第22章「バブイルの塔、再び」
L.「一方、そのころ」
main character:ルビカンテ
location:バブイルの塔
『ふむ・・・カイン=ハイウィンドか』
ルビカンテの報告を聞いて、スピーカーの向こうからゴルベーザが渋い声で呟く。
今、ルビカンテはバブイルの塔に居る。
だが、ゴルベーザは現在この塔にはいない。
地底にある最後のクリスタルを奪うべく、それが守られている洞窟の結界を破ろうと出向いている。遠く離れたゴルベーザと会話出来ているのは、ルゲイエの作った通信機によるものだ。
今はその通信機を使って定時連絡を行っている最中だった。「報告するなら、私が直接出向くのに」とバルバリシアは不満を漏らすが、バルバリシアの “転移” は何も無制限に使えるというわけでもない。
距離に比例して力を消耗してしまう。塔からゴルベーザの元まで、二、三往復できるくらいの力はあるが、戦いに備えて余力は残しておくべきだというルビカンテの判断し、加えて「 “敵に撃退された” という報告を、私の代わりにしてくれるのなら頼むが」とルビカンテが言うと、バルバリシアは渋々と自分の部屋へと引き篭もった。・・・実のところは、ゴルベーザに同行しているシュウと顔を合わせて、またややこしいことにならないように気を配っただけだったりするが。
そんなわけで、今、ゴルベーザと会話しているのはルビカンテ一人だった。
同じ塔に居るはずのカイナッツォの姿も無いが、どうやら敵の動向を確認してくれているらしい。『確かにヤツはお前にとって天敵と呼べる相手かもしれぬ。だが、それでも力は互角のはず。バルバリシアと二人ならば問題あるまい』
「ハッ、カイン一人ならば。しかし敵はそれだけではありませぬ」
『召喚士の娘か』ゴルベーザの呟きに、ルビカンテは「はい」と答えた。
「あの娘の召喚する幻獣の力・・・決して侮ることはできませぬ。私ももう少しで氷漬けとなるところでした」
あの時はなんとか堪え切れたが、次も耐えられるかどうかは解らない。
それに、あの時はカインが “見逃してくれた” だけだ。例え幻獣の攻撃に耐えられても、力を使い果たした状態ではカインと戦うことは出来ない。『ふむ・・・あの時、召喚士の村で召喚士を殲滅しきれなかったことが悔やまれるな・・・』
「それに加え、ガストラの女将軍に件の旅人―――少数ながらも、いずれも侮れぬ精鋭です」
『少数精鋭か―――ならばクリスタルを直接狙ってくるな・・・?』
「案ずることはないのでは? こちらから招くような真似をしなければ、奴らが塔に侵入してくることはないかと」ルビカンテが言うと、通信機の向こうからしばらくの沈黙があり、やがてゴルベーザが思案げに呟く。
『・・・いや。我らとはいえバブイルの塔の全てを把握したというわけではない。エブラーナは代々塔を守護してきた国だ。もしもその協力を取り付けたなら、我らの知らぬ抜け道を使って侵入する可能性もある』
そう言った後、ゴルベーザはルビカンテに向かって言い放つ。
『助けには行かんぞ』
「!」それは突き放した言葉ではなく、あくまでも自分の配下を信じての言葉だった。
ルビカンテの天敵とも呼べるカインに加え、召喚士の娘にセリス=シェール、さらにはバッツ=クラウザーまで相手に居る。
いくらゴルベーザの配下で “四天王” と呼ばれる者たちの内、三人が居ると言っても手に余る相手だ。だが、それでもゴルベーザはルビカンテならばなんとかするだろうと信じる。
「―――有り難う御座います、ゴルベーザ様。その信頼、必ずや応えましょう!」
『ピンポンパンポーン♪ そんなお前さんに朗報じゃっ』いきなりゴルベーザとは別の声が通信機の向こうから響いてきた。
「ルゲイエ?」
『いえーす! ワシ、ルゲイエ。ただいま頑張る人を応援キャンペーン中。ってことで、素敵なプレゼントを二つもご用意しとるぞ』ヒャッヒャッヒャ、と笑いながら巫山戯たように言う科学者に、ルビカンテは不快な表情を浮かべる。以前、ガストラのケフカ=パラッツォが連れてきたこの科学者を、どうにも好きにはなれなかった。
