パロムとポロムが石化から解かれ、その喜びに沸き上がる中。
「―――お疲れ様、ローザ」
セシルはローザに向かって労いの言葉をかける。
「セシル・・・」
ローザはセシルの方を振り向いて、その胸元に飛び込む。
セシルは彼女の身体を抱き止め、抱きしめようとして―――「あれ?」
ぐるりん、とローザによって方向転換。
セシルの背中が謁見の間の方へと向けられ、さらにそのままぐいぐいと押されていく。「ロ、ローザ?」
突然の事に、彼女が何をしたいのかセシルには理解出来ない。
ローザはセシルの胸に顔を埋めていて、どんな表情をしているのかも解らない。抵抗しようと思えば抵抗出来るが、しかしセシルはなすがまま、謁見の間の方へと押されていく。
やがて、どん、と背中が扉に当たり、さらにそのまま扉が押し開けられていく。「ええと―――それじゃあ、とりあえず解散! 双子の事は任せたよ―――」
突然のローザの行動に唖然としている面々に向かって、セシルはそう叫びながら。
押されるまま、ローザと一緒に謁見の間へと姿を消した―――
******
謁見の間へ入っても、ローザは止まらなかった。
ぐいぐいとセシルを押していく。「・・・・・・」
なんとなく諦めた心境で、セシルは特に何も言わずにローザのさせたいようにさせていた。
扉から続く赤い絨毯の上を押され続け、小さな階段となっている玉座の前を注意して上がり、ついには玉座まで辿り着いた。「さて・・・と」
とすん、と玉座に座り込んでセシルはローザを見る。
「なにをしたいのか説明してくれるかな?」とでも口にしようとして、しかしその言葉は止まった。ローザは、泣いていた。
ぽろぽろと、大粒の涙を零しながら、声を押し殺して泣いている。「・・・え、ええと・・・」
まさか泣いているだなんて思わずに、セシルの頭の中が真っ白になった。
そんなセシルに向かって、ローザは震える唇を開いて言い放つ。「貴方は・・・最低よ・・・!」
その言葉は、見えざる鋭い刃となってセシルの心を斬り裂いた。
突然の涙と突然の罵倒。二つの合わせ技で、セシルは一瞬、意識が遠くなるのを感じた。それこそ泣き出したいような心境で愕然としていると、ローザはぽつりぽつりと言葉を続ける。
「あの子たち・・・セシルのことしか考えてなかった」
「・・・え?」
「セシルを守りたい、セシルを助けたいってそれだけを一途に想ってた・・・!」責めるような視線でローザはセシルの瞳をじっと見つめる。
「どうすれば、あんな風に幼い子供達を “洗脳” できるというの!」
「ローザ・・・」確かに最低だ。
幼い子供達に、自分の身を犠牲にするような覚悟をさせる。
そんなことをさせるセシル=ハーヴィという男は確かに最低の人間かも知れない。何故、双子があそこまで強い想いを抱いたのか、セシルには解らない。理解出来ない―――しかし。
セシルは知っていた。あの双子と同じ―――いや、それ以上にセシル=ハーヴィによって “洗脳” された少女のことを。
「君になら解るんじゃないかな?」
「・・・・・・」
「気づいているだろう? あの双子はかつての君だよ」ただ一つの事だけを想い、そのためには己を犠牲にすることも厭わない。
それはかつてのローザ=ファレルだった。問いに答えず、ローザは再びセシルの胸に自分を押しつける。
セシルからは表情が見えないまま、彼女は呟く。「怖いの・・・」
「あの双子が、かい?」セシルが尋ねると、ローザはセシルの胸に自分の頭をすりつけるように首を横に振る。
「 “私” が、怖いの・・・」
震える声でぽつりと呟く。
「セシルの言うとおりよ。あの子達はかつての “私” ―――でも “今” の私じゃあない」
子供の頃のような強さは、今のローザからは失われている。
はっきりと自覚している。幼かった頃のような、強い想いは今のローザには無い。何故ならば―――
「だって、私の想いは叶ってしまったもの・・・」
強い想いや願いを消す方法。
