第22章「バブイルの塔、再び」
C.「炎と風の襲撃」
main character:ジュエル=ジェラルダイン
location:エブラーナの洞窟

 

 エブラーナの南東部にある海岸。
 その崖の下に、大きな洞窟がある。
 崖は南に向かって突きだしているため、陸の上からは見ることの出来ない位置にあり、船に乗って海から見れば、洞窟は海に直結しているように見える。
 が、その実、洞窟の前には浅瀬が広がっていて、船で入り込むことは出来ない。

 発見されにくく、侵入されにくい―――その洞窟は、遙か昔に、エブラーナの城がバロンに攻め落とされた時、エブラーナ忍者達が本拠地としていた隠し砦であった。

 その、長く続いていた戦争すら乗り切った、難攻不落の隠し砦が今。
 炎の魔人の手によって、攻め落とされようとしていた―――

 

 

******

 

 

「―――水術系を主力に! その他は火術を中心として防御に回って!」
『ハッ』

 洞窟の奥でジュエルの指示が飛び、忍者達は動き出す。
 本来、忍者の使う忍術では、火術が攻撃で、水術は防御やサポート的な役割を果たすことが多い。

 だが、今攻めてきているのは炎の魔人。火術は通用しない。

 命令を受けた忍者達が居なくなって、ジュエルは「くそっ」と毒づく。

「まさかここが見つかるなんてね・・・・・・」

 炎の魔人―――ルビカンテは “熱” を探知すると思われる。
 だから、海に面して温度の低いこの洞窟は、もっとも見つかりにくい場所のはずだったのだが。

「どうやら相手は別の方法で感知しているようですね」

 そう呟いたのはミストだ。
 彼女もジュエルと共に、この隠し砦に潜んでいた。

「・・・そうみたいね。ここが襲撃される直前に聞いた報告だと、ほかの砦も正確に狙われていたらしいし・・・」

 何故、ギルバートの策―――炎をエブラーナ各所で焚いて、熱を攪乱するという策が通用しなくなったのかは解らない。
 しかし、現実に通用しなくなっている以上、今考えることは原因の究明ではなく、いかにしてあの魔人を倒すかだ。

「さて・・・どうするか・・・」

 一通りの指示はしたものの、あの炎の魔人を倒す術はジュエル達にはなかった。
 そんな方法があれば、すでに倒している。

「ミスト、あの時の巨人は・・・」
「こんな洞窟で呼べば、崩れちゃいますよ?」
「・・・そうよね」

 あの時の巨人ならば、あわよくば倒せるかも知れないという期待をしたが、当たり前と言えば当たり前の反論に、ジュエルは項垂れた。

「それに、ここが洞窟の中でなかったとしても、私自信が耐えられるかどうか・・・」

 申し訳なさそうにミストが言う。
 前のルビカンテとの戦いで、ミストは直接攻撃は受けなかったものの、召喚した巨人―――タイタンを通してダメージを負っている。さらにはその時少々無茶をし過ぎたため、MPも完全には回復しきっていなかった。

 「歳ですかねえ・・・」と困ったように―――いや見た目には困ったようには見えないが―――笑うミストに、ジュエルは力無く微笑んで首を振る。

「ううん、これはあたしたちの戦いだしね。そう何度も外の人間に助けて貰っちゃあ、エブラーナ忍軍の名折れってモンよ!」
「あらあら。それは水くさいというヤツですよー。助けさせてくださいな」
「助けさせてくださいって・・・でもたった今、無理だって言ったばかりじゃないの」

 ジュエルの言葉に、ミストは「うふふ」と悪戯っぽく微笑んだ。

「今の私には助ける力はありませんけど――― “外からの助け” はもうすぐ来ますよ?」

 

 

******

 

 

 火燕流

 

 ごううんっ!
 炎が流れ洞窟の中を蹂躙する。
 洞窟内が赤々と染めあがり、エブラーナ忍者の数人がその炎の中へと巻き込まれた。

 

 火遁・鬼火

 

 忍者達が炎に包まれた直前、後方に控えていた別の忍者の術が発動し、炎に巻き込まれた忍者達の周囲に “火燕流” とは別の炎が生み出され、炎と炎がぶつかり合う。
 だが、忍術の炎では相殺しきれずに消滅し、一拍おいて炎は忍者達を焼き付くす―――寸前。

 

 水遁・水舞い

 

 炎に巻き込まれようとしていた忍者達が一斉に術を発動させると、自分たちの周りを水が包み込む。
 それだけで炎の渦に耐えきれるわけではないが、一瞬でも炎の勢いを防いだ隙に、忍者達はギリギリで離脱した。

「―――ふむ」

 今の一撃で一人も燃やし尽くせなかったのを見て、ルビカンテは感心したように忍者達を見やる。

「私の技を防ぐとはな。ここは一筋縄ではいかないようだ・・・」
「当たり前だ! ここは水の洞窟―――水の術が使いやすい場所でもある。貴様の炎の技も、ここでは通用しない!」

