第22章「バブイルの塔、再び」
H.「名代」
main character:エニシェル
location:エブラーナの洞窟

 

 

 ルビカンテ達を退けてから小一時間後―――

「はあ・・・・・・足下が地面ってなんて素敵なんだろう・・・・・・!」

 感激の言葉を発しながら、バッツは洞窟内を踏みしめていた。
 その隣を歩くロックがジト目で「それ、言うの十八回目だぜ」と呆れたようにつっこむ。

「しかし天然の洞窟を砦にするって言うのは格好良いよな」

 バッツにつっこみながら、きょろきょろと辺りを見回しながらロックは歩く。
 トレジャーハンターとして、こういった場所には興味をそそられるのだろう。とはいえ、まだここはただの洞窟で、エブラーナ忍者達が砦として使っているのはさらに奥であるが。
 と、そんなロックに、エニシェルがなんとなしに尋ねた。

「だが良かったのか?」
「ん?」
「セリスをエンタープライズに残してきて」

 セリスの姿はここには無い。

 ルビカンテを撃退した後、エブラーナの国王代理であるジュエルが、バロン側の考えをカインに聞こうとしたが、カインは「こちらの代表は地上に残っている」と答えた。
 それならば、洞窟の奥にあるエブラーナの砦に連れて来て欲しいとジュエルが要請してきた。

 広い洞窟だが、さすがに小型とはいえ飛空艇が入るほど大きくはない。
 仕方ないのでエンタープライズは地上に残すしかない。その護衛としてカインがセリス、サイファーと一緒に飛空艇に残り、それと入れ替わるようにバッツとロックを伴ってエニシェルがエブラーナの砦へと向かった。ユフィはその案内役である。

 ちなみに、負傷したエッジはジュエルと共に先に洞窟の奥へ潜り、リディアもまた再会した母と一緒に先行していた。

 エンタープライズの護衛はたった三人だが、カインとセリスの二人がいれば大抵の敵には遅れを取ることはない。サイファーも、カインには及ばないにしても、戦闘力だけならばセリスに匹敵する。

「なにか問題でもあるのかよ?」
「む? 貴様、セリスに懸想していたのではなかったのか?」
「ちょ、ちょっとまてい! なんの話だそれはっ!」

 思わず大声で叫ぶ。
 洞窟内にロックの声が反響していった。

「俺は別にセリスのことなんて・・・・・・」
「あれ、そーなのか? てっきりロックとセリスはラブラブかと思ってたんだが」

 などとのたまったのはバッツだったりする。
 色恋沙汰に鈍感と見せかけて実は割と鋭い。馬鹿だが―――いや、馬鹿ゆえに直感が鋭いのかもしれない、

「ラブラブゆーなっ! 別に俺はっ、セリスとはそんなんじゃねえっ!」

 力一杯超否定。
 そんなロックに、エニシェルが言う。

「ならばその言葉、そのままセリスに告げても構わんな?」
「え・・・っ」

 思わず動揺して、ロックは言葉に詰まった。
 そこへさらにエニシェルは続ける。

「―――と、セシルのヤツが言ってみろと」
「張り倒すぞクソキング!」

 エニシェルの向こう側で笑っている(だろうと思われる)セシルに向かって、ロックは怒鳴りつける。
 実際に面と向かって同じ事を口にすれば、はり倒されるのはロックの方だろうが。多分、ベイガンあたりに。

「でもさあ、ロックとセリスの関係はともかく、カイン=ハイウィンドっていえば、手が早いことで有名じゃなかったっけ? バロンに居るあらかたの若い女性は手をつけられたって聞くじゃん」

 などと言ったのは、一行を先導していたユフィだった。
 ちなみにエッジとリディアはこの場に居らず、洞窟の先の “砦” でジュエルやミスト達と一緒に待っている。

「セリスもオとされちゃうかもよ〜・・・?」

 にひひ、と意味ありげにユフィはロックを見やるが、しかしロックは特に慌てずに、逆に憐れむような視線をユフィへ送る。

「・・・まあ、確かに。歯牙にもかけられなかった、誰かさんよりは口説かれる可能性は高いかもなあ」
「むっ! なんだよそれどーゆー意味!?」
「そのまんまの意味なんだけどな」

 ユフィは一時期、バロンの城で使用人として働いていた。
 それは彼女なりに理由があったのだが、それはさておき。
 当然、何度も城内でカインと遭遇したのだが、全く見向きもされなかったのだ。

「なっ、なにおー!? このアタシに女としての “みりき” が無いとでも言いたいのかー!」
「 “魅力” だろ。ていうか・・・そんな、自分を追い込むような質問するなよ、思わず泣けてくる・・・」

 うっ、とわざとらしく、ロックは目元を掌で覆った。
 それを見たユフィが怒りで顔を紅潮させる。

「こ、こ、こ、このおおおおおおおおっ!」
「おいおい、ロック。あんまりからかうなよ。」

 フォローするようにバッツが言う。

「幾らカインが節操無しって言っても、子供を相手にはしないだろ」

 フォローになっていなかった。

「子供扱いするなー!」

 ちなみに現時点でユフィは15歳。
 十分に子供である。

 ・・・とまあ、そんな感じで騒ぎながら洞窟を進む一行の前に。
 洞窟の中に作られたエブラーナの “砦” が姿を現わした―――

 

