「お腹すいたなぁ・・・」

 謁見の間の玉座に座りながら、セシルはぽつりと呟いた。
 臣民の陳情を聞き、王として判断を下す―――普段は昼になるかならないかで終わるのだが、昨日は色々あってサボった分が溜まっていた。

「とりあえず本日は次で終わりですので、我慢してくだされ」

 その脇に控えるベイガンが窘めるように言う。とりあえず、と言っているとおり、まだ全ての陳情を消化しきれていないが、今日と同じペースで数日頑張れば終わるだろう。
 と、ベイガンとは反対側から、

「王様って大変ね。お腹すいても我慢して、みんなの話を聞いて上げなければならないなんて」

 セシルの隣りで、同じような玉座に座るローザが同情するようにいう。

 ローザはまだ正式に王妃になったわけではない。
 だから今までは、セシルに呼ばれたり用事がない限り、王の執務中にセシルの側にいることはなかった。

 しかし、双子の石化を解いた後、ローザは常に側に居たいと望み、セシルはそれを受けて玉座をもう一つ用意させたのだ。

「・・・そう言えばローザ様は、普段はあまり謁見の間に訪れることはありませんでしたな」

 ベイガンが不思議そうにふと呟いた。
 ローザの性格ならば、それこそ四六時中側に居ていちゃついていそうなものだったが。

 するとローザは「だって」とセシルの横顔を見つめながらいう。

「セシルの邪魔をしたくなかったもの―――邪魔をして、嫌われたらどうしようって思うと・・・」
「君のことを邪魔に思うなんて在るはずがないだろ?」
「・・・陸兵団や “赤い翼” の時は、思いっきり邪険にされてたけれど?」
「うっ・・・」

 半眼で言われ、セシルは言葉に詰まる。

「む、昔の事を言うのは反則じゃないかな」
「そうね。でもそーゆートラウマがあったからなんとなく近づけなかったのも事実だし、それに―――そんな風に無理して逢いに行かなくても、セシルが・・・私のことを愛してくれてるっていうのは解ってるから、そこまでしなくてもとかったというか・・・」

 ごにょごにょと、頬を淡い桜色に染めて呟くローザ。
 そんなローザの事を、セシルは心の底から愛しく想った。

「はは、これでは私はお邪魔ですなあ」

 朗らかに近衛兵長が言う。
  “本気で邪魔だよ” とセシルは心の底から強く思った。

(くそう、ベイガンや近衛兵が居なければここでローザをぎゅーっと抱きしめるのにっ)

 ローザから抱きつかれるのはまだしも、一目のあるところ―――しかも玉座で、いきなり抱きしめるというのは流石に恥ずかしい。

「さて、そろそろ最後の陳情者が来る頃ですが―――」

 と、ベイガンが入り口の方へと目を向ければ、丁度扉が開かれるところだった。

「あれ・・・テラに、パロムとポロム・・・?」

 意外そうにセシルが呟く。
 現れたのは呟いたとおりの三人だった。

「よーっす、あんちゃん」
「こらパロム! それじゃ失礼だって、何度も何度も言ってるでしょう!」

 気安く声を上げるパロムを、ポロムが窘める。

「別にかまわんではないか? セシルは気にはせんよ」

 などとテラが双子の仲裁をするのを聞きながら、セシルはベイガンへと目を向ける。

「聞いてないけど?」

 陳情者と、その内容は前もってセシルに連絡される。
 が、セシルはこの三人が謁見に来るとは聞いていなかった。

「飛び入りだったもので」
「おいおい、火急の用件でもないのに、そう言った特別扱いは困るな」

 セシルは苦笑する。
 急を要する話でないのは、テラたちの様子を見ても明らかだ。というか緊急ならば、最後にせずに最初に呼んだだろう。

「申し訳ございません。ですがまあ、あとでのんびりと話されるよりは良いかと思いまして」
「なるほど」

 と、セシルは再び苦笑した。
 つまりベイガンは、セシルが “個人” として双子やテラに逢いに行くよりは、 “王” として謁見の間で用件を聞いた方が良いと考えたのだろう。
 確かに、もしもセシルが双子が「話がある」とでも伝えられれば、それを理由に執務を放り出して、いつものように脱走するに違いない。

(なかなか考えたじゃないか―――でも)