 忍者の一人が叫ぶ。
 エブラーナの忍者が使う “忍術” は言わば “タネも仕掛けもある魔法” である。
 水の術の “タネ” である水気が豊富な場所では、水の術が使いやすく、威力も高まるのだ。

 ルビカンテは足下を見下ろした。
 彼が立っている場所は、彼の熱で乾いていたが、辺りを見回せば洞窟の地面はじっとりと濡れているようだ。元々陽の届かない洞窟の中なので温度も低く、炎の力を使うルビカンテにとっては居心地悪い場所であった。

「カイナッツォやスカルミリョーネが好みそうな場所であるな」
「なにをごちゃごちゃと―――今度はこちらの番だ!」

 先程、ルビカンテの放った炎に燃やされかけた忍者達が、一斉に地面に手を突いた。

「エブラーナ忍術に八つの秘術あり!」
「遁術極めし四つの術と、万象を司る “竜” を具現せし四つの術!」
「それ即ち、四宝四竜!」
「四竜が内の一つ、水成る竜を見るがいいッ!」

 

 水竜陣

 

 どばんっ!

 と、いきなり忍者達とルビカンテの中間の地面がひび割れて砕け、そこから大量の水が間欠泉の如く噴き上がる。
 その水は噴き上がる一方で、しかし下に降り注ぐ事はなく、天井付近まで噴き上がるとそこで、まるでヘビのように鎌首をもたげて竜の頭を形どる。

「ゆけいっ!」

 忍者の一人の号令に、水の竜はルビカンテに向かって襲いかかる。
 本物の竜のように、その口を大きく開けて、炎の魔人を呑み込もうとする!

「ぬうっ!」

 

 火燕流

 

 水の竜がルビカンテに激突する寸前、ルビカンテを中心に炎の柱がそそりたった。
 炎の柱は洞窟の天井を焼き焦がす―――が、それもすぐ水の竜によって鎮火する。

「なにっ!?」

 炎の中で、ルビカンテは驚愕する。
 今までに何度か忍者の水術を受けたが、全てルビカンテの炎の前に蒸発した。
 だが、この水の竜は違う。炎ごとあっさりとルビカンテを呑み込んで、その中に取り込んでしまった。

「がぼ・・・っ!?(・・・馬鹿な!? 私の力でも蒸発できないだと!?)」

 普通の水ならば、ルビカンテを取り巻く炎の力によって、特に何をすることもなく蒸発する。
 だがこの水は、ルビカンテの周囲の水を熱しても、一瞬沸騰するだけで、すぐに熱が下がってしまうようだった。

(・・・しかし随分と塩辛い水だが、海に近いせいか・・・? ―――ということは、まさか!?)

「は・・・はあ・・・はあ・・・・・・はあっ、はあっ―――はあっはっはっはっは!」

 息を切らしながら忍者達は笑う。

「我らの秘術を甘く見たな! その竜は海の水と “繋がっている”! 如何に貴様でも、海を干上がらせることは出来まい!」

(やはり、そう言うことか・・・)

 水の中でルビカンテは特に驚くことなく、むしろ納得していた。
 つまりこの竜は大海そのものだということだ。この水の竜に捕まっていると言うことは、大海の中に沈んでいるのと同じだという事。忍者が言ったとおり、ルビカンテと言えど海を干上がらせるほどの力は持っていない。

(これではしばらくここから出れんな・・・)

 ルビカンテは素直にそれを認めながら、この “水の竜” を作っている忍者達の様子を見やる。その誰もが額に汗を流し、苦しげな表情をしていた。
 言わば大海を操る術だ。数人掛かりといえど、その消耗はかなり激しいのだろう。

 普通の人間相手ならば、水に捕らえられて数分もすれば溺れ死んでしまう。
 だが、ルビカンテは水に沈んだとしても溺れることはない。
 ならば、しばらく待っていれば、勝手に忍者達は力尽きて術を維持出来なくなるはずだ。

 ―――などとルビカンテが思っていたその時。

「・・・なにをやっているのかしら?」

 不意に、女性の声が洞窟内に響き渡る。

「だ・・・誰だ!?」

 忍者達が誰何の声を上げる。
 と、気がつけば、ルビカンテを捕らえている竜の隣りに、長い金髪の美女が宙に浮かんでいた。
 一瞬前までは確実に誰もいなかったはずの場所に現れたバルバリシアに、忍者達は虚を突かれ、唖然とする。

 そんな忍者達には目もくれず、バルバリシアは呆れたような表情で、水の中に捕らえられたルビカンテを見つめた。

「四天王最強の男の名が泣くわよ?」
「がぼがぼ(すまん、油断した)」
「なに言っているか解らないわよ。ったく」

 やや苛立った様子のバルバリシア。
 と、ようやく我に返った忍者の一人が彼女に向かって叫ぶ。

「だ、誰であろうと関係ない! 我らが水竜陣、何人たりとも破れはせん!」
「―――確かにルビカンテでもどうにもならないものを、私がどうにかできるとは思わないけれど・・・」

 言いつつ、バルバリシアは水の竜から忍者達へと視線を移し、薄く笑った。

「貴方たちならどうかしら?」
「なに―――!?」

 バルバリシアは忍者達に向かって右手を振り上げる。
 途端、忍者達の周囲の空気が動く!

