第22章「バブイルの塔、再び」
I.「協力」
main character:エニシェル
location:エブラーナの洞窟

 

 

 案内された横穴は、それほど深く続いては居らず、ちょっとした大きな部屋のようになっていた。
 部屋、とは言っても部屋のような空間が広がっているだけだ。家具の類は一切無く、部屋の中を明るく照らすランプが置いてあるだけだった。

 洞窟内を照らしているヒカリゴケが生えていないわけではないが、やはりランプの方が明るく、不自由がない。

 と、そんな明るく照らし出された部屋の中には、複数の人影があった。
 皆一様に忍び装束に身を包み、思い思いの場所にあぐらをかいたり、突き出た岩盤を椅子代わりに腰を下ろしている。

「―――」

 忍者達はジュエルに続いてエニシェルとバッツが部屋の中に入ってくるのを認めると、一斉に視線を向ける。
 その視線は刃のように鋭く、睨むだけで人を殺しそうな殺気が込められていた。

 ―――だが、そんな殺気など気にせずに、二人は適当な場所に腰を下ろした。

「・・・いい根性してるじゃない」

 バッツ達を振り返って、ジュエルがにやりと笑う。
 そんなジュエルに、バッツは「なにが?」とよく解っていない様子で尋ね返す。

「あのね、まさかこれだけの殺気に気がついてないってわけじゃないでしょ?」

 戸惑うように尋ねるジュエルに、バッツは眉根を寄せて首を傾げる。

「殺気?」
「気づいてないんかい!」
「っていわれてもなあ。なんか睨まれてるってのは解るけど」

 きょとんとしたままバッツが呟くと、その隣でエニシェルがくっくっく、と忍び笑いを漏らす。

「何が可笑しいの?」
「わからぬか? バッツはこの程度の “殺気” など気にするほどでもないと言っておるのだ」

 並の人間ならば腰の一つでも抜かしそうな強烈な “気” だが、今まで何人ものの “最強” と渡り合ってきたバッツには、単に睨まれているとしか感じられない。

(―――というか、こうあからさまに殺気を放っている時点で、この場にいる忍者は大したことのないレベルだと解るね)

 エニシェルを通して周囲の状況を見て取ったセシルの感想が、エニシェルだけに伝わってくる。

 忍者とは忍ぶ者。
 闇に潜んで影を渡り、夜に生きる者達だ。
 強い殺気を放つよりも、殺気を表に出さない方が優れた忍者と呼べる。

「ふむ。確かにレベルは低いようだな」
「なにをっ!」

 忍者の一人が激昂して立ち上がる。
 続いて、他の忍者達も立ち上がった。殺気、というか殺意をエニシェルとバッツに向けて、今にも斬りかかりそうだった。

「・・・一つ聞いて良いか?」

 忍者達の事など気にする様子もなく、エニシェルはジュエルに尋ねる。

「さっきから気になっておったのだが、この者たちはなんなのだ?」
「それは・・・・・・」

 エニシェルの問いかけに、ジュエルはなにかを言いかけて口ごもる。
 と、セシルがエニシェルに囁いてきた。それを聞いて、彼女は薄く笑う。

「・・・まさかとは思うが、ここに居るのがエブラーナ忍軍の全戦力、というわけではあるまいな?」
「・・・・・・!」

 ジュエルは表情を強ばらせたまま答えない。
 が、その無言が答えとなっていた。

「ちょっと待て、こいつらがエブラーナの全戦力って・・・こんなやつらが!?」
「! 俺達を馬鹿にしているのか!」

 忍者達がさらに怒りを膨らませる―――が、そこに苛立ったような溜息が響く。

「そーゆーところが馬鹿だっていうのよ! この馬鹿共!」

 呆れ、苛立ち、失望―――そんな感情を含んだ、どこか投げやりな叱咤を発したのはジュエルだった。

「お察しの通り―――まあ、全戦力ってのはちょっと語弊があるけど―――今現在、この砦でまともに戦力として数えられるのは、ここに居るやつらだけよ」

 ちなみに人数はジュエルを含めても二十人に満たない。
 だが人数よりも問題なのは―――

「人数はともかく、バッツの言うとおり、それほど実力があるようには見えんが」

 エニシェルの言葉に、忍者達が鼻白む。
 なにか反論しかけたが、ジュエルが一睨みすると押し黙った。

「殆どの上忍や中忍―――実力のある忍びはあの炎の魔人に焼き殺されたわ、この砦に居た者もさっき炭になった」
「つまりここに居るのは実力のない忍者というわけか?」
「ええ。中忍の中で辛うじて生き残った者たち―――炎の魔人に対抗する力を持たない者たちよ」

