第22章「バブイルの塔、再び」
B.「密航者」
main character:カイン=ハイウィンド
location:エンタープライズ/エブラーナ上空

 

 ―――エンタープライズがエブラーナへ向けて出立し、半日ほど経ったころ。

 いつものように玉座に座って、セシルは民の陳情を受けていた。
 といっても、その数はオーディン王の時代よりも少なくなっている。

 即位して一ヶ月以上経つが、セシルを支持する民の声はそれほど多くない。
 しかし、それも仕方ないと思う。それほどに先王であるオーディンは民からの信頼が厚かったのだ。
 なにせ “救国の英雄” である。オーディンが居なければ、バロンはエブラーナの手によって滅ぼされていただろう。

 ・・・一応、セシルもバロンをゴルベーザの魔の手から救った英雄ではあるのだが、民達はゴルベーザの存在すらよく知らない。

 事情を知らなければ、セシルは国を裏切り、他国の軍勢を率いてオーディン王から玉座を奪った簒奪者である。
 一応、オーディン王はいつの間にか偽物にすり替わっていて、本物の王はすでに殺されていた―――と事実を公表しているが、それをハッキリと示す証拠はない。オーディン王を尊敬し、憧憬していた者たちからすれば、そんなものは簒奪者の詭弁にしか聞こえない。

 それでも、民達はセシルが “先王の息子” であるということ―――それも疑う者は幾らでも居たが―――で、納得できないながらも、表だって反抗しようとする者は居なかった。
 だがそれも、先の貴族の反乱で、嘘であると暴露してしまった。
 厳密には、セシルが暴露したのは騎士達に対してだが、当然カルバッハもアレックスを “先王の息子” として立てる際に、セシルがオーディンと血は繋がっていないという噂をバロン中に広めていた。
 さらにはセシル自身、策のためにロックに頼んで、自らその噂を広めていたのだ。なので、セシルが先王の息子ではないと言うことは、すでにバロン中、どころかフォールス中に広まっている。

 そう言うわけで、セシルに対しての不信感が高まる一方で、貴族の反乱を最小限の被害で抑えたことや、溜まりに溜まっていた陳情者を一ヶ月足らずで処理したことなどで、新王を評価する者もちらほら出てきている。
 オーディン王の時代に願い出た陳情者を処理し終わった以降も、セシルに謁見を求める者が居るのがその証拠だ。貴族が信用を失ったと言うこともあるが、セシルのことを認め、頼る者たちも少しずつ増えてきている。

 さて。
 昼頃になって、本日分の陳情者が一段落付いた頃、シドが謁見の間を訪れた。

「よお、セシル。ようやく頼まれていたものが戻ってきたゾイ」

 いつもの―――以前と代わらぬ調子のシドに、「・・・せめて謁見の間では “国王” に対する礼をもってほしいのですが・・・」などと不満げに呟くベイガンに苦笑しつつ、セシルはシドに聞き返す。

「頼んでいたもの、というと改造した飛空艇の件だね?」
「うむ。エンタープライズと同じように少人数でも操縦出来るように改造した飛空艇だゾイ。―――まあ、ベースにした海兵団の船は、エンタープライズどころか前の “赤い翼” よりも船体が大きいからのう。エンタープライズのように一人で操縦というわけにはいかんが」

 その飛空艇を昨日、ファリスの船がエブラーナから戻ってくる直前に、試運転として発進させていた。
 ダムシアン、ファブール、トロイアと回って、それが今バロンに戻ってきたらしい。

「戻ってきた飛空艇をチェックしたが、どこにも以上は見あたらなかったゾイ」
「エイトスまでは行けそうかい?」
「楽勝ゾイ」
「よし。ベイガン、キスティスとサイファー、それからガーデンとの交渉役にウィルさんを―――」

 呼んでくれ、と言おうとした時、いきなり謁見の間の扉の向こうから騒ぎが聞こえた。

「待て! 陛下に何用だ!」
「ちょっと通しなさい! 緊急事態なのよ!」
「ならん! まずは用件を聞く。それで陛下へお伺いを立てるのでしばらく待て!」

 外から聞こえてきた声に、セシルとベイガンは顔を見合わせる。
 片方は謁見の間の外を守っている近衛兵の声だ。そしてもう片方―――甲高い女性の声はというと、

「キスティス・・・の声に聞こえたけど」
「・・・妙ですな。キスティス殿があれほど取り乱すとは」

 付き合いは浅いが、サイファーという対比があるためか、キスティスは礼儀正しい人物だという印象が強かった―――というか、セシルの関係者の殆どがセシルに対してタメ口なので、余計に印象深いと言うこともある。

