第22章「バブイルの塔、再び」
M.「好都合」
main
character:エドワード=ジェラルダイン
location:バブイルの塔
「んー・・・ここならなんとかなりそうね」
なにかを確かめるように、塔の壁をぺたぺたと触りながらジュエルが呟く。
それからカイン達を振り返って、「はいじゃあ皆、ここに並んで並んで」
と、自分の横の壁を指し示す。
一同は、何をする気なのか疑問を浮かべたが、とりあえず言われたとおり、壁に張り付くようにして並んだ。洞窟の中、むき出しになっている塔の壁は、6人並ぶのが精一杯だった。
カイン達4人を挟むようにして、両側にジュエルとエッジが立っている。「じゃあ、やるわよエッジ!」
「おう、いつでも良いぜ」エブラーナの親子忍者は頷き合う。
「なにをやる気か知らんがさっさとやれ」
などと、気怠そうに壁に背を預けて言い捨てるカインを無視して、二人は同時に壁に向かって手をついた。
忍法・壁抜けの術
不意に、壁が歪んだ。
まるで水面のように波紋が走ったかと思うと、次の瞬間。「うおっ!?」
壁に背を付けていたカインの身体が、まるで吸い込まれるようにして壁の中に消える。
「カイン!?」
「早く! アンタ達もさっさと行く! この術、効果は短いんだから!」言うなり、ジュエルも壁の中へと飛び込んだ。
「へー、面白ぇ!」
喜色満面に声を上げたのはバッツだ。
彼は言葉どおり面白そうに笑って壁の中へと飛び込んだ。「・・・こーゆートラップ、どっかであったなあ・・・」
ロックも、こちらは興味半分警戒半分と言った調子で、そろりそろりと壁の中へと入っていく。
それらを呆然と眺めているのは二人の魔法使いの女性。「・・・な、なにこの術・・・!?」
「こ、こんなの魔法だってありえない・・・」
「はいはい。オフクロが言ったとおり、効果は短いんだからさっさと行くぜ」セリスとリディアの間に入り、エッジが二人の肩を掴んで強引に壁に向かって突進する。
せまる壁に、思わず二人は悲鳴をあげた―――が、特に壁と激突することなく、壁の中に消えていった。そして辺りには誰の姿もいなくなった―――
******
バブイルの塔の通路無いに女性の絶叫が響き渡った。
「―――なに!? なんなのあれええええええっ!?」
叫び喚くのはリディアだった。
彼女は、今し方通り抜けていた壁―――今はもう、通り抜け出来ない―――を指さしてジュエルに向かって叫ぶ。「今の何!? 何したの!?」
「何って、壁抜けの術」
「そんなあっさり言われても!? てゆーか、壁を通り抜ける魔法なんて聞いたこともないよ!?」
「だって魔法じゃなくて忍法だし」しれっとした様子でジュエルが言うが、それでリディアは納得出来なかった。
壁を通り抜けた感触は、まるで泥水の中を潜ったような感触だった。
少なくともリディアの知る “魔法” の中で、壁を泥水のようにして通り抜けるようなものは存在しない。「まあ原理は魔法と忍法は似たようなものらしいけどな」
と、そうエッジが言って、リディアはふと未だにエッジが自分の肩を抱いていることに気がついて、全力で忍者の王子を押しのける。
「痛てて・・・まあ、簡単に説明するとだ」
以前、忍術のことを “タネはないが仕掛けはある手品” と述べたが、忍法は “タネも仕掛けもない手品” である。
それだけ聞けば単なる魔法のように思うかも知れないが、魔力を使い “世界” に対してあらゆる事象を起こすように要請させるのが魔法。
対して忍法は魔力―――忍者達は “念気” と呼ぶ―――を使い、世界や物体に “錯覚” させるモノである。例えば忍術では、魔法のように “何もない場所” で炎や雷を生み出すことはできない。炎があるように幻影を生み出すことはできるが。
だが、実際に燃えている炎を操ることはできる。
「この炎は熱くない炎だ。熱くないから触っても火傷するはずがない」などと炎に “錯覚” させるのが “忍法” である。今の壁抜けの術も「この壁は実は通り抜けられる」と壁に錯覚させることによって、通り抜けたというわけだ。
「ぶっちゃけ忍法ってのは対象を騙す、魔法の詐欺版ってとこか?」
「てゆーか本当に詐欺じゃない! 詠唱も無しで、壁抜けみたいな事を簡単にできるなんて・・・!」
「まあ、無制限に使えるわけじゃないしな」騙されたモノというのは疑り深くなるものだ。今の例で言えば、通り抜けた壁にすぐさまもう一度壁抜けは出来ない。
