第22章「バブイルの塔、再び」
E.「惚れた弱み」
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character:エドワード=ジェラルダイン
location:エブラーナ
リディアとエッジがルビカンテ達と対峙していた頃―――
洞窟を入ってすぐの辺りの浅瀬の辺り。
足首までの浅い水の中に、竜騎士が一人立ちつくしていた。「・・・・・・・・・敵はどこだ・・・?」
呟いてみる、が、それに答える者は居ない。
早い話―――
カイン=ハイウィンドは、完全に迷子になっていた。
******
「時間を稼ぐ・・・ねえ。私達二人を相手に、たった一人で戦うつもり?」
バルバリシアが挑発するように宙に寝そべってエッジを見おろす。
確かに、エッジはルビカンテ一人にも勝てなかった。そこへバルバリシアが加わってしまえば、勝ち目などゼロに等しい。しかし―――
「誰が時間を稼ぐって言ったよ?」
忍者刀を固く握りしめ、エッジは言い放つ。
「俺一人でてめえらブッ倒してやる!」
「大きく出たが―――それは無謀というものだ」使う力の属性とは裏腹に、冷静にルビカンテが言い返した。
そして、バルバリシアへ言う。「こいつは私が相手をする。バルバリシア、お前は―――」
「解ってる。女は女同士―――」フッ、といきなり宙に浮かんでいた彼女の姿が掻き消えた。
一拍おいて、金髪の美女の姿は、リディアの背後に現れる!「―――楽しみましょ♪ って言いたいところだけど、これで終わりッ!」
彼女はリディアの首筋に向けて自分の指先を向ける。
触れたモノを石へと変える石化の指先だ。
だが、それがリディアへ触れるよりも早く―――「トリス!」
「!?」
「ケェーーーーーーッ!」けたたましい鳴き声と共に、コカトリスのトリスがバルバリシアのすぐ側に出現した。
すぐさまそのクチバシでバルバリシアを突こうとする。「くっ!?」
不意打ちを仕掛けた積もりが、逆に不意を討たれ、バルバリシアは慌てて後ろに飛んでトリスの一撃を回避する。
トリスはくるりとその場で向きを変えると、さらにバルバリシアに向かって突撃した!「鳥のくせに!」
普通の鳥ならば洞窟の中では鳥目で何も見えない―――どころか、トリスくらいの大きさの鳥だと、大きく旋回せずに向きを変えるなどと言うことは不可能だが、そこは “魔の法則” の中に生きる魔物である。物理法則を無視した動きで、バルバリシアへと肉薄する―――が。
「調子に乗るんじゃない!」
バルバリシアの髪の毛が伸び、トリスへと迫った。
それを避けようとするが、トリス以上に機敏に髪の毛は宙を舞い、あっと言う間に人間大の鳥の体を絡め取る。「ケェッ!?」
「うぐっ・・・」髪の毛がトリスを締め付け、トリスが悲鳴をあげると同時、リディアの口からも悲鳴が漏れた。
それを見て、バルバリシアは面白いことに気がついた、と笑う。「・・・そう言えばミストの召喚士は、召喚獣と同調しているのよね? なら、コイツを殺したらどうなるのかしら?」
「ゲェェェ・・・・・・ッ!」段々とトリスを締め付ける髪の毛の強さが強くなっていく。
リディアにも全身を締め付けられる苦痛が襲い―――しかし、リディアはそれに耐えながら、もう一体召喚する!「ボムボム!」
「GAAAAAAAAAッ!」リディアのすぐ側に炎の固まりが出現した。
それはもの凄い勢いでバルバリシアに向かって飛び込み、その髪の毛を焼く。「キャアアアアアアッ!? わ、私の髪の毛がっ!」
慌ててバルバリシアは風の刃 “かまいたち” を作りだして、燃える髪の毛を自分から切り離した。
縛めから解放され、ほっと息を吐くリディアとトリス。「・・・よくも・・・よくも私の髪の毛をッ!」
バルバリシアの髪は自在に伸ばせる。
とはいえ、自分の髪の毛を燃やされたのは、女として許し難いものらしい。
彼女は怒りに瞳を燃やして、ボムボムを睨付ける。「殺す!」
バルバリシアは腕を振り上げる。
すると、ボムボムを中心に旋風が巻き起こった!