「むっ!?」

 不意に、セシルは鋭い視線をベイガンの方―――正確にはその背後へと向ける。

「なんだ貴様は!」
「なっ・・・!?」

 セシルの殺気すらこもった言葉に、ベイガンははっとして背後を振替える―――がそこには誰もいなかった。

「陛下? 一体何が―――」

 戸惑いながらセシルへと視線を戻す―――が、そこには誰もいなかった。
 見れば、ローザと二人して、扉へと続く赤い絨毯の上を駆けて行くところだった。

「逃げるよっ!」
「おおぅっ!?」
「きゃあ!」

 と、セシルは双子の小さな身体をそれぞれ両脇に抱える。

「陛下あああああああああああああああああっ!」

 ベイガンの怒声が響き渡った。

「皆の者ッ、逃すなッ!」
「「はっ!」」

 謁見の間にはベイガン以外にも近衛兵は居る。
 扉の両脇に待機していた兵が、セシル達の行く手を阻む―――が。

「ローザ!」
「ええ!」

 セシルに声をかけられ、ローザは服の中から拳大の白い玉を取り出した。
 ローザの握った形にへこむ、ゴムボールのように柔らかい玉だ。

「えいっ!」

 それをローザはすぐさま目の前に全力投球。玉は二人の近衛兵の真ん中を通り、その背後の扉へと激突した。

 激突した直後、玉はあっさりと破裂してずぼムッ! と間の抜けた爆発音が響かせる。
 破裂した玉の中から、白い煙が勢いよく吹き出して、謁見の間を白く包み込む。

「けっ、煙玉!? キャシー殿ですか!」

 煙玉が破裂したのを、離れた場所から確認して、ベイガンはファレル家に仕える使用人の事を思い浮かべる。
 おそらく、今ローザが使ったのは、その元忍者の使用人からもらったものだろう。

 しばらくして煙が晴れた後、すでにセシル達の姿は無かった。
 ぎりり・・・と、ベイガンは悔しそうに奥歯を噛む。

「おのれぇっ! 草の根分けても探し出せ! 陛下は双子を連れておる! いつもよりは見つけ安いはずだッ!」
『ハッ!』

 謁見の間に居た近衛兵達が、慌てて外へと飛び出していく。
 その場に一人残され、ベイガンはクックック・・・と暗い笑い声を上げる。

「そう、いつもいつも逃げおおせると思わないことですな、陛下あ・・・・・・今日こそは引導を渡してさしあげますぞ・・・!」

 まるっきり悪人のようなベイガンの台詞が、謁見の間に響き渡った―――

 

 

******

 

 

「これ、どうやって操縦すんだ?」
「あほかおまえはあああああああああっ!」

 飛空艇ファルコン号(命名・エッジ)の上で、ロックが叫ぶ。

 バブイルの塔を勢いよく発進した後、際限なく加速を続けて地底世界を飛んでいた。
 今のところ墜落しそうな様子はない。ロックはそのことに少しだけ安心して、エッジに言う。

「とりあえず舵輪で向き変えられるはずだけど・・・」
「えーと、これか?」

 ロックに言われ、エッジが操舵輪を握り適当に勢いよく回す―――と、飛空艇はその場で急旋回。
 Uターンして、元来た方向へと戻る。

「うっわ、景色がぐるんって回ったぞ。ぐるんって!」
「ていうか、なんでいきなり力一杯回すんだよ!」

 ちょっと驚いたように感想を呟くエッジに、ロックが怒鳴る。

「・・・というか、今もの凄い勢いで回ったけど、良く私ら投げ出されなかったわね」

 ジュエルが首を傾げて呟く。
 今の急旋回、勢いよく船体が方向転回した割に、ジュエル達はちょこっとだけつんのめった程度だった。
 だが、今の速度からして、甲板上の人間は慣性で外に放り出されなければおかしいはずだ。

「 “浮遊石” の力だよ」

 ロックが解説する。

「重力を制御する “浮遊石” の力で、飛空艇自体の運動による慣性はある程度キャンセルされる」
「ほー、なるほど。ところで、なんか塔が迫ってきてるけど、どうしよう」

 感心したようにエッジが呟きながら前を指さす。
 見れば、言うとおりに先程発進したバブイルの塔が眼前に迫ってきていた。このままではあと数秒もしないうちに激突する―――

「舵をきれええええええええっ!」
「どっちにだよ?」
「どっちでもいいから早くしろっ!」

 焦るロックの声を受けて、エッジがぐるんと舵輪を回す―――と、激突寸前で飛空艇は進路を変えた。
 だが、ほんの僅か遅かった、船尾が塔をかすめ、飛空艇ががくんとゆれた。甲板に寝かされていたバッツたちの身体が跳ねて、甲板の外に飛び出そうとしていたところを、カインとジュエル、ブリットがなんとか捕まえる。

「嘘つくんじゃねえよ! 揺れただろ、今!」

 エッジが額を抑えながら文句を言う。今の揺れでどこかにぶつけたらしい。

「緩和されるのは飛空艇自体が発生させた慣性だけだっつーの。何かがぶつかったとか、砲撃されたとか、外からの衝撃までキャンセルされねーよ!」
「へええ、勉強になったあ!」

