第22章「バブイルの塔、再び」
U.「決着の一撃」
main character:セリス=シェール
location:バブイルの塔
「xbsfib,pqbqow,zduhudjd,odoikdwmxs,sfwz,sutumg,hyhdhylyb,swbwew.」
リディアはブリットに支えて貰いながら、なんとか立っているという状態で呪文を唱えている。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
不安そうにジュエルが問いかける。
魔道士ではないが、魔道士と同じく魔力―――念気を使うジュエルには、リディアがどれだけの魔力を呪文に注ぎ込んでいるかが解る。すでに一度の召喚魔法で、リディアは力尽きたはずだった。
座り込んで休んでいたとはいえ、そう簡単に魔力が回復するはずもない。「騒がないで。集中が乱れるから」
そう言ったのはリディアではなくセリスだった。
彼女は醜く焼けただれた左手をさすりながら呟く。左手の火傷は、回復魔法ですでに痛みはひいている―――だが、火傷の後は少なからず残りそうだった。「もうリディアに魔力は殆ど残されていない。気力だけで、召喚魔法を成功させようとしている・・・」
セリスはちらりとエニシェルの方を見る。
(おそらく、セシルはこの展開を予測していた)
一度はリディアの召喚魔法に撃退されたルビカンテが待ち受けていると時点で、敵がなんらかの対策を講じているのは分かり切ったことだった。
ロックの言うとおり、召喚魔法を使わないという手もあっただろう。
だが、セシルはあえてそれを使わせた。それにより、早々にルビカンテの “切り札” を暴くことができた。それさえ解ればあとはバッツがなんとかする。
バッツがなんとかすれば、リディアの召喚魔法も通用する―――セシルが信じていたのは・・・・・・「・・・切り開く力、か」
エニシェルがぽつりと呟いた。
ここに来て、ようやくエニシェルはバッツを同行させたセシルの考えが理解出来た。
バッツ=クラウザーの剣は旅人の剣。道無き道をも切り開くための剣だ。確かに “敵を殺せない” バッツは今までに大した戦果を挙げてはいない。
だが、今までバッツが道を切り開いてきたことも事実だ。
バロンでも、前回のバブイルの塔でも―――そして今回も。
バッツが居なければ、レオやセフィロスを突破することはできなかっただろうし、今もルビカンテに全滅させられていたかもしれない。「lbcfhb,mwfcmg,wrprql,srenm,dtwtptgnbt,cgqgzoga,opou,swbwew.」
やがてリディアの呪文が完結する!
ゲートオープン
異界への見えざる扉が開き、こことは違う世界と “繋がる” 。
界と界を繋げただけでも、すでにリディアの魔力はほぼ底をついていた。
しかし、滝のような汗を流し、歯を食いしばり、それでも気力をもってリディアはルビカンテを睨んで、再び氷河の女王を召喚しようと口を開く
だが、その瞬間。「させんッ!」
ルビカンテが吼えた。
自分への癒しを中断して、リディアの元へ炎の力を集束させる!
火燕流
「リディアアアアアアアッ!?」
炎の柱の中にリディアの姿が消えるのを見て、エッジは絶叫した。
だが、それとは反対に、バッツはにやりと笑う。「ちょっとばかし遅かったな」
「なに・・・!?」バッツの言葉に、ルビカンテはリディアを包んだ炎を見つめる。
その途端に炎が弾け、その中からリディアの姿があった。そのリディアの背後から、氷の幻獣シヴァが抱きすくめている。「ごめんね、何度も呼びだして・・・」
あごを上げ、炎から身を守ってくれた氷の幻獣を振り仰ぐ。
シヴァはリディアよりも背が高い。彼女は “きにしないで” とでも言いたそうに、優しい表情で首を横に振ると、一転して厳しい視線でルビカンテを睨む。そして、以前と同じようにすらりとした細く美しい腕を標的―――ルビカンテへと向けた。
ダイアモンドダスト
シヴァの手から生まれた吹雪がルビカンテを襲う!