一つは諦めてしまうこと。
もう一つは叶えてしまうこと。夢は叶えてしまえば夢でなくなる。
それと同じように、想いも願いも、叶ってしまえば意味が消えてしまう。それは当たり前のことだ。「私は今、とても幸せよ。この世で最も愛する人を愛して、その人から愛されて」
けれど、と彼女は言葉を切り返す。
「だからこそ私は不幸だわ。これ以上ないくらいの幸せを感じて、あとは不幸になることしかできないんだもの!」
山登りで山頂までたどり着いたら、あとは降りるしかないように。
最高の幸せを手に入れてしまったら、あとは不幸になるしかない―――そうローザは言っているのだ。「不幸になったなら・・・また幸せになるように頑張ればいいんじゃないかな」
「無理よ」キャシーと似たようなことを言うセシルに、ローザは即座に否定する。
「もう私からはかつての “想い” は失われてしまったもの。もう一度幸せになろうと強く願う事なんてできない!」
一度手にした幸せを、もう一度得るために努力なんてできない。
少なくともローザはそう思い込んでいる。だからこそ、恐怖を感じて不幸を感じる。「大丈夫だよ」
ぎゅっ、とセシルはローザを抱きしめる。
「今の君は “独り” じゃないから」
「えっ・・・?」
「今の君は、 “独り” で僕を愛してくれた君じゃないだろう?」
「あ・・・・・・っ」セシルの言葉に、ローザはハッとする。
そう。
かつてのローザは一方的にセシルを愛していた。セシルの愛を得られなくてもいいと諦めて、セシルを愛することだけで満足しようと自分を騙していた。「 “独り” っていうのは強いよ。孤独であればあるほど、人は強くなる―――いいや、強くなければ孤独のまま生きていくことなんてできない」
かつて “独り” だった青年は呟く。
「 “独り” でなくなることで人は弱くなる―――けれど、誰かと共に在ることで、人は “独り” の時よりも強くなれる」
それを、セシル=ハーヴィは知っている。
ローザだってそんなことは知っていたはずだ。何故なら、セシル=ハーヴィの孤独を消した一人であるのだから。「君が一人で幸せになれないというのなら、僕が居る。僕と一緒に幸せになろう―――」
「セシル―――・・・・・・えっ?」不意に、ローザは気がついた。
抱きしめてくれるセシルの身体が、小さく、ほんのわずか震えていることに。「どうして、震えているの? セシル・・・」
「・・・・・・」ローザの問いに、セシルは即答しなかった。
しばらく間をおいて―――やがて、意を決したように囁くように答えた。「・・・怖かったんだよ」
「えっ・・・?」
「僕だって怖かった。君に嫌われたんじゃないかって・・・!」ローザに双子の石化を解くように強要し、ローザが逃げ出してしまった後。
セシルはかつてないほどに後悔した。
そして、最愛の女性と決別してしまうかも知れないという恐怖に震えた。あの後、人払いをして誰も近づけなかったのもそのためだ。
誰かが側にいれば、みっともなく当たり散らしていただろう。
もしも、ベイガンが戻ってきた時、ベイガンの言葉がなければ耐えきれずに何もかも投げ捨てて、ローザの元へ駆けつけてしまったかもしれない。「ローザ、多分僕は君を “失っても” 耐えられる」
もしもローザが病気や不慮の事故で死んだとしても、セシルはその哀しみに耐えられる自信はある。
少なくとも、以前にローザが言ったように、後を追って死のうとは考えないだろう。「けれど、君に “嫌われた” と思うだけで気が狂いそうになる。拒絶されるだけで死にたくなる」
「セシル・・・」
「君と、同じだよ」
「・・・うん」
「もう僕は “独り” じゃ耐えられない―――君が居てくれなければ駄目になるくらい、弱くなってしまった」セシルという子供はもっと強かったハズだった。
親代わりの “神父” を失って、独りで生きていくこと決意し、望み、その通りに生きてきた。それが何時の間にこんなにも “弱く” なってしまったのか思い出せない。
