第22章「バブイルの塔、再び」
Q.「父と子」
main character:エドワード=ジェラルダイン
location:バブイルの塔

 

 

 エブラーナ王エドワード―――いや、 “鬼” がエッジに向かって襲いかかる。
 忍者の俊敏さと、魔物の肉体の破壊力を兼ね揃えた一撃を、間断なく繰り出していく。

「・・・くお・・・っ!」

 エッジはそれらを紙一重でかわし続ける。
 刀を抜いているが、そんなもので受け止められる威力ではない。
 拳が、蹴りが、エッジの身体のすぐ側を通り過ぎるたびに、その空圧で身体がよろめくほどの威力だ。エッジは避け続けることしかできない。

「ちょっと! 黙ってみてていいの!?」

 リディアがバッツ達に向かって叫ぶ。
 しかしバッツとジュエルは答えない。黙ったまま、じっと異形と化した父親と戦うエッジの姿を見つめている。

「ねえ、聞いてるの!?」
「少し落ち着け」
「落ち着けるわけ―――・・・っ!」

 セリスがリディアに声をかける―――声をかけてきたのがセリスだと気づいた瞬間、リディアはセリスとは反対方向に視線を向けて押し黙る。
 と、リディアが向けた視線の先にはロックの姿があった。なんとなく目が合い、ロックは苦笑する。

「セリスの言うとおりだぜ―――アイツなら、多分大丈夫だ・・・なあ?」

 ロックは傍らにいたブリットを見下ろして同意を求めた。
 ブリットは微妙に顔を歪めて―――ゴブリンの表情というのはよく解らないが―――重く頷く。

「どういうこと?」

 リディアが問うと、ブリットは苦々しく答えた。

「地底で、俺がバッツと1対1で戦った時の事、憶えているか?」
「そりゃついこの間の話だし・・・それがどうかしたの?」
「あの時と同じだ」

 ブリットはふて腐れたように言う。

「同じって・・・」

 あの時は、ブリットが一方的に叩きのめされた。
 最後の最後で一矢報いかけて―――失敗。結局、ブリットの完敗だった。

「あの “鬼” は速くて一撃の威力も高そうだ。普通の人間がまともに受ければ即死だろうな」
「ならどうしてそれで “大丈夫” なんて無責任に言えるの!?」

 ロックの説明にリディアがくってかかるように怒鳴る。
 しかしロックは変わらずに落ち着いた様子で答えた。

「当たらないからさ」
「はぁ? 今、 “速い” って言ったじゃない!」

  “鬼” の攻撃は見るからに速い。
 エッジも素早いとは思うが、それをさらに上回っている。エッジは先程から必死に避けて逃げ続けるだけで、一度も攻撃を仕掛けられない。

「ブリットが言っただろ。あれは ”無念無想” 状態のバッツと同じだ。確かに速いが、動きは単調―――その証拠に、エッジより速いはずの “鬼” の攻撃が一撃も当たらないだろ?」
「あ・・・・・・」

 確かに、エッジより速いのならば、その攻撃は当たるはずだ。
 なのに、せいぜいがかすめるだけで、一度も直撃していない。

「多分、操るために意志を殺しているのさ。意志がないから手段も考えず、ただひたすらに馬鹿の一つ覚えみたいな攻撃を繰り出すだけ。最初はその速さに戸惑っても、回避し続ければ段々と速さに慣れてくる。だからそろそろ―――」

 ぎぃんっ!

 と、甲高い音が響く。
 見れば、エッジが “鬼” の一撃を回避ざま、その胴を刀で斬りつけたところだった―――

 

 

******

 

 

「ちぃっ!」

 鬼と化した父親の攻撃をかいくぐり、ようやく一太刀入れた―――が、エッジの口から漏れたのは歓声ではなく舌打ちだった。

 斬りつけた手応えは、まるで岩か鉄でも斬ったかのようで、まともに傷が入った様子はない。
 逆にこちらの刀が刃こぼれしたような気がする―――が、それを確かめる間もなく、鬼の追撃が来る。

「うおおおっ!?」

 ぶるん、と空気を震わせて裏拳が飛んでくる。
 エッジはそれを身をかがめて避けて―――目の前にあった、鬼の足がぴくりと動くのを感じ取ってそのまま後ろへと、吹き飛ぶように飛んだ。
 直後、前に向かって突き出された鬼の蹴りがエッジの鼻先をかすめ、それで生まれた風が、エッジの跳躍した身体をさらに後方へと押す。

(まともにゃ斬れねえ。と、なれば―――)

 エッジは鬼を真っ向から見据える。
 鬼はまさに鬼気迫る形相をしながらも、雄叫び一つあげることなく無言で床を蹴る。
 風に押されたこともあり、エッジが全力で後方に跳躍した間合いは数メートルある―――それを一足飛びでエッジの眼前にまで迫った。

