第22章「バブイルの塔、再び」
D.「水の洞窟へ」
main
character:エドワード=ジェラルダイン
location:エブラーナ
「畜生! もっと速くしろよ!」
「これでも十分急いでる! ・・・つーか、どこに向かえば良いんだ!?」エンタープライズの甲板上。
操縦しているロックの問いに、エッジは悩む。
煙の上がっていない隠し砦はまだいくつかある―――が、それがまだ攻撃されていないのか、すでに燃え尽きて煙も消えてしまったのかどうかは解らない。じっと、目を凝らしてみるが、新しく煙が立ち上る様子は見えない。もしかすると、すでに全て燃え尽きてしまったのか―――
「・・・こうなったら、適当な砦に行ってみて、生き残りから情報を―――」
「馬鹿かてめえは」
「なんだと!?」エッジが振り向く、と、さっきカインに殴り倒されたサイファーが、殴られた場所を回復魔法で癒しながら近づいてくるところだった。
「あの煙をみてなんも気づかねえのかよ?」
「攻撃されてるってことだろ! だから焦って―――」
「馬鹿かてめえは」
「なにがいいてえんだテメエはっ!」食ってかかるエッジに、サイファーは「は、これだからシロウトは困るぜ」などと呟きながら、エブラーナの島の北側を指さす。
「あっちは―――北か。北側には殆ど煙は立ってねーだろ」
サイファーの言うとおり、エブラーナの北側からは煙が殆ど立っていない。エブラーナの島の北側は山や砂地が多く、立地条件が悪い以上に戦略的な価値が殆ど無いので、砦の数は少ない。だから煙の数も当然として少なくなるのだが―――
サイファーは北側へ向けていた指を、ゆっくりと南へと向ける。
「で、南に行くに連れて、段々と煙の数も多く、しかもハッキリとしてる」
そのことにエッジも一応気づいては居た。だが、前述したように単に砦の数の差だと思っていた。
だが、それで煙の数は説明が付いても、煙の濃さ―――つまり、南に行くにつれて煙が新しいということの意味は・・・・・・。エッジはロックを振り返って叫ぶ。
「南だ! あいつら、北から南にかけて砦を落としてる!」
「ケッ、ようやく気づきやがったか。馬鹿が」
「・・・・・・っ!」サイファーの言葉に怒りを覚えたが、エッジはそれどころではないと感情を呑み込む。
そのサイファーは、エッジが食ってかかってこないのを見て興味を無くしたようで、さっき殴ってきたカインに視線を移した。「ハッ、どーだよ? これでも足手まといっていうつもりか?」
サイファーは自分の顔面を指さして、
「こいつの痛み、覚えていやがれ。いつか後悔させてやるからな・・・!」
「いつか―――か。今ではないのか?」冷笑を浮かべるカインに、サイファーは押し黙る。
悔しいが、今の自分とカインとの実力差は歴然だった。だから “今” ではない。(いつか・・・いつか・・・だ! いつか俺は “夢” を叶えてやる! そうしたら―――)
カイン=ハイウィンド。 “最強の竜騎士” 。
それを “いつか” 越える日を確信して、サイファーは “今” は身を退いた―――
******
「ここでいいのかよ?」
エブラーナ南端に突き出た海岸。
その崖の上ギリギリにエンタープライズは浮いていた。ロックの問いに、エッジは頷く。
「ああ。この崖の下に洞窟があって、その中が隠し砦になってる」
「エンタープライズは船じゃなくて飛空艇だ。海に浮かぶようにはできてねえんだが」厳密には “浮かぶ” ことはできる。だが、海につかれば確実に浸水してしまう。
「船でも洞窟の中には入れねえよ。洞窟の前は浅瀬だしな」
「じゃあ、どうするんだよ!?」
「飛び降りるに決まってるだろ!」言うなり、エッジは飛空艇の縁から下へと飛び降りる。
5メートル以上はある崖の上の、さらに飛空艇の上からだ。「ちょっと!?」
慌ててユフィが飛空艇の縁に駆け寄って下を見る。
と―――
風遁・風舞い
浅瀬に落下する寸前、エッジの身体がふわりと浮き上がる。
難なく浅瀬に降り立ったエッジは、見下ろしてくるユフィを見上げ。「ほら、早く来いよ!」
「行けるかああああああっ!」ユフィは絶叫する。
―――大昔は一つだったらしいが、エブラーナの忍者とウータイの忍者は系統が違う。
主に “忍術” を高め、伸ばしてきたエブラーナに対し、ウータイは人間の肉体としての基本的な身体能力を高めることを主としてきた。いちおう、ユフィもこの高さから飛び降りても死なない自信はあるが、想像するまでもなく死ぬほど痛い。少なくとも、無傷で飛び降りることは絶対に無理だ。「行かないのなら、先に行くぞ」