思い出せないが、たった一つだけ解っていることがある。「僕が “弱く” なってしまったのは君のせいだ―――だから」
「うん・・・―――責任はとるから」ローザはセシルの首元にキスをする。
それから耳元に優しく囁いた。「ずっと貴方の傍にいるから。弱くなった貴方が強くあるように―――共に幸せになるために」
そう囁いて、ローザはセシルから身を離す―――離そうとする。
「・・・あの、セシル・・・?」
「なんだい?」
「そろそろ離してくれない?」セシルはローザの身体を抱きしめたまま離そうとしなかった。
「どうして?」
「どうしてって・・・その、そろそろ帰らないと・・・キャシーだって心配するし」そう言えばキャシーはどうしたのだろうかと疑問に思う。
もしかしたら気を利かせて先に帰ったのかも知れないが。「ずっと側に居てくれるっていったじゃないか」
どこか拗ねたようにセシルが言う。
いつものセシルらしかぬ口調に、ローザは一瞬唖然として―――ぷっ、と噴き出した。「セシル・・・子供みたい」
「子供でもなんでも良いよ。兎に角、今は君と離れたくないし、君を家に帰したくない」そんな風にいうセシルに、ローザは苦笑。
仕方ないわね、と呟いて。「解ったから、セシルとりあえず離して? 抱きしめられたままだと苦しいし」
「うん・・・」ローザに言われ、セシルは素直に彼女を解放する。
抱擁から解放され、ローザは身を離して玉座に座るセシルを眺めた。セシルもローザを見返してくる。
その表情はなにかを警戒しているようにも見えて、さらには不安感も入り交じっていた。
ローザが言葉を翻して家に帰ってしまうことを警戒しているのかも知れない。「セシル」
「なに?」
「可愛いっ♪」いつになく子供じみたセシルに、ローザはこみ上げてくる愛おしさを抑えきれずに、改めてセシルを抱きしめた―――
******
―――翌日。もう昼になろうかという頃。
「・・・・・・・・・んあ?」
不意にパロムはぱっちりと目を開けた。
寝起きでぼんやりとしながら、見慣れない天井を見上げる。「あれ・・・ここ、どこだ・・・?」
「パロム! 目を覚ましたか!」歓喜の声。ごろりと枕の上を頭を転がし、声のした方に向ければ、ミシディアの長老がそこにいた。
「あれ・・・じっちゃん・・・? って、うわっ!?」
いきなり抱きつかれ、パロムは声を上げた。
「良かった・・・本当に良かった」
「ちょっ・・・じっちゃん苦しいって!」
「お・・・おお、すまんかった!」パロムの悲鳴に、長老は慌ててパロムを解放する。
「ったく、なんなんだよ―――あ、そういえばあんちゃんは?」
きょろきょろとパロムは周囲を見回す。
そんなパロムの様子に、長老は眉をひそめた。「もしかしてパロム、石化する前のことを憶えていないわけではなかろうな?」
「へ? 憶えてるぜ」長老が尋ねると、パロムはけろりとした顔で答えた。
「オイラたちの大活躍でセシルあんちゃんは無事に助かったんだろ? 確か、そう聞いた覚えが・・・・・・って、あれ? 誰に聞いたんだっけか?」
「あら?」パロムが首を捻っていると、長老とは反対方向から聞き慣れた声が聞こえた。
振り向けば、そこにはベッドがあり―――と、そこでパロムは自分も同じようなベッドに寝かされていることに気がついた―――ポロムが寝かされていた。「ここは―――セシルさんは・・・?」
「ポロム!」ぼんやりとするポロムの元に、長老が駆け寄る。
「ポロム! ワシが解るか!?」
「まあ、長老様。いつバロンへ―――って、きゃー!?」いきなり抱きついてきた長老にポロムは悲鳴をあげる。
そんな様子に「同じ事やってら」とパロムが呆れたように呟いた―――
******
「二人が目覚めたって!?」
と、セシルがローザと一緒に、城の医務室に飛び込んだ時、医務室の中には結構な人が集まっていた。
ミシディアの長老やテラ、それからクノッサスに、シドやギルバート、フライヤの姿もあった。「おう、セシル」