しかし、フォールスの人間にしては高い科学知識を持ち、天空を漂っていたゾットの塔の機能を回復させたり、バブイルの塔を速やかに再起動できたのも半分はルゲイエのお陰だと言っても良い。時折見せる変な言動さえなければ素直に尊敬もできるのだろうが、その性格のせいでルビカンテは嫌悪していた。
「・・・また危うげな発明か?」
つい先日の事を思い返す。
ルゲイエの造った砲台―――正確には、バブイルの塔に備わっていたものを改修したらしいが―――のせいで、塔が半壊した。
月へ至る “扉” には影響は無いらしいが、後で聞いたところによれば、一つ間違えれば塔が丸ごと消し飛んでいたという。『安心せい。今度のは割と安全じゃっ』
“割と” の部分に不安を覚えなくもなかったが、今は正直猫の手でも借りたいところだ。
使えるものがあるならば使おうと、ルビカンテは自身を納得させる。「それは一体―――」
『詳しくはカイナッツォに聞くが良い。ヤツに預けてあるでの。ヒャッヒャッヒャッ・・・・・・』笑い声が遠ざかり、やがてルゲイエの声は聞こえなくなった。
代わりに、またゴルベーザの声が通信機の向こうから響いてくる。『ふむ・・・ともあれルビカンテ、塔の方は任せた』
「ハッ! 必ずやバロンの者たちを殲滅してみせます! この命に代えても!」ルビカンテがはっきりとそう言うと、通信機の向こうで苦笑が漏れた。
「ゴ、ゴルベーザ様・・・?」
『履き違えるな』
「そういう意味ですか?」
『お前の使命はカインらを倒すことではない。クリスタルを守り抜くことだ』
「ですから、クリスタルを狙う者たちを倒して―――」
『奴らを倒してもクリスタルを奪われては意味がない。逆に、奴らを倒せなくてもクリスタルさえ守れればそれでよい』解るか? と、ゴルベーザは言葉を続ける。
『お前やバルバリシア、カイナッツォが倒れれば、クリスタルを守る者が居なくなる。だからこそ、お前達は死んではならん』
『・・・素直に “死ぬな” とは言えないのか』通信機の向こうから、またゴルベーザとは別の声が聞こえてきた。
ゴルベーザに協力しているバラムガーデンのSeeD―――シュウだ。『・・・・・・上に立つものが、そうそう甘い言葉を部下にかけるわけにはいかんだろう』
『十分甘いと思うけどな』
「む・・・』シュウに切り替えされ、ゴルベーザは押し黙る。
向こうでシュウがくすりと笑う声が僅かに聞こえた。思わずルビカンテも声を立てずに笑う。と、ごほん、とゴルベーザが咳払いして再度ルビカンテに向かって言った。
『いいか? 自分を犠牲にしてまで奴らを倒そうなどとは思うな。それだけの気概があるならば、例えクリスタルを奪われたとしても、責任を持って奪い返せばそれでよい。お前の命と奴らの命では、天秤にかけるまでもなく割に合わんからな!』
それだけ言うと、ゴルベーザは通信を切った。
ぷつん、と音がして辺りに静寂が訪れる。(心得ました。ゴルベーザ様の御心、絶対に裏切りません)
通信機の前で、ルビカンテは静かに決意した―――瞬間、辺りに警報が鳴り響く。
なんだ? と気を張りつめていると、今し方切れたばかりの通信機から、再び声が発せられる。但しそれはゴルベーザの声ではない。『ルビカンテ!』
「カイナッツォか。どうした!?」
『奴らだ。バロンの者どもが、塔の中に侵入してきた!』
「そうか・・・!」ルビカンテは驚かなかった。
ついさっき、ゴルベーザに予見された通りだ。
ならば彼のやるべき事は一つ。「迎撃する! ―――カイナッツォ、ルゲイエから預けられたものがあるらしいが・・・?」
問うと、通信機の向こうからカカカカッ、という笑い声が聞こえてきた。
『おお、あるとも。これを纏えばルビカンテ、お前は無敵だ―――』