第23章「最後のクリスタル」
B.「離別」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・近衛兵詰め所
近衛兵の詰め所に、近衛兵の一人が訪れる。
中には大きな机の前にベイガンが一人立っていた。「どうだ!? 陛下は見つかったか!」
部下の姿にベイガンが叫ぶ。
しかし、近衛兵からの反応は芳しくないものだった。「すでに城内にはいないのでは・・・? やはり街に探しに出た方が―――」
ベイガンは近衛兵達に、城の中を探し回るように指示していた。
というのも―――「・・・いや、最近陛下は街に逃げ込むことが多い」
「ならばなおさら―――」
「そうやって街に出たと見せておいて、今回は城かもしれん。それくらいの裏は簡単にかいてくれる方だ」セシルが国王となってから、ベイガンの主な仕事はセシルの逃亡阻止と、その探索となっていた。
もう数え切れないほどのセシルの脱走に付き合っているのだ。いい加減、ベイガンも色々と考えるようになる。「確かに城にはいないかもしれん。だが、それならばそれで良いのだ」
「と、言いますと?」
「もう少し探索し、城に居ないと確信したなら総出で街に出れば良い。愚策なのは中途半端に人員を割いて、陛下を見逃してしまうことだ」
「成程、了解致しました!」納得したらしい近衛兵は、ベイガンに向かって敬礼すると、踵を返して走り去っていく。
それを見送り、ベイガンは机の上に広げられた地図を眺める。
バロン城下の街の地図だ。「しかしどうやら城にはすでにいないようですな・・・」
一人で呟く。
ちなみに門を守っている兵士から、セシルが逃げ出したという報告は受けていない。
だが、セシルならどんな手を使うか解らない。緊急時に城から抜け出すための抜け道は幾つかあるし、いざとなったら転移魔法だってある。城を出たのを誰も見ていないからと言って、城に居ると思い込むのは禁物だ。「とりあえず陛下の行きそうな所をピックアップし、しらみつぶしに潰して―――」
すでに近衛兵と言うよりは、逃亡犯を追う警察である。
実際に、セシル探索の際に幾つかの犯罪を抑えたり、事件の犯人を捕まえたりしているので、あながち間違いでもない。ふと、ベイガンは懐から手帳を取り出した。
手帳を開き、ページをめくり、その中に書かれている内容を見つめる。「4勝29敗3引き分け・・・ですか―――勝ち越しにはほど遠いですなあ」
今までの戦績を見て、ベイガンは情けなく呟いた―――
******
お馴染み、金の車輪亭。
六人がけのテーブルについて、セシルはぽつりと呟いた。「これで30勝目かなー」
「え? なんの話?」その呟きを聞き咎め、ローザが聞き返す。
「いやベイガンとの戦績が」
「それ、つまり30回は逃げ出しているってことですわね?」呆れたように言ったのはポロムだ。
「まったく、意識が戻ってみればいきなり国王になっているなんて・・・・・・国王になった割には変わった様子も見られませんし」
むしろ、以前よりもサバサバしているような気がする。
と、ポロムはちらりとその隣りに座るローザを見やる。
美しい女性だ。
バロンの白魔道士ローザ=ファレル。実際に会うのはこれが初めてだが、その話だけは聞いていた。
フォールスで最も美しい女性と言われ、独学で白魔法を会得した “天才魔道士” 。・・・まあ、実際に会ってみるとイメージが随分と違ったが、それでもその美しさは噂以上だった。
と、見つめられているのに気がついたのか、ローザがこちらの方を見る。
視線が合い、ローザがにっこりと微笑む。極上の微笑みにどきりとして、ポロムは視線を落とした。(こんな人が相手では勝ち目がありませんわね・・・)
はあ、とこっそりと心の中で呟く。
「お、どした。ポロム、顔が赤いぜ?」
「なんでもありませんわっ!」隣りに座っていた双子の片割れに指摘され、ポロムは慌てて言い返す。
「はい、鴨肉のシチューとパンのセット、ナポリタンに、ハンバーグランチ、あとはオレンジジュースとコーヒーでよろしいですね」
と、注文したメニューを大きなトレイに乗せて持ってきたのは、ここの看板娘であるリサではなかった。
「やあロイド、随分とウェイター姿が似合ってるじゃないか」
「嫌味ですか」皿をテーブルの上に並べながら、ロイドが憮然と言い返す。