 そのキスティスが礼儀というものをかなぐり捨てて、謁見の間に飛び込んでこようとしている。
 彼女自身口走っていたように、緊急事態なのかも知れない。

「ベイガン」
「ハッ!」

 セシルの言葉に、ベイガンは頷いて近衛兵にキスティスを通すように指示を出そうとする―――よりも早く。

「ああもう面倒くさい! 『テレポ』!」
「なにっ!? 消えた・・・ッ!?」

 扉の向こうで近衛兵が驚くのと同時、シドのすぐ側にキスティスの姿が現れる。

「キスティス殿!? 城内で魔法を使うとは何事か・・・ッ!」

 ―――当たり前のことではあるが。
 バロンに限らず、どこの国でも城を初めとして、公共の場では魔法や特殊な力―――ダークフォースや竜気など―――は使用禁止である。訓練や研究のために、訓練場や研究室で使うならばともかく、今のキスティスのように、いきなり転移魔法で謁見の間に飛び込んでくるのは、それだけで首を跳ねられても文句言えない行為だ。

 ぶっちゃけた話、城内で魔法をいきなり使うのは、松の廊下で刀を抜くのに等しい行為だったりする。

 ベイガンの叱責に、キスティスは深く頭を下げる。

「申し訳ございません! しかし陛下、緊急の用件が―――」
「どんな用件であろうとも、謁見の間に侵入するために魔法を―――しかも他国の人間がそんなことをすれば、どれほどの問題であるか解らない貴女ではないでしょうに!」
「いいよベイガン。それよりも話を聞こう」
「・・・へ、陛下がそう仰られるのであらば・・・」

 セシルの一声で、ベイガンは渋々口を閉じる。
 キスティスは「申し訳ございません」ともう一度謝罪して―――言いにくそうに、少し口ごもる。

「あの、その・・・サ、サイファーが」
「サイファー? 彼がどうかしたのかい?」
「その・・・サイファーの姿がどこにも見あたらなくて・・・それで、もしかしたら―――」

 それ以上、キスティスは続けられずに言葉を失う。
 だが、セシルは彼女の言いたいことは十分に察することができた。

「もしかしたら、こっそりとエンタープライズに潜り込んだかも知れないって? ふむ―――」

 セシルは目を閉じる。
 遠い空の上にいるはずのエニシェルと精神を同調させ―――十数秒後。
 目を開いて、「あはは」と小さく笑う。

「ご明察の通りだよ。どうやら彼は密航していたらしい」

 

 

******

 

 

「どうして気づかなかったんだ?」
「・・・うるせえよ」

 カインの言葉に、バッツはベッドの上にあぐらをかいて、そっぽを向いた。

 ―――エンタープライズの船室。
 小型の飛空艇であるエンタープライズは、船室も小型である。部屋の中には部屋の6割強の空間を占める二段ベッドが一つあるだけだ。もちろんベッドが大きいのではなく、部屋が小さすぎるのだが。

 バッツがあぐらをかいているのはベッドの一段目。
 カインは部屋入り口、というよりはむしろ廊下に立って、蔑んだ目でバッツを見下ろしている。

 ふとカインは、バッツから視線を上げて、ベッドの二階を見やる。
 そこには誰もいない。今は。

「普通は気づくはずだろう? 頭の上に誰かが居れば」
「・・・うるせえって言ってるだろ」

 その二段ベッドの二階に密航者―――サイファーが居た。
 それでなんでバッツがこうもカインに責められている―――というか蔑まれているかと言えば、その真下にバッツが居たからだ。

 高所恐怖症のバッツは、エンタープライズが出立した直後から船室に篭もっていた。
 そして、バッツが船室に行こうとしたその時、ちょうどサイファーは隠れ潜む場所を探していたらしい。だが、中に入ってきたバッツの姿に気づいて、慌ててこの船室に飛び込み、その後にバッツが同じ船室に入ったらしい。

 普段のバッツなら、相手がどれだけ息を殺していても気がついただろうが、生憎とその時のバッツは高所恐怖症のために調子が悪かった。
 そのため頭上にいたサイファーに全く気づかなかった。
 サイファーもまた、下手に動かない方が良いとその場に留まり―――しかしエンタープライズが航行してしばらくたった後、バッツの様子を見に来たリディアによって発見されてしまったというわけだ。

