ファイナルファンタジー4 IF(仮)外伝

「夢見る少女じゃいられない!」 後編


 

 

 

 夜の白魔道士団の詰め所。
 その一室に、三人の老人が顔を合わせて酒を飲み交わしていた。

「全くもって度し難い!」

 ダンッ、とクノッサスはテーブルの上にグラスを叩き付けるようにして置く。
 その顔が赤いのは酒気のせいだけではない。未だ、セシルの行動に納得がいかず、怒りが収まっていないのだろう。

「そうは思わんか!」

 と、酒気を吐きながらクノッサスは同席している他の二人へと同意を求める。
 だが、そのうちの一方は、ちびりちびりと酒を舐めるように飲みながら、否定的な反応を見せた。

「フン、なにをそんなに荒れておるやら」
「テラ! 貴様は、陛下の肩を持つというのか!」

 テラへと向かって怒鳴りつける。
 しかし、テラは半眼でクノッサスを見返し、

「そもそも、あの嬢に無理を言い出したのは貴様だろうに」
「あ、あれは・・・ローザを成長させるために・・・」
「貴様の思惑はどうであれ、あれがあったからセシルもそれに便乗したのだろうよ」
「私が悪いと言いたいのか!」

 がたっ、と席を立ち上がり、クノッサスはテラを睨付ける。
 彼の事を知る、配下の白魔道士達が見たら驚くかも知れない。導師クノッサスは、厳しくはあるがこんな風に激しい感情を他人にぶつけるような者ではないからだ。

 しかし、彼のことをもっと良く知っているテラたち昔馴染みは知っている。
 今でこそ落ち着いてはいるが、元々クノッサスの気性は荒い方で、若い頃は他者との衝突―――特にテラとの―――が絶えなかった。

 憤るクノッサスに、テラは「ほお・・・」と感心したように呟く。

「怒り狂っていてもそれくらいは理解出来るか」
「・・・その言葉、私を侮辱していると受け取って良いな!?」
「ええい、落ち着け二人とも!」

 もう老人と言っても良いくらいの年のくせに、今にも取っ組み合いでも始めそうな二人を、場にいた三人目―――ミシディアの長老が間に割ってはいる。
 ちなみに二人と違って彼は酒を飲めない。だから酒の代わりにお茶を飲んでいて素面のままだった。

 と、仲裁に入った長老へ、クノッサスが怒りの矛先を変える。

「お前もお前だ! 可愛がっていた双子を元に戻す機会を失ったのだぞ! 私よりも、むしろお前が怒るべきだろう!」
「う・・・しかしじゃなあ・・・」
「しかしも案山子もあるかッ! 何故、陛下に対して文句の一つも言わんのだ!」

 クノッサスの剣幕に気圧されながら、長老はしどろもどろに答える。

「た、たしかに今回のセシル王の行動は納得しかねる所がある―――じゃが・・・」
「だが、なんだ!」
「その一方で、なんの意味もなくあんなことをするとは思えぬ。かつてもそうだじゃった―――ミシディアのクリスタルが奪われた時のことは知っておるな?」
「・・・うむ」

 当時、クリスタルを集めようと、ミシディアへの攻撃を決定したオーディン王(の偽物)に、当然クノッサスは抗議した。
 しかし当然として受け入れて貰えず、逆にバロンがセシルによって解放されるまで、幽閉されるはめになってしまった。

「あの時もセシル王は必要以上に悪役を演じた―――今回も同じじゃ。だからそこには何かしらの意味があると考えておる」
「ならばどんな意味があるというのだ!」
「それは・・・解らんが」

 口ごもる長老。
 ほらみろと言わんばかりに胡乱な表情を浮かべるクノッサス。
 だが、そこでテラが口を挟んだ。

「さっきも言っただろうに。貴様が余計なことをしたからこそ、セシルはあんなことを言い出したのだと」
「なに・・・?」
「テラ、お主はセシル殿の真意がわかって居るというのか?」

 長老に問われ、テラは即答せずに自分の掌を見つめた。

「―――解るとも。私には “後悔” があるからな」
「後悔、じゃと?」
「かつては賢者と呼ばれながら―――しかし、最も大切な存在を守りきることは出来なかった。 “無力” という “後悔” だ―――」

 静かに呟き、テラは手元の酒を一気にあおった―――

 

 

******

 

 