「そんなことを言うなら、転職しますよ」
「それは困るよ―――まあ、もうすぐ色々と忙しくなるだろうから、しばらくはゆっくり休んでいてくれ」
「こっちはこっちで扱き使われてるんスけど」と、ロイドが言うと、リサの声が聞こえてきた。
「ロイドくーん、三番テーブルお会計だってー!」
「・・・ほらね」ロイドは苦笑すると、一礼してから足早に清算場へと駆けつけていく。
「―――けど、ポロムもテラも、飲み物だけで良かったのかい?」
ロイドを見送った後、それぞれジュースとコーヒーを手元に置いた二人に尋ねる。
「私達は、すでに昼食は済ませているからな」
「というかパロムもですわ。なのに・・・」
「ん? なんふぁよ? ふぉろむもふいたひほは?」
「口いっぱいに頬張ったまま喋らないの! 何言っているか解らないし、お下品でしょ!」などと久しぶりの双子のやりとりを感慨深く眺めながら、セシルは遅めの昼食に手を付けた。
******
「うー、はらいっぱいー、もうくえねえー」
「だから言ったでしょうに! もう!」セシル達が食べ終わる頃、パロムは力尽きたようにテーブルに突っ伏していた。
その前には、半分ほどの食べかけのハンバーグが無惨に残っている。「ポロムー、あと食べてー」
「いやよ、食べかけなんて!」
「仕方ないなあ」呟きながら、セシルがパロムの残したハンバーグに手を付ける。
―――程なくして食べ終え、セシルは小さく吐息した。「ふう、満腹。というかちょっと食べ過ぎたかも」
「あ、お皿片づけてもいい?」と、食事が終わったのを見て、店内のモップがけをしていたリサが寄ってくる。
ちなみにお昼時を完全に外れたためか、店の中の客はセシル達だけになっていた。「ああ、頼むよ」
「ほいほいっと」リサが皿を片付ける中、不意にポロムがセシルに向かって頭を下げた。
「申し訳ありません、セシル様。御馳走になってしまって―――ほらパロムも頭を下げなさいっ!」
「えー、なんでだよ? 王様だろ? 奢ってくれるくらいなんてことないじゃん」ポロムが「それはそうかも知れませんけど・・・」と呟くと、セシルが意外そうに声を上げる。
「あれ? 奢る・・・なんていったっけ?」
「「え?」」思わず出たセシルの一言に、今度は双子がきょとんとする。
その様子にハッとして、セシルは誤魔化すようにあはは、と笑った。「な、なーんて当然だよね。王様なんだし、奢るのが当たり前というか―――」
何故か焦ったように言うセシルに、皿を重ねて持っていこうとしたリサがにんまりと笑う。
「へー。そういうこと言うんだ? なら、今までに溜まったツケ、今日にでも返してくれるのかなー?」
「「「ツケ!?」」」双子に加え、今度はテラまでもが声を揃えて驚く。
「ツケって・・・カネ払ってないって事だよな!?」
「い、いえ、もしかするとバロンではまた別の意味が―――」混乱する双子に、セシルは引きつった笑みを浮かべたまま硬直する。
そんなセシルの代わりに、ローザが苦笑しながら説明した。「あのね、セシルは王様でしょう?」
ローザが言うと、双子は揃ってうんうん、と頷く。
「そしてこの国は王様の物。お城にある宝物やお金も、王様の物―――逆に言えば、王様の物はこの国の物なのよ」
こうして私的な理由で街に出た時、セシルはこの国の王ではなく、セシル=ハーヴィという一個人だ。
だから王の財産―――引いては国の財産を持ち出すわけにはいかない。
そして当然国王には給料というものが存在しない―――つまり、個人としてのセシルは、 ”赤い翼” の隊長を務めていた時よりも、遙かに貧乏だったりする。「じゃあ、どうやってお金を返すのですか?」
「とりあえず、城にいて手の空いた時はこっそり内職とかして」
「お、王様が内職・・・」ポロムは唖然とする。
その隣でパロムが「ないしょく、ってなんだ?」と聞いてくるが、答える余裕もなかった。「とはいっても、色々と忙しいし、ベイガンにも内緒でやってるからあまり出来ないけどね。一週間頑張って飴が一個買えるくらいかなあ・・・」
セシルは情け無さそうに苦笑する。
傍から見ていて、その姿は思いっきり情けなかった。「当然、それだけじゃツケを払えないんで、たまにここで皿洗いとかさせて貰ってるけど」
「お、王様が皿洗い・・・」ぱたん、とポロムはテーブルの上に突っ伏した。
「え、あの、ポロム? 大丈夫かい?」
