第22章「バブイルの塔、再び」
T.「旅人の剣」
main character:バッツ=クラウザー
location:バブイルの塔
バッツ達がルビカンテと対峙していた頃―――
カインはバルバリシアを追撃していた。
跳躍を繰り返し、バルバリシアに向かって槍を突き出す。
しかしその度に、風の魔人はカインの届かない高みにまで飛び上がり、攻撃を回避する。「ちょこまかとッ!」
「ほほほほっ、悔しかったら飛んでごらんなさいな」カインが歯ぎしりしていると、挑発するかのようにバルバリシアはゆっくりと槍の届く場所まで降りてくる。
そして再びカインはバルバリシアに向かって跳躍し―――と、この繰り返しだ。「・・・・・・チッ」
何十回目かの攻防の後、カインは息を切らして槍を突いてもたれかかる。
連続で何十回も跳躍していれば、幾らなんでも体力が尽きるというものだ。「お疲れのようねぇ?」
愉快そうにバルバリシアは降りてくる。
こちらはまだ余力があるようだった。「・・・・・・」
自分の槍が届く高さまで敵が降りてきても、カインは動こうとはしなかった。
そんなカインを、バルバリシアはさらに愉快そうに見つめる。「躍起になって私を追いかけた挙句、力尽きるなんて・・・これが本当に、最強と呼ばれた竜騎士かしら?」
「・・・・・・」
「こんなことなら、わざわざ囮になる必要もなかったわね」
「囮、だと?」カインが呟くと、バルバリシアはわざとらしく「あら!」と驚いて見せた。
「そんなことにも気づいていなかったの!?」
「・・・・・・」
「自身の熱を操る貴方はルビカンテの天敵―――というのは言い過ぎにしても、厄介な相手には違いないわ。だから私が貴方をおびき寄せ、他の連中はルビカンテが焼却する・・・そういう作戦だったのだけど」彼女は小馬鹿にしたように肩を竦め、
「私が一度敗れたのも、あれは飛竜が居たからこそというわけね。どうやら貴方という人間を過大評価していたみたい」
「・・・・・・」
「でも安心して? 一度はゴルベーザ様に忠誠を誓ったよしみで、なるべく苦しまないように殺してあげるから―――」言うなり、バルバリシアの髪が生き物のようにうねり、凄まじい勢いで伸びる。
金色の美しい髪は、カインに向かって伸びて、その四肢を絡め取った。「クッ―――」
「さようなら、カイン=ハイウィンド―――」バルバリシアがカインの四肢を千切ろうと、髪の毛に力を込めようとした時だ。
カインの違和感に気づいて、彼女は動きを止める。「カイン・・・?」
「―――クッ、クッ、クッ、クッ・・・・・・」カインは笑っていた。
バルバリシアの髪の毛に四肢を封じられ、もはや死に体だというのに笑っていた。「気でも触れたの?」
「クックック・・・いいや、俺は正気だ。単に可笑しくて笑っているだけなのだからな!」
「!?」
竜剣
カインの身体から青い闘気が迸る!
それは、カインの身体を絡め取った髪を介して、その持ち主へと伝わっていく。「しまった・・・っ!?」
青い闘気―――竜気がバルバリシアを包んだ瞬間、震えるような寒気と脱力感が彼女を襲う。
「こ、このっ・・・!」
さっきまでの余裕を無くし、バルバリシアは焦った様子で髪の毛に力を込める。
普段ならば鉄塊程度なら切り裂けるはずだが、竜剣で力を奪われたせいか、力が入らない。「ち、力が抜ける・・・・・・」
「ハハハッ! さっきまでの余裕はどうした?」
「ちょ、調子にのってッ!」バルバリシアは力を振り絞り、風の刃を生み出すと、それを自分の髪の毛に向かって放つ。
カインと繋がっていた髪の毛を切り離し、バルバリシアは竜気を振り払う。がくがくがく、と竜剣によって熱が奪われたせいで、震える身体を抑えるように抱きしめて、カインを睨付ける。
カインはバルバリシアが切り離した髪の毛を、ほどいて振り払っていた。と、バルバリシアの視線に気づいて、彼は冷笑を向けた。「礼を言うぞバルバリシア。お陰で体力を回復出来た」
「こ、この・・・・・・」
「礼代わりに一つ良いことを教えてやろう。残念だが、お前達の作戦とやらは失敗だ」
「どういう意味!?」
「俺一人を引き付けるだけでは足りないということだ」そのカインの言葉に、バルバリシアは若干余裕を取り戻したらしく、笑みを浮かべる。
「あのリディアって召喚士のことを言っているの? 確かに幻獣の力は脅威だけど、今のルビカンテには通用しない―――」
「それが?」
「それが・・・って、ハッタリだと思っているの?」
「さあな。それがハッタリだろうと本当だろうと関係ない。俺が言っているのは―――」にやり、とカインは笑う。
「―――バッツ=クラウザー。あいつが居るならば、ルビカンテだろうとなんだろうと、どうにかするだろうさ」