 バロンの城は深い堀に囲まれている。
 いくつかの隠し通路はあるが、普通に入るには正門へ続く跳ね橋を渡るしかない。

 その跳ね橋は、当然緊急時には上げられてしまうが、それ以外にも夜になれば上げてしまう決まりとなっている。

 堀の周りには、城下の街ごと囲っている高い外壁があるし、そもそも空を飛ぶ魔物には無意味なのだが、かつてエブラーナと戦争していた時、忍者達が王や騎士に暗殺を仕掛けることが何度もあったので、その用心のための習慣が今も続いているという感じだ。

 だがその日は、すでに夜も更けたというのに、橋は降ろされたままだ。
 さらに普段は閉まっている城門も開かれたままである。

「なあ・・・橋は上げなくても良いのか?」

 跳ね橋を渡った先、門番をしている当番の近衛兵の一方が疑問を口にする。
 基本、バロンの兵士は二人以上を一組として行動する。当然、門番も同様だ。
 問いかけられたもう一方の兵士は頷いて、

「ああ、ベイガン様から言われたんだ。今日は橋を上げなくて良いし、門も開いたままにしていろと」
「ふうん・・・まあ、橋を上げようと上げまいと、真っ正面から攻め込まれることはないだろうけどな」

 ははは、と笑い合う。
 長年の仇敵だったエブラーナとは休戦状態。
 目下の敵であるゴルベーザ一味も、バブイルの塔に “追いつめた” 状態だ。現在、バロンの城まで攻め込んでくるような敵はいない―――はずだった。

 ドドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・・

「うん?」

 なにか、響いてくる音が聞こえたような気がして、兵士の一人が首を傾げる。
 もう一方が「どうした?」と問いかけたその時だ。

「GYOEEEEEEEEEEEE!」

 いきなり怖ろしい雄叫びが周囲に響き渡った。
 なんだ!? と兵士二人がぎょっとすると、街の方から巨大な影が迫ってくる!

「な、なんだあれ・・・チョコボ―――いや」

 パッと見てチョコボのように見えたが、シルエットは良く似ていても、その大きさや細部が明らかに違った。
 普通のチョコボは二つしかない羽が四つあったり、頭から山羊に似た雄々しい角が生えていたり、あまつさえ目が赤く爛々と輝いているのはどう見てもチョコボではなかった。

「な、なんだか良く解らんがこっちに向かってくる! 城に乗り込む気か!?」
「まずい、止めろーーー!」

 門番達がチョコボの進路を塞ぐ―――が、

「GYOEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!」

 チョコボみたいな魔物は跳ね橋を勢いよく渡り、立ちはだかった門番をあっさりとはじき飛ばす!
 吹っ飛ばされる寸前、その背中に誰かが乗っていたような気がしたが、あまりの猛スピードにそれが誰かははっきりと確認出来なかった。

「くうっ・・・じょ、城内に・・・敵襲ーーーーーーーーー!」

 吹っ飛ばされた兵士の一人が、痛む身体にムチ打って立ち上がると、備え付けられていた警鐘を力一杯数度叩く。
 カンカンカーン! と、甲高い音が響き渡り、城内に敵が侵入したことを伝えた後、その兵士は力尽きて気絶した―――

 

 

******

 

 

「止めろ! これ以上奥には進ませるな!」
「おのれ、バロン兵をなめるなあああああ!」
「駄目だ! 強すぎるッ!?」
「うわあああああああああああああああああああ!」

 城の中に響き渡る怒号と悲鳴。
 何人かの兵士を吹っ飛ばした後、チョコボ(?)の背中に乗っていたローザは、不安そうに口元に手をあてた。

「ちょっと、やりすぎかしら。なにか大騒ぎになってるし」

 ちょっと、どころの話ではない。
 と、そんなローザの言葉を受けて、彼女の後ろに相乗りしていたキャシーが応える。

「死人は出ていないので大丈夫かと」

 そういう問題でもない。

「そうよね! じゃあ、このまま一気にセシルの所まで―――」

 行くわよ! と、言おうとした時、いきなりチョコボが急ブレーキ。

「きゃあっ!?」

 思っても居なかったブレーキに、ローザはチョコボの首に身体がつんのめった。

「痛た・・・んもうっ、どうしたの? ディジーちゃん!」

 ディジーちゃん、というのはローザ達が乗っているチョコボ(?)の名前である。
 どうしたのかと思って、ディジーちゃんの首越しに前を見てみれば、黒い鎧に身に纏った、初老の騎士が行く手を阻んでいた。