「・・・・・・!」

 エッジの眼前に着地し、しかし完全に慣性は殺さずに前のめりになってエッジに拳を振るう―――

(イチバチで―――)

「―――やってやるぜッ!」

 エッジは回避する素振りを見せない。
 刀を正眼に構え、その切っ先を鬼の胸―――人間で言えば心臓に当たる部分へと向ける。
 しかしエッジの腕と刀よりも鬼の拳の方がリーチが長い。岩石のように巨大な拳が、エッジの顔面に迫る。

「―――ッ!」

 目の前に迫る破壊の一撃を、エッジはほんの僅かだけすり足で横に身体をズラして回避する。
 しかし拳がエッジのこめかみをかすめ、それだけで傷が走り、血がしぶく。
 さらに続けて、拳によって生み出された風圧がエッジの顔面を直撃―――

 

 風遁・風舞い

 

 風を身に纏い、矢などの飛び道具を防ぐことを目的とした防御の術だ。
 エッジはエブラーナの洞窟の入り口で、エンタープライズから飛び降りた際、風をクッションにして無事に着地したが、風の吹かない屋内ではそれほど威力は高くない。

「う・・・おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 まともに受ければ吹き飛んでしまいそうな拳の風圧を完全に防ぐことはできなかった―――が、エッジは風に顔面を打たれながらも、雄叫びを上げて―――

(オヤジッ・・・!)

 ―――前に出る!

 鬼の一撃をカウンターとして、真っ直ぐに突き出された刀の切っ先は、魔物の因子で強化された肉体をも貫いた―――

 

 

******

 

 

 エッジの持つ忍者刀が、深々と “鬼” の胸に突き刺さっていた。
 肉体を貫通こそしていないものの、普通の人間ならば即死だろう。人間よりも強化されたと言っても、ただでは済まないはずだ。

「やったの!?」

 リディアが歓声を上げる。
 ロックやセリス、ブリットもエッジの勝利を確信して、緊張を解く。だが。

「まだだ!」

 叫んだのはエニシェルだった。
 バッツも険しい表情のままエッジと “鬼” を凝視して、ジュエルは「あの馬鹿息子・・・」と同じように険しい表情で呟く。

「ど、どうしたの・・・?」

 リディアが不安そうに尋ねると、ジュエルが忌々しげに吐き捨てた。

「最後の最後で急所を外しやがったのよ! あの馬鹿息子!」

 ジュエルの言うとおり、エッジの本当の狙いは鬼―――エブラーナ王の心臓を貫くことだった。
 魔物の因子を加えられたとはいえ、ベースは人間だ。ならば、人間と同じ急所は有効だろう。それが致命傷にならなくとも、大ダメージは与えられるはずだった。
 だが、エッジは直前で狙いをずらし、心臓を外した。

「グ・・・・・・オ、オ、オ、オオオオオオオオオオオオ・・・・・・!」

 それまで一声も発しなかった “鬼” が雄叫びを上げる。
 胸に刀を突き刺したまま胸を反らし、腰を捻ってエッジごと忍者刀を振り回す!

「うわああああっ!?」

 エッジは悲鳴をあげ、刀から手を離そうとする―――が、それよりも早く、刀がぼきりと折れた。
 折れた刀を手に、エッジはバッツたちの所まで吹っ飛ばされる。

「おい、大丈夫か?」

 目の前で、膝をついてなんとか着地したエッジに、バッツが声をかける。
 エッジはぶっきらぼうに「大丈夫だっ!」と答えて、立ち上がる―――と、そんなエッジに向かって、ジュエルが淡々と呟いた。

「・・・親子であっても戦いの中では一切の情を無くさなければならない―――それが味方であっても敵であっても」

 戦いの中で親子に限らず、 “情” というものは、時として足かせにもなる。
 だからどんなに深い絆があろうとも、見捨てる時には見捨てなければならない。敵として向かい合ったならば、情け容赦を捨てなければならない。
 そうしなければ、自分のみならず、他の味方まで危険にさらす事になりかねない。