一度忍法を使った対象に、もう一度忍法を使うには、しばらく時間をおかなければならない。「早々何度も使えるモンじゃねえってわけだ。念気も “忍術” に比べてかなり使うしな」
「・・・あれ? 忍術と忍法って違うものなの?」
「厳密に言えばな―――そこらへん、じっくり手取り足取り腰取り説明してやりたいところだが」エッジは腰の忍者刀に手を添える。
通路の向こうから何かが近づいてくる気配を感じる。「敵・・・のようだな」
「フン、敵か味方が判断する以前に、ここは敵の本拠地だ。味方であるはずがないだろう」セリスの言葉に、カインが揚げ足を取る。
思わずムッとして言い返そうとしたが、その前に敵が姿を現わした。「あら皆さんお揃いで。一体、どうやって侵入したのかしらね?」
妖艶に微笑み、足音もなく近寄ってくるのは長い金髪の女性だった。
足音が無いのは当然で、足が地面について居ない。
宙に優雅に浮いたまま、風に流れるように現れた美女を見て、カインが詰まらなそうにフン、と鼻を鳴らす。「バルバリシアか―――まさかお前一人で俺達を相手にするつもりではないだろうな」
現れたのはバルバリシア一人だった。
カインの問いに、彼女は微笑んだまま言い返す。「そうだ、と言ったら?」
「別に―――ただ、貴様が死ぬだけだ!」ズダンッ、といきなりカインがバルバリシアに向かって跳躍する。
銀の槍の切っ先をバルバリシアに向け、勢いよく放たれた矢の如く肉薄する!「あらあら、せっかちねえ」
迫撃の竜騎士に対し、バルバリシアは軽やかに宙に舞ってその一撃を回避した。
回避されたと気づいたカインは立ち止まり、飛び上がったバルバリシアを見上げて、チッ、と舌打ちする。「外したか・・・!」
「生憎と、ここは狭い洞窟の中ではないわ。大空ほど自由な空間ではないけれど、貴方の攻撃を回避するのに不自由はない」今、カイン達が居るのはバブイルの塔の通路だ。
通路、と言っても狭くはない。カインが全力で跳躍出来る程度には広く、また天井はバルバリシアが言ったとおり、外に広がる大空には敵わないまでも、バルバリシアが自在に飛び回れるくらいには高い。「今日は貴方の相棒は連れてきていないのね」
「アベルのことか? 今回は塔の中がメインだと解っていたからな」槍を構え直し、天井近くまで飛び上がっているバルバリシアを見上げながら、カインは自分の言葉に「それに」と続けて、
「ここで貴様を倒すのに、アベルは必要ない」
そう言って、カインは跳躍する。
幾らカインでも、届かないほど天井は高い。その天井近くに居るバルバリシアに、カインの攻撃は届かない―――普通ならば。「おおおおおおおおおッ!」
「―――なっ!?」カインは一直線にバルバリシアに向かって飛び上がるのではなく、近くの壁に向かって跳んだのだ。
その壁を蹴り上げて、反対側の壁に向かって跳び、さらにその壁を蹴ってまた反対側へ―――三角跳びを繰り返し、徐々にバルバリシアへ向かって昇っていく。「・・・あいつは忍者か」
忍者のエッジが呆れたように見上げて呟く。
断っておくが、先程も述べたように通路は決して狭くはない。
普通の人間ならば、通路の端から端まで跳躍しても届かないし、並の竜騎士や忍者ならば、カインと同じ事をしても昇るどころか下がっていくだけだろう。「あらあら頑張るわねぇ」
段々と迫ってくるカインに対して、しかしバルバリシアは余裕で見物していた。
そして、さらに数度三角跳びを繰り返し、ようやくカインがバルバリシアの位置にまで到達する。「おおおおッ!」
槍の切っ先を向け、カインはバルバリシアへと最後の一跳びをする。
しかし―――「残念ね」
ひらり、と危なげなくバルバリシアは回避した。
ちゃんとした足場から跳んだならともかく、壁からで、しかも連続で跳躍を繰り返してきた後だった。いかなカイン=ハイウィンドと言えども、体力は消耗する。
今の一撃は、初撃に比べて速度も勢いも足りなかった。バルバリシアはカインの真下へと落ちて、天井と地面の中間あたりで浮遊して、カインを仰ぎ見る。
「さようなら。再会したばかりで悪いけれど―――」
言いつつ、髪の毛を落ちてくるはずのカインへ向かって伸ばす―――と。
「ああ、全くだ」
カインがにやりと笑ってバルバリシアを見る。
その余裕の笑みに、イヤな悪寒を感じて、伸ばしかけていた髪の毛を引っ込め、慌てて回避行動に移る―――それと同時。
ドラゴンダイブ
最早、カイン=ハイウィンドの代名詞とも呼べる一撃が、バルバリシアに向けて迫る!