「あら、ウィーダス」
「む・・・ローザ殿か」

 凶悪なチョコボらしき魔物を目の前にしても、暗黒騎士団の長は動じていない。

「このような夜更けに何事であるかな?」
「セシルに会いに来たのよ!」
「陛下に・・・? ならば明日出直してくると良い」
「今、会いたいのよ!」

 引かないローザに、ウィーダスは深々と溜息を吐いた。

「いかに未来の王妃といえど、このような時間に騒ぎを起こすのを見逃すわけには行かぬ」

 そう言いながら、彼は暗黒騎士団長の証である、腰の “髑髏の剣” に手を添えた。

「もしまかり通ろうとするならば、力尽くでも叩き出す!」
「GYOOOOOOOOO!」

 ディジーちゃんが雄叫びを上げて、ウィーダスに向かって突進する。
 それはローザが指示したわけではない。ディジーちゃんが、ウィーダスに “恐怖” を感じ、己の敵だと認識した故の衝動的な攻撃だった。

 迫り来る巨大なチョコボに、ウィーダスは慌てずに剣を抜き、その切っ先をディジーちゃんへと向ける。
 骸骨の意匠が象られた剣が怪しく輝き、闇なる力を発現させる!

 

 髑髏の剣

 

 黒い波動がディジーちゃんの巨体を押し返す―――悲鳴をあげて、ディジーちゃんは後退していく。
 だが。

「GYOOOOO・・・・・・」

 しかしディジーちゃんは後退しただけだった。
 鳥に似た細い足で床に踏ん張り、 “恐怖” を呼び起こすダークフォースを受けて意気消沈するどころか、逆に赤い目を爛々と輝かせ、さらに闘志を燃え上がらせる。

「ほう、手加減したとはいえ耐えきるか―――ならば」

 愉しげに呟き、ウィーダスはさらに力を高める。
 髑髏の剣の暗い輝きが、ウィーダスの全身にまで広がり、異様な圧迫感を周囲に振りまいた。

「本気で行くぞ!」
「GYOAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 と、ディジーちゃんと同調するかのように戦意を高めていくウィーダス。

 しかしウィーダスは気がつかなかった。
 いつの間にか、ディジーちゃんの背中に誰も乗っていないと言うことに―――

 

 

******

 

 

「大丈夫ですか、お嬢様」

 と、キャシーは抱き上げていたローザの身体を降ろして立たせる。
 先程、ウィーダスがダークフォースを放った時に、キャシーが素早くローザを抱きかかえ、ディジーちゃんから飛び降りていたのだ。
 ウィーダスを含む、周囲の兵士がディジーちゃんとダークフォースの激突に気を取られている隙に、キャシーは元忍者のスキルを発揮して、その場から離脱していた。

「ええ、ありがとうキャシー」

 頷いて、ローザは目の前を見た。
 謁見の間へと続く廊下の扉。
 普段は兵士が常に待機しているはずだが、どういうわけか姿が見えない。

 昼間の事を思い出してローザの身体が一瞬強張る。
 あの時、ローザはセシルの真意を理解しようとせず、そのまま逃げ出してしまった。
 その後悔が、ローザの気を挫く。

「お嬢様」

 キャシーが声をかけてくる。
 多くは言わないが「戻るならば今のうちですよ」と言っているような気がした。

「いえ・・・行くわ」

 意を決して、ローザは扉に手をかけた。
 その時だ。

「そこで何をしている!」

 声。
 振り返れば、竜騎士が駆けてくるところだった。
 ウィーダスと同じように、薄暗い城内に溶け込むような漆黒の鎧をみにつけた竜騎士を見て、ローザがその名を叫ぶ。

「今度はカーライル!? いつになく勤勉ね」

 本人としては皮肉を言ったつもりはないが、誰が聞いても皮肉にしか聞こえない言葉をローザは口にする。
 カインの配下の者だけあって、カーライルは “竜騎士” としての自分に誇りをもっている。
 だから、竜騎士団長であるカインの命令とあればその威を存分に振るうが、逆にカインの命令がなければ積極的に動こうとはしない。