「そんなこと、忍者の―――いえ、戦士の常識でしょうが!」
「うるっせえよクソババア! 別に情なんか沸いちゃいねえよ! ちょっと手元が狂っただけだ!」

 折れた刀を手に、エッジは “鬼” を睨みながら怒鳴る。
 その鬼は、エッジを吹っ飛ばした後、何故か動きを止めていた。

「・・・手を貸すか? その刀じゃ―――」
「いらねえよっ!」

 バッツの言葉を最後まで言わせずに、エッジは怒鳴り返す。

「あいつは俺が倒さなきゃいけないんだ・・・俺が・・・っ!」
「・・・・・・そうだな」

 まるで自分に言い聞かせるように呟くエッジに、バッツは頷くと「頑張れ」とだけ言って、それ以上はなにも言わなかった。

 エッジも何も答えずに、鬼に向かって再び戦うために駆けだしていく。
 その背中を見つめ―――リディアがバッツの腕にすがりつくようにして叫んだ。

「バッツ! まだあいつ一人に戦わせる気なの!?」
「・・・気も何も、エッジが一人でやるって言うんだから仕方ないだろ」
「仕方ないって・・・エッジの気持ち、解らないの!? 本当は自分のお父さんと戦いたくなんかないんだよ! だから最後の最後で手元が狂っちゃったんでしょ!」

 リディアがそう叫んだその時だ。

「エッジッ!」

 ジュエルが悲鳴をあげた。
 驚いてリディアがエッジの方を見れば、エッジが “鬼” の一撃をまともに喰らって吹き飛ぶところだった―――

 

 

******

 

 

 再び “鬼” と化したエブラーナ王と向かい合ったエッジは、ふと違和感を感じた。
 だが、その違和感の正体がなにか確かめる暇もなく、鬼はギロリとエッジを睨付け―――不意にエッジの眼前から姿を消した。

「!?」

 いきなり鬼の姿が消えた瞬間、エッジの身体は反射的に動いていた。
 無意識のうちに地を蹴り、前方―――今まで鬼が立っていた位置に向かって飛び込む。

 直後、背後に生まれる殺気!
 振り返れば、エッジの立っていた位置に向かって、 “鬼” が横―――さっきまでのエッジには死角となる場所から蹴りを放つところだった。

(あ・・・危なかった―――今の、バッツのヤツとやり合ってなかったら回避できなかった・・・!)

 バロンの夜での話だ。
 あの時、エッジはバッツに一方的にハリセンで叩かれた。
 無拍子を使うバッツを捕らえきれず、その死角から来る攻撃を回避出来なかったのだ。

 けれど、そのあとにバッツと戦ったロックは、エッジが手も足も出なかったバッツを手玉にとって見せた。
 その時の記憶が強く印象に残っていたのだろう。
 目の前に敵の姿が消えた瞬間、身体が勝手に反応して、あの時のロックと同じ戦法―――すなわち、敵の姿を見失ったら視界内に飛び込む、ということを実戦していた。

 

 ―――今のを避けるのか・・・。

 

(・・・!?)

 聞こえてきた声に、エッジは戸惑う。
 かすかに聞こえてきたそれは、父の声のような気がしたからだ。

「オヤジ・・・?」

 思わずエッジは我を忘れ、呆然と目の前の “鬼” へと呼びかけた。
 だが、そんなエッジの気の抜けた瞬間を狙って鬼が一直線にエッジへと突撃する。

 チッ、と舌打ちしてエッジは鬼の攻撃を回避しようと、その攻撃を見極めようとして。

「!?」

 待ち受けたエッジの目の前で、鬼がいきなり横に飛んだ。
 てっきり、さっきまでと同じように真っ向からただひたすらに、単調に攻めてくると思っていたエッジは虚を突かれ、その動きが硬直する。
 その硬直はほんの一瞬―――しかし、大きすぎる隙だった。

(やべえ・・・っ!?)

 側面からの攻撃に、エッジは慌てて逃げようと跳躍する―――だが、鬼の動きの方が速い。
 エッジは鬼の攻撃を避けきれずに、その一撃をまともに左肩に受けて吹っ飛んだ―――

 

 

******

 

 

「え・・・・・・っ!?」

 先程まで回避し続けた一撃を、いきなり食らったエッジの姿に、リディアは悲鳴すらあげられずに愕然とする。
 そんなリディアの見つめる先で、吹っ飛ばされたエッジはなんとか体勢を立て直して、倒れずに着地する。
 だが、そのダメージは軽くない。一撃を受けたのは左肩らしく、骨でも砕けたのか、左腕が力無くだらりと下がっていた。その表情も、苦痛のために歪んでいる。

「バッツ! エッジが・・・!」

 その時なってようやくリディアは悲鳴をあげた。
 しかしバッツは取り乱すことなく「見てるから解ってる」と呟くだけだ。
 そんな普段と違うバッツの反応に、リディアは困惑しながら再びバッツを睨付ける。