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
マントはバッツの斬鉄剣で断ち切られた。
氷のつぶてがルビカンテを覆いつくす―――のを、全身から炎を吹き上げて、全力で対抗する。「くっ・・・」
幻獣の氷が、魔人の炎と拮抗するのを見つめ、リディアが苦しそうに声を漏らした。
何度も述べるが、リディアはすでに限界を超えてしまっている。
幻獣界から召喚した幻獣を、こちらへ止めておくのもあと僅かしかない。「ぐ・・・おおお・・・・・・っ」
その一方で、ルビカンテもまたかなり際どい状況だった。
バッツの斬鉄剣によって断ち切られた胴は、まだ完全には癒えていない。不死身に近い肉体でも、胴を両断されて平気なわけがない。胴を斬られても平気なのは、ルビカンテの身に秘める膨大な炎のエネルギーが、生命維持に回されるためだ。早い話、肉体を切断―――並の人間ならば確実に死んでいるような状態になれば、ルビカンテは外に向かって力を使うことが出来ない。
癒しの炎によって薄皮一枚で繋がっている状態だ。このまま無理をして胴が千切れれば、幻獣の氷に対抗する力を失い、そのまま氷漬けになるだろう。(いかん・・・身体が持たぬ・・・!)
ぶちぶちっ、と繋げた身体が千切れる音をルビカンテは聞いたような気がした。
自身が崩壊する音を聞きながら、しかしルビカンテは絶叫した。「終わらん! ゴルベーザ様のために、ここで諦めるわけにはいかんのだッ!」
「!?」ルビカンテは気を吐きながら、自分の身体を守っていた炎を消す。
圧倒的な冷気がルビカンテを包み込む―――が、ルビカンテが凍り付く直前、必殺の一撃をリディアに向けて叩き込んだ!
火燕流
炎の渦がリディアを包む!
ルビカンテの放った轟炎を、シヴァがリディアを守り、炎をかき消した。
しかし―――「ぎりぎり・・・だったな」
全身を包む氷を炎で溶かしながらルビカンテが呟く。
シヴァの放った吹雪は止んでいた。
いかな幻獣でも、攻撃と防御を同時にはできないようだった。
ルビカンテに向かって、シヴァは再び吹雪を放とうとする―――が、その傍らでリディアがその場に倒れ込んだ。「リディア、ブリット!」
ロックが駆け寄る。
リディアは力を使い果たしたのか、完全に気を失っており、彼女を支えていたブリットが下敷きになって倒れていた。リディアよりも背の低いとはいえ、並のゴブリンではないブリットは、人間一人くらいは支えられるはずだが、どうやら突然倒れられたためにバランスを失い、一緒に転倒してしまったようだ。「大丈夫か・・・?」
「なんとか―――ヤツは!?」リディアが力を失うと同時、シヴァの姿も消えていた。
ルビカンテは再び癒しの炎で、自分の身体を癒していく。
癒しながら、勝利を確信した様子で呟いた。「これでお前達に打つ手はなくなった」
リディアは戦闘不能。
エッジは火薬を念気を使い切っている。
バッツも火傷のダメージと、斬鉄剣を使った疲労が激しい。
ロックとジュエル、それにブリットにはルビカンテに対抗する術を持っていない。残るは―――
「そろそろ終わりにしよう―――」
「それは同感ね」
魔封剣
不意に、場に満ちていたエネルギーが集束していく。
それは場に拡散したルビカンテの炎の熱であったり、エッジの念気の欠片であったり、幻獣の魔力の残りカスであるものだ。一つ一つでは、無意味な力だが、塵も積もれば山となるように、一点に集束すれば膨大な力となる。
その集束する先は―――「セリス!?」
ロックが声を上げる。
いつの間にか、セリスがロック達の前に出て、剣をルビカンテに向けていた。先程砕けたミスリルソードではない。闇よりも暗い色をした、漆黒の暗黒剣―――「デスブリンガーだと!?」
驚愕した声で叫んだのは、何故かルビカンテだった。
どうやらデスブリンガーの事を知っているらしい。「何故それを貴様が持っている!」
「貸してもらったッ!」セリスの金髪が、墨を零したかのように染み渡るように黒く染まっていく。
(これが・・・最強の暗黒剣・・・!)
剣を通じ、全身に凍えるような寒気が走ると同時、圧倒的な力を歓喜として感じる。
以前、セシルの放ったダークフォースを魔封剣で受けとめ、跳ね返したことがあるが、直に触れるデスブリンガーのダークフォースは、あの時の比ではなかった。ともすれば、闇に心が呑み込まれる――――――気をしっかり持てッ!
心にエニシェルの叱咤が響く。
闇に墜ちかけていた意識が、我に返る。(大丈夫・・・行けるッ!)
集束した “力” をセリスは冷気魔法へと変換。
初めてセシルと出会った時のように、冷気とダークフォースを混合させて解き放つ!