 先程のウィーダスは騒ぎを聞きつけたからやってきたのだろうが、カーライルは城内で騒ぎが起きたからといってわざわざ野次馬根性を見せるような事はしないはずだ。

 しかしローザの言葉に、カーライルはカインの真似のつもりか「フッ・・・」と冷たく笑う。

「カイン隊長が不在の今、万が一にも城を落とされるわけにはいきませんからね。以前のようなことが無いように、勝手に竜騎士団で見回りをしているのですよ」

 以前、というのはゴルベーザによって、いつの間にか王が偽物とすり替わっていたことを言っているのだろう。

 基本、城内の警備は近衛兵団の仕事である。
 手が足りない時などは、人数の多い陸兵団に協力を頼むことはあるが、他の軍団に頼むことはない。竜騎士団には特に、である。
 近衛兵団も竜騎士団も、その出身は貴族や騎士など身分の高い、いわゆるエリート達で構成されている。なので、基本的にこの二つは仲が悪く、セシルが王となる直前、エブラーナが攻めてきた時に、竜騎士団の協力を得るためにベイガンが土下座までしたのもそのためだ。

 付け加えると、以前の “赤い翼” も長であるセシル以外はそれなりに高い身分の出身で、竜騎士団と近衛兵団とは仲が良いとは言えなかった。
 特に竜騎士団とは、作戦行動を共にすることが多く、諍いのタネは尽きなかったが、長であるセシルとカインが親友同士だったために、体面上は連携を取れていた。

 逆に、陸兵団はほぼバロン市民や流れ者で構成されていて、暗黒騎士団や海兵団は陸兵団から異動するものが多かったため、先に挙げたエリート軍団からは低く見られていて、そのために一方的に反感を抱いていたりもする。

 ともあれ、カーライルが “勝手に” と言ったのは、裏を返せば “近衛兵などあてにならんから、協力もしていない” という意味だ。
 ちなみに先程ウィーダスが出てきたのは、別に城内の警備をしたわけではなく、単に騒ぎを聞きつけて現れただけだろう。

「それでこんな夜更けに何用ですか?」
「セシルに会いに来たのよ」
「陛下に? ・・・ならば明日の朝、出直してくればよいでしょう」
「ウィーダスと同じ事をいうのね」

 当たり前である。
 火急の用件ならばともかく、単に “会いたいから” などという理由だけで、城内に突入するなど、普通の人間ならそれだけで処刑されても文句は言えない。

「今すぐ会いたいのよ」
「そう言われましてもね・・・」

 カーライルとしては別にここで見逃しても構わなかった。
 さっきも言ったように、城内の警備は近衛兵の仕事だ。なのにここまで侵入者を通してしまったのは近衛兵のミスであり、その尻ぬぐいをしてやる義理はない。
 が、ここでローザを捕らえれば、近衛兵に貸しをひとつ作れる―――それに、万が一にでもローザがセシルに害を為さないとは限らない。もしもその場合、見逃してしまったカーライルにも責任がある。

「申し訳ありませんが、そこから先に進ませるわけには行きませんね」

 鎧と同じ、黒く塗られた槍をローザ達に向ける。
 と、ローザを庇うように、キャシーが鋼線を手にして立ちはだかった。

「お嬢様、ここは私が食い止めます。どうぞ先へ!」
「ええ、お願いね、キャシー!」

 ローザは頷くと、勢いよく扉を開いて廊下へと飛び込む。

「行かせません!」

 カーライルがその後を追いかけようと跳躍する―――が、その視界に鋼線の煌めきが、城内を照らすランプの灯りに反射するのが見えて動きを止めた。

「ちっ・・・かかりませんか・・・」
「今、首を狙ったでしょう!?」

 キャシーは舌打ち。
 今、なにをされようとしたのか理解して、カーライルは青ざめる。

「無論です。私の鋼線は、 “首” に巻き付けて締め付けることを目的とした武器ですので」

 ちなみにそれは手首や足首も含まれる。

「殺す気ですか!」
「・・・お嬢様の行く手を阻む者は、全て死滅してしまえば良い・・・」
「怖ッ!?」
「冗談です」

 さらり、とキャシーは呟いて、両手に握った鋼線を構える。

「死なないように加減はしますので―――と、宣言したからには間違えて殺してしまった時は事故ですよね?」
「同意できませんが」

 律儀に応えながら、カーライルはどうするかと攻めあぐねる。
 やるべき事は一つしかない。最大最速の跳躍力で一気に接近して、槍で打ち倒す―――ファレル家のメイドは元忍者と聞いた覚えがあるが、例え現役の忍者相手であろうと、槍をたたき込める自信はある。
 しかし侵入者とはいえ、相手は国王の婚約者の使用人だ。殺してしまうわけには行かない。だが、加減しつつ目に見えにくいほどの細い鋼線を回避して、キャシーを戦闘不能にするのは難題だった。