「バッツって・・・・・・そりゃ確かに強さは認める。けれど、敵を殺せないような甘い男が、幻獣よりも脅威になると・・・?」それこそハッタリではないのかと言いたげに、バルバリシアが反論する。
だが、カインはいちいち議論に付き合うつもりはなかった。「なんにせよ、あっちはあっちで勝手にやるだろう―――俺の知ったことではない」
槍を構え、その切っ先をバルバリシアへと向ける。
「さて―――第二ラウンドと行くか・・・!」
******
エッジが手裏剣で牽制し、その隙にバッツがルビカンテの懐に飛び込んで攻撃を仕掛ける。
エブラーナの浜辺で戦った時のように、火炎の術を仕込んだエッジの手裏剣は、ルビカンテの炎に燃え尽きることなく、その身体を傷つけていく。
以前と違うのは、傷ついた先からその傷が塞がっていくと言うことだ。どうやらさっきエッジを癒したのと同じ、回復の炎で傷を癒しているようだった。しかし、いくら炎を操るルビカンテといえど、攻撃と回復を同時にはできないようで、ルビカンテが回復している隙を狙ってバッツが懐に飛び込む―――が、流石に懐へ飛び込まれればルビカンテも回復を中断し、バッツに火燕流で反撃する。
最初の時と同じように、相打ち覚悟で仕掛ければルビカンテにダメージを与えられるだろうが、あまりにもバッツにとって分が悪すぎる。結果、バッツは後退せざるをえない。「エッジ、もうちょっとダメージ与えられないのかよ!?」
「これで精一杯だっつーの! てゆーか、ちょこちょこ回復しやがって。なんで今回そんなにセコいんだよ!」回復するのがセコいかどうかはさておいて、ルビカンテの戦法が以前と違うのは確かだった。
エッジの言うように回復優先で、しかもルビカンテからはあまり攻撃してこない。バッツが攻撃を仕掛けてきた時だけ、カウンターで火燕流を放つ程度だ。
ホブス山や、エブラーナの浜辺での時は、もっと積極的に攻撃を仕掛け、回復よりも攻撃を優先させていた。「ここで敗れてクリスタルを奪われるわけにはいかんのでな」
「ハッ、だからビビって慎重になってるってわけか!」
「なんとでも言うがいい」エッジの挑発にもルビカンテは動じない。
(ちっ。こんな挑発なんか、通用しないとは思っていたが―――どうする? リディア達は戦闘不能。バッツは炎で近づけない。俺の手裏剣だけがダメージを与えられるが、手裏剣も火薬も残り少ねえ。こうもチマチマ回復されたんじゃ、完全に八方塞がり―――)
「エッジ! 逃げろッ!」
不意にバッツが叫ぶ。
考え込んでいたエッジが我に返り、なんだ? とバッツの方へ視線を向けた時にはすでに、その足下に炎が渦巻いていた。
火燕流
逃げる間もなくエッジの身体が炎に包まれる。
それを眺め、ルビカンテは淡々と呟いた。「言うまでもないが、攻撃しないとは言っていない」
「エッジーーーーーっ!」バッツが叫ぶ、が直後。
微塵隠れ
噴き上がった炎の柱が爆発する。
その爆発と共に、炎の中からあちこち焼け焦げたエッジが飛び出してきた。「あぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃっ! 不意打ちってのは卑怯だろ!?」
「隙を見せる方が悪い―――さて、そろそろ打つ手無しか? 火薬の残りも少ないだろう」
「ぐ・・・っ」図星だった。
今の微塵隠れで、残っていた火薬を殆ど使ってしまった。
もうエッジにも攻撃手段は残されていない。(くそったれ、ここまでか―――)
「おい、エッジ。お前、あいつの炎を防げるのかよ?」
絶望的だと諦めかけたエッジにバッツが尋ねる。
しかしエッジは悔しそうに首を横に振った。「完全に防げるわけじゃねえよ。ある程度なら耐えられるってだけだ―――せいぜい頑張って数十秒・・・」
「そんだけあれば十分だ」
「十分って、何を―――」問い返した瞬間、バッツはエッジの首をラリアート。そのままの勢いでその場から飛び退く。
「ぐえっ!? なにしやが―――」
火燕流
バッツとエッジが立っていた場所へ、炎の柱が噴き上がる。
下手すれば自分らを焼き殺していたかも知れない炎を見て、エッジは愕然とする。
そんなエッジの肩を、ポン、と叩いてバッツは朗らかに居た。「ていうわけで、頼んだぜ」
「頼んだ、って何をだよ!?」
「―――その剣は疾風の剣」エッジの問いには答えず、バッツはルビカンテの方へと向いて呟く。
雰囲気が一変し、静かな気迫を感じるバッツに、エッジは言葉を失った。「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く―――」
「させんっ!」ルビカンテが腕を振り上げ、それと同時にバッツとエッジの足下から炎が噴き上がる!
