第22章「バブイルの塔、再び」
N.「罠」
main character:ロック=コール
location:バブイルの塔

 

 

「・・・しかし、意外だったな」

 警戒しながら通路を進みながらエニシェルが呟く。

 今、エニシェル達はバブイルの塔を探索している。
 カインの事は放っておいて、最上階へと続く道を探している。

 何故上を目指しているかと言えば、トレジャーハンターのロック曰く。

「塔のお宝ってのは最上階にあるのが相場ってもんだ」

 という言に従ってのことだ。
 あまり根拠はないが―――例えば裏をかいて下の方にクリスタルを保管している可能性だってある―――他に行動指針もないというわけで、二手に分かれて上に続く階段なりエレベーターなりを探している最中だ。

 ちなみにチーム分けは、エニシェル、バッツ、リディア、エッジで1チーム。そしてロック、セリス、ジュエルにリディアが召喚したゴブリンのブリットを加えてもう1チームという分け方だ。
 リディアとブリット “繋がって” いるので、それで連絡を取り合える―――前回、バブイルの塔へ進入した時と似たようなチーム分けである。

「意外って、何がだよ?」

 エニシェルの呟きにバッツが尋ね返すと、エニシェルはバッツではなく、エッジの方へと視線を向けた。

「お前達エブラーナ―――というかあのジュエルとか言う女は、妾達を利用してゴルベーザ達を倒そうとしているように見えたからな。わざわざ危険な敵の本拠地まで同行してくるとは思わなかった」

 正直、塔への進入方法を提示するだけで、後は丸投げされるかと思っていたのだが。
 エニシェルが言うと、エッジは「うーん・・・」と少し悩んでから口を開いた。

「・・・まあ、オフクロもあれで複雑なんだろ」

 ジュエルとエニシェルの交渉の場にエッジは居なかったが、後でその内容は他の忍者から聞いていた。

「エブラーナの民を守るためにはバロンを利用するしかない。プライドとかメンツとかかなぐり捨てて、相手の靴を舐めるような真似をしてでもな―――というのが、 “エブラーナ国王名代” としてのジュエル=ジェラルダインの考えだ」

 その一方で、とエッジは続ける。

「自分の国を蹂躙した仲間達の仇に、自分の手で一太刀でも浴びせてやりたいってのがオフクロの本音だろうさ」
「そしてアンタの本音でもある、と」

 リディアが付け足すように言うと、エッジは「ハ」と笑って。

「本音もクソも、俺ぁ最初っからそのつもりだぜ。自分たちの仇は自分たちで取る。全てが終わるまで布団かぶって引きこもるなんてできっかよ」
「ふーん。意外と根性あるじゃない」
「そりゃどーゆー意味だっ!」
「そのまんまの意味だけど」