(こうしている間にも時間は過ぎていく・・・向こうは時間稼ぎ出来れば良いのだろうし、こっちが攻めなければどうしようもない―――)

 仕方ない、傷つくのを承知で仕掛けるしかないか―――と、カーライルが覚悟を決めた時だ。

「お二人とも、そこまでですぞ!」

 唐突に、ベイガンの声が場に響き渡った―――

 

 

******

 

 

 扉を開ける。
 細く長い廊下に飛び込む―――と、そこには二つの小さな人影と、一つの―――

「こんばんわ、ローザ―――半日ぶりだね」
「セシ・・・ル・・・!?」

 ばたん、と後ろで扉の閉まる音を聞きながら、ローザは石化した双子と一緒に待ち受けていた、国王の名前を呟く。

 やや戸惑いながら、ローザはセシルに歩み寄る。

「どうして―――まさか、私が来るって信じて・・・?」

 そう言えば思い当たることがあった。
 夜は上げているはずの跳ね橋は下がったままで、門も開いていた。
 謁見の間に続く扉を守るはずの兵士の姿もない。
 つまりそれは、ローザを来ると信じての事だったのだろうか。

 ―――が、セシルは否定するようにゆっくりと首を横に振る。

「 “来る” とは思っていなかったよ」
「え・・・?」

 セシルの言葉に、ローザは戸惑う。
 ならばどうして、と目で訴えると、セシルは苦笑しながら言葉を続けた。

「 “来て欲しい” と望んではいたけどね」
「セシル・・・」

 その言葉にローザは泣き出しそうになった。

(セシルは私をまだ望んでくれている―――嫌われたわけじゃなかった・・・!)

 何よりも不安に思っていたこと。
 それは、もうすでにセシルは自分を見限っているのではないかということだった。

 けれど変わらずに、自分のことを望んでくれているセシルに、ローザは涙を必死で堪えながらその場に跪く。

「お願い・・・します・・・!」

 顔を伏せて、震える声でセシルに願う。

「もう一度・・・もう一度だけ私にチャンスを下さい・・・!」

 それは願わなくとも、許してくれるだろうと解っていることだ。
 ―――けれど、そう言わずには居られなかった。

「顔を上げて」

 セシルの優しい声。
 思わず涙を堪えきれず、ローザは泣きだした。
 顔を上げれば、ぼやけた視界の先、ローザと同じように跪いたセシルの微笑みがあった。

「一度だけなんて言わない。何度でもやれるだけやればいい―――君なら・・・いや君だからこそ彼らを救えると信じているから」
「セシルぅっ!」

 もう耐えきれない。
 ローザは弾かれるようにセシルの首に飛びついて、抱きついた。
 彼女の身体をセシルは優しく受け止め、抱擁する。

「ごめんなさい、ごめんなさいセシル! 私、貴方の優しさも解らずに・・・!」
「僕の方こそごめん・・・またこうやって、君を泣かせてしまった。最低な男だよ」
「本当にそうですね」

 第三者の声。
 見れば、いつの間にかすぐ側にキャシーの姿があった。
 他にもカーライルにベイガン、それからディジーちゃんと戦っていたウィーダスもこの廊下に集まってきていた。

 さらに、騒ぎを聞きつけたのか―――

「これは一体何の騒ぎですかな!」

 と、テラとクノッサス、ミシディアの長老まで現れる。
 酒盛りでもしていたのか、テラとクノッサスの顔は赤ら顔で、酒臭い。

 セシルはローザを抱きながら、困ったようにベイガンの方を見る。

「ホントに大騒ぎだな。ベイガン、ちゃんと近衛兵達に説明はしてくれたのかい?」

 昼間、セシルはベイガンに、もしローザが来ても大丈夫なように、夜になっても跳ね橋を上げず、門も開けておくように頼んでおいた。

「は。門を開け、橋を降ろしたままで、もしも誰か陛下を訪ねて来たならば、私を呼ぶように言い含めていたのですが―――色々と想定外の事がありまして」

 まずはローザ達がディジーちゃんに乗って突撃してきたこと。
 あんな凶悪なチョコボに乗って現れたら、セシルへの客ではなく単なる敵襲としか思えない。
 ちなみにそのディジーちゃんは、ウィーダスに取り押さえられて、城のチョコ房に繋げられている。