シドが手を挙げる。
「あれシド、仕事の方は一段落したのかい?」
「ちょっと休憩しにきただけゾイ―――お前の方こそ随分と遅かったな」
「いや、ベイガンをまくのに手間取って―――」
「ならまこうとしないで頂きたい」いきなり背後から当人の声。
「うわ、ベイガン!? どうしてここが!」
「解らないとでも? ・・・陛下、わざわざ逃げなくとも、双子殿のお見舞いならば文句を言うつもりはありませぬ」
「いや、ついクセで」
「クセで逃げないで頂きたい!」
「おいおい、説教はその辺にしてやれい。見舞いに来たなら、早く顔を見せてやるがいいゾイ」そう言ってシドはセシルと入れ替わりに医務室を後にする。
「シド、何処へ?」
「休憩終わりだゾイ」そう言って、さっさと自分の仕事場へと戻ってしまった。
セシルはシドの背中を見送り、改めて医務室へと入る。「パロム・・・ポロム・・・」
二つのベッドの上で身を起こしている双子の名を呼ぶ。
「よ、あんちゃん」
「こら、パロム! もうそんな風に気安く呼んではいけないでしょう。セシルさ―――セシル陛下は国王となられたのだから」パロムが気安く声をかけてきて、ポロムがそれを窘める。
懐かしい雰囲気に、セシルは頬が緩みそうになる―――がそれを無理矢理に引き締めた。「・・・君達」
「おう、なんだよ」
「なんでしょうかセシル様」セシルを助けたことで褒められるとでも思ったのか、二人はにこにこと笑いながらセシルの言葉を待つ。
だがセシルは、感情を押し殺して、努めて冷淡に告げた。「君達はなんて馬鹿なことをしたんだ!」
「・・・へっ?」
「セ、セシル様・・・?」突然叱られ、二人はきょとんとする。
そんな二人に、セシルは心痛めながらもさらに怒鳴りつける。「自分を犠牲になんかして・・・それで、どれだけ周囲の人間に心配かけたか解っているのか!」
「・・・・・・っ」
「なんだよ、それ・・・!」怒鳴られ、ポロムは顔を俯かせ、パロムは逆に顔を上げてセシルをにらみ返す。
「犠牲もなにも、あんときオイラ達がやらなきゃみんな死んでただろ!」
「なら聞くが、あの時、どうして他の大人―――テラやヤンに相談しなかった!」
「相談なんかしたら、絶対に止められるだろ!」
「当たり前だ!」駄目だ、とセシルは思った。
パロムの反応を見てセシルは確信する。
もしもまた、同じような状況になったのなら、双子は―――少なくともパロムはまた同じ事を繰り返す。だからセシルは心を鬼にして二人を叱る。
自分たちが正しいと思ってやったことは、褒められるどころかこんな風に叱られて、とても割に合わない行為だったとすり込ませるために。
二度と、こんなことを起こさないために。「君達はまだ子供なんだ! 子供は勝手な行動はせず、黙って大人の言うことだけを聞いてればいい!」
「ふっざけんな! なんでそこまで言われなきゃなんねーんだよ! オイラ達はあんちゃん達を助けるために必死で・・・!」
「子供の分際でそんなこと考えるんじゃない!」
「子供子供ってそんなに大人がエライのかよ!」
「偉いんだよ!」わざと高圧的に言い放つ。
案の上、パロムは完全にむくれたようだ。「オイラ達頑張ったのに・・・頑張ったのに・・・・・・」
ぐ、と奥歯を噛み締める。
そんなパロムに、セシルは心が痛むのをはっきりと感じた。双子のやったことは褒めるべきではないというのは、紛れもないセシルの本音だった。
しかし一方で、自分を救ってくれた事に言葉では言い尽くせないほど感謝もしている。
「ありがとう」と一言でも言ってやりたいと思うが、その言葉をぐっと呑み込み、「思い上がるなってことだよ。子供がいくら頑張ったって大人には敵わない。あの時だって、君達が犠牲にならなくても、テラやヤンがなんとかしていたはずさ!」
だから、とセシルはパロムに厳しく言い放つ。
「だから二度と―――」
(頼むから―――)
「子供の考えでこんな馬鹿げたことはするんじゃない!