 

******

 

 

 洞窟の中を歩き続けた先に、大きく開けた空間があった。
 見上げるほどに高い―――バロンにあるロイドの実家くらいあるかもしれない―――天井があり、ミストがルビカンテ戦で召喚した巨人 “タイタン” でもすっぽり収まりそうな広い空間。ただ、収まる、というだけで戦闘させるのにはやはり無理があるだろうが。

「随分と高いが・・・・・・まさか崩れてはこぬだろうな・・・?」

 少し不安そうにエニシェルが天井を仰ぐ。
 これだけ高ければ、地上が見えていてもおかしくはない。つまりそれだけ天井が薄いと言うことだ。

「安心しろよ、洞窟に入ってから随分と降っただろ? 俺の感覚だとあの天井、入り口よりも低いくらいだぜ」
「そうなのか?」

 ロックに言われてエニシェルはちょっと驚いた。
 確かに何度か、洞窟を下に降ったのは憶えている、が見上げた高さほど降ったとは思っていなかった。
 と、次の瞬間、エニシェルは別のことに気がつく。

「ちょっと待て! もしかして、この場所は海面よりも低いというのか・・・?」
「当然。それがどうかしたか?」

 首を傾げるロック。エニシェルはバロンの城で戦った “偽物” のバロン王のことを思い出していた。

「あのルビカンテやバルバリシアと同じように、 “水” を操る者が敵にいる!」
「なるほど、そいつが入り口から海水を注ぎ込んだりすれば、洞窟が沈没するな」

 そう言いながらも、ロックは大して気にはしていないようだった。

「だが、それには “敵がこの洞窟の構造を知っている” ことが前提だ。ルビカンテ達は洞窟の入り口で撃退したし、問題ないだろ」
「だといいがな」

 ―――などと、広間の入り口でそんな話をしていると。

「ようやくご到着? ちょっとのんびりしすぎなんじゃない?」

 ちょっと機嫌悪そうにジュエルが現れた。
 この空間、ロック達が出てきた場所とは別に、幾つも横穴が開いていて、どこかへと繋がっているようだった。
 その中の一つから、ジュエルは現れたのだ。

「・・・カイン=ハイウィンドは?」

 ジュエルは一行の中にカインの姿がないことに気がついて尋ねてきた。「上に残ってる」とバッツが言うと、ジュエルはさらに不機嫌そうに表情を歪ませた。

「じゃあ、バロンの代表って誰なの?」
「妾である」

 エニシェルが前に進み出ると、ジュエルは「は?」と間の抜けた声を上げる。
 それはそうだろう。
 エニシェルは傍目から見れば、幼い少女としか見えない。白いミニドレスを着ているが、そのドレスは決して上等なモノではなく、一般庶民が少し頑張っておめかししたという程度の服装だ。つまり、貴族の娘にすら見えない。

 早い話、一国の代表としては明らかに役者不足にしか見えないのだ。

「あなた・・・何?」
「だから妾がバロンの代表―――バロン王の名代だと言うておる」
「馬鹿にしてんの!?」

 不機嫌を爆発させ、ジュエルは近くにいたバッツに詰め寄った。

「バロンの代表を呼んでくるから少し待ってっていうから待ってたのに、こんなお嬢ちゃんがそれだっていうの!?」
「え、いやそのっ、こう見えてもエニシェルは暗黒剣で―――」
「はあ!? わけのわからないこと言ってンじゃないよ! こちとら国の存亡がかかってるんだ! だからやむなく仇敵の力を借りようってのに、あんたらやる気ってもんが―――」
「少し黙れ」

 エニシェルがぽつりと呟いた瞬間、バッツに向かってまくし立てていたジュエルは反射的に背後へと跳躍した。
 無意識に手が懐に伸びて、短刀を引き抜く―――と、そこでようやく何故か自分が戦闘態勢に入っていたことに気がつく。

「な・・・なに・・・?」

 困惑しながら―――しかし構えは解かずに―――エニシェルを警戒したまま伺う。
 確かに今、エニシェルの方から何か “良くない気配” を感じとった。殺気、に似ていたがそれとは違う。上手く表現出来ないが、とにかく危険な気配だ。

「ほう・・・少しダークフォースを漏らしただけでその反応。さすがはエブラーナの忍者と言うところか」
「あんた・・・何者・・・?」

 最早、ジュエルの目にはただの子供とは映っていなかった。
 カイン=ハイウィンドやルビカンテと同じ警戒すべき―――いや、得体の知れない、という意味では彼らをも上回るほどの存在だ。