ミールストーム
エブラーナの忍者達を吹き飛ばした技だ。
風の吹かない洞窟の中なので威力は落ちるが、たかが魔物の一匹や二匹ならば、容易く吹き飛ばせる。―――相手が炎属性の魔物でなければ。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
風の中、ボムボムは吹き飛ばされるどころか、その身体がどんどん膨れあがる。
「・・・あ!」
ボムボムの身体が元の二倍ほどに膨れあがったのを見て、バルバリシアは自分の失敗に気がついた。
炎は風に煽られてその勢いを増す―――それは、先程自分で言った台詞だった。
「しまった―――」
彼女が悲鳴をあげると同時、ボムボムは巨大化した身体でバルバリシアへ突進する。
「来ないでっ!」
バルバリシアは風でボムボムを押し返そうとする―――が、洞窟内であるためか風の力は弱い。
ボムボムの突進する力とギリギリで拮抗し、膠着する。(もう・・・っ! 洞窟の中じゃなければこんなやつ―――)
本来のバルバリシアの力ならば、炎を煽るのではなく、一息に吹き消すことだってできたはずだ。
洞窟の中で力を衰えている上に、相手は “召喚” されて力を上乗せされたボムだ。相手と状況が悪すぎた。さっきリディアの背後に出たように転移しようにも、あれはそれほど手軽に使える技ではない。
転移するには一旦、ボムボムを押し返している風を止めて、少しばかり集中しなければならないが、そんなことをすれば逃げる前に燃やされてしまうだろう。つまり。
「・・・これ、ルビカンテがなんとかするまで、どうしようもないってこと・・・?」
ボムボムを押し返しながら、バルバリシアは呆然と呟いた。
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「・・・バルバリシアが追い込まれるとはな
巨大化したボムボムを見て、ルビカンテは感嘆する。
どちらかというと、バルバリシアの自爆といえなくもないが。ボムボムが大きくなったせいで、ルビカンテの位置からはバルバリシアの姿は見えない―――が、しばらくは放っておいても無事だろう。
「まあいい。元々、私一人で戦うつもりだったのだ・・・」
「させるかよっ!」エッジは忍者刀を構えて怒鳴る。
が、ルビカンテに自分の攻撃が通用しないことは解っている。さっきは一人で勝つようなことを言ったが、あれは単なるハッタリだ。
エッジ一人では、ルビカンテ一人にも勝てないことは分かり切っている。ならばエッジに出来ることは―――
(女に頼るのは、男として情けねえが―――この際言ってられねえ! リディア、頼んだぜ!)
言われたとおりに時間稼ぎをして、死ぬ気でリディアを守り抜く。
リディアは言った。
ルビカンテを倒すには、自分一人では無理だと。
時間を稼いでくれれば絶対に倒すと彼女は言った。(惚れた女の頼みとあっちゃあ、やるっきゃねえよな!)
火燕流
エッジと、さらにその後ろにリディアに向かって炎が迸る。
狭い洞窟内なので逃げ場はない。あったとしても、逃げればリディアが炎に燃える。
火遁・焔舞い
ルビカンテの放った炎が、まるで吸い寄せられるようにエッジの身体を包み込み、その背後のリディアまで流れない。
焔舞い―――本来は、夜など暗い時に、身体に炎を纏って敵を引き寄せ、その隙に味方を逃がすための術である。それを少しアレンジして、エッジは自分の身体に炎を引き付けさせ、身に纏う。しかし、それでリディアを守ったは良いが、このままではエッジが燃え尽きる。
だから彼は即座に次の術に移行する。
火遁・微塵隠れ
エッジの身体が小さく爆発し、身体を覆っていた炎が吹き飛んだ。
「させねえって、言っただろ・・・?」
全身をあちこちに軽い火傷を負いながらも、エッジは不敵に笑う。
そして同時に、自分の気持ちを再確認していた。(ああ・・・そっか。惚れてるんだ、俺は)
背後に守る彼女に。
まだ出会って間もないはずだが、彼女に心惹かれている自分を認める。と、ルビカンテが感心したようにエッジを見る。
「ほう・・・己を身を犠牲にして味方を守るか―――しかしそれがいつまで保つかな!?」
試すように言い、そして再び炎を放った!
火燕流
「てめえがブッ倒されるまでに決まってるだろ!」
(惚れた女を守る―――格好良いじゃねえかよ、俺ってやつはよ!)
火遁・焔舞い
迫る炎を、エッジは気を吐きながら再びその身に受け止めた―――
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ボムボムがバルバリシアを食い止め、エッジがルビカンテに相対する。
それを確認して、リディアは詠唱を開始した。
「xbsfib,pgicw,wrprql,mxyoe,rfyf,zkcu,avyhu,swbwew.」
それは地底で、バッツと戦った時に唱えた呪文。
リディア自身にはルビカンテに対抗する力はない。
ならば、ルビカンテを圧倒出来る力を持った存在を呼び出せばいい。そのためには、呪文の詠唱が必要となる。
現界と幻獣界の間を隔てる “封魔壁” が存在する。この呪文は、通行許可証のようなもので、これで一時的に二つの世界を繋げるのだ。しかしそのためには、リディアが持てるだけの魔力を注ぎ込み、長い詠唱が必要となる。
一度でも失敗すれば、続けてもう一度は使えない。
だから。(任せたからね、みんな!)
リディアは自分の “仲間達” に心の中で呼びかけ、そして呪文の詠唱に没頭する―――