「・・・どうしちゃったの? ちょっとおかしいよ! いつものお兄ちゃんなら、絶対に止めてるはずでしょ! 一人で戦わせたりなんかしない! それなのになんで・・・」

 リディアの声は悲痛だった。
 目の端には涙まで溜まっている。

 しかしバッツは最愛の “妹” の方は見向きもせずに、ただじっとエッジを見つめ続けている。

「解るからだよ。あいつの気持ちが」
「嘘! 解ってなんかない! ・・・・・・もういいっ、バッツなんか知らない! あたし一人でもやってやるんだから!」

 そう言って、リディアは前に出て魔法を詠唱しようとする。
 だが、後ろからバッツがその口を塞いだ。

「もがっ!?」
「駄目だ。これはあいつの戦いだ。エッジは誰かに手を貸して貰うことを望んでいないし、俺もそんなことは許さない」

 そう言って、バッツはリディアを解放する。
 ぷはっ、と息を吸って、リディアはバッツを振り返る。

「なんでよ!? そんなにエッジを殺したいの!?」
「あいつは死なない!」
「なんでそんな断言出来るのよ!?」
「おいバッツ、気持ちはわからんでもないが、リディアの言うとおりだ。エッジのヤツ、やばいぜ」

 ロックも戸惑うようにリディアに加勢する。
 さっきまではまだ安心して見ていられた。
 だが―――

「どういう訳か、エッジの一撃を食らってから、あの “鬼” の動きが変わった。さっきまでの単調な攻撃じゃない! エッジも必死で避けてるが、その内何発は喰らってる!」

 致命的な一撃は受けてはいないが、 “鬼” の攻撃は着実にエッジにダメージを積み重ねていた。
 さっきまでの、単調ではあるが強烈無比な一撃ならば、すでにエッジは死んでいる。
 だが、今の “鬼” は手加減してエッジをいたぶっているかのようだった。

「下手しなくてもそのうち死ぬぜ。早く助けねえと―――」
「言ったろ。そんなことはエッジは望んじゃいない・・・し、それでも助けるって言うなら俺は全力で止めるぞ」

 いつにないバッツの厳しい言葉に、ロックは唖然とする。

「ほ、本当にどうしたって言うんだよ!? まさか妹にちょっかいかけてきたから見殺しにするっていうんじゃないだろうな!?」

 バッツならばあり得なくもない、と半ば本気でロックが訊く。

「信じてるからだ」

 ロックの問いに対し、バッツは何度も攻撃を喰らい、傷つき、しかしそれでも倒れずに立ち向かうエッジから目を離さずに答える。

「あいつは “これは俺の戦いだ” って言った。そして “勝つ” とも―――俺はそれを信じてる」
「無責任っていうのよ! それは!」
「かもな」

 バッツはリディアの言葉をあっさりと認める。
 確かに無責任かもしれない。信じる根拠なんか無い。
 けれど―――

「俺はあいつを信じたい」

 何故なら “それ” はバッツには出来なかった事だから。
 息子として父親を越えること。
 最後の最後まで、父親に助けられっぱなしだったバッツにはできなかったこと。

 その後悔があるからこそ、バッツは手を出さないし、エッジを最後まで信じたいと思う。

「・・・もしもエッジが殺されたら、あたしは一生バッツを許さないから・・・!」

 リディアがバッツを睨付けて言う。
 そこで初めてバッツはリディアの方を向いた。そしてニッ、と笑う。

「ああ、構わないぜ」
「・・・・・・」

 その笑みに、リディアは奇妙な敗北感を感じて嘆息した。

「わかったわよっ!」
「何が?」
「アンタがエッジを信じるって言うなら、あたしはバッツを信じる。お兄ちゃんが信じたエッジは死なないって信じるから!」

 叫んで、リディアは後ろに下がってバッツと並び、エッジを見つめる。
 そのまま口をつぐみ、両の拳は汗ばむほどにぎゅっと握りしめる。

 そんなリディアに、それまで黙っていたジュエルが微笑みかける。

「安心なさいな。きっと、あの子は大丈夫だから」
「え・・・?」

 思わずリディアはジュエルを振り返る。
 リディアに向かって、ジュエルは小さく頭を下げた。

「ウチの馬鹿息子のこと、心配してくれて有り難うね。でも、息子って言うのはいずれは父親を乗り越えなければならないモノなのよ。そしてそれは誰よりも親自身が望んでいることなの」

 そう言って、ジュエルはバッツに視線を向ける。

「アンタが言いたいのはそう言うことでしょ?」
「まーな」

 バッツとジュエルの二人だけで通じ合う話に、リディアは戸惑う。
 どういう意味かと問おうとしたその時だ。

「何をやっているの!?」

 不意にセリスが叫んだ。
 それはバッツ達に対してではなく、戦っているエッジに向けての台詞だ、
 見れば、エッジは “鬼” の眼前で立ちつくしていた。ぼーっと立ちつくしたまま身動きひとつしない。

「なんだ・・・? なんであいつ、動かないんだ・・・!?」

 流石にバッツも眉をひそめる。
 と、その隣でジュエルが緊迫した声で呟いた。

「まさか・・・ “乱れ雪月花“ ―――!?」

 

 


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