(―――僕たちを悲しませないでくれ!)
悲痛とも言える心の叫びを込めて、セシルは双子に向かって叫ぶ。
「なんだよ、くそう・・・」
セシルに怒鳴られ、パロムは今にも泣き出しそうなほど、唇を振るわせている。
ポロムは先程から俯いたまま顔をあげない。もしかしたら泣いているのかも知れない。「やってらんねーよ! オイラ達頑張ったのに、こんな風に叱られるんだったら―――」
悔しそうに言うパロムに、セシルは心の中で「よし」と呟いた。
双子に対して悪いと思いつつも、思惑通りに進んで安堵する―――が。不意に、泣き出しそうだったパロムの表情が一転してにやりと笑う。
その笑みに不吉なものを感じる間もなく、パロムは言葉を繋げた。「―――また、何度だって同じ事をしてやるさ!」
「は?」きょとん、とする。
一瞬、パロムが何を言っているのか理解出来なかった。「もしもまたオイラ達が犠牲になることで他のみんなが助かるなら、何度だってやってやるって言ったんだよ!」
「な・・・な・・・」
「だってそうだろ? 別にオイラ達は褒められたくてやったんじゃない。子供だからって、無力だからって、なにも出来ないのがイヤだから、オイラ達はオイラたちに出来ることを頑張ったんだ」だから、とパロムはにかっと笑う。
「あんちゃんに叱られようと、みんなを心配させて迷惑かけよーと、オイラ達は何度だって同じ事を―――」
「ふざけるなッ!」セシルの怒声にパロムは思わず言葉を止める。
その剣幕に周囲の面々も思わず唖然とした。さっきまでの演技とは違う。
今、セシルは本気で怒鳴っていた。本気で、キレていた。「人は死ぬと言うことを知らなければならない―――」
視線だけで人を射殺しそうな眼力を込めて、セシルはパロムを睨付ける。
パロムはヘビに睨まれたカエルのように、身動きひとつ出来ない。「死人は死んだ後のことに責任を持たない―――残された者たちがどんな思いをするか、そんなことも考えずに安易に自分の身を犠牲にすることを俺は絶対に認めないッ!」
セシルが怒鳴りつけた後、周囲はシン、と静まりかえる。
迫力に気圧され、息することも忘れたように動きを止めている―――と。「―――でも、それをセシル様が言う資格はないですよね?」
不意に、少女の声が響いた。
ポロムだ。
さっきまで俯いていた少女は、ゆっくりと顔を上げて―――微笑みをセシルへと向けていた。「・・・どういう意味だ?」
視線をパロムからポロムへと向ける―――その鋭い視線に、一瞬ポロムはびくりと震えたが、すぐにセシルからは視線を反らし、その後ろに控えているベイガンへと向けた。
「貴方なら解りますよね?」
「は・・・? いや、なんのことであるかさっぱりですが・・・」唐突に話を振られ、ベイガンは戸惑う。
おや、とポロムは可笑しそうに笑って、「憶えてないのですか? 反射された私達の魔法をその身に受けて死んじゃったお馬鹿さんのことを」
「あ・・・」ポロムの言葉に、セシルはようやく思い出した。
ゴルベーザに支配されていたバロンに攻め込んだ時、ベイガンとの戦いの最中、双子の放った合体魔法をベイガンが反射し、それをセシルが双子を庇い、自分に魔法を引き寄せたのだ。
結果、セシルは ”即死” して、ポロムの必死の蘇生魔法で復活することができた。「あ・・・あれは、別に自分を犠牲にしようとしたわけじゃない! もうちょっと上手くやるはずだったのを失敗しただけで!」
あの時セシルは、セリスの “魔封剣” を試みた。