 後はウィーダスやカーライルが出張ってきた事も原因の一つだ。事前に連絡を受けていた近衛兵達ならば、ローザの姿を見れば話は通じたかも知れないが、この二人には何も伝えていなかった。

「まあ、良いか。結果オーライってことで」

 お気楽に言うセシルに、よくねえ! とカーライルやウィーダスは思ったが、流石に直に国王陛下に突っ込めない。

「さて・・・結構、ギャラリーが集まったようだけど―――ローザ」

 セシルが名を呼ぶと、それまでセシルに抱きついていたローザは顔を上げる。
 涙は止まっていたが、目の端に残っていた雫をぬぐい取ってやりながら、セシルは彼女に言う。

「やれるね?」
「・・・ええ」

 頷く動作とその声は小さかったが。
 その響きには確かな強さが感じられた。

 

 

******

 

 

 ―――セシルの言葉に頷いた後、ローザはすぐに魔法を唱えようとはしなかった。
 数人のギャラリーに囲まれ、ローザは双子の石像を子細に眺めている。

「陛下、これはどういうことですかな?」

 少し離れてローザを見守るセシルに、酒気を漂わせながらクノッサスが問いかける。

「おや珍しい、お酒を呑んでいるのかい。導師」
「こう見えてもクノッサスは割と酒好きでしてな。若い頃はミシディアでいくつもの武勇伝を―――」
「ええい! 余計なことは言うな!」

 ぎろりとミシディアの長老を睨み、クノッサスは黙らせてから再度セシルに詰め寄る。

「テラや私ですら解けなかった石化を、何故ローザに任せようというのですか!」
「何故、ローザに任せようと思わないのかい?」

 セシルが皮肉げに聞き返す。
 クノッサスは即座に返答する。

「それは・・・ローザの技量が低いからで・・・」
「技量の問題ならば、貴方やテラよりも技量の低いはずの双子の魔法を、どうして君達が解けないんだ」
「それは・・・・・・」

 今度は即答出来なかった。
 確かにパロムとポロムは天才的な魔道士と呼べる。僅か5歳にしてあれだけの魔法を使えるのは、クノッサスが知る限り、双子と同じように神童と呼ばれ、賢者の称号まで得たテラくらいしか前例を知らない。
 だが、しかしまだ幼すぎる。成長すればクノッサスを、いやひょっとすると全盛期のテラをも越える魔道士になるだろうが、今はまだ幼い。合体魔法が使えるとはいえ、二人でようやく一人前と言ったところだ。

 それなのに、その術を解くことはできない。

「それだけ双子の想いが強かった―――と言う事じゃ。自らの命をかけるほどにな」

 クノッサスの代わりにテラが応える。
 その言葉に、セシルは頷いた。

「そう。あの子達は僕を助けようと必死の想いで魔法を使った。だからクノッサス導師ほどの力をもってしても、その “想い” を解くことは出来ない」

 けれど、とセシルは双子の様子を見つめているローザに視線を送りながら続ける。

「 “想い” の強さでは、ローザ=ファレルは誰にも負けない」
「あ・・・」

 セシルの言葉に、ようやくクノッサスはセシルの真意に気がついた。

 そう、クノッサスは確かに知っていた。ローザの “想い” の深さを。
 魔道士としての素養がなかったというのに、セシルのためだけに必死で修行を繰り返し、ついには曲がりなりにも魔法を使えるようになって、白魔道士団に入ることができた。
 クノッサスがローザと出会ったのは彼女が白魔道士団に入ってからだ。だから、彼女がどのような修行をして白魔法を会得したのかは知らない。だが、元々魔道の素養がなかったなどと、最初クノッサスは信じることが出来なかった。それほどまでにローザが為したことは “ありえない” ことであったのだ。
 その “ありえない” ことを為せたのは、ひとえにローザのセシルへの “想い” の為だろう。