“落下” ではない。天井を蹴り、天井から地面に向けて全力で跳んだのだ。脚力に加え、重力まで加算されたカイン=ハイウィンド最速の一撃が、彼女目掛けて降ってくる。
しかし、事前に回避行動に入っていたバルバリシアは、その必殺の一撃を寸前で回避した。弾丸―――いや、まるで彗星のように竜騎士が地面目掛けて落ちていく。
いかな最強の竜騎士でも、自身の跳躍では届かない高さから、地面に向けて跳躍したのだ。ただでは済まないどころか、地面と激突すれば即死のはずだ。「『レビテト』!」
カインが地面に激突する寸前、セリスの声が辺りに響いた。
途端、カインの落下速度が見て解るほどに弱まり、普通に床へと着地する。「余計なことを!」
「だったら無茶をするな!」
「無茶じゃない。魔法がなくても着地出来た」
「嘘を吐け!」カインとセリスの漫才を見下ろし、バルバリシアは舌打ちする。
「確かに、私一人では手に余るようね・・・・・・」
そう呟き、バルバリシアは後退する。
「逃がすか!」
通路の先へ逃げていくバルバリシアを、カインはすぐさま追いかける。
「って、おい! 一人で行くなよ!」
「ロック、追うな!」慌ててロックが追いかけようとするが、それを別の声が制止する。
ロックが声の方を振り返ると、いつの間にか剣から人形へと姿を変えたエニシェルの姿があった。「追うなってどういうことだ? 罠かも知れないだろが!」
「罠―――だろうな十中八九」ゴルベーザ達にとって、一番厄介な存在はカイン=ハイウィンドだろう。
何故ならば、ゴルベーザの配下の中で “最強” であるルビカンテの天敵であり、ナンバー2であるバルバリシアとも互角に空中戦ができる相手だ。唯一、ゴルベーザのダークフォースならばカインを抑えることができる。
しかしそのゴルベーザが姿を現わさないところを見ると、どうやらこの塔には今居ないようだ。
だからこそ、バルバリシアが囮になってカインを引き付け、その隙にルビカンテが他の者たちを燃やし尽くす―――おそらくは、それが敵の狙い。「―――と、セシルは読んでおる」
「ああそれは俺も同感だ! 解ってるならわざわざ敵の手に乗る必要もねえだろうが!」
「お前こそ解らないのか。妾たちの目的はゴルベーザ達を倒すことではなく、クリスタルを奪うことだ―――と、セシルは言っておるが」バルバリシアはカイン達にとっても厄介な相手だ。
神出鬼没に出現し、こちらの手の届かない宙を飛び回る。
カインがそれを抑えて居てくれるならば、こちらにとっても好都合―――そうセシルは言っているのだ。「だがよー、ルビカンテって炎の魔人が来たらどうするんだ? 逃げるのか?」
「リディアとセリスがいるだろう」リディアの氷の召喚獣はルビカンテを圧倒したし、セリスは氷系魔法を得意とする。
万全とまでは行かないが、ルビカンテに対して十分に対抗出来るはずだ。「もう一つ可能性があるわよ」
それまで黙っていたジュエルがぽつりと呟く。
「ルビカンテとバルバリシアが、二人がかりでカインに襲いかかったら? 幾ら最強の竜騎士でも、炎と風の魔人を相手には出来ないでしょう?」
ジュエルの提示した可能性に対して、セシル―――の言葉を代弁するエニシェルは、伝えられた言葉に呆れた様子で答える。
「 “それこそクリスタルを奪い返すのに好都合じゃないか” ―――だと言っておる」
「なっ・・・見殺しにするって事!?」意外な答えに、ジュエルだけではなく他の面々も少なからず驚いた。
が、ただ一人、バッツだけはにやりと笑って言葉を続けた。「それだけあいつを信頼してるってことさ。二人がかりで仕掛けられても、絶対になんとか生き延びることができるってな―――」