第22章「バブイルの塔、再び」
O.「水のカイナッツォ」
main character:ロック=コール
location:バブイルの塔

 

 エレベーターは何事もなく上昇していく。

「・・・何もないと、逆に不気味だな・・・」

 ようやく “罠” に誘い込まれているという意識が沸いてきたのか、バッツが薄気味悪そうに呟く。

「ここまで来たら腹くくるしかないって」

 逆にロックは、妙に明るい調子で言った。
 が、すぐに眉をひそめてエレベーターの天井を見上げる。

「・・・しっかし随分と昇るな・・・まさか最上階まで直通ってことは―――」

 無いだろうな、と思ったところでエレベーターが停止する。
 そしてシュッ、という音と共に、扉が開かれる。

「気は抜くなよ」

 言いながら、まずロックが先に外へ出た。
 ロックならば罠を感知する能力に長けているし、付け加えれば万が一罠にはまっても、ロック一人犠牲になるだけならば戦力に影響は殆ど無い。もちろん、後者の理由はバッツ達にはわざわざ説明したりはしていないが。

 ロックが外に出てもなにも妙な事は感じなかった。
 安全を見て取って、他の面々もエレベーターの外へと出る。

 そこはエレベーターを乗った場所と同じようなホールだった。
 まるで同じ場所に出たのかと錯覚するほど、うり二つの場所。

「まさか、昇ってたつもりがいつの間にか降りていて、同じ場所に戻された・・・ってことはないでしょうね?」
「それはないな」

 リディアが周囲を見回しながら呟くのを聞いて、ロックがエレベーターすぐ近くの床を見下ろして言う。
 その場所に、ロックは印を付けていた―――が、床には印はなかった。

「少なくとも、さっきと同じ場所じゃない」
「エレベーターが!」

 セリスの声に振り向けば、エレベーターの扉が閉まるところだった。
 エッジがすぐさま扉に張り付いて開けようとするが、ピッタリとしまった扉はこじ開ける隙間が無い。

「誘い込んで退路を断つ、か―――この前と同じようには逃げられないということね」

 前回、セリス達はエレベーターがあったからこそ逃げだすことができた。

 退路が完全に無くなったわけではない。
 いざとなればセリスの転移魔法や、エッジたちの壁抜けの術もある。
 だが、逆に言えばセリス達が力尽きれば、残されたバッツ達に逃げ出す術はなくなるということだ。

「へっ、今から逃げ出す算段してどうするんだよ。どーせなら、敵を全員ブッ倒してこのまま塔を奪い返す、くらいのつもりでだな」
「いついかなる時でも、万が一のことを考えて退路を確保しようとするのは、忍者の常でしょうが! 全く、この直情性直感的突進型馬鹿息子は・・・!」
「なんだとう!」

 また始まる母子喧嘩。というか漫才。
 そろそろそんなやりとりにも慣れてきたらしく、他の面々は特に取り合わずにスルーする。

「さて・・・これからどうするんだ? また二手に別れるのか?」

 ブリットがロックに尋ねる。
 ロックは答えようとして―――思わせぶりにエニシェルの方に視線を向けた。

「そうだな、俺的にはセシルと同意見だ」

 先程の意趣返しというわけではないが、そんな風にセシルへ振る。
 と、エニシェルは怪訝そうに眉をひそめた。

「セシルは “ロックだけ先行させて辺りを偵察させる” とか言っているが。・・・大丈夫なのか?」
「おおーい!?」

 自分が考えていたこととは違う意見に、思わずロックは声を上げた。

 セシルが提示した案は悪くはない案だ。
 感知能力に長けたロックが偵察して事前に罠が見破れればこちらにとって有利になる。すでに述べたように、万が一ロックが罠にはまったとしても、戦力的にはなんの問題もない。

 そう、ロックがとても危険、という以外はなんの問題もない。

「あの、すいません。できればみんなで一緒に行動したいと思います」

 力無くロックは挙手する。
 流石に敵の本拠地の奥深くで単独行動するのはリスクが高すぎる。
 ついでに言うと、ロックが調べなければならないような罠は存在しないと、ロックは判断していた。

「向こうはこっちを誘ってる。そんなに警戒しなくても、ルビカンテの所までは普通にたどり着けると思う」
「途中に罠がある可能性は?」
「仕掛けるならエレベーターに乗る前か、乗ってる最中に仕掛けるさ。大体、エレベーターを操作出来るなら、止めておけば俺達がここまで昇ってくることはなかっただろうし」

 つまり、ルビカンテは自分の手でロック達を殲滅することを望んでいる。だからこそここまで誘い込んだ。
 そうロックは判断し、セシルも同じ考えのはずだった。

 しかし、バッツはきょろきょろと周囲を見回す。

「だけど、そのルビカンテは何処にいるんだよ?」
「それは俺が案内してやろう・・・・・・」

 不意に、この場の誰のものでもない声が聞こえた。
 緊張が走った瞬間、ごぼり、と水の音が響く。

「水・・・?」

 ロック達の正面に、床からわき出したかのように水が噴き上がった。
 と、それは人間の身長くらいまで噴き上がると、四肢を形作り、人の形へと変化する。

「・・・なっ!?」
「セシ・・・ル・・・?」

 水が形作ったのはバロンに居るはずのセシルだった。
 無色透明の水だったそれは、セシルの形を作ると、本物であるかのように彩色されていく。

「ようこそ、バブイルの塔へ」

 セシルの形をした何者かは、にたりと邪悪な笑みを浮かべた。

「貴様・・・バロンでオーディンのフリをしていた偽物だな?」

 エニシェルが蔑むように見やる。

「俺はゴルベーザ四天王の一人、水のカイナッツォという―――まあ、貴様らに名乗る意味などないのだがな」
「てめえが倒されるからか」
「貴様らがここで死ぬからだ!」

 ロックが茶々を入れると、カイナッツォはすぐに激昂する。
 割と怒りの沸点は低いらしい。
 と、怒りを顕わにしているカイナッツォを、数本の棒手裏剣が貫いた。手裏剣は、抵抗無く貫くと、そのまま身体の反対側へと抜ける。