 しかしエニシェルは苦笑して応える。

「妾はエニシェル。先程も言ったが、バロン王の名代としてこの地にやってきた」

 刃を構えるジュエルに対し、エニシェルは平然を崩さない。
 そこからも、ただのお子様でないことははっきりと解る。

「妾の言葉はバロン王セシル=ハーヴィの言葉と思うてくれて良い」
「・・・それを証明するものは?」

 ジュエルの問いに、エニシェルは片手を前に突き出す。
 その仕草に、ジュエルは警戒を強めて身構えたが、エニシェルは構わずに呟いた。

「在れ」

  “眩しくない” 光がエニシェルの手の中に生まれ、その光が地面に向かって伸びる。
 一瞬後、地面に突き立つように煌めく金色の剣がエニシェルの手に握られていた。

「セシル王の聖剣ライトブリンガーだ。 “この剣に懸けて” ―――では納得出来ぬか?」
「・・・・・・」

 突如として現れた聖剣に、ジュエルは言葉を失っていたが―――やがて、短刀を懐に戻した。

「解った。認めましょう」

 ジュエルはライトブリンガーを見たのは初めてだ。
 だから、それが真にセシルのものかどうかは解らない。
 だが、騎士の国から来た者が “この剣に懸けて” と言ったのだ。剣は騎士の命とも言える物。生半可な覚悟ではそんな言葉は吐けないはずだし、覚悟無き者が口にしたならば断罪されるだろう。

 それに、バロン王の真意が同であれ、このエニシェルと名乗った少女は普通のお嬢ちゃんではないことくらい、ジュエルにも解った。
 少なくとも、伊達や酔狂でこの場にいるというわけではないようだ。

「じゃあ、早速だけどこっちに来てくれる? ここでこのまま立ち話ってわけにも行かないでしょう?」
「あ、悪いけど俺、別行動して良い?」

 ジュエルが会談の場所へと案内しかけたところでロックがそんな事を言い出した。

「こういうトコ、来る機会なんて滅多にないだろうし、色々と見物したり話聞いたりしたいんだけど」
「あ、俺も俺もー!」

 バッツがはいはいはいっと手を挙げるがロックは無視。
 愛想笑いなんぞ浮かべ、揉み手をしながらジュエルに迫る。

「お願いしますよ。一生の記念にしたいんスよ。エニシェル一人居れば、俺は要りませんしー」
「ユフィ、こいつは何?」

 ジュエルが問う。
 どう見ても、バロンの騎士には見えない―――それを言えば、カイン以外は騎士どころかバロンの人間というわけでもないのだが。

「一応、バロンの飛空艇技師です」

 ユフィが知っているロックの素性と言えばそれだった。
 ジュエルはしばらく考えて―――頷いた。

「解った。変にあちこち探ろうとしなければ構わないわ」
「やりぃ。ありがとうござ―――」
「但し! 監視はつけさせて貰うわよ?」

 そう言って、ジュエルはユフィに目配せする。
 ユフィは「はいっ」と返事をした。

「というわけで、あたしがしっかり監視するからね! こーんな美少女と一緒だなんて、なんてラッキーなヤツ」
「・・・できればもっと色気のある女忍者とかがいいです」
「なにおー!」
「まあ仕方ない。チンチクリンで我慢しとくかー」
「このヤロー! チンチクリンって誰の事だ!」

 喚くユフィを引き連れて、ロックは近くの横穴の中へと入っていく。
 それを見送って、エニシェルが「意外だな」と呟いた。

「忍者とは、もっと秘密主義だと思っていたが」
「もちろん、外部に漏らせないような秘密は見せないわよ」

 そう言いつつ、ジュエルには思惑があった。
 エニシェルが何者かは解らないが、所詮は小娘。おそらくはこちらを欺くための “飾り” であり、事実上のバロン側の代表は別にいるとジュエルは睨んだ。
 協力する、と言っても、バロンとエブラーナは長い間敵国同士だった。それが近年停戦していたのは、バロンが “飛空艇” を開発してことが理由となっているが、巡り合わせで国王同士が友人となったことも大きな要因だ。

 それがなければ、飛空艇でパワーバランスが崩れたとしても、バロンは停戦どころかエブラーナへ侵攻し、エブラーナは滅びるまで徹底抗戦したはずだからだ。

 そして、互いの王が殺されてしまった今、いつまた戦争が始まるかわからない。
 当面はゴルベーザという共通の敵がいるが、しかしバロンに対しても気を抜くわけにはいかない。

 だからこそ、バロン王はエニシェルを名代とすることでなにかしら企んでいる、とジュエルは判断した。
 そして、ロックに別行動を許したのは、本当の名代を絞るためだ。
 カインがここに居らず、ロックが別行動するとなれば、あと残るは―――

「ちぇ、ロックのやつ。俺だってこういうの興味あるのにさ・・・」

 ちょっとだけ羨ましそうにロックの入っていった横穴を見やる茶髪の旅人を見る。

(バッツ=クラウザー。かの剣聖の息子、か・・・)

 バッツこそが本当のバロン側の代表だと見当付ける。
 忍者として、カンは鋭かったが、さすがに遠く離れたバロンの玉座に座って居るであろうセシルこそがバロンの代表とは考えもしない。

「時間が惜しいわ。さっさとこれからのこと―――ゴルベーザにどう対抗するか、話し合うとしましょうか」

 そう言って、ジュエルは広間の奥にある横穴へとエニシェル達を誘った―――

 

 


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