第22章「バブイルの塔、再び」
S.「 “信じてる“ 」
main character:バッツ=クラウザー
location:バブイルの塔

 

 

「喰らいやがれ―――」

 一番始めに動いたのはエッジだった。
 エッジは折れた刀をルビカンテに向かって投擲する―――が、ルビカンテが防ぐまでもなく、刀はその身に纏う炎によって熔解し、燃え尽きる。

 しかしそれはエッジにとって予測済み。
 懐から手裏剣を取り出すと、今度はそれを投げつける。
 投げたのはただの手裏剣ではない。以前にも、ルビカンテに傷を負わせた―――

 

 火炎手裏剣

 

 投げた手裏剣が発火し、ルビカンテに向かって突き進む。
 炎によって守られた手裏剣は、ルビカンテの纏う炎に溶かされることはない。まともに受けても人外の肉体を持つルビカンテには致命傷とはならない―――が、だからといってまともに受ける必要もない。身を捻って回避する―――と、そうやって体勢を崩したところに、いつの間にかバッツがすぐ近くまで踏み込んできていた。

 先程抜いたエクスカリバーを再び腰の鞘に戻し、腰を低くかがめるその体勢は居合いの構え。

 如何にルビカンテの炎が高熱であろうと、さすがに聖剣を溶かすほどではない。
 エクスカリバーならば普通にダメージを与えられるはずだ―――が、エクスカリバーは剣が認めた者でなければ本来の力を発揮しない。本来の使い手ではないバッツが振るっても切れ味はなく、ただの木剣と同じ。斬る、のではなく、殴ることしかできない。
 そしてバッツの筋力では、殴ったところで相手に大したダメージなど与えられない。

 だからこその居合いだった。
 エクスカリバーで敵を “殴る” のではなく、居合いの速さで “斬る” 。

「ぬうっ!」

 しかし剣を抜く寸前、バッツは剣は抜かずに後ろへと跳ぶ。
 直後、バッツの居た足下から炎の渦が生まれ、それが柱となって立ち上る。

 

 火燕流

 

「あっぶねえっ!」
「避けるか。私の火燕流を完全に避けたのは、お前で二人目だ・・・」

 冷や汗をかくバッツに、ルビカンテは感心したように呟く。
 ちなみに一人目はジュエル。
 ルビカンテの必殺技 “火燕流” は、目標の足下から炎を噴き出させる技である。殆ど前触れ無く炎が吹き上がり、しかも足下からなのでそれを回避するのは至難の業だ。

「・・・ちぃっ、そーいやそんな技があったっけな」

 厄介そうにバッツが舌打ちする。
 実は今のルビカンテの反撃よりも早く、バッツは居合いの一撃をたたき込めた。
 にもかかわらず、それをしなかったのは、一撃でルビカンテを倒せることができないからだ。もしもバッツが居合いを放って深傷を負わせても、反撃の火燕流でバッツは炎の包まれて焼け死んでいただろう。いくらバッツの無拍子でも、攻撃と同時に避けることは出来ない。

(やべえな・・・割とお手軽にあの炎の攻撃ができるって言うなら、一撃で倒さねえと黒こげになっちまう・・・)

 かといって、ルビカンテを一撃で倒せるほどの攻撃力はバッツにはない。
 そもそも、セシルによって胴を一刀両断にされても生きていた男だ。

(それなら―――)

 バッツは間合いを取り、意識を集中させて呟く。

「その剣は疾風の―――!?」

 瞬間、足下から熱を感じて、バッツは慌ててその場を飛び退いた。
 直後―――

 

 火燕流

 

 炎の柱が、一瞬前までバッツの居た場所に立ち上る。

「バッツ=クラウザー―――お前のことはバルバリシアやカイナッツォからも聞いている。敵を殺せぬ優しき剣士」
「優しい、なんてつもりは無いけどな」

 へっ、と笑ってバッツはさらに付け加える。

「俺は誰かが死ぬのを見るのがヤなだけだ。ついでに俺は剣士じゃねえ! ただの旅人だ」
「旅人だろうと剣士だろうと、どちらでも構わん。なんにせよ、その斬鉄の技に気をつけるだけでいい。ホブス山の時のように、セシル=ハーヴィが居るならば話は別だがな」