 怒るエッジに、リディアはからかうように笑う。
 そんな二人の様子に、バッツはきょとんとしたように呟いた。

「・・・なんか、仲良いなお前ら」
「「はあ!?」」

 二人同時にバッツを振り向く。
 そして全く同時に互いを指さしあった。

「「誰がこんなやつと仲が良いって!?」」

 まるで鏡像のように同じ動きで同じ事を言う。

「真似するな!」
「そっちこそ!」

 ここが敵の本拠地だと言うことも忘れ、怒鳴り合うエッジとリディア。

「そう言うところが仲が良いって言うんだけどな」

 呆れたように言うが、二人とも最早バッツの言葉など聞いていない様子でぎゃあぎゃあ喚き合う。

「・・・放っておいてよいのか?」
「どうやって止めろって言うんだよ」

 エニシェルが言うと、バッツは肩を竦める。
 そんなバッツをエニシェルは意外そうな顔をして見た。

「何も思わないのか?」
「なにが?」
「リディアが男と仲良くしているのを見ても」

 シスコンなバッツなら、リディアが別の男と口を聞いただけで嫉妬するような印象があったのだが。
 しかしバッツは笑って。

「仲良くすることは良いことだろ?」
「ケンカしているが」

 エニシェルがリディア達に視線を移せば、二人の口喧嘩はさらにヒートアップしていた。

「ったく、つきあってらんない!」
「こっちこそ、てめえのようなドブスとなんざ一緒に―――おぶぅっ!?」

 いきなりバッツが無拍子を使ってエッジの頭をハリセンでブッ叩いた。

「い、いきなりなにを―――ヒィッ!?」

 バッツの方を振り返って、エッジは思わずかすれた悲鳴をあげた。
 ギンッ、とまるで刃物のように鋭い視線がエッジを睨付けていた。堪忍袋の緒が切れたとか生易しいものではない。見た者の精神をズタズタに斬り裂くような鋭い殺気がバッツから放たれている―――ようにエッジは感じた。

「今、誰のことを “ドブス” って言った・・・・・・?」
「言ってない言ってない! 気のせいですよマジでーーーーーー!」
「そっ、そうだよお兄ちゃんっ、誰もあたしのことをブスなんて言うはず無いじゃないっ!」

 思わずリディアまで必死にまくしたてる。
 それほどまで、バッツの迫力は凄まじかった。
 と、そんなリディアの弁護が効いたのか、バッツはあっさりと殺意を霧散させる。

「あ、なんだ聞き間違いか。いやあ悪い悪い」

 朗らかに笑う。
 釣られたようにエッジとリディアも笑みを浮かべた―――こちらはかなり引きつった笑みだったが。
 力無く笑いながら、エッジは心の中で呟く。

(・・・ハ、ハリセンで撲殺されるかと思った・・・・・・!)

 教訓、バッツの前でリディアの悪口は言わないこと。

 

 

******

 

 

 しばらく塔の中を探索していると、ロック達が上へと続くエレベーターを発見したと、ブリットを通じてリディアに連絡された。
 そんなわけで、バッツ達は再びロック達と合流する。

「よお、ついさっきぶり。無事なようだな」

 そこはちょっと広めのホールになっていた。
  “ホール” と言っても、相変わらず暖かみのない、無機質な壁や床のせいで、城やホテルにあるようなホールのイメージとは掛け離れているが。

 そのホールの真ん中にエレベーターがあり、その前にロック達の姿があった。

「ああ、そっちも無事のようだな」

 バッツの声にロックが応える―――が、その様子がどことなく変だった。
 別れた時と同じメンバーで、誰も傷ついている様子はない。だが、ロックたちの表情は何処か暗い。

「なにかあったのか?」
「なにもなかったんだよ」

 問われることを予測していたのか、ロックは即答する。

「そっちもなにもなかったんだな?」
「あ、ああ・・・」

 確かめるように尋ねてくるロックに、なにをそんなに深刻になっているのか理解出来ず、バッツは戸惑いながら頷いた。
 そんなバッツに、セリスが言う。

「おかしいとは思わない? この前、地底から侵入した時は魔物の群れが襲いかかってきた。なのに、塔に入ってから現れたのはバルバリシア一人だけ」
「・・・・・・言われてみれば・・・」

 煮え切らない様子でバッツが首を傾げる。
 確かに魔物が襲ってこないのは妙だと思うが、それはむしろラッキーなんじゃないか? と思う。
 なんでロック達は、浮かない様子なのかとさらに疑問に思っていると、

「どうせ、あたしたちに恐れをなした、とかそんなところじゃないの?」

 ふん、と強気の発言をしたのはリディアだった。
 その言葉に、ロックは軽く頷く。

「おそらく、それが半分正解だ」
「半分?」
「俺達―――ていうとちと語弊があるか。前回、セリスやブリットは散々塔の魔物を斬りまくったらしいし、リディアの召喚魔法をルビカンテは身をもって知っている。そのルビカンテに手も足も出なかったとはいえ、忍者を相手にするには、並の魔物じゃ荷が重いことくらい解ってるだろ」

