第22章「バブイルの塔、再び」
P.「最悪の再会」
main character:エドワード=ジェラルダイン
location:バブイルの塔

 

 バルバリシアの姿をした、カイナッツォの操る “水の人形” の後を、ロック達はついていく。
 と、歩きながら、エッジが怪訝そうにロックに耳打ちする。

「なあ・・・馬鹿正直に敵の後についてってもいいのかよ?」
「さっきも言ったろ。多分、待ち受けているのはあのルビカンテって野郎だ。なら、下手な罠は仕掛けないだろ」

 ロックは別にルビカンテを信頼しているわけではない。
 だが、ルビカンテという男は小細工を弄するような男ではないということは解っている。ホブス山でも、エブラーナでも、単身で真っ向から攻めてきた。
 それは、誰にも負けぬという “最強” であるという誇りから来るものだろう。

「レオ=クリストフなんかと同じだぜ。多分、妙な罠は仕掛けてこないはずだ」

 仕掛けてくるとしたら、今案内しているカイナッツォだろう。
 バロンの王になりすました張本人。

(つっても、変身能力なんて持ってる割には、なんか短絡的だよなあ)

 さっきのやりとりを思い返す。
 能力はともかく、性格的には搦め手に向かないタイプだ。
 しかし向かないと言っても、誰かが策を授ければその限りではない。それに―――

 ロックはちらりとエッジの方を見る。
 先程、カイナッツォはエッジに向かって意味ありげな視線を向けた。
 なにか企んでいるのは間違いない。

(まあ、でも相手の手が解らなきゃ、当たって砕けるしかないか)

 投げやりのようだが、それがロック=コールの基本スタンスだった。
 状況を考えて先を予測はするが、悩みはせずにまず行動。罠があるからと言って先に進まなければお宝は手に入らない。
 警戒も度が過ぎれば臆病者と同じ―――そして臆病者にはトレジャーハンターは務まらないのだ。

「・・・けれど、ルビカンテの元に案内されているとして、そこにクリスタルがあるとは限らないのでは?」

 セリスの尤もな意見に、しかしロックはそれを否定する。

「いいや、十中八九、クリスタルはルビカンテの近くにあるぜ」
「その根拠は?」
「俺達をわざわざ案内している―――ということは、それだけ勝つ自信があるってことだ。なら、クリスタルを何処に置いておくのが一番安全だ?」
「成程ね、下手に隠すよりは目の届く場所に置いておいた方が安全と言うこと」

 セリスは納得するが、同時に不安も強まっていく。
 ロックの言うとおり、ルビカンテには必勝の策でもあるのだろう。果たしてそれを打ち破れるのだろうか―――

「―――着いたぞ、この部屋だ」

 しばらく歩いた後、カイナッツォはとある扉の前で足を止めた。
 扉、と言ってもバッツ達には一目見てそれが扉とは解らない。フォールスやファイブルで使われている “扉” とは全然違う、ドアノブも蝶番も存在しない扉。一見するとただの壁で、よくよく見ればなにやら壁に継ぎ目が見えるのが解る。

「この先にルビカンテと―――クリスタルがあるってわけか?」

 バッツが尋ねる―――が、その問いには答えずに、カイナッツォが操っていた “人形” が崩れ去る。
 びちゃ、と音を立てて、ただの水となった液体が床を濡らす。それを合図としたかのように、 “扉” の継ぎ目が左右に割れて開かれた。

「入れって、ことか?」

 エッジが警戒するように呟く。
 通路から見る部屋の中は随分と広く、その中央に何者かがぽつんと一人で立っている。
 ルビカンテではない。ルビカンテなら、その身に纏う炎で遠目でもハッキリと解るはずだ。

 そして、その何者かの後ろ―――部屋の奥には、入り口とは別の扉らしきものが見える。

「ロック、なにか罠とか感じるか?」

 エニシェルが問う―――というより、この問いかけはセシルのものだろう―――と、ロックは苦笑する。

「人を罠探知機みたいに言うなよ。・・・でも、まあ罠っぽい気配は感じねえな。少なくとも、入った途端にいきなり部屋が大爆発―――なんてことは無さそうだ」

 100%確実とは断言出来ないけどな、とロックは最後に付け加える。

「じゃ、行ってみようぜ」

 と、軽い調子でバッツがさっさと部屋の中へと入っていく。

「お、おい、待てよ・・・!」

 その後をエッジが追いかけて、警戒しながら他が続いていく。
 部屋の中に入り、中央にいる何者かへと近づくに連れて、その姿形がハッキリと見えてくる。
 最初は人間かと思ったが、それは人の形をしながらも、人とは違う異形の存在だった。