「うう・・・なんというか、セシル様は王様になられてもセシル様なのですね・・・・・・」
「・・・どういう意味だろう。多分、褒められていないって事は解るんだけど」苦笑しながら、セシルはふと気がつく。
「というかポロム、僕のことは今まで通りにセシル “さん” でいいよ。様付けで呼ばれるのは、どうにもむずがゆい。君の言ったとおり、王様になっても何が変わったってわけじゃないし」
「・・・普通は変わるものだと思いますが」呟きながら、ポロムはゆっくりと顔を上げる。
「それに、これからのことを考えると、そう言うわけにも行きませんから」
「これからのこと?」セシルが尋ね返すと、そこでテラが口を開く。
「実はな、セシル。今日お前を訪ねたのは、この双子の今後のことについてなのだ」
「双子の今後―――って、二人とも、ミシディアに帰るんじゃ・・・」戸惑ってセシルが言うと、パロムが「はン」と鼻で笑う。
「おいおいあんちゃん、そりゃあないぜ。俺達は仲間だろ? な・か・ま」
「だからパロムッ! セシル様に対して気安いと何度も何度も何度もッ!」
「いてぇっ! 髪の毛を引っ張る」
「貴方がわからんちんだからでしょーが! このバカム!」
「なんだとお、ボロム!」
「二人ともやめんかッ!」テラが一喝すると、双子は押し黙る。
静かになったところで、テラが改めて説明する。「私もミシディアに帰るとばかり思っておったのだがな。二人とも、お前のために働きたいらしい」
「いやでも二人はまだ子供で・・・」
「おーっと、それを言うのは今更だぜあんちゃん!」
「今度ばかりはパロムに同意ですわ、セシル様!」双子に言われ、セシルは「そうだね」と苦笑する。
幼いながらも双子の魔法には何度も頼まれたし、たしかに子供扱いするのも今更の話だ。「しかし、僕のために働きたいって具体的にはどうするつもりだい?」
「オイラはテラのじっちゃんを手伝うー!」はいはいはーい! と、パロムが手を挙げて即答する。
「テラの?」
セシルがテラへと目を向けると、テラは「うむ」と頷く。
「各国間を繋ぐデビルロードの設立には様々な問題が残されておる」
テラの言うように、デビルロードには問題点が幾つかあり、なによりも重要なのは “安全性” だった。
心の強い者でなければ次元の狭間をさまよい、死ぬまで閉じこめられることになってしまう。「色々と改善はして、今の段階でも以前よりも使いやすくはなっておる―――が、それでも完全というわけではない」
「そこでオイラの出番ってわけさ! 天才的なオイラの力を持って、問題をバビューンと解決!」えっへんと胸を張るパロムにテラは苦笑して、
「まあ、そう上手く行くかどうかは解らんが、子供の発想力はあなどれんからな。それに “試練の山” の結界を解いていたという実績もある。パロムの魔道的なセンスが、問題解決のキッカケになるかもしれん」
「そういうことならテラに任せるよ―――ただし、ミシディアの長老に許可はとること」セシルが言うと、パロムは「おうっ」と元気よく頷く。
テラも「了解した」と答え、さらに続けて口を開く。「それで、ポロムのことだが―――」
「・・・え? ポロム・・・って、パロムと一緒にテラの手伝いをするんじゃないのかい?」双子は二人でセットだと考えていたこともあり、そう思い込んでいたセシルは意外そうに首を捻る。
と、ポロムは何故か俯いたまま、セシルと視線を合わせようとしないままごにょごにょと呟く。「あのっ、私は・・・その・・・セ、セシル様がお嫌だというなら仕方ないのですけれど・・・というかむしろ厚かましいというか―――」
「ポロム? そんな小声じゃ聞こえないよ?」
「実はポロムはだな―――」
「あ! ああっ、テラ様! 自分で言います、言いますからっ!」テラの言葉を遮って、ポロムは顔を上げてセシルを見上げた。
その顔は熱病にでもかかったんじゃないかと思うほど真っ赤で、下手に触れれば火傷するんじゃないかと思うほどだった。「わっ、わたしっ! セシル陛下国王様に―――」
「な、なんか多いな」
「―――もといっ、セシル様に、白魔法をお教えしたいと存じまするーーーーーーー!」緊張のためか妙な言葉遣いで叫ぶポロムに、セシルは一瞬だけきょとんとする―――が、すぐに思い出す。
「あ―――」
それは数ヶ月前の会話。
―――このミシディアで暮らしませんか?