 苛つきながらわざとらしくエッジが言う。

「それで頭の良いところを見込んで頼みがあるんだがよ? このファルコン号を無事にどっかに着陸させてくれませんかねえ?」
「できたらとっくにやってる! なんかこの飛空艇、 “赤い翼” ともエンタープライズとも仕組みが違ってるみたいで―――舵輪回せば向きは変えられるのは一緒なんだが―――」

 と、ロックが適当に操舵輪を回すと、その場でぐるんぐるんと円を描いて、旋回し始めた。

「うげ、なんか目が回る・・・」

 猛スピードでぐるぐると回る景色に目を回しながらエッジが呻くが、ロックは無視。

「・・・とりあえずこのまま同じ場所を旋回しておけば安心だな。あとは速度をゆるめる方法と着陸の方法だけど、どっかに説明書でもねえかなあ・・・」
「目が回るって言ってるだろ馬鹿野郎!」
「うるせえ! こんな状況になったのはどこの馬鹿野郎のせいだッ!」

 喚くエッジにロックは言い返す。

「おい、気がついたことがあるんだが」

 と、いつの間にかカインが側にやってきていた。
 なんだ? と首を向けると、カインはくるくる回る外の景色を見やり、

「この飛空艇、異常に速度が速くないか?」
「気づくもなにも、そんなんすぐ解るだろ? エンタープライズの倍は早いぜ」
「なんで速いと思う?」
「そりゃ、なんか強力な推進装置でも積んでるんだろ―――あ」

 ようやくカインの言わんとしている事に気がついて、ロックは青ざめる。

 バロンの飛空艇の動力に使われている “浮遊石” は燃料要らずの動力源だ。
 浮遊石の制御装置に若干エネルギーは必要だが、浮遊石自体は一度起動させれば、周囲の空間に混じった魔力を少しずつ取り込んでいくため、ほぼ永久的にその力を発揮し続ける―――のだが、実は石の力はそれほど強くない。
 だから浮遊石を補助する動力が必要であり、 “赤い翼” が使っていた飛空艇の燃料は、主にそれらの補助動力に消費される。

 シドの新型飛空艇 “エンタープライズ” は補助動力が無く、100%浮遊石のみで動く、殆ど燃料を必要としない飛空艇だ。
 そのために、 “赤い翼” に比べ、3倍以上の浮遊石が積み込まれ、船体も限りなく小型・軽量化されている。
 飛行速度も補助動力のある “赤い翼” よりも速いが、それは赤い翼に比べて、 “軽い” ためである。

 しかしこのファルコン号は、 “赤い翼” をベースにしているらしく、大きさはそれと同じ―――にも関わらず、エンタープライズの倍の速度を出していると言うことは、ロックの言ったように、それだけ高出力な推進装置が積み込まれているということだ。

 そして、推進装置というのは基本的に、出力が高ければ高いほど多くの燃料を必要とする。
 早い話このまま飛び続けていれば―――

「燃料が、切れる」
「お、なら燃料が切れれば飛空艇は止まるってことだな?」

 気楽そうに言うエッジに、ロックは青ざめた表情のまま続けた。

「燃料が切れるって事は落ちるって事だ!」

 この飛空艇にも浮遊石が積み込まれているはずだから、補助動力が燃料切れでも、少し浮力はある。

 しかし高出力の推進装置というのは、燃料を必要とする以上に――― “重い” 。
 もしもその重さが、浮遊石の力を上回れば上回るほど、落下速度は速くなる。

「下手すりゃ自由落下と変わんねーかも―――とにかく、今のうちに少しでも高度を下げ・・・」

 ロックが言葉を言い終えるよりも早く。
 がくん、と飛空艇がまたゆれた。

「な、なんだ―――」
『燃料ガ、切レマシタ』
「舵輪が喋った!?」
「驚くのはそこじゃねえ!」

 ロックがエッジに、思わずツッコミを入れていると―――

「・・・落ちてるな。しかも割と速く」

 カインが淡々と呟く。

「ていうか冷静だなお前!」
「フッ・・・俺は死なない自信があるからな」

 ロックが今度はカインにつっこむと、最強の竜騎士はクールに答えた。
 確かにカインなら高々度から落ちても生き延びられそうだが。

「俺たちゃ確実に死ぬっつーの! ていうかなんで俺、いっつもいっつも落ちてんだああああああああああああああああっ!?」

 落ち行く飛空艇の甲板上で。
 ロックは心底からの思いを絶叫していた―――

 

 

******

 

 