 「手も足もでなかった、ってのは余計だ」とエッジが文句を言うが、ロックは無視。
 と、バッツが気づいたように自分を指さす。

「俺の名前が出てないんだけど」
「お前は脅威にならねーだろ」

 バッツは敵を殺せない。
 ホブス山ではルビカンテを追い払ったバッツだが、それも決定打はセシルの一撃だ。
 その後も、ファブールではレオに敗北し、バロンではカイナッツォに殺されかけた。
 ルビカンテ達もバッツの強さは認めていても、脅威とは感じていないだろう。

「むー・・・」
「ふて腐れるなよ。脅威にはならなくても、お前は俺達に必要な男なんだからさ」

 ロックが苦笑する。
 と、そんな様子に、エニシェルは以前感じた疑問を再び心に浮かべた。

 バッツの強さは認める。
 だが、敵を殺せず、敵に脅威にも思ってもらえない男を、何故セシルやロックは必要としているのだろう―――と。

「とにかく、下手に魔物達を出しても返り討ちに遭うだけだ。だったら出さない方が良いって事だろ」
「それで、半分正解っていうのは?」
「だからって、放っておいたらクリスタルを奪われるだけだ? だから―――」
「―――罠、か」

 ロックの言葉の先を読み、エッジが呟く。

「もしくは自信、だな」
「自信? どういう意味だよ」

 ロックの言葉の意味が解らず、エッジが聞き返す。

「さっきバルバリシアって金髪のねーちゃんが出てきたの、なんでだと思う?」
「え・・・? そりゃ俺達を倒すためじゃ・・・」
「本気で倒す気なら、魔物を引き連れるなり、ルビカンテと一緒に襲いかかってくるはずだろ。この前みたいに大空の上だったらともかく、高いとはいえ天井がある塔の中で、一人で襲いかかってくるのは無謀ってもんだ」

 そう言ってから、ロックはエニシェルへと視線を移した。

「セシルも言ってたろ。あれはカインと俺達を引き離すための囮だって。つまり、ルビカンテはカインさえ居なければ、一人で俺達を倒せる自信があるってことさ」
「・・・早い話、あたし達はナメられてるってわけ・・・・・・?」

 表情を険しくしてリディアが感情を抑えた声で呟く。

「上等じゃない! 今度こそカチンコチンの氷漬けにしてやるっ!」
「落ち着いて。リディアの召喚魔法の威力は、ルビカンテだって解ってる。もしもロックの言うとおり、私達を待ち受けているというのなら、氷属性の力に対して、すでに対策している可能性が高い」

 セリスがリディアを宥めるように言うが―――セリスに話しかけられた途端、リディアはさらに不機嫌になって視線を反らす。

「・・・そんなこと解ってる! でも、どんな対策をしようと関係ない。幻獣の力なら、罠だろうなんだろうとまとめて凍らせるから!」
「セシルの意見は?」

 ロックがエニシェルに問うと、エニシェルは肩を竦めた。

「 “君と同じ意見だよ” だと」
「ああ、さいですか」

 けっ、とロックはぶっきらぼうにエレベーターへと向き直る。

「ここでグダグダ言ってても仕方ねえ。とりあえず行ってみますか」
「自ら罠にはまるというの?」

 ジュエルの問いに、ロックは苦笑して。

「どんな罠か見えてなきゃ仕方ねえさ。はまってみなきゃどうしようもねえ罠もある―――まあ」

 と、ロックはぐるりと周囲の面々を見回して。

「この面子なら、大抵の罠は突破出来るはず―――あいつはそのつもりで俺達を選んだんだ」
「あいつって・・・バロン王の事?」
「そ。―――さて、じゃあ・・・行くぜ!」

 宣言して、ロックはエレベーターへと歩を進めた―――

 

 

 


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