなにか落ち着き無い様子で、カーライルは机に視線を落としている。
 ちなみに、カーライルの座っている机には裾の長いテーブルクロスがかかっていて、床まで机を覆っていた。

「陛下なら、裏口から出て行ったッスよ」

 不意に別の声がベイガンにかかる。
 振り向けば、そこにはウェイター姿のロイドが厨房の方から出てくるところだった。

「ロイド殿・・・! 謹慎中のはずでは・・・」
「バイトくらい大目にみてくださいよ。陛下は見逃してくれましたし」

 ロイドが苦笑しながら言うと、ベイガンは「ふむぅ・・・」と唸り。

「まあ、そうですな。ロイド殿の謹慎処分は、陛下にお考えあってのこと。陛下が良いというのならば私も異論はありませぬ―――で、陛下が裏口から逃げたというのは本当ですかな?」
「そうそう “いつも” と同じ♪」

 そう言ったのはリサだった。セシルは金の車輪亭に逃げ込んで、その裏口から逃げるというパターンは割と多い。
 が、ベイガンはなにやらリサの様子に違和感を感じてじっと見つめる―――と、リサの視線が何気なくカーライルの方へ向かった。
 その視線に気づいて、ベイガンは再びカーライルの方へと足を向けた。

「・・・カーライル殿、もう一度尋ねますが、陛下の事はご存じありませんか?」
「・・・・・・」

 カーライルは押し黙り、何も答えない。
 まるでなにかを堪えるように―――或いは、なにかを喋ってしまえばボロが出ると言わんばかりに、口をぎゅっと閉じている。

「陛下を匿っている―――という事はありませんかな? 例えば―――」

 と、ベイガンは身をかがめ、床まで机を覆っているテーブルクロスの端に手をかけた。
 「あ!」とカーライルが手をかけるが、ベイガンは構わずに、勢いよくテーブルクロスをまくり上げた。

「例えば、この机の下に! など―――お?」

 テーブルクロスがまくられ、隠されていた机の下が顕わになる。
 机の下は、人が一人分隠れられるスペースがあり、そこには!

「ファ―――ファス殿?」

 怯えた表情で、机の脚にしがみついているファスの姿があった。
 勢いよくテーブルクロスをまくられた怖かったのか、怯えたように潤んだ瞳でベイガンを見つめている。

「な、何故、ファス殿が―――ハッ!?」

 何かに気がついたように、ベイガンはカーライルを見やる。
 それから、妙に穏やかな表情で笑いかけた。

「―――おめでとうございます」
「なにがっ!?」
「いやしかし知りませんでした、まさかファス殿とカーライル殿が良い仲だったとは・・・!」
「ちっ、違ッ・・・」

 顔を真っ赤にしてカーライルがブンブンと首を横に振る。
 机の下で、机の脚にしがみついたままファスもぼっ、と顔を赤く染めていた。

「またまた。しかしこうまでして隠さずとも―――まあ、トロイアに居るファス殿の姉上の事を考えれば隠したい気持ちも解りますが」

 ファスの姉、ファーナ=エルラメントは、トロイアを治める八神官の一人にして、 “聖女” とまで呼ばれている心優しい女性だが、妹の事になると鬼女の如くになるという。
 もしもファスに恋人ができたと知ったら、トロイアから即座にやってきて―――どうなってしまうか、誰にも想像は出来ない。

「・・・面白味の無い誤解の仕方だなー。俺的には “カーライル殿ってばそーゆープレイがお好みなのですかっ!?” くらいは言って欲しかったんだが」
「どんなプレイかはあえて聞かないけれど、賭けはあたしの勝ちだからちゃんと10ギル払ってね♪」
「って、なに賭けていますか貴様らーーーーー!」

 カーライルが叫ぶと、リサはロイドから10ギル受け取りながらしれっと言う。

「 “ベイガンさんがファスを見つけてどんな反応をするか” の賭け。ちなみに私は “うんうん、解っておりますよ” 見たいな感じで生暖かい笑みを浮かべるって予想したんだけど」
「それも外れじゃないか? というわけでドローで」
「えー、往生際が悪いよロイド君! どっちかっていうと、あたしのほうが近いじゃん―――ねえ、カー君はどう思う?」
「知りませんよッ! あと、カー君とか呼ばないで頂きたい!?」

 照れか怒りかその両方か、カーライルは顔を真っ赤にして叫ぶ。

「・・・それで結局、陛下はここには居られないのですね?」

 念を押すようにベイガンが尋ねると、ロイドはしれっと「裏口から出て行ったッス」と言って、その後に続けてリサが「―――と言えって言われたけど」と続けた。
 からかわれているとでも思ったのか、ベイガンは深々と溜息を吐くと「お騒がせ致しました」と言って、近衛兵団を率いて店を後にした。