 まあ仕方ないといえば仕方ない話だとして、他の面々はバッツに責任を問わずに、甲板に出てサイファーのことをどうするか話し合っている。
 カインも別にバッツが致命的な失敗をしたとは考えていない。単に、ここぞとばかりにバッツを苛めているだけである。

「やれやれ。高いところが怖いだなんて、子供じゃあるまいし」
「・・・・・・」

 バッツは押し黙る。
 カインの言い分に屈したわけでも、反省しているわけでもない。
 単に、高所恐怖症のせいで気分が悪いだけだ。

(・・・くっそー、船室に篭もればまだ平気なーと思ったけど、これはこれでめっちゃ怖い・・・)

 外が見えないということは、どれだけ高い場所を飛行しているかも解らないと言うことだ。
 そのため、逆に色々と想像してしまって、勝手に自分の中で恐怖が膨れあがる。

(・・・いっそのこと、リディアに睡眠の魔法でも使ってもらうか・・・?)

 だがそれは “兄” として情けないと、妙なプライドが邪魔をする。

「チッ・・・」

 あまり反応を見せないバッツに飽きたらしく、カインはその場を立ち去ろうとする。
 その時、通路の向こう―――甲板の方から、緑の髪の女性が現れた。
 リディアはカインの姿を見ると、嫌そうな顔をして。

「・・・なに? アンタまだバッツを苛めてたわけ? 性格わっるいなあ」
「苛める? 俺は単に状況を聞いてただけだ。・・・ふて腐れてなにも答えてはくれなかったがな」

 ちなみに、バッツはカインの言葉なんて全く聞いていなかったりする。
 返した言葉の意味はそのまんまで、バッツの心境としては、

(なんかカインがうるせえこと言ってるけど、とっととどっか行ってくれよ。こっちはそれどころじゃねーんだよ。ちょーこえーんだよ!)

 だったりする。
 そっぽを向いて、ふて腐れたように見えたのは、単に内心の恐怖を―――よりによってこの男に―――知られたくないために、必死で体面を保っていただけに過ぎない。本当ならば、さっきまでしていたように、毛布を頭からかぶって眠りにつこうと念じ続けていたい。

「まあいーけどさ。・・・んで、さっきのサイファーだけど、今更バロンに戻るのもアレだし、このまま連れて行くことになったから」
「それはセシルの判断か?」
「そうみたい。エニシェルがそう言ったし」
「・・・なら俺がどうこう言うことはないな―――しかし・・・」

 ちらり、とカインはバッツの方をみやる。
 その視線に、リディアが首を傾げた。

「なによ?」
「・・・・・・いや。また足手まといが増えるのかと思ってな」
「アンタねえ! 昨日、バッツにやられておいて、よくそんな口がきけるわね!」
「言いたくもなるさ」

 カインはそう言い捨てると、リディアを押しのけて甲板の方へと向かう。
 押しのけられてリディアは不快な顔をしたが、これ以上話をするのも嫌なのか、特に何も言わずに、バッツの部屋の中へと入る。

「調子はどう?」

 普段よりも、ほんの少しだけ心配そうにリディアがバッツに尋ねる。
 と、バッツはとてつもなく苦しげな表情で、リディアに懇願した。

「・・・悪い、俺を眠らせてくれ」

 葛藤の末、どうやら兄のプライドが折れたらしい。

 

 

******

 

 

「―――チッ。高所恐怖症だと? ふざけるな!」

 バッツの部屋から離れるに連れて、カインは段々と不機嫌そうになっていく。

「くだらんことをいいやがって。それでも―――」

 と、甲板の外に出る頃になって、カインは言葉を止める。
 甲板の上には、他の仲間達が集まっていた。
 ちなみに、操舵輪を握って操縦しているのはロックである。

「あれ? リディアはどうした?」

 カインが出てきたのに気がついたエッジが尋ねる。
 それをカインは不機嫌そうに一睨みして「知らん」とだけ答えた。

「・・・な、なんだろ? なんか機嫌悪そうだけど、あの人」

 本能的に恐怖でも感じたのか、ユフィがなんとなくエッジの背後に隠れつつ呟く。
 その声が聞こえたのか、それとも聞こえなかったのか、どちらにしろカインは無視してサイファーの元へ歩み寄る。
 近くに居た他の者たちが、思わず一歩ずつ後ろに下がる中―――それほどまでに、カインの全身から不機嫌オーラが滲み出ていた―――サイファーは一歩も引かずに、逆にカインをにらみ返す。

「あ? なんか用かよ?」
「・・・貴様がどういうつもりで密航なんてしたかは知らないが、俺の足だけは引っ張るなよ」
「俺が足手まといって言いたいのか? 冗談じゃねえ! 足手まといってのはな、今、高いところ怖いつって船室でガタガタ震えている馬鹿なことを言う―――」

 ずがんっ!