「カカッ、無駄なことを」

 攻撃され、それが通じなかったことで気をよくしたのか、怒りを引っ込めて手裏剣を投げたジュエルを小馬鹿にしたように見る。

「ちっ、どうやらあれは本体じゃなかったみたいね・・・」
「てゆーかいきなり攻撃するなよ! ビックリするだろ!」

 舌打ちするジュエルにバッツが叫ぶ。
 ちなみにバッツがこんなにも驚いているのはジュエルが手裏剣を投げたことに対してではなく、偽物とはいえ知人―――セシルの姿をしたものに手裏剣が貫通したからだった。偽物だと解っていても、気分の良い光景では無い。

「クカカカカッ。その通り、これは俺の操っている人形に過ぎん!」
「その人形がセシルの姿をしているのは?」
「俺の趣味だ」

 ぞわっ、とバッツ達に戦慄が走る。

「・・・こ、こいつ、男よね? 口調からして」
「男の姿をとるのが趣味・・・って」
「いやだあああああああっ! ホモはいやだあああああああっ!」
「ちょっと待ていっ!」

 セシルの姿をしたカイナッツォ操る水の人形が再び激昂してバッツたちに迫る。

「や、やめろ、来るなああああああっ!」

 エッジがかつて無いほどに激しく首を振りつつ悲鳴をあげた。
 ロックも青ざめた表情で、バッツを肩を掴んで前に押し出す。

「ほ、ほらバッツ。仲間同士なんとかしろ!」
「誰が仲間だッ!?」
「てめえだって、あの海賊に言い寄ってただろうが」
「はっ倒すぞこの野郎!」
「静かにしろおおおおおおおおおっ!」

 などと喚いていると、カイナッツォが全力で叫ぶ。
 その気迫に押されたというわけではないだろうが、ロック達はぴたりと騒ぎを止めか。

「良いか! 俺がこの姿に擬態しているのは―――」
「知人に化けることで敵の戦意を挫く、って所だろ」
「だな。で、そうやって偽物相手に戸惑う様子を見るのが趣味ってか? 根暗だよなー」

 カイナッツォの台詞を遮って、ロックとエッジが言う。
 それが正解だったらしく、セシルの表情が口を開いたままの間の抜けた状態で、何も言えずに動きを止める―――が、怒りを抑え込んだ様子で尋ねる。

「き、貴様ら、最初から解ってて俺をコケに・・・ッ」
「まーな。というかお前は根本的に間違ってる―――なあ、エッジ?」
「そうそう。なんたって、俺達じゃ “紳士” だからな―――なあ、ロック?」

 何時の間に仲良くなったのか。
 二人はとても良く似た笑みを浮かべて、にやにやとカイナッツォを見やる。

「ど、どういう意味だ!?」
「セシルの姿―――というか男の姿なんかじゃ俺達には通用しない!」
「でも例えば―――そう! さっきの金髪のねーちゃんの姿だったら困ってしまうかも。俺達フェミニストだし!」
「・・・バルバリシアのことか?」

 言うなり、セシルの姿が歪み、代わりにバルバリシアの姿を形作る。

「「・・・・・・・」」

 しかしそれを見た二人はやれやれと溜息をついた。

「駄目だな」
「ああ、全然駄目だ」
「何がだ!? 貴様らの言うとおり、バルバリシアの姿になっただろうが!」

 バルバリシアの姿を模したカイナッツォが怒鳴る。
 しかしロックとエッジは「わかってないな」とでも言いたげに、二人で視線を交し合う。

「だってさあ、さっきと同じ格好じゃなあ」
「水着とか着てたりしたら手も足も出ない気がする」
「いやいやここは下着姿なんかどうだろう?」
「それならいっそ、素っ裸―――」
「いい加減にせんかああああああああああああああっ!」

 ジュエルの激怒の声と共に、ハリセンが勢いよく二人の脳天に打ち下ろされる。

「いってえ! なにすんだよクソババア!」
「話が進まないから、あんたら少し黙ってなさい!」
「・・・いきなり棒手裏剣投げて話を止めたのはてめえだろが・・・」

 頭を抑え、ぶつぶつと呟くエッジは無視して、ジュエルはバッツにハリセンを返す。

「ま、冗談はさておき」

 エッジと同じ、叩かれた頭を抑えながら、ロックがカイナッツォに、

「案内してくれると言ったな。どこに案内してくれるって言うんだ? クリスタルのある場所か? それともルビカンテってヤツの所か?」
「・・・って。なに一人だけ何事もなかったかのように・・・っ!」

 エッジが文句を言うがロックは無視した。
 が、何故かカイナッツォはそんなエッジの方を見やり、にたりと笑う。

「・・・黙って着いてくれば解る―――」

 そう言って、カイナッツォはロック達に背を向けて歩き出した―――

 


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