「・・・ていうか、いつまでそうしてる気ッスか?」

 ロイドはカーライルの足下で、未だに机の足にしがみついているファスに呼びかける。

「・・・動けないの・・・」

 ファスは脚にしがみついたまま、そう答えた。よく見れば、全身が小刻みに震えている―――もしかしたら、さっきので腰でも抜かしたのかも知れない。

「だ、大丈夫ですか、ファス!」

 ファスの声を聞いて、カーライルは慌てて席を立って、ファスの目の前に跪いて手を差し出す。

「さあ、手を・・・」
「・・・・・・」
「ファス・・・?」

 カーライルが手を差し出すも、ファスはそれを取ろうとはしない。
 どこか哀しそうな、辛そうな瞳をカーライルへと向ける。

「・・・かーらいるは、わたしのこと、嫌い・・・?」
「え・・・っ」

 ファスの問いに、カーライルはどきりと身を震わせる。
 と、その背後で「ああ」とリサが手を打った。

「そーいえば、さっきからカー君、事あるごとにファスとの関係を否定してきたよねー?」
「なっ・・・それは・・・!」

 思わずカーライルが振り返り、リサに反論―――するよりも早く、ロイドがにたにたと笑いながら言う。

「おいおいリサ、そんなの当たり前だろ? こーんなお子様相手にしたら、それこそ変態だっての」
「なっ・・・!」

 カーライルは立ち上がり、怒気のはらんだ瞳でロイドを睨付ける。

「ロイド! 今の発言を取り消せ!」
「は? だからロリコンじゃないってフォローしてやったろ?」
「違う! ファスは “お子様” なんかじゃない! 立派な “レディ” だ!」

 怒鳴り、続いてリサに向かって、

「それに私がファスとの関係を否定したのは、彼女の意を無視して妙な流言を流されたくなかっただけで―――」
「じゃあ、彼女の意に添っていればいいわけだ」

 ロイドはカーライルの肩を叩きながらその隣をすり抜け、机にしがみついたままのファスに近寄ると、腰をかがめて優しく笑いかける。

「だ、そうですよ?」
「ぁ・・・ぅ・・・」

 ロイドに言われ、ファスは照れて困ったように表情を俯かせて小さく呻く。
 そんな彼女に、ロイドはカーライルを振り返って、目配せする。
 ロイドの仕草の意味を理解して、カーライルは戸惑いながらも再びファスの側に跪いて、手を差し出した。

「その・・・私は貴女のことを嫌いだとは僅かも思っていません。短い間ですが、共に旅をして貴女の魅力は十分―――ああ、いえ・・・」

 言いかけた言葉を呑み込み、カーライルは咳払いをひとつして。

「とにかく、逆は有り得ても、私が貴女を嫌うことはないでしょう。ですからどうか、お嫌でなければこの手を取っていただけませんか―――」

 カーライルの言葉に、ファスは顔をあげると、おずおずと手を伸ばしてカーライルのそれと重ねる。
 ファスの小さな手を取り、カーライルはその体重を支え、優しく机の下からファスの身体を引き出して、立たせて椅子に座らせた。

「ほら、私の言った通りじゃない!」

 と、どこか興奮したような声が、天井の方から振ってきた。

「愛に年齢は関係ないのよ!」

 その声に、ロイドは苦笑しながら上を見上げる。

「―――ていうか、いい加減に降りてきたらどうッスか」

 天井近くに “浮かんでいる” 三人を見上げてロイドが言うと、セシルはロイドを見下ろして苦笑を返す。

「降りるタイミングを逸したものでね」

 いいつつ、その身体がゆっくりと降下して―――やがて、その足が床に着いた。

「っと・・・ご苦労様、ポロム」

 床の感触を確かめるように軽く踏みならしながら、セシルは浮遊魔法を唱え、自分を含めた三人を天井まで浮遊させていたポロムへと声をかける。
 すると少女は「はあ・・・」と力無く溜息をついた。

「こういう事をするために白魔法を修めたわけではないのですが・・・」

 どちらかというと、こういうのはパロムの役割ですわよね、とブツブツ呟く。

 さて、懸命なる―――もとい、賢明なる読者の皆様はすでにお解りの事だろう!
 セシルはベイガンが来ることを見越し、ファスをテーブルクロスの下に隠して、自分たちはポロムの魔法で天井まで上がっていたのだ。
 裏口から逃げたと見せかけて、机の下に隠れたと見せかけて、実は上!
 二段構えのフェイクだったというわけだ!