が、結果はさきほど述べたとおり。魔法を引き寄せることしか出来ず、セリスのように自分の力とすることができず、直撃を受けてしまった。「失敗だろうがなんだろうが、私達を庇って死んでしまったのは確かでしょう! あの時、私達がどんな想いをしたか、お解りですか!」
「う・・・」
「そうじゃのう」と、その場に居たフライヤが口を挟む。
「私は戦いに集中していたから断片的にしか聞こえてこなかったが、あの時のパロムとポロムの様子は、それはもう言葉に出来ぬくらい・・・」
そこでわざとらしく言葉を止める。
いつのまにか逆転している状況に、セシルは珍しく狼狽える。「いや、だからあれは別に犠牲になろうって思った訳じゃなくて―――」
「ねえ、セシル・・・」
「ローザ、君なら解ってくれる―――ひぃっ!?」自分の恋人を振り返り、セシルは思わず悲鳴をあげた。
セシルを見るローザの瞳にはおよそ感情というものが無く、まるで幽鬼のような形相でセシルを見つめていたからだ。「死んだって・・・なんのこと? 私、知らなかったけれど・・・?」
「いやその・・・」
「そう言えば、ファブールでさらわれてから再会するまで、なにがあったか詳しく聞いていなかったわよね・・・?」
「い、いやあ、聞いてもあまり楽しくないと思うよ?」だらだらと、脂汗を流しながらセシルは愛想笑いなんぞ浮かべて誤魔化そうとする。
と、不意にテラがわざとらしく。
「そう言えばセシル、あの時ミシディアに現れたのは、船をリヴァイアサンに襲われ、沈没して流れ着いたのだったか?」
「なんで今そう言うことを訊く!?」
「あんちゃんの面白い話って言ったら、リリスねーちゃんにハダカで迫られたくらいかなー」にまにまと笑いながらパロムも余計なことをいう。
「いや、ハダカもなにも彼女は元から服を着ていな―――」
「セシル、裸の女の人に迫られたの?」
「いやローザ誤解なんだ本当に僕は誓ってなにもやましいことはしていない!」
「なんだか、不倫が発覚した夫みたいだねえ」
「ギルバートぉぉぉっ!? なんでそういうこと言いますかーーーーーー!」絶叫するセシルに、ギルバートは朗らかに笑いながら。
「諦めなよ、セシル。君の負けだ」
「う・・・」
「パロムもポロムも、とっくに君の性格は見抜いてる。そうやって技と悪役を演じる真意もわかってるよ」
「・・・・・・」ギルバートに言われ、セシルは憮然と双子を見やる。
すると、ギルバートの言葉を肯定するかのように、双子はにっ、と天真爛漫に笑って見せた。「解ったよ、僕の負けだ―――でもね」
セシルは優しく二人を見つめながら、言い聞かせるように呟く。
「さっき僕が言ったことは、嘘じゃない。君達のような子供が、大人のために犠牲になるようことがあってはならないと思ってる―――安易にその命を懸けないでほしいと思う。それだけは解って欲しい」
「あんちゃん・・・」
「セシルさん・・・」セシルの言葉に、双子は神妙な顔をして―――しかし。
「でも・・・でもさ、オイラだってさっき言ったことは本気だ。この前みたいに、オイラ達が命かけることであんちゃん達が助かるなら、オイラ達は―――」
「解ってる」微笑んで、セシルはぽんっとパロムの頭を撫でた。
「なら僕たちは君達が犠牲にならないように努力するだけだよ」
「最初っからそーいえば良かったじゃんか」ぶー、とふくれっ面でパロムが文句を言う。
そうだね、とセシルは苦笑した―――
******
「さて―――ところで長老」
気を取り直し、セシルはミシディアの長老に声をかける。
「なんですかな?」
「昨日、なにか言いかけていたようだけど、そもそも何故バロンを訪れたのですか?」問われ、長老は「おお」と声を上げ。