デスブリンガー
それは氷の幻獣が放ったような吹雪ではない。
闇色に染まった黒い氷の刃が、無数にルビカンテへと殺到する!「「どわあああああああああっ!」」
丁度その直線上に居たエッジとバッツは、慌てて横へと飛び退く。
しかし身体を癒している最中のルビカンテはすぐには動けない。氷の刃をまともにその身に受ける。
今度は、炎で対抗する間もなく、刃が何本もその身体に食い込み、しかも纏う炎でも溶けることはなく、ルビカンテの身体を後方へと押し流す。「ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
悲鳴をあげ、ルビカンテは彼が登場した扉へと激突。
古代の叡智で作り上げられた扉は頑強で、ルビカンテが激突したくらいではびくともしなかった。
が、その後に続く無数の氷刃が、ルビカンテに当たらなかった分が扉に突き刺さって行き、やがてヒビが入り、ついには打ち砕く。扉がぶち破られ、ルビカンテの身体は奥の部屋へと吹っ飛んでいった―――
******
「す・・・げえ・・・・・・」
ロックは、吹っ飛んでいったルビカンテを見送る。
デスブリンガーの威力を見たのはこれが初めてではない。
バロンで、あのカイナッツォとかいう偽物のバロン王と戦った時も、セシルはデスブリンガーから凄まじい力を放ち、カイナッツォの身体を “消滅” させている。しばらくロックは呆然としていたが、やがてハッとなってセリスを振り返る。
「セリス! 暗黒剣なんか使って大丈夫か!?」
本来、暗黒剣は修行を積んだ暗黒騎士にしか使えない。
素養の無い者が暗黒剣を使えば、ダークフォースに精神を乗っ取られ、暴走してしまう。
最強たる暗黒剣、デスブリンガーならば尚更だ。「うああああああああっ!」
ロックが振り向くと、黒髪のセリスが雄叫びを上げて、デスブリンガーを床に叩き付けるところだった。
最強の暗黒剣は、床で1回バウンドすると、音もなく掻き消え、それと入れ替わるように黒尽くめの少女が姿を現わす。
同時、セリスの髪の毛の色が元に戻り、脂汗を浮かべながら、がくりと膝を着いた。「ええい、いきなり床に叩き付けるな。もうちょっと丁重に扱わんかい!」
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・・・・」エニシェルが文句を言うが、セリスには答える余力はなかった。
それほどまでにデスブリンガーに秘める闇の力は深く、濃密であり、一歩間違えればセリスの精神はダークフォースに侵されていただろう。セリスは以前にもセシル操るダークフォースに何度か触れた事がある。
それでダークフォースに少し耐性ができていたようだ。それがなければ、魔導の力を操る彼女といえど、闇に取り込まれていたに違いない。「セリス・・・」
心配そうにロックがセリスの肩に手をかける。
と、セリスはロックの姿を見た瞬間、脳裏にあるイメージが浮かんだ。「いやっ!」
悲鳴をあげ、セリスはロックの手を振り払った。
青ざめた表情でロックを見つめ―――すぐに我に返った。「あ・・・ごめん、なさい・・・・・・」
「い、いや別にいいんだけどさ。い、いきなり触った俺も悪いし・・・」謝るセリスに、ロックがぎこちなく笑みを浮かべる。
内心、かなりショックを受けているらしい。「ごめん、なさい・・・」
セリスはもう一度謝って、ロックから視線を外す。
―――セリスの脳裏に浮かんだのは、ロックが斬り捨てられるイメージだった。
それもただのイメージではなく、実際の記憶であるかのように鮮明で、しかも斬り殺したのはセリス自身だ。それは “無為の絶望” の二つ名をデスブリンガーを使った後遺症だったのだろう。
しかし、そうと解っていても、セリスはロックを直視することはできなかった。
ロックもそんなセリスに対して、どうして良いか解らずに硬直している。エニシェルはやれやれとそんな様子を眺めていたが、やがて口を開いた。
「こんなところでぼーっとしていて良いのか?」
「あ。そうだな、そう言う場合じゃないよな!」取り繕うようにロックが慌てて言うが、エニシェルは首を横に振った。
「というか、バッツ達はさっさと先に行ってしまったが」
「なにいいいいっ!?」驚いて辺りを見回せば、バッツとエッジ、それにジュエルの姿が無かった。
どうやら隣の部屋へ叩き込まれたルビカンテを追っていったらしい。「勝手に先に行くなよ―――ええと」