と、カインがひょいっとエンタープライズの縁を乗り越えた。
そしてそのまま浅瀬に落下して―――ざぶっ、と着地する。「おわっ!?」
カインが着地―――着水か―――した瞬間、浅瀬の水が砂利と一緒に周囲に飛び散り、エッジに降りかかった。
「てゆーか、そのまんま降りてくるかフツー!?」
「これくらい、竜騎士ならばなんでもない」
「・・・どういう足腰してるんだ、竜騎士ってのは」などというやりとりをしている頭上から、もう一人降ってくる。
人間大もある大型の鳥の足に捕まって、ゆっくりと降下してくるのは―――「お、リディア! 俺と離れたくなくて降りて来ぶごお!?」
降りてくるリディアに、両腕を広げて抱き止めようとしたエッジの顔面を容赦なく踏みつけて、リディアは浅瀬に降り立つ。
「ありがと、トリス」
自分を降ろしてくれたコカトリス―――トリスにリディアは礼を言ってから、踏まれた顔面を抑えているエッジを振り返った。
「エブラーナにはあたしのお母さんが居るんでしょ? だったら、じっとなんかしていられな―――」
リディアが言葉を終える寸前、不意にエッジがリディアに飛びかかる。
抱きすくめられ、そのまま洞窟の脇まで跳躍した。「へっ!? ちょっ、いきなりなにすん―――」
のよ、と言いかけたところで、洞窟から熱い蒸気が噴き出してきた。
「な、なに?」
「水蒸気、だな」普通に退避していたカインが言う。
それを聞いて、エッジは呟いた。「あいつだ・・・」
「あいつ?」
「炎の魔人―――ルビカンテとか言ったか? 多分、あいつの炎に俺の仲間が水の術で対抗して―――」
「それで蒸気が洞窟から噴き出してきたってわけ? ―――つーか、いい加減に離れなさいよっ!」抱きすくめたままのエッジに、リディアは逃れるように身じろぎする。
エッジは最後にもう一度ぎゅっとリディアを強く抱きしめると、すぐにリディアを解放した。「もーちょっと堪能していたいところだが―――そんな余裕も無さそうだしな」
「うっさい黙れこのヘンタイ!」リディアがエッジに向かって平手を放つ。
それをひらりと回避して、洞窟へと足を向ける。「よっしゃ行くぜ! お前ら俺についてきな! はぐれるんじゃねえぞ!」
「良いからさっさと案内しろ。・・・それとも怖いのか?」カインの指摘に、エッジは「んなわきゃねえだろ!」と言い返すが。
「ちょっと。足が震えてるんだけど?」
リディアが半眼でエッジの足下を見やる。
エッジは憮然とした様子で「武者震いってやつだ」と言い訳する。「怖いのならここで待っていろ。ルビカンテは俺が倒してやる」
そう言って、カインはさっさと洞窟の中へと飛び込んだ。
「待てよ馬鹿! この中は入り組んでて、道を知らなきゃ迷うっての!」
「だったらさっさと行きなさいよ!」エッジが叫ぶと、リディアが呆れたように呟く。
「ちっ」と舌打ちして、エッジはカインを追って洞窟へ入り、その後をリディアが続いた―――
******
「あ。エッジ達、洞窟の中に入っちゃったけど!」
エンタープライズで下を見下ろしていたユフィが叫ぶ。
それを聞いて、セリスが言う。「仕方ない。私達も飛び降りましょうか」
「って、この高さを!?」ユフィは驚くが、セリスはなんでもないことのように答える。
「問題ないわよ。魔法を使うから」
「そっか、それなら―――」
「いや、待て」頷きかけたユフィに、エニシェルが待ったをかける。
「どうかした?」
「とりあえず、向こうはカインとリディアの二人に任せておけとセシルが言っておる」
「はあ!? 冗談でしょ!? あの炎の魔人相手に、たった二人で―――エッジも入れて三人か。そんなんでどうしようっていうのさ!」ユフィがエニシェルに食ってかかるが、エニシェルは「妾に言われても知らん」とそっぽを向く。
「いや・・・確かにセシルの言うとおり、あの二人に任せた方が良いかもな」
「どういうこと?」操舵輪を握っているロックが呟く。
それをセリスが見やり、尋ねた。「戦力バランスは取れてるってことさ。あっちにはカインとリディア、そしてこっちにゃセリスとバッツ。このエンタープライズが狙われないって保証もないしな」
単純に数の上ではこっちの方が多いが、ルビカンテ級の敵となれば、多少の数の差は関係ない。
数があっても、強敵に対抗出来る者がいなければ意味がないのだ。「オイ! この俺を差し置いて、部屋の中でガタガタ震えてるヤツを戦力に数えるのかよ!」
サイファーが怒鳴ると、ロックは苦笑して。