 いきなりカインがサイファーを殴り倒した。
 殴り倒す―――文字通り、地面に叩き付けるような打撃だった。突然の不意打ちに反応する間もなく、顔面に鋭い一撃をまともに喰らい、サイファーの身体が飛空艇の甲板で大きくワンバウンドする。

「ぐ・・・あ・・・? て・・・・・・め・・・え! なに、しやが・・・るっ!」

 サイファーが、派手に鼻血を流しながらも、痛みに堪えるようにして倒れたままカインを睨み上げる。
 そんなサイファーを、カインは凍えるような冷たい目で見下ろして、たった一言だけ呟いた。

「うるせえよ」

 それだけ言って、カインは甲板の縁に歩み寄る。
 突然の出来事に、他の面々は唖然とその背中を見つめることしか出来なかった。

 いや、ただ一人。
 エニシェルはカインの側に歩み寄ると、彼にだけ聞こえる声で呟く。

「・・・八つ当たりはほどほどにしとけ―――そう、セシルのヤツが言っている」

 エニシェルを通してその場を見ていたセシルだけ、カインがどうしてこんなにも不機嫌なのか気がついていた。
 原因はバッツだ。
 バッツが高所恐怖症のせいで、情けなく船室に引っ込んで、しかも愚鈍にもサイファーの存在に気づかなかった―――それが気に食わないのだ。

 バッツが高所恐怖症だということは、前回地底に行った時に解っている。
 だが、今とあの時とでは状況が違った。

 あの時、カインはバッツのことを良く知らなかった。
 セシルは認めていたようだが、カインにしてみれば、ふらりと現れた―――それこそ “ただの旅人” に過ぎなかった。

 しかし今は違う。

 昨日、バッツと死闘を繰り広げた瞬間から、カインはバッツの事を “認めていた” 。
 旅人に負けた、などと認めたくないから表面には出さないが、内心ではバッツ=クラウザーという旅人のことを認めてしまった。
 その自分が認めた男が、たかだか高い場所に居ると言うだけで情けないことになっている―――そのことが、カインには気に食わないのだ。

「フン・・・・・・」

 カインは特にエニシェル―――セシルには答えずに、飛空艇の行く先を見やる。
 もうすでに、眼前にはエブラーナの島が見えていた。

「・・・ん?」

 ふと、カインは違和感に気がつく。
 まだ遠いエブラーナの島からなにか―――煙のようなものが立ち上っている。

「なんだ・・・?」

 エッジも異変に気がついたようで、飛空艇の舳先に駆け寄り。

「・・・なんだ・・・? 島が、燃えて―――まさかっ!?」

 ハッとしてエッジは操縦しているロックを振り返った。

「おい、もっと速くできねえのかよ!?」
「な、なんだよいきなり・・・」
「おふくろ達が・・・エブラーナが攻撃を受けてる!」
「ちょっと待てよ。攻撃って、ルビカンテってヤツか? でもそれはギルバート王子の策で凌いだはずだろ? だったら問題ないんじゃないか?」
「解んねーよ! だけどな―――」

 エッジはもう一度エブラーナの方を見る。
 煙が上がっているは、殆どエッジの記憶にある隠し砦の位置からだ。幾つか心当たりにない位置もあるが、おそらくエッジがエブラーナを離れている間に即席で造られた簡易砦だろう。

 そして立ち上る煙の数は一つや二つではない。一つの砦が燃え尽きる前に、別の砦が燃えているということは、敵は正確に砦の位置を掴んでいると言うことだ。

「畜生! 解んねーが、ヤバいって事だけは解る! 頼むから急げよ!」
「悪いけど、これ以上は無理だっつーの」
「くそっ・・・おふくろ・・・頼むから無事で居てくれ・・・!」

 無事を願い、エッジは煙の立ち昇るエブラーナの島を見つめ続けていた―――

 


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