『そうか、逃げられたか』
「ハッ、申し訳ありません」

 通信機に向かってルビカンテは頭を下げる。
 相手からは見えないと解っているはずだが、つい頭を下げているルビカンテの姿に、バルバリシアは笑いを堪えていた。

『まあ良い。クリスタルを奪われたならば、こちらの負けでもない―――それで、奴らは地底に出たというのだな?』
「はい―――もしかするとゴルベーザ様の邪魔に入るかもしれません。これは私の落ち度。今すぐにでも追撃して―――」
『無理はするな。幻獣の攻撃を何度も受けて、無事で居られるはずがあるまい。向こうにはカインも居る。万全ならばともかく、今のお前の状態でどうにかなる相手でもあるまい』
「それは―――」

 確かに今のルビカンテは弱っていた。
 地底ならば、溶岩などで火属性が強いためルビカンテの力も上がるが、属性の恩恵よりも身に受けたダメージの方が高い。
 ゴルベーザの言うとおり、今の状態ではカイン相手に返り討ちに遭う可能性の方が高いだろう。

「しかしそれでは私は―――」
『あまり気に病むな―――いや、むしろこれも好都合というものだ』

 通信機の向こうで、ゴルベーザが笑っているような気配がした。

「どういう意味でしょうか?」

 ルビカンテが尋ねるが、ゴルベーザは直接その答えを返しては来なかった。

『最後のクリスタル・・・もう少し手こずるかと思ったが、ひょっとすると存外に早く手にはいるかもしれん』

 そう呟いて、ゴルベーザはルビカンテに指示を出す。

『ルビカンテ、お前は引き続きバルバリシア、カイナッツォと共に塔の守護に当たれ。第二陣が来ないとも限らぬ』
「ハッ」
『うむ、よろしく頼むぞ―――』

 ―――と、言い残してゴルベーザは通信を切った。

「ふう・・・」

 通信を終了し、ルビカンテは吐息した。

「お疲れ様。お咎めなくて良かったわね」

 バルバリシアが声をかける。
 そちらの方を、ルビカンテは軽く睨んだ。

「何も良いことはない。敵は取り逃したのだぞ」
「良いじゃない。なにか結果オーライというか、ゴルベーザ様に策があるみたいだし」
「それはゴルベーザ様に後始末を任せる形となってしまったということだぞ―――くっ、私は自分が情けない! ゴルベーザ様の信頼を踏みにじり、あまつさえ尻ぬぐいをさせてしまうなど・・・!」

 がっ、とルビカンテは床を蹴った。
 そんな彼を、バルバリシアは冷めた表情で見つめる。

「―――良いじゃない、その程度なら。私達は、もっと酷い形でゴルベーザ様を裏切っているのよ・・・!」
「バルバリシア・・・・・・しかしそれは」
「ええ、解っている。こうするのがゴルベーザ様のため。私達にはそれしかできないから・・・」
「・・・・・・」

 二人はお互いに黙り込む―――が、やがてルビカンテが口を開いた。

「――― “デスブリンガー” の事はどうする?」
「私がやるわ」

 思い詰めた表情で、バルバリシアが即答する。

「しかし―――」
「 “あの御方” の事をゴルベーザ様に思い出させるわけにはいかない。それに “あの御方” は私の・・・」
「・・・・・・そう、だな。解った、バルバリシア。それはお前に任せる。しかしくれぐれも無茶はするな」
「ええ―――」

 彼女は頷いて―――自分にしか聞こえないような小さな声で囁く。

「・・・申し訳ございません。これも全てはゴルベーザ様のため―――ですからどうかご容赦を、セシリア様・・・・・・」

 何かに向かって祈るように、懺悔をするように、バルバリシアは瞳を閉じた―――

 

 

******

 

 

「―――む」

 不意に、 “彼” は顔を上げた。
 近くに居たドワーフが「どうしたラリ?」と声をかけてくる。

「いや、なんか・・・俺の出番が、俺の出番が来るような気が―――!」
「大変ラリー」

 赤い鎧をがっしゃがっしゃと鳴らして身体を揺らし、なんか無意味にテンション上げていると、別のドワーフが転がるように駆け寄ってきた。

「どうしたー?」
「なんか、塔から飛空艇がまた出てきて、城の近くを旋回中ー!」

 それを聞きつけて、赤い鎧の男は「おっしゃー!」とガッツポーズを取った。

「敵か? 戦いか!? 俺、頑張っちゃうぞ! 何故なら今の俺はなんだかとっても熱血しているかも―――」

 などとよく解らないことを口走っていると。

 ずがががががががががががががががががががっ! と、遠くの方から巨大な何か―――例えるなら飛空艇とか―――が地面に落ちたような音が響いてきた。

 思わずドワーフと一緒になって、彼は硬直していたが、やがて。

「あれ・・・? 熱血終了・・・?」

 彼は上がったのと同じように、意味もなくテンションをさげていた―――

 

 


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