 ホブス山ではセシルとバッツの連携でルビカンテを撃退した。
 だが、今ここにセシルの姿はない。

 しかしバッツはにやりと笑う。

「安心しな―――いや、残念だったって言うべきか?」
「・・・なにが言いたい?」
「テメエの負けだって言ってるんだよ!」

 と、バッツの言葉に応えるかのように。
 背後で、リディアが魔法の詠唱を開始した―――

 

 

******

 

 

「xbsfib,pgicw,wrprql,mxyoe,rfyf,zkcu,avyhu,swbwew.」

 人の言葉ではない言葉をリディアは詠唱する。
 リディア以外の誰もが知らない言葉―――魔法の使い手であるセリスや、魔物であるブリットでさえも―――を一心不乱にリディアは唱え続ける。
 それを聞きながら、ロックはエニシェルに向かって問いかける。

「おい・・・本当にセシルの指示なのか?」

 リディアに召喚魔法を使うように指示したのは、他ならぬセシルだった。
 ルビカンテが現れた時、エニシェルを通してリディアに指示したのだ。

「アイツ、絶対になんか対抗策を用意してるはずだぜ!?」

 そんなことはロックが言わなくとも、セシルなら解っているはずだった。
 それとも現場に居ないから判断を誤っているのだろうか?

「その証拠にアイツ、リディアの詠唱に気がつきながら、それを妨害しようって様子がねえ」

 ロックがルビカンテの方を見れば、詠唱するリディアの様子を気にしながらも、エッジの手裏剣の援護を受けて、なんとか斬りかかろうとするバッツを牽制しているだけだ。

「セシル、聞いてるのかよ!?」
「ええい五月蠅い! 妾は “ひそひ草” ではないぞ! 一気にまくし立てられても、答えられんではないか!」

 怒鳴り返すと、ロックはバツの悪そうな顔で「悪かったよ」と謝る。

「んで、セシルはなんだって?」
「いや、それが・・・」

 エニシェルは少し言い辛そうに口ごもる。

「 “信じてる” ・・・だそうだ」
「何を?」
「だから妾たちのことを信じてるからなんとかなるだろー的なことを言ってたが」
「なんだその無責任ー!?」

 と、ロックが叫んだ瞬間。

「lbcfhb,mwfcmg,wrprql,srenm,dtwtptgnbt,cgqgzoga,opou,swbwew.」

 リディアの呪文詠唱が完結した!

 

 ゲートオープン

 

 見た目になにかが変わったわけではない。
 しかし、確かに異質な何処かとこの場が “繋がり” 特にそれを、セリスははっきりと感じていた。

「う・・・っ!?」

 胸が疼く。
 思わずセリスは胸を押さえて蹲った。

「セリス!? 大丈夫か!」
「え、ええ・・・」

 声をかけてくるロックに、セリスは少し汗をかきながらにこりと笑って答える。

(私の中の魔導の力が反応している―――・・・?)

 地底の時は、召喚魔法を唱えたリディアとは少し離れていた。
 だが、今はすぐ近くに居るせいか、セリスの魔導―――幻獣の因子が、リディアがこの世界と繋げた幻獣たちの世界と反応、共鳴している。
 痛みや苦しみを感じるわけではないが、胸の奥がざわついて酷く落ち着かない。

 そんなセリスを冷めた目で見つめながら、リディアはルビカンテに対抗する存在を召喚する。

「風に舞う氷河の女王・・・静寂の時を見つめよ―――」

 

 シヴァ

 

 

******

 

 

 圧倒的な力を持つ存在がこの場に出現した事にルビカンテは気がついた。
 そちらに目を見れば、先日エブラーナの洞窟で目にした氷の幻獣の姿が見えた。見た目は人間の女性に見えるが、圧倒的な魔力と威圧感を感じる存在。

「召喚したか―――だが・・・!」

 ルビカンテは背に回していたマントを全身に羽織る。
 それと同時、氷の幻獣シヴァが、ルビカンテに向かって手を差し出した。洞窟の時と同じように、掌から氷のつぶてが巻き起こる!