「実はゴルベーザめの目的であった、バブイルの塔のことを調べていて、あることが解ったのです」
「あること?」
「バブイルの塔が月へ至る道―――というのは解っておりましたが、実は月に行く方法はそれだけでは無かったのです」長老はそう言って、ある詩を口ずさんだ。
竜の口より生まれしもの
天高く舞い上がり
闇と光をかかげ
眠りの地に更なる約束を齎さん
月は果てしなき光に包まれ
母なる大地に大いなる恵みと
慈悲を与えん―――
「それは、クリスタルを守護する四ヶ国に伝わる詩・・・ですね」
ギルバートが呟く。
そう言えばセシルにも聞き覚えがあった。トロイアの洞窟でダークエルフの王と戦った時に、ファスが口ずさんだ歌だ。「それがなにか?」
「大いなる眩き船―――魔導船ですじゃ」
「魔導船・・・?」
「そう、それこそが月へと至る船。もう一つの月へと至る方法! バブイルの塔を作った古の民達は、どうやら “保険” として月へ行くための方法を残していたようなのです」もしくはバブイルの塔の方が “保険” だったのかもしれませんが、と長老は付け加える。
「そしてこの詩の序文は、その魔導船のことを謳っているらしいですぞ!」
「ではこの竜の口より生まれし、天高く舞い上がりというのが・・・?」セシルがいうと、長老は頷く。
だがそこでテラが口を挟んだ。「しかしセシル、私の知識の中には “竜の口” などという地名に憶えはないが」
テラの言うとおり、セシルにもそんな地名は聞き覚えがなかった。
「ファイブルに “飛竜の谷” という場所があるのは知っているのだが・・・」
「別に地名とかじゃないんじゃねーの?」と、ベッドの上で退屈そうにセシル達のやりとりを訊いていたパロムが呟く。
「どういう意味だい?」
「いやだからさ、どっかに竜の口っぽい場所があるんだよきっと―――ほら、あるじゃん。なんか人の顔っぽい形をした岩とかさあ。あんな感じで」
「なるほど・・・それならありうるかもしれん―――ギルバート、長い間旅をしていたのだろう? そう言うものを見たことはないのか?」パロムの言葉を受けて、テラが尋ねる。
するとギルバートは困ったように頭をかいて。「いや、心当たりは・・・僕もその詩の事は知っています。だからそれに関連するような場所があれば、憶えているハズなんですが・・・・・・」
「ぬう、役に立たんな!」ふん、とテラは不機嫌そうに言い捨てる。
「あ・・・」
と、セシルがなにか思いついたように声を上げた。
「一つだけ・・・ある」
「それは?」
「ミシディアだよ」セシルはベイガンに何事か呟くと、ベイガンは踵を返して駆けだしていった―――しばらくして、古ぼけた紙筒を手に戻ってきた。
「陛下、これでよろしいか?」
ベイガンに紙筒を渡され、その中身を確認すると、満足そうに頷いた。
「長老、これを」
セシルは長老の目の前に紙筒を広げてみせる。
それは地図だった。「これは・・・?」
「フォールスの地図です。飛空艇の上から写し取ったもので、きちんと測量したものではないですが、ほぼ実際の地形と合ってるはずです」説明して、セシルは地図の右下の島を指さす。
「それでこれがミシディアのある島なんですが・・・」
「ほう、確かに竜に見えなくもないな」試練の山のある島の東部が身体、そして西部は細い湾が深く島にきり込まれていて、まるで細長い海竜の首のようにも見える。
「これでいくと・・・丁度、ワシらの村が竜の頭の辺りになるようじゃな。 “竜の口” は西の海岸か・・・」
ふむう、と長老は頷いて。