 だからこそセシルはローザが双子を救うべきだと思ったのだ。
 ローザ=ファレルのセシルへの “想い” は、決して双子に負けていないと。それを証明させるために。

「・・・テラが言っていたのはこのことか・・・!」

 クノッサスはテラを振り返る。
 するとテラは彼は苦渋に満ちた表情で頷いた。

「私はアンナを失い、復讐心から力を求め、メテオを得ることができた―――」

 復讐というマイナス方向の感情だが、それも強い “想い” ということには変わりない。

「だからこそ解る。あの頃の私は、ゴルベーザを己の手で倒すことしか考えていなかった―――もしも他の者にゴルベーザを倒されたとしたら、悔やんでも悔やみきれなかっただろう」
「テラ・・・」
「まあ・・・今は少し違うがな」

 と、テラは苦笑。
 まだゴルベーザへの復讐心が完全に消え去ったわけではない。
 が、復讐に固執する想いは消え去っていた。今は仲間と共に、ゴルベーザを打倒することを望んでいる。

「私と想いの方向性は違うが彼女も同じだろう―――セシルのために力を得て、しかし同じセシルのために犠牲になった双子を救えぬのならば、なんのための力なのかと」
「情けない・・・!」

 テラの言葉を聞き終え、クノッサスは拳を握りしめて強く呻いた。

「日頃から、魔法に必要なのは技量よりも想いだと言っておきながら、私自身なにも解っていなかった・・・!」
「そう責めないで下さい。僕だって貴方がローザに双子を救えと言ったからこそ、そう考えたのだから」

 思えば天啓だったのかも知れない。
 あの時、セシルがローザを連れて双子の元へ向かったのは、双子に彼女を会わせたかったからだ。
 それはパロムとポロムもローザに似た強く一途で純粋な “想い” を持っていたからだ。だからなんとなく会わせてみたいと思った。ただそれだけだった。

 その途中でクノッサス達に遭遇し、あのような展開になったのはまさに天啓としか言い様がない。

(・・・あれ?)

 そこで不意にセシルは疑問を感じた。
 そう言えば、何故あそこにクノッサスたちが居たのだろう? いや城に常駐しているクノッサスが居るのはおかしくない。テラだって、デビルロードの関係でシドに相談しに城を訪れることはある。だが、ミシディアの長老が居る理由が解らない。

(そう言えば、なにか言いかけていなかったか―――?)

 そんなことを思い出して、セシルはミシディアの長老に声をかける。

「あの―――」
「む、始まるようですぞ!」

 長老の声に、セシルは振り返る。
 と、パロムとポロムの真ん中にローザが立って、瞳を閉じているのが見えた。

(・・・まあ、後で聞けばいいか)

 そう考えて、セシルはローザの姿を見守った―――

 

 

******

 

 

 ローザは双子の石像の間に立ち、瞳を閉じる。
 まだ魔法の詠唱はしない。
 普通にやって、クノッサスやテラが解けなかった石化を、ローザの魔法で解けるはずがない。

 だからローザは力尽くで魔法を解くのではなく、精神を―――

(私には・・・解る。この双子がどんな “想い” で自分たちを犠牲にしてまで魔法を使ったのか―――私にだけは解る・・・!)

 ―――精神を “同調” させる。

 ローザは瞳を閉じたまま、ゆっくりと腕を開いてそれぞれの手を左右にある双子へと伸ばす。
 双子の距離は、ローザが精一杯手を伸ばして触れるか触れないか―――その爪先がかすかに双子の後頭部にかすったその時。

(あ・・・・・・!)

 ローザの精神に、二つの心が流れ込んできた。

 

(守らなきゃ・・・!)

(守らなきゃ・・・!)

 

 それは二つにして一つの想い。

 

(あんちゃんを・・・!)

(セシルさんを・・・!)

 

  “セシル=ハーヴィを守る” 。
 それだけを強く強く、強く念じられた “想い” だ。

 

(守らなきゃ・・・!)

(守らなきゃ・・・!)