この場に残っているのはロックとセリス、エニシェルの他には倒れているリディアと、それに寄り添っているブリットだけである。
「ブリット、セリスのことは任せて良いか? 俺がリディアを背負っていくから」
「わかった」ブリットは頷くと、座り込んでいるセリスに近寄ると、「立てるか?」と尋ねる。
「え、ええ・・・」
セリスは頷いて、ブリットに支えられながら立ち上がる。
それを見ながら、ロックはまだ意識を失ったままのリディアを背負った―――
******
「・・・仲間の仇、覚悟して貰うわよ!」
「くっ・・・・・・」今まで戦っていた部屋の、隣の部屋だ。
吹っ飛ばされたルビカンテを追いかけてきたジュエル達を見て、ルビカンテは苦しそうに呻き声を上げる。
セリスの放ったダークフォースを耐えきれなかったらしく、上半身と下半身が泣き別れになっている。こうなってしまえば、さしものルビカンテも無力であった。「身体が二つになっても生きているのは驚きだけど、頭を潰せば流石に死ぬでしょう」
「おい、とどめを刺すことはないだろ」忍者刀を手にしたジュエルに、バッツが口を挟む。
ジュエルは、いきなり何を言い出すのか、とでも言いたげにバッツを睨んだ。「ぶった切られて可哀想だから許せって言うの!? 冗談じゃないわ!」
「だけどなあ・・・・・・」ジュエルの気持ちは解る。
仲間達を次々に殺され、夫もあんな最後を迎えた。
怒りを抑えろと言う方が無理だろう。しかしバッツは、何故かルビカンテを守らなければならない衝動にかられる。
自分でもどうしてかは解らない。単に誰かが死ぬところを見たくない、というだけではない。何故か殺してはいけないような気がするのだ。(なんだろ、これ。前にもこういうのあったな・・・)
ファブールでバルバリシアを前にした時もそうだった。
自分でも良く解らない感情を胸に、バッツはエクスカリバーを握る手に力を込める。
それにエッジが気づいた。「おい、まさかあいつを守ろうっていうんじゃないだろうな」
「・・・・・・」
「だとしたら、こっちだっててめえは敵だ。容赦はしねえ!」エッジも一個だけ残った手裏剣を構える。
バッツの強さは知っているが、さっきまでの戦闘でエッジ共々ボロボロだ。対してジュエルは全くの無傷。バッツの隙をついてルビカンテにとどめを刺すくらいは簡単にできそうだった。「って、なにやってんだ、お前ら」
そこへリディアを背負ったロックが登場する。
一触即発の状況に、ロックはわけがわからずに困惑する。少し遅れ、ブリットに支えられて身体を引き摺るようにしながらセリスもやってきた。
「ここは・・・クリスタルルームか・・・?」
そう。
セリスの言うとおり、部屋の中には八つの台座があり、その中の七つにクリスタルが修められていた。
もちろん、ゴルベーザがダムシアンなどから奪ったクリスタルだ。「こいつを手に入れれば、とりあえず目標達成だろ? なに揉めてるんだよ」
「俺達の目的は違う!」エッジがルビカンテを睨み、怒鳴る。
「コイツをブッ殺して仲間の仇を討つことだ。なのに、こいつが・・・」
と、エッジがバッツを指さした瞬間。
「―――カカカカカ・・・追いつめられているようだな、ルビカンテ」
笑い声と共に、青い人の形をした何者かが、奥にある台座の影から現れる。
「なんだあいつ・・・気味悪ぃ・・・」
うげえ、とエッジがその姿を見て率直な感想を口にする。
「気味悪いとは失礼なヤツだな。ここまで案内してやったというのに」
「案内・・・? じゃあお前、あの時の―――」
「カイナッツォか・・・済まない、ミスをした」苦しそうに呻くルビカンテに、カイナッツォは愉快そうに笑う。
「クカカカカ・・・・・・お前のそう言う姿を見るのは珍しい―――まあ、安心しろ。後は俺が片付けてやる」
「ちっ、やる気かよ!」エッジが手裏剣を構えつつ、横目でバッツを睨む。
「てめえはどっちだ?」
「味方に決まってるだろ」
「どうだかよっ!」
「カカカカカ・・・仲間割れか?」カイナッツォの笑い声が勘に障り、エッジが叫ぶ。
「うるせえ! テメエには関係ねえ! いますぐブッ倒してやるから覚悟しやがれ」
「カカ・・・貴様らと戦うつもりはない」
「なんだと―――」と、エッジが一歩前に出た瞬間。
それを事前に察知出来たのはロック一人だった。
だがそれも、遅すぎる。「やべえ、逃げ―――」
ろ、というロックの言葉の前に。
エッジたちの足下の床が消失した―――