 つまり戦闘能力はそれほど高くなく、ルビカンテに対して真っ向から戦わず、攪乱任務を受けていた者たちだ。

「 “この砦には” と言ったが、この砦の他は・・・?」
「どうやら他の砦もあらかた燃やされたみたいね。まあ、他の砦を守っていた上忍たちも、何人かは生き延びているかもしれないけれど・・・・・・生き延びていても今はアテにはできないわ」

 生き延びても、戦える状態かどうかは解らない。
 ならば、死んだものと考えていた方が良い。

「ウチらの戦力をアテにしていたのなら遅かったわね。あと一日―――半日でも早く来てくれていれば、まだ戦える者は多かったのに」

(嘘だな)

 不意に、セシルがの声がエニシェルに届いた。

(嘘・・・?)
(彼女は僕たちを信用していない。そんな相手に、わざわざ自分たちの戦力の無さをアピールするはずがない)
(そうか? 本当に無ければ仕方あるまい?)
(・・・さてね。まあ、なんにせよ、エブラーナに戦力が在ろうとなかろうと、僕らがやらなきゃいけないことは一つだ―――エニシェル)

 セシルはエニシェルの名前を呼び、言うべき事を伝える。
 それを聞いて、彼女はジュエルに向かって口を開いた。

「エブラーナの実状は解った。詰まり、バロンに協力出来るほどの戦力は無いというのだな?」
「ええ。悔しいし情けないとは思うけどね」

 顔を俯かせ、唇を振るわせてジュエルが答える。
 しばし視線を地面に落とした後、彼女は不意に顔を上げてエニシェルを見た。

「そこで一つ提案―――いえ、お願いがあるの。これよりエブラーナはバロンに従属する。だからバブイルの塔の敵を、バロンの軍勢で殲滅してはいただけないかしら?」
「ジュエル様!?」

 流石に黙っていられず、忍者達が声を上げる。
 しかし、ジュエルの決意を感じ取ったのか、それ以上は何も言えないようだった。

「従属・・・つまり、エブラーナという国は滅びる、ということか?」
「もうすでに滅んだようなものよ。王を失い、配下の忍者達も実力ある者たちは殆ど失われた―――すでにエブラーナは国としての力を失っている!」

 悲痛な表情で、ジュエルはエニシェルに訴えた。

「こうなればバロンの慈悲にすがり、生き残った者たちだけでも守る・・・それが、私のエブラーナ王妃としての最後の役目・・・」

 瞳の端には涙が潤んでいた。
 その涙には、確固たる決意が秘められているようにエニシェルには感じられた―――のだが。

(・・・本当に演技なのか、これ?)

 心の中で呟くと、セシルが頷く気配を感じた。

(演技だよ。国がどうでも良いって言うなら、バブイルの塔なんか放っておいて、エブラーナから逃げ出すことを考えるだろ。なのに、僕らにゴルベーザたちの殲滅を頼むと言うことは・・・)
(自分たちの力を使わずに、敵を排除しようと考えている・・・?)
(そう言うこと。付け加えれば、きっと彼女は僕たちがゴルベーザ達と共倒れになってくれれば最高だとか考えてるんじゃないかな)
(むう。それでどうする? 嘘にせよ誠にせよ、エブラーナの強力は得られそうにない)
(戦力的にはね。だから別の事で協力してもらうさ)

 エニシェルはセシルの言葉を聞いて、口を開いた。

「そちらの話は解った。ならば、ゴルベーザを倒すために、エブラーナにも協力してもらう」
「・・・だから強力するほどの力は無いと言ったでしょう?」
「別に戦力を提供しろとは言っていない」
「どういうことかしら?」
「ゴルベーザを倒すためにはバブイルの塔へと侵入する必要がある」

 そう前置きして、エニシェルはセシルから伝えられた言葉をそのまま口にした。

「バブイルの塔への侵入方法、それを提示してもらいたい」

 

 

 


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