 

 ダイアモンドダスト

 

 氷の吹雪が部屋中に巻き起こる。
 今度は洞窟の時のように、あちこちを氷漬けにせずにルビカンテにだけに吹雪が直撃する。

 圧倒的な冷気がルビカンテの身体を包み込み、あっと言う間にその身体を氷漬けにする。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ、どんな・・・もんよ・・・!」

 氷漬けになったルビカンテを見て、リディアはがくりと膝を着く。

「・・・・・・」

 力を使い果たしたリディアに、氷の幻獣は心配そうに無言で手を差し伸べる。
 リディアはその手を取り立ち上がる。

「ありがとう、エルディア・・・」

 エルディア、と呼ばれた幻獣は、優しそうにリディアに微笑みかけると、その姿が光となってその場から消えさった。
 それと同時、セリスが感じていた胸の奥のざわめきも消える。どうやら幻獣界とのリンクが途絶えたようだった。

「やった・・・のか?」

 ロックは遠目に氷の固まりとなったルビカンテを見る。

「ふん。どんな対策しようと、幻獣の力はそうそう防げないってことよ!」

 尋常でないほどの汗をかいて、リディアは笑い―――再びその場に膝を着いた。

「ちょっと、大丈夫?」
「あは、駄目だ。ちょっと限界」

 ジュエルが声をかけるが、リディアは苦笑してそう答えた。
 そんなリディアに、ロックも笑って声をかける。

「ま、ゆっくり休めよ。あのルビカンテってヤツを倒せたなら、あとはクリスタルを―――」
「倒した、と思うのはまだ早いみたいだぞ」

 ロックの言葉を遮ってエニシェルが呟く。
 と、その言葉を肯定するかのように、ルビカンテを覆っていた氷が発光する。

「な、なんだ・・・?」
「氷が溶けていく・・・?」

 前に出ていたバッツとエッジが、ルビカンテを包む氷の変化に訝しがる。

「違う・・・解けてるんじゃない。吸収・・・されていく!」

 セリスが呟くと同時、氷は完全にマントに吸収され、ルビカンテは自分のマントをしげしげと見つめる。

「素晴らしいマントだ・・・幻獣の氷さえも完全に吸収するとは!」
「って、そんなのありかよッ!?」

 反則だ、とロックが叫ぶ。

「流石に私も幻獣と真っ向からぶつかり合うわけには如何のでな―――申し訳ないとは思うが、これで終わりにさせてもらう!」
「! やべえ! リディア、逃げろーーーーーッ!」

 バッツが後衛を振り返り叫ぶ。
 しかし、無拍子の使い手でもなく、力を使い果たしたばかりのリディアが即座に動けるハズもない。
 そんなリディアのすぐ真下に、炎の渦が巻き起こる―――

 

 火燕流

 

「させないッ!」

 炎がリディアの身体を焼き尽くす寸前、セリスが自分の剣を天井に向かって掲げた。

 

 魔封剣

 

 炎は吸い込まれるようにして、セリスの剣へと引き寄せられ、吸収される。
 今、セリスが手にしている剣は地底で使っていたフレイムソードではない。バロンに戻った際、セシルからミスリル製の剣を与えられていた。
 ミスリル―――魔法金属とも呼ばれ、その名の通りに魔力が秘められた金属だ。魔法戦士であるセリスにとって使い勝手の良い剣でもある。