それからセシルへと向き直る。「セシル王、ワシはこれよりミシディアに戻り、魔道士を集め、 “竜の口” に向けて祈りを捧げようと思います」
「祈りを・・・?」
「うむ。もしも推測通り、ここに魔導船が眠るのならば、祈りを捧げることでなにかしらの反応があるかもしれぬ」
「しかし、ここに魔導船があるとは・・・」自信無さそうにセシルが言う。
地図で見れば確かに竜の形をしているように見えるが、あくまでもそのように見えるだけだ。
ハッキリとした確証は何もない。「いえ、おそらくは間違いないかと。何故ならばその竜の口―――ミシディアの湾に向けて、祈りを捧げるように塔が建てられておるのです」
「祈りの塔か! 確かに、ミシディアの伝承では、 “世界が危機に陥った時、塔で祈りを捧げよ” とあるが・・・」テラが呟く。
セシルはしばらく考え、それから頷く。「解った―――では長老、そちらの方はお願いします」
「任された―――こちらこそ、双子のことをもうしばらく頼みますぞ」
「って、なんだよじっちゃん、オイラ達を置いていくのかよー」パロムが不満そうにいうと、セシルは苦笑して。
「良いから君達はもう少し休んでいなよ。一ヶ月以上も石化していたんだ、身体がどうにもなっていないわけがない」
「オイラは平気だい!」
「ポロムはそうじゃ無いみたいだけどね」セシルが言って、パロムは気づく。
そう言えば、さっきからポロムは何も喋っていない―――と、みれば、いつの間にかポロムは再び眠りについていた。「う・・・」
ポロムの寝顔を見ていたら、唐突にパロムにも眠気が襲ってきた。
なんだかんだ言って、やはり身体は本調子ではないらしい。「お休み、パロム。それから―――」
パロムがベッドに横たわり、瞳をゆっくりと閉じてくる。
そんな少年に、セシルは万感の想いを込めてその言葉を口にした。「―――ありがとう・・・」
******
「―――さて、それじゃあ双子も眠りについたことだし。ベイガン、次の予定はなにかな?」
「む、陛下。いつになくやる気ですな!」ベイガンの言葉にセシルは苦笑する。
「そりゃあね。双子たちをまた危ない目に合わせないために、頑張らなきゃいけないって思ったから」
「良い心がけですな。ではまず―――」
「―――悪いけれど」ベイガンが予定をいうのを遮って、心の底から凍えさせるような冷たい声が場に響き渡った。
「ええっと」
ぎぎぎ・・・と、ぎこちない動きで彼女の声のした方を振り返る。
そこには、とてもにこやかな表情で―――しかし絶対に笑っていない―――ローザがセシルを見つめていた。「今日のセシルの予定は全部キャンセルだから」
「いやローザ様、そういうわけには・・・」
「キャンセルだから」
「はっ、了解致しました!」了解すんなよ! と、セシルは心の中で絶叫する。
ベイガンに敬礼までさせるような静かな迫力を放ちながら、ローザはセシルに語りかける。「さて、それじゃあセシル。お話ししましょうか」
「な、なにをかな・・・?」
「さっきの話。ファブールから私の居ない間、なにがあったのか、事細かく教えてもらうからね!」
「た、大したことはなかったよ?」
「リリスってどういう人?」
「ええと・・・うわっ!?」言葉に詰まるセシルの腕を取り、ローザはぐいぐいと王の私室の方へと引っ張っていく。
「ちょっと、ローザ!?」
「ゆっくり出来るところでゆっくりお話ししましょうねー、セシル♪」
「ベイガーン! 助けてベイガーーーーーーーン!」ローザに強引に引っ張られ、廊下の向こうへと消えていくセシルに、ベイガンはただ黙って合掌した―――