 並の大人よりも二回りは大きい体躯を持ち、髪は逆立ち目はつり上がり、その口元には牙が生え、まさに悪鬼羅刹の如しだ。
 ―――にもかかわらず、エッジはなにか違和感のようなものを感じていた。

「魔物・・・? いや―――」

 エッジはその “鬼” を凝視して―――やがて気がつく。
 その鬼は服を着ていた。その服は、明らかにサイズが小さく、巨体に引き延ばされはち切れんばかりになっている。
 服と言うよりは、千切れかけのボロ切れを纏っているようなものだ。だから、最初は気がつかなかった。

 ―――その服が、エブラーナ忍者が身に着ける忍び装束だということに。

「まさか―――」

 その忍び装束には見覚えがあった。
 見忘れるはずがない。
 それは、エブラーナ忍者を束ねる王の装束―――

「エド・・・!?」
「オヤジ・・・なのか・・・・・・?」

 異形と化した、エブラーナ王を前にして、エッジとジュエルは愕然と呟いた―――

 

 

******

 

 

「―――来たようだな」

 エッジ達が最悪の再会を果たした頃。
 ルビカンテはエッジ達が案内された部屋の、さらに奥の部屋に居た。

 彼の周囲には、八つの台座があり、その内の七つにクリスタルが安置されている。

 ロックの読み通り、ルビカンテはクリスタルの最も近い場所に居た。

 ルビカンテは部屋の外に侵入者の “熱” を感じ取り、部屋を出よう―――としたところに。

「待て、ルビカンテ」

 呼び止められ、ルビカンテは振り返る。
 そこには、全身真っ青な色をした男が居た。
 深い湖や海の底を思わせる深い青色の体色をした男だ。
 のっぺりとした体つきで、服を身に着けていないのだが、裸らしい肉感を感じさせない。髪の毛を初めとする体毛もなく、まるで顔まで覆う青い全身タイツを身に着けたような風体だった。

「なんだ、カイナッツォ」

 ルビカンテが尋ね返す。
 この青い男こそが、カイナッツォの正体だった。

 カイナッツォはにやりと―――先程、偽物のセシルが浮かべたような笑みを浮かべる。

「まだお前の出番ではない」
「む・・・どういうことだ? お前が奴らを案内して、私が殲滅する―――そういう話だったはず」
「これを見ろ」

 カイナッツォが言うなり、その身体から水が迸り、カイナッツォとルビカンテの間に水たまりをつくる。
 と、その水たまりの中に、まるで鏡のように像が映し出される。

 しかしそれは鏡とは違い、映し出されたのはこことは別の部屋の光景だった。

「これは・・・」
「隣の部屋の映像だ」

 カイナッツォの言うとおり、水鏡には異形の “鬼” と、それに対峙する侵入者―――エッジたちの姿が映し出された。

「・・・この “鬼” は・・・?」

 ルビカンテは侵入者達を待ち受ける最中、隣の部屋に何者かの “熱” を感じてはいた。
 カイナッツォ配下の魔物かなにかだろうと思っていたので、気にはしていなかったのだが。

「これこそがルゲイエからの “もう一つ” の送り物だ」
「ルゲイエの・・・? ではあのベイガンのように、ゴルベーザ様のダークフォースで操った者に魔物の因子を加え、強化した存在だと・・・?」
「少し違うがな。カカカッ、まずはヤツに相手をさせておけ。ヤツに勝てぬようならば、わざわざ貴様が出向くまでもない」
「むう・・・」

 カイナッツォの言葉に納得したわけではなかったが。
 しかしルゲイエには借りがある。

 ルビカンテはその借り―――自分の身を覆っているマントを見下ろした。
 一見すると普通のマントだ。
 だが、常にルビカンテの身体から吹き出ている炎が、一切見えない。そのマントが、ルビカンテの炎を完全に遮断してしまっていた。
 以前、彼が身に着けていたマントも、熱に対して耐性があったが、外に吹き出る炎を完全に押さえきることはできなかった。