 魔力を帯びているということは、それなりに魔的な力に耐性があるということだ。
 早い話、魔封剣で吸収出来る力の許容量が、普通の剣よりも多い。
 だから、ある程度の力は普通に吸収出来るはずだ―――が。

「剣が持たない!?」

 吸収した炎のエネルギーは、ミスリルソードの耐久力を遙かに上回っていた。
 普段のルビカンテの炎ならば吸収しきれたかも知れない。けれど、今放たれたのは吸収した幻獣のエネルギーをそのまま加えられた炎だ。いかなミスリルの剣とて、耐えきれるはずがない。

 びしり、と剣にヒビが入る―――

「放て・・・」

 慌ててセリスは吸収した炎エネルギーを、誰もいない方向へ向けて解き放つ。
 しかしそれも遅かったようで、放出した途端に刃が砕け、セリスの手が炎に包まれる。

「うああああああああああっ!」

 悲鳴をあげ、セリスは剣を手放す。
 剣は床に落ちて、その衝撃で完全に砕け―――

「危ねえっ!」

 危険を直感したロックが、セリスを抱きかかえて退避する。
 同時、剣が砕け、その中に吸収された炎のエネルギーが弾け、爆発し、周囲に爆炎を振りまいた。

「ぐ・・・うううううう・・・・・・」
「おい、セリス! 大丈夫か!?」

 ロックはセリスを片手で抱きかかえ、懐から一本の瓶を取り出す。
 回復魔法薬―――ハイポーションの栓を口で引き抜くと、それをセリスの剣を持っていた左手にふりかける。

 酷い火傷だった。
 雪のように白い肌が焼けただれ、赤黒く変色している。
 放っておけば、一生使い物にならなかったかも知れない。
 ハイポーションのお陰で痛みが和らいだのか、セリスは脂汗をかきながら息を整え、無理矢理に笑みをつくってロックに笑いかける。

「有り難うロック・・・あとは、大丈夫だから・・・」

 そう言って、セリスは自分の足で床に立つと、そのまま回復魔法を詠唱する。
 しばらく心配そうにロックはセリスを見つめ―――そしてすぐにエニシェルを睨付けた。

「セシル! てめえッ!」
「妾に突っかかるな!」
「お前じゃねーよ! セシルに文句言ってるんだ!」

 ロックはリディアとセリスを振り返る。
 リディアは蹲ったまま目を閉じてピクリとも動かない。それをブリットが心配そうに寄り添っている。
 セリスも一心不乱に回復魔法で左手の火傷を癒している―――が、いかに魔法でもそう簡単に治る傷ではないと言うことは、ロックにだって解った。

「だから言っただろうがよ! 下手に幻獣の力を使ったらマズイって! お前の指示のせいで、リディアとセリスは戦闘不能になったんだぞ!」

 叫び、再びエニシェルへと振り返る。

「これからどうするんだよ!? ちゃんと策を考えてあるんだろうな?」
「 “策はない” だと」
「なんだとお!?」
「 “後は任せる” と言っておるが」
「こんのド無責任! これで全滅したら、呪ってやるッ!」

 ぎりぎりと歯を食いしばり、怒りを顕わにするロック。
 淡々と言葉を伝えながらも、エニシェルはロックと同じ疑問を感じ、再度セシルに尋ねる。

(おい、本当になんも考えはないのか? あの炎の魔人を倒すための策を?)
(無い。というか考える必要はないだろ?)
(・・・割とこっちはピンチなのだが)
(そうかもね。でも大丈夫だから)

 イマイチこちらの状況が伝わってないのでは、と思うくらいにセシルには余裕があった。

(何故そこまで余裕でいられる!?)
(言っただろ)
( “信じてる” からだよ)
(さっきも言ったが、リディアもセリスも戦闘不能。誰を信じているというのだ?)
(決まっているだろう?)

  “繋がって” いても、エニシェルにはセシルの姿は見えない。
 だがなんとなく、いつものように苦笑しているような気がした。

(僕が “信じて” いるのは―――)

 


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