「そう言うなよ。地上に降りれば、バッツ=クラウザーは無敵だ」
ロックの言葉に、サイファーは不機嫌そうな顔をするがそれ以上は何も言わなかった。
「というわけで、どこか近くに着地できるところを探すぜ」
そう言って、ロックはエンタープライズを発進させた―――
******
浅瀬は洞窟の中まで入り込んでいたが、しばらく進むとしっかりとした地面になった。
ところどころ、岩の突き出た洞窟内を、エッジの先導でリディアは進んでいく。「チッ、あんにゃろやっぱり道を間違えやがった・・・!」
エッジは舌打ちする。
「どうして解るの?」
リディアが尋ねると、エッジは地面を指さす。
「アイツの足跡が全然ねえ」
「・・・よく見えるわね」当然ながら洞窟の中は薄暗い。
外の光は差していないはずだが、しかし真っ暗というわけではなかった。「光るコケがあちこちの岩にへばりついていてな。少なくとも、足下に不自由ないくらいには明るいんだよ」
「・・・あたしにはちょっと暗いけど」忍者であるエッジと違い、リディアは夜目が効くというわけではない。
ヒカリゴケの灯り程度では、先を行くエッジの輪郭くらいしか見えない。「じゃあ、手を握ってやろうか?」
「結構よ」エッジの好意を拒否しつつ、もう一つの好意に気がついた。
足下に不自由ないエッジに、それでもなんとかついて行けるのは、エッジがこちらのペースに歩調を合わせてくれているからだ。
本当なら、自分たちの仲間の危機に、今すぐにでも駆けつけたいはずなのに、リディアに合わせてゆっくり歩いてくれている。(・・・こいつ、割といいやつなのかも)
最初の印象はあんまり良くなかったが、さり気なくこうやって気遣える優しさに気づいて、リディアは少しだけ前を行く忍者のことを見直した。
「・・・ん?」
「どうかした?」
「なんか熱を感じる―――近い!」
「あ、ちょっと!」エッジがいきなり走り出す。
その後をリディアが慌てて追いかける―――が、流石は忍者と言うべきか、エッジの姿は薄暗い洞窟の中で、あっさり見失ってしまった。(もう! 女性を置いて先に行くなんて、やっぱ最低!)
心の中で毒づきながら走って追う。
「てめえは・・・・・・っ!」
幸いと言うべきか、敵は近くに居たようだ。
エッジの声が聞こえ、それから間もなくリディアはエッジに追いついた。「・・・うわ、なにこれ・・・」
その光景を見て、リディアは息を呑む。
洞窟内が真っ赤に燃え上がっていた―――燃え上がっているように見えた。
あまりの高熱でその岩や土が炭化して、赤々と燃え上がっている。エッジとリディアの立っている場所は無事だが、肌を灼くような熱気は迫ってきていた。
と、燃え上がっている洞窟のすぐ手前に、二つの人影がある。その二人に、リディアはなんとなく見覚えがあるような気がした。風のバルバリシア。
炎のルビカンテ。前者はミストの村で、後者はホブス山でリディアは見たことがあるはずだが、彼女にとっては十年以上も昔の話だ。
うろ覚えなのも仕方がないのかも知れない。「たった二人・・・?」
「それはこちらの台詞なのだけどね」リディアの呟きに、バルバリシアが苦笑する。
「てめえっ! よくも俺の仲間を!」
エッジがバルバリシアの隣にいるルビカンテに向かって怒りを顕わに怒鳴りつける。
「仲間・・・?」
今までに燃やされた砦の事を言っているのだろうかとリディアは思いかけて―――気づく。
目の前で行く手を遮るかのように佇む二人の魔人。その向こう、赤々と燃える洞窟の中に、なにやら黒い人の形のようなものが見える―――「なにあれ・・・まさか・・・・・・」
呆然とリディアが呟く。
ルビカンテはちらりと、リディアの視線の先を一瞥し、「・・・中々の使い手達だった。惜しむらくは、名を聞き忘れたことか―――」
「くそったれ・・・っ!」吐き捨てるように叫び、エッジは忍者刀を引き抜いた。
そして今にも飛び出そうと―――するエッジを、リディアが呼び止める。「待ちなさいよ」
「うるせえ! 止めるな!」
「あいつがルビカンテってヤツでしょ! アンタ一人で勝てるっていうの!?」
「勝てるかどうかなんて知るかよ!」
「あたしが倒すッ!」
「・・・は?」リディアの言葉に、思わずエッジはきょとんとしてリディアに聞き返す。
「倒すって・・・倒せるのかよ?」
「あたし一人じゃ無理。アンタの協力が必要よ」
「協力?」
「時間を稼いで」リディアは腰に括っていたムチを手にして、パンッ、と両手で軽くしごく。
「そうしたら、私が絶対に倒すから!」