「けれど、少しでも天井を見上げられたらアウトでした・・・まだドキドキしています」

  “こういうこと” に慣れていない優等生のポロムにしてみれば、緊張しっぱなしだっただろう。
 そんなポロムにロイドは軽快に笑って、

「まあ、テーブルクロスのフェイクで視線は下に固定されますから。しかもその後の、カーライルとファスさんのおめでた話で、どうしても緊迫感はうすれますし」
「おめでた話とか言うな!」

 カーライルが抗議の声を上げ、その傍らのファスがまた顔を赤くして俯く。

「・・・・・・」
「どうかしたの? セシル。なんかムズカシー顔してるけど」

 なにやら考え事をしている様子のセシルに、リサが声をかける。

「いや・・・さっきのベイガンの行動がどうも妙な感じがして・・・」
「なにがッスか?」
「僕たちは “裏口から逃げた” ってロイドは言っただろ? それなのにベイガンは、普通に入ってきた入り口からまた出て行った・・・僕たちを追う気なら、裏口から追いかけるはずだろう?」
「それは―――単に俺の言葉を疑ったからじゃないッスか?」

 ロイドの言葉には一理ある。だが、セシルはなにか腑に落ちない気がしていた。
 なにか、イヤな予感がする―――

「あら?」

 不意にローザが何かに気がついたように声を上げる。

「駄目じゃないリサ、お店の中に草が落ちてるわよ?」
「草? なんでそんなものが・・・さっき床掃除したばっかだよ?」
「でも落ちてるわよ―――ほら」

 怪訝そうにリサが言うと、ローザはその草を拾い上げる。
 その “草” をみて、まずロイドが「あ」と声を上げ、続いてセシルが「げ」と表情を強張らせ、最後にファスがその草の名前を呟いた。

「ひそひ草・・・?」
『ふはははははははーーーーーー!』

 いきなり草の葉が振え、男の声が店内に響き渡る。
 突然の声に「きゃあ」とローザは草を取り落とす―――草がぱさりと床に落ちた瞬間、バン、と勢いよく店の入り口が開かれた。

「かかりましたな、陛下ァッ!」
「くっ、ベイガン・・・どうして―――まさか読んでいたというのかッ!」

 近衛兵団を率いて再び現れたベイガンに、戦慄とともにセシルが叫ぶ。
 だが、ベイガンは首を横に振った。

「いいえ、騙されましたよ―――ただ、なにかしら情報を拾えると考え、こっそりとひそひ草を落としておいたのです!」
「あれ? じゃあ、裏口から僕らを追いかけようとしなかったのは・・・」
「いえそれは、カーライル殿のおめでた話に気を取られ、単にうっかりしてしまっただけです」
「・・・うわ、なんか考えすぎた僕がバカみたいだ」
「だから、おめでた言うなと!」

 ベイガンの返事に、セシルはがっくりと肩を落とす。
 ちなみにカーライルの抗議は全員無視。

「とにかく陛下! 大人しくお縄につきなされ!」
「いやそれ犯罪者―――ええい、そう簡単に捕まってたまるかあ!」

 セシルは身を翻し、店の裏口から逃げ出そうとする―――が。

「げ」

 その裏口から、別の近衛兵が現れてセシルは動きを止める。
 どうやら、ベイガンがセシルの気を引いている隙に、別の兵を裏口に回り込ませていたらしい。

「こ、こうまで完璧にやられるとは・・・完敗だ!」
「ふふ、これで5勝29敗3引き分けですな、陛下!」
「くうううっ、今日勝っていれば、30勝目だったのに・・・!」

 勝ち誇るベイガンに、悔しそうに嘆くセシル。

 お前ら絶対楽しんでやってるだろ。
 と、セシルとベイガン以外のその場の全員(近衛兵含む)が心の中で総ツッコミ。

「さあ、陛下を城へお連れしろ―――丁重にな!」
「おのれ・・・ベイガン! このままで済むと思うなよ・・・!」

 優越感を持って近衛兵に命令するベイガンに、兵達に両腕を掴まれ連行されようとするセシルは悔しそうにベイガンを睨む。
 なにかの劇の1シーンのようなやりとりに、やっぱりお前ら絶対に楽しんでやっているだろとその場の全員以下略。

「あ、セシルっ!」

 兵達に連れられ、店を出て行こうとするセシルを、ファスが追いすがった。

「さっきのつづきっ! エニシェルは大丈夫なのっ!?」
「え? ああ、エニシェルだったら―――」

 ファスに問われ、セシルはエニシェルと交信でもしているのか、ぼんやりと虚空を見つめ―――おや、と声を上げた。

「なんか砲撃されてる―――あ、直撃した」

 何気なく呟いたセシルの台詞に。

「・・・・・・」
「あ、ちょっと、ファスッ!?」

 ファスは立ったまま気絶した―――

 

 

 


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