「仕方在るまい。ならばここはルゲイエの手駒に任せるとしよう」
「それがいい。貴様とて、弱者をいたぶるのは性に合わんだろう」

 にやり、とカイナッツォが邪悪に笑う。
 その笑みに、なにやら不吉なものを感じながらも、ルビカンテは別に気になっていることを口にした。

「ところでカイナッツォ。何故、こいつらはこんなにも驚愕しているのだ?」

 水鏡に移った “鬼” と相対している侵入者達は、どういうわけか鬼の姿を見てかなり驚いている。
 何か叫んだり呟いているようだが、カイナッツォの “水鏡” は映像を伝えても音を伝えることはないため、何を言っているかはわからない。

「さてなぁ。大方、 “鬼” の恐ろしさに震え上がっているのだろう―――では、そろそろ始めるとしよう・・・・・・ゆけっ!」

 カイナッツォが叫ぶと同時、 “鬼” の瞳が赤く輝いて、エッジ達に襲いかかった!

 

 

******

 

 

「危ねえっ!」

 バッツがエッジの襟首を掴んで後ろに引き倒す。
 その直後、エッジの頭があった部分を、エブラーナ王の異常な筋肉で膨れあがった腕が凪ぐ。バッツの行動が一歩遅ければ、エッジの頭は吹き飛んでいただろう。

「ぼーっとするなよっ!」
「うるせえっ!」

 バッツに怒鳴り返しながらエッジは素早く立ち上がる。
 そして、赤い目を凶悪に光らせたエブラーナ王に向かって叫んだ。

「やめろオヤジ! 俺だよエッジだよ! わかんねーのかよ!」

 返答は攻撃だった。
 忍者の俊敏さで迫り、魔物の因子で強化された太い腕がエッジに振るわれる。
 今度はバッツに助けられるまでもなく、エッジは自ら回避。回避しながら「オヤジ・・・」と苦々しく呟く。

「おい、あれってベイガンと同じなんじゃねえのか!?」

 接敵しているエッジやバッツとは少し離れた位置にいるロックがエニシェルに尋ねる。
 しかしエニシェルは険しい表情で首を横に振った。

「いや・・・確かにダークフォースは感じるが、それは魔物特有のもの・・・。ベイガンやカインのように、ダークフォースで操られているというわけではない」
「じゃあ・・・」
「カイン達のように、ダークフォースを振り切って正気に戻る、ということは無いだろうな」
「―――殺すしかないってこと?」

 感情を抑えた、無感動な声で呟いたのはジュエルだった。
 彼女は息子に襲いかかる夫の姿を凝視したまま目を離さない。

「なにか、なにか方法があるはず! そうでしょう!?」

 叫んだのはリディアだった。
 しかし、誰もそれを肯定しない―――肯定出来ない。

「・・・方法は、あるかもしれない。けれどそれを探している余裕はない―――」

 沈痛な面持ちでセリスが剣を抜きながら前に出る。
 だが、それをジュエルが腕を差し出して止めた。
 セリスは少し驚いたが、すぐに哀しそうにジュエルを見て諭すように言う。

「気持ちは解るけど―――」

 しかしジュエルは首を横に振った。
 そしてエッジに向かって叫ぶ。

「エッジ! 解っているわね!?」
「・・・・・・!」

 ジュエルの叫びに、エッジの動きが一瞬止まる。
 そこへエブラーナ王の一撃がふるわれる―――それを寸前で回避した。

「・・・ッ!」

 しかし完全には回避出来なかったようで、僅かにエッジのこめかみが切れて、血が流れる。

「おい、大丈夫かよ!?」

 バッツがエッジに向かって駆け寄る―――だが。

「来るな! 下がれ!」

 叫ぶと同時、エッジは横に跳ぶ。
 一拍遅れて、エブラーナ王の蹴りが唸りを上げ、エッジが一瞬前まで居たところを蹴り上げた。

 地面に着地したエッジは、 “鬼” と化したエブラーナ王を油断無く睨みながら叫ぶ。

「こいつは俺の戦いだ! 関係ねえヤツは引っ込んでろ!」

 エッジの叫びに、バッツは何か言い返そうとして―――しかしにやり、と笑みを浮かべて、ロック達の元まで下がる。
 下がりながら、一言だけエッジに向かって言う。

「勝てよ!」
「当然だ!」

 こちらもにやりと笑って答えながら、エッジは迫り来る “鬼” に対して腰の忍者刀を引き抜いた―――

 


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