 

 ミールストーム

 

 風が吹かないはずの洞窟内に小さな竜巻が巻き起こり、忍者達に襲いかかった。
 予想もしていなかった突然の旋風に、忍者達は抵抗する事も出来ずに吹き飛ばされる。―――当然、水の竜が維持出来なくなり、竜からただの水となった途端に、ルビカンテの熱によってあっさりと蒸発し、辺りに水蒸気が巻き起こる。

「こほっ、こほっ―――もうっ!」

 爆発的に巻き起こった水蒸気に少しムセながら、バルバリシアがまた右手を振るうと、蒸気は風に押し流されて洞窟の外へと出て行った。

「すまんな、助かった」
「ちゃんとしなさい! さっさとこいつらを片付けて、ゴルベーザ様の所に行くんだから!」
「・・・向こうに我々が行っても、どうにもならんと思うが」
「それでも行くの! ―――貴方一人でやるっていってたけど、ここは私も手伝うわ! 文句はないでしょうね?」
「むう・・・」

 バルバリシアがその機動力と “風の流れ” を察知することによって、忍者達を見つけ出し、それをルビカンテが燃やす―――と、事前に決めていた。
 元々ルビカンテの仕事だ。できるならば一人で片を付けたかったというのもあるが、なによりそれの方が効率が良かったと言うこともある。

 だが、こう不覚をとってしまえば何も言えない。
 ルビカンテは渋々と頷いた。

「くっ・・・まだだ・・・まだ終わらん!」

 風に吹き飛ばされて、ボロボロになりながらも忍者達は立ち上がる。
 それを見てバルバリシアは舌打ちした。

「・・・風の吹かない洞窟の中だと私の力も落ちるようね」

 ホント、カイナッツォやスカルミリョーネ向きの場所ね、と呟きながらルビカンテに目配せする。

「うむ・・・だが、落ちた分を増幅させれば・・・!」
「炎は風に煽られてその勢いを増す! 行くわよ」

 バルバリシアがルビカンテに向けて手をかざす。
 同時、忍者達も術を発動させた。

 

 

 水竜陣

 ファイアストーム

 

 先程の、地面に空いた穴から再び水の竜が出現する!
 それに対抗するように、ルビカンテの “火燕流” よりも尚凄まじい “炎の渦” が、水の竜を呑み込んだ。

「・・・あら」

 と、バルバリシアは思わず感心する。
 荒れ狂う炎の渦の中で、しかし水の竜は健在だった。
 彼女とルビカンテを合わせた力でも、水の竜を蒸発させることはできなかったのだ。炎に風の力が加わったくらいでは、大海を干上がらせる事など出来はしないということなのだろう。

「だが―――問題はない」

 ルビカンテが呟くと、それを合図としたかのように水の竜が崩れ去り、ただの水となって瞬時に蒸発する。

 炎の渦が水の竜を蒸発出来なかったように、水の竜も炎の渦消し去ることはできなかった。
 ルビカンテとバルバリシアの生み出した炎の渦は、水の竜以外の全てを焼き尽くした。洞窟を構成する岩や土は赤く灼け、僅かに炎が揺らめいて、陽炎が立ち上っている。
 そしてそれは忍者達も例外ではない。
 忍術で防ぐことも出来ず、辺りには黒こげとなった “人の形” が幾つも倒れていた。

「さて・・・これだけの術者がいると言うことは、ここが現在のエブラーナの本拠ってことかしらね?」
「うむ。その可能性は高い―――あの二人が居るのも、おそらくはここだろう」
「貴方を手こずらせたっていう、あの二人? 一人は召喚士だったかしら?」
「ああ―――しかし流石にこの場所ではあの巨人を召喚することはできまい」
「なら、あとは任せるわ―――手伝うっていったけど、これじゃあ・・・ね」

 バルバリシアは苦笑して目の前の光景を見る。
 二人の放った炎の渦のせいで、洞窟内の岩や土は炭化し、暗く赤々と燃えていた。
 海の洞窟だ。その内に冷めるだろうが、今の状態では、普通の人間なら踏み入れただけで燃え上がってしまうだろう。

 バルバリシアは普通の人間ではないが、それでも熱に炙られて平気というわけでもない。ルビカンテは「うむ」と頷いて。

「ならばここは私に任せてもら―――」
「ちょっと待って。・・・来たわよ」

 ルビカンテの言葉を止め、バルバリシアは背後を振り返る。
 そこには―――

「てめえは・・・・・・っ!」

 洞窟の中に入ってきた、エッジ達がルビカンテ達の姿を見つけたところだった―――

 


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