 

 ただ一つの願いを何重にも強固に束ねた一途な想い。
 想い――― “意志” を “石” とする言霊であるかのように、それは数ヶ月経った今も変わらず、緩まず、ほどけずにいる。

 この想いを力業で解くことなど出来はしない。
 そんなことはローザに分かり切っている。何故なら―――

(この子たちは私)

 さっきまで石化した双子の様子を、子細に確認していたローザにはハッキリ解る。
 石になるなんて、本当はとっても辛いことのはずだ。なのに双子の表情には苦痛はなかった。
 あるのは断固たる強い意志。石となってもなおその瞳には力が宿り、その想いの強さを伺わせる。

 そしてそれは、ローザが幼い頃に毎日見ていたものだ。
 毎日、毎朝、身だしなみを整えるために、姿見を覗きこんだときの自分の表情。

 たった一つだけの想い。
 良く言えば純心、悪く言えば愚直。
 セシル=ハーヴィを愛することしか考えてなかった頃の自分自身であり―――おそらく、今のローザからは失われてしまったもの。

 そんな強さを秘めた想いを力で解くことはできないなんて、ローザ自身が誰よりも解っている。

 しかしだからこそ、その “想い” をどうすればほどけるか彼女には解っていた。

(それはとっても簡単な事―――)

  “想い” を “想い” で無くすには。
  “願い” を “願い” で無くすには。
 本人がそれを諦めるか、もしくは―――

 

(守らなきゃ・・・!)

(守らなきゃ・・・!)

(大丈夫・・・!)

 

 双子の “想い” に重ねるように、ローザも自分の “想い” を重ねる。

 

(あんちゃんを・・・!)

(セシルさんを・・・!)

(もう、大丈夫だから・・・!)

 

 しかしローザの “想い” よりも双子の “想い” の方がなお強い。
 それでも彼女は双子に伝え続ける。

 

(守らなきゃ・・・!)

(守らなきゃ・・・!)

(貴方達の “想い” で・・・!)

 

 双子の想いが。
 双子の願いが。

 

(あんちゃんを・・・!)

(セシルさんを・・・!)

(セシルはちゃんと無事に守られたから・・・!)

 

 すでに。

 

(守らなきゃ・・・)

(守らなきゃ・・・)

(貴方達の “願い” は叶ったから―――)

 

 叶えられているのだと―――。

 

(あんちゃん―――)

(セシルさん―――)

 

 不意に、双子の強固な “想い” が緩んだのをローザは感じ取った。
 自分の “想い” が双子に届いたのだと感じ、彼女は最後に心の底からの “想い” を伝える。

(セシルを・・・私に大切な人を守ってくれて、ありがとう・・・・・・!)

 その “想い” を伝えた瞬間、目に見えていないのに、双子の表情がそれぞれ微笑みを浮かべたような、そんな気がした―――

“純粋なりし子ら―――”

 自然と、ローザの口から魔法の詠唱がもれる。

“その頑なな意志により呪縛されしその身を解き、今ひとたび時の流れを取り戻さん―――”

 ふっ―――と、ローザの閉じていた瞳が開く。
 魔力と想いを込め、魔法を発動させるための言葉を放つ!

「『エスナ』!」

 ローザの両手から柔らかい光が放たれ、それは石化した双子を包み込む。
 春の暖かな陽光のような光だ。
 その光にほぐされるようにして、硬質的だった双子の肌や来ている衣服が柔らかさを取り戻す。

「お・・・おお・・・ポロム、パロム・・・」
「石化が・・・解ける・・・!」

 その様子に、ミシディアの長老が感極まったように肩を振るわせ、テラと一緒に前に出た。
 長老がゆっくりとパロムの元へと歩み寄り、テラがポロムの元へと向かう。
 二人がそれぞれ双子へと手を伸ばすのに合わせるようにして、ただ一色の石の色をしていた双子の身体に本来の “色” が取り戻されていく。

 長老とテラが双子に触れた瞬間、光は消え去り、長老達の手には確かに柔らかな子供達の感触が感じられた。
 途端、双子の身体が同時にぐらりと揺れ、そのまま倒れようとする―――のをテラ達が抱き止めた。

「完全に石化が解けて―――む?」
「こ、これは・・・!」

 テラと長老が双子の表情を見て、唖然とした様子を見せた。

「どうした!?」

 何事かとクノッサスやセシル達が駆け寄る―――と。

「なんという表情をしておるのか・・・」

 テラが苦笑いを漏らす。

 双子達は瞳を閉じて、眠っていた。
 その表情は年相応の幼さを見せながら何処か誇らしげで、とても満足した笑みを浮かべていた―――

 


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