ポロムがセシルに対して出した一つの提案。
とても魅力的で―――そして、絶対に有り得ない嘘の未来予想図の中で、セシルはポロムに魔法を教えてもらう約束をしていた。「・・・そうか」
「あ! ごめんなさい! 私ったら自分の身分も考えずに畏れ多いことをっ! というかただでさえ白魔道士としても未熟な子供なのに王様に教えるだなんて―――」
「約束したもんね」
「あ・・・」ポロムの呼気が止まる。
“あの時の事” を憶えていてくれた―――なにせ石化していたポロムにとってはつい数日前のことでも、セシルにしてみれば一ヶ月以上も前の話だ―――事に、ポロムは喜びが沸き上がるのを感じた。「・・・多分、それほど時間は取れないと思うし、それほど魔法の才能は無いとは思うけど―――」
喜びのあまり呆然としているポロムに対し、セシルはにっこり笑って言う。
「出来の悪い弟子だとは思いますが、ご教授頂けますか? ポロム先生」
「あ・・・その、せ、先生だなんて、私―――」
「ちょっと待って!」それまで黙っていたローザが緊迫した声を上げる。
その鋭い叫びに、喜びに浮き立っていたポロムは、一転して氷の入った冷水を浴びせられたような気分になった。(どどどどどうしましょうどうしましょうきっと私ローザ様の逆鱗に触れてしまったのだわそれはそうよねだって自分の夫となるしかも国王相手に身分違いも考えず不作法にも教えて差し上げるなんて偉そうなこと言ったりしたらどんな温厚な人も怒り頂点で私ごめんなさいごめんなさいそんなつもりじゃ―――)
「あの私やっぱり―――」
「セシル、私も!」思わずポロムが謝ろうとしたのを遮って、ローザがセシルに向かって自分を指さす。
「え・・・と、ローザもポロムに魔法を教わりたいって」
「違うわよ。私も “先生” って呼ばれたいの!」
「・・・え?」ぽかんとする一同の前で、ローザは祈るように両手を組んで、うっとりとしたように虚空を見上げる。
「ああ・・・ “先生” ―――どうして今まで気づかなかったのかしら! “先生” ・・・それは魅惑的な響き―――セシルに “ローザ先生” とか呼ばれるって考えるだけでもうもうもうっ・・・!」
きゃーきゃーきゃー、と、テーブルをべしべしと叩くローザ。
その様子に、慣れているセシル以外は全員どん引き。「・・・このねーちゃん。頭大丈夫か?」
「パッ、パロム! 思っててもそういう直接的な事を言っちゃ駄目!」
「・・・ポロムの言葉も随分と直接的だと思うが・・・」などと言う会話は聞いてもいないようで、ローザはさらにヒートアップしていく。
「もう! 本当にどうして気がつかなかったのかしら私のバカ! バカバカ、バカ! もっと子供の頃に気がついていたら、貴族学校なんか飛び級とか繰り返して大学に入って先生になって、セシルの通ってた市民学校の先生になってたのにーーーーー!」
本気でやりかねなかった、とその叫びを聞いていたセシルは戦々恐々。
と、不意にローザは静まりかえって、セシルの方を振り向く。「そういうわけでセシル。市民学校から人生やり直さない?」
「ごめん無理」
「なら私のことを “ローザ先生” って言ってみて♪」
「ごめん無理」
「なんで無理なの!?」ローザが喚く。
そんな風に騒がしい中、コーヒーを飲み終えたテラが席を立った。「さて、私はそろそろ城に戻らせて貰おうか。シドと約束があるのでな」
「デビルロードの事か? ならオイラもいくー!」パロムもテラの後に続く。と、はっとしてセシルはパロムを呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってくれないかパロム―――それに、ポロムも」
「あん?」
「どうかなされたのですか?」双子がセシルを見る。
セシルは一瞬だけ躊躇い、しかし意を決して口を開く。「・・・僕は君達に謝らなければならないことがある―――僕は一度、君達のことを “見捨てた” んだ」
「解呪の時の事か・・・」テラが呟く。
エリクサーをオーディンから譲り受けた時、セシルは双子の石化を解こうとした。
だが、クノッサスがローザに解呪を命じた時に、これはローザがやるべき事だと思い込んで、双子の石化を解く機会をフイにした。ローザなら石化を解くことができる―――などと確信していたわけではない。