火燕流
さっきまでならば、バッツは炎が噴き上がる前に回避していた。
しかし、今は全く逃げようともせずに、斬鉄剣に集中している。「バ、バッカ野郎ッ!?」
悲鳴とも罵倒ともつかない叫びを挙げながら、エッジもバッツと共に炎に包まれながら忍術を発動させる。
焔舞い
ルビカンテの炎の一部を利用し、操って、炎で炎を防ごうとする。
だが、完全には防ぎきれず、じりじりとバッツとエッジの身体を少しずつ焼いていく―――
******
「あンのバカ! 無茶にもほどがある!」
炎に包まれたバッツとエッジを見て、ロックは絶望的な思いで叫んだ。
斬鉄剣は集中が必要な技だ。
いくら炎を防げても、炎に包まれた中でろくに集中出来るはずがない。「・・・大丈夫」
ぽつり、と静かに呟く声。
振り返れば、その場に座り込んだリディアが、瞳を閉じたまま辛そうな表情のまま笑う。「何が大丈夫だって言うんだよ!」
「普通の人間は無茶なことをしない。無茶なことをするのはバカだけ・・・」そして、とリディアは続ける。
「・・・バッツ=クラウザーは本物の大バカだから」
「意味が解んねーよ!」
「すぐに解る。あたしの言葉の意味も―――セシルの言葉の意味も」
******
「斬るよりも速く斬り、抗うよりも速く斬り捨てる―――」
炎にじわりじわりと焼かれながら、バッツはゆっくりと言葉を続ける。
「馬鹿な! 何故、平然としていられる!?」
バッツとエッジを包む炎の火力を上げながら、ルビカンテは驚愕する。
エッジが必死で対抗しているが、レベルが違う。ある程度は緩和されていても、確実に炎は二人を焼いている。
常人ならば、耐えられないほどの熱を感じているはずだ。
その証拠に、エッジの表情は苦痛で歪んでいた。(くそ・・・駄目だ・・・限界―――)
必死で炎を制御していたが、そろそろエッジの “念気” も底を尽きかけていた。
何度も火炎術を乗せた手裏剣を放っていたせいでもあるが、なによりもエドワードとの戦いで使った “雷迅の術” の消耗が激しい。高度な忍術であるうえに、使い慣れた術でもない。雷迅の術だけで、エッジのMPの半分ほど消耗していた。(悪ぃ、バッツ・・・もう・・・・・・)
力尽きる。術が解ける。
エッジの術が途切れれば、二人はあっと言う間に消し炭になってしまうだろう。悔しさと共に、エッジは力尽きて、二人は燃え尽き―――
「・・・あれ?」
―――燃え尽きなかった。
すでにエッジの術は効力が消えている。
だというのに、バッツとエッジの二人の身体は、柔らかな緑の光に包まれ、それが炎の威力を軽減してくれている。「これって・・・」
エッジは何となく背後を振り返る。
と、そこには焼けただれた左手をこちらに突き出す、ガストラの女将軍の姿があった。「防御魔法・・・!」
「早くしろバッツ! 長くは持たないッ!」魔力を全力で注ぎ込みながら、セリスが叫ぶ。
そんなセリスの叫びに応えたかのように―――「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない!」
その瞬間に起こったことを、エッジはすぐ側に居ながら知覚できなかった。
いつの間にか、目の前にいたはずのバッツが消えていた。
いつの間にか、全身を焼かんとしていた炎が掻き消えていた。
いつの間にか―――「馬鹿な―――」
ルビカンテが呆然と呟く。
いつかと同じように、ルビカンテの胴体が真一文字に両断され、さらには背中に纏ったマントも断ち切っている。その背後から、ぽつりと呟く声が響いた。
「―――これこそが最強秘剣」
斬鉄剣
「やった・・・のか・・・?」
全身を焼かれた状態で、エッジは呆けたように呟く。
と、ルビカンテの背後に居たバッツの姿がふらりと揺れ、膝を着いた。
火傷のダメージと、炎の中で極限まで集中した疲労―――心身共にバッツは力を使い果たしていた。「バッツ!」
エッジが思わず駆け寄ろう―――と、したその瞬間。
「まだ終わらん・・・ッ!」
胴体を切断されたルビカンテが怒号を発し、その身体が激しい炎に包まれる。
「な・・・っ!? まだやる気なのかよ!?」
「当然だ! ゴルベーザ様の信頼に応えるためにも、私は負けるわけには行かぬのだ!」炎がルビカンテの胴の傷を癒していく。
完全に両断されたはずの胴が、次第にくっついていく―――「ぐおおおおおおおおおおっ!」
流石に両断された身体を癒すのは力を使うらしい。
苦悶の表情を浮かべながら、ルビカンテは癒しの炎に力を注ぎ込む。
そんなルビカンテを見て、エッジは今度こそ絶望した。「駄目だ・・・こんなヤツに勝てるはずが―――」
「いいや、俺達の勝ちだぜ」かすかに聞こえた呟きは、バッツのものだった。
炎に包まれたルビカンテの背後で、エクスカリバーを支えにして立ち上がっている。「勝ちって、もう俺達には打つ手が―――」
―――無い、と言いかけたエッジの耳に。
「xbsfib,pgicw,wrprql,mxyoe,rfyf,zkcu,avyhu,swbwew.」
先程と同じ、リディアの呪文詠唱が聞こえてきた―――