ただ、ローザがやらなければならないと思ってしまっただけだ。結果的に双子は復活したが、あの時ローザのことを優先し、双子を “見捨てた” のは事実だ。
「そんな! 気にしないでくださいませ!」
「そーだよ、あんちゃん。ちゃんとオイラ達は元通りになったんだしさ!」双子が口々に言う。
それを聞いて、セシルは微笑んで頷いた。「そうだね。じゃあ、気にしないでおこう」
「え」
「ちょ、ちょっとあんちゃん、あっさりし過ぎじゃねえ? いや気にするなとは言ったけどさ」パロムの言うように、あまりにもあっさりしたセシルの態度に、逆にパロムは困惑する。
「別に気にして欲しいわけじゃないけど・・・なんかこう、もっと」
「だって、もう過ぎたことだし。結果オーライだからいいじゃないか」
「それ、セシルが言うことでは無い気がするが」半眼でテラが呟く。
あはは、と笑いながら―――しかしセシルの内心は、それほどあっさりしているわけではなかった。双子を “見捨てた” 事実は変わらない。
だが、それを “後悔” として表に出せば、逆に双子達は気を使うだろう。そして何よりも、それは―――
(双子を “見捨てた” ことを悔やむことは、ローザを責めることにも繋がる)
ローザのために双子を見捨てたと言うことは、ローザのせいで双子を見捨てたという意味でもある。
セシルも双子も、他の誰もがそう思わずとも、ローザ自身はそう感じ取ってしまうかも知れない。だからセシルは双子の許しをあっさりと受け入れた。表面上は。
セシルは許してもらう気も、自分自身を許すつもりもなかった。
ただ、自分の口から伝えておくべきだと思っただけだ―――双子に対して、自分がどんなことをしてしまったのかを。「大丈夫・・・」
不意に、セシルが膝の上に置いていた手に、ローザの手が触れた。
「ローザ?」
「セシルは何も間違っていないわよ」ね? と、ローザは対面に座るポロムに向かって「解っているわよね?」とでも言うかのように微笑みかける。
するとまるで予め打ち合わせでもしていたかのように、ポロムは戸惑いもなく即座に頷いた。「ローザ様の言うとおりですわ。セシル様の選択は、誰も傷つけることがなかったのですよ?」
もしもエリクサーの力で無理矢理に双子を解呪していれば、双子は救われてもローザは傷つくこととなったに違いない。ローザも双子も救われた、セシルの判断に間違いはない―――そう、ポロムは言っているのだ。
セシルの内心を見透かしたようなポロムの言葉に、セシルは「え? え?」と戸惑う。
「な、なんで・・・?」
「顛末は長老から聞いていました―――話を聞いて、どうせセシル様の事だからそんな後悔をするんじゃないかと思って」
「そうじゃなくて、ローザとポロム、なんでそんな息合っているんだ?」ローザとポロムはろくに会話をしていないはずだった。
そして、ポロム達が目覚めてからずっと、ローザはセシルと一緒に行動していて、セシルの知らないところで会話をしていたというのも考えられない。「だってそれは同じだもの」
ローザが簡単な事のように答える。
「同じ?」
「ええ。同じ白魔道士で、同じようにセシルを―――」
「ロッ、ローザ様ローザ様っ! それ以上は言わないでっ!」顔を真っ赤にして叫ぶポロムに、ローザは首を傾げた。
「え、なんで?」
「なんでもですわ! なんでもですわっ!」甲高い声で悲鳴をあげるポロムに、ローザは首を傾げながらも一応口を閉じた。
と、そこへパロムが呼びかける。「おーい、それじゃあオイラ達はもう行くなー!」
その声に振り返れば、テラとパロムが店を出るところだった。
「それではな、セシル。御馳走になった」
「じゃーなー、あんちゃん! ポロムもあんちゃんにあんまり迷惑かけるんじゃねーぞ!」そう別れの挨拶を残し、店を出て行く。
「・・・もう! パロムに言われる筋合いはありませんわ!」
そんな風に怒りながらも、ポロムはパロムとテラの出て行った店の入り口を、しばらくじっと見つめていた。
なんだかんだ言いながらも寂しいようだった。
双子がこうやって離れて行動するのは今までにあまり無かったのだろう。もしかすると初めてかも知れない。「パロムこそ、テラ様に迷惑かけないように気をつけなさいよね・・・」
店の入り口に向かって、もう届かない言葉を呟く―――と。
からんころん♪
と、括られた鈴を鳴らしながら、再びその入り口の扉が開かれた―――