「―――集まってもらった用件は解っているかな?」

 オーディンとの戦いがあった翌朝のこと。
 謁見の間に集まった面々を、玉座に座ったセシルが見回す。

「エブラーナに行けって言うんだろ?」

 答えたのはバッツだ。
 回復魔法の力もあってか、すでにカインとの戦いのダメージは残ってないらしく、いつも通りの様子だった。

「行くのは別に構わないけど・・・・・・なにこのメンバー」

 バッツの隣で、リディアが不満そうに言う。
 その不満の大本は、少し離れた場所で苦笑していた。

「不満そうにいわれても―――しかし確かに妙だな。バロンの人間が一人も居ない」

 リディアの不満の原因―――セリスが苦笑しながら呟く。
 この場にいるのは、先に発言した三人以外では、ロックに、キスティスとサイファーのガーデン組。それからエブラーナ組のエッジとユフィの計8名だ。
 あとはセシルの側にベイガンが控えているだけである。

 セリスの言葉にセシルは言う。

「この場には居ないけど、カインも君達に同行してもらう」

 そのカインはというと、クノッサス導師のところで足を治癒してもらっていた。

 と、不意にバッツが疑問を漏らす。

「ていうか、結局魔法で治すんだろ? なんですぐ来ないんだ?」
「魔法って、そんなに簡単なものじゃないのよ―――アンタと違ってね」

 笑いながらリディアが囁いて、バッツは不機嫌そうにそっぽを向いた。

 ―――回復魔法は怪我を一瞬で治す便利な術だが、その反面、即座に直せばよいというものではない。

 例えばクラウドのように、限界以上に酷使した肉体を治すのは容易ではない。
 理屈の上では、どんな怪我でも一瞬に癒やすことはできる。だが、それをやってしまうと人間本来の生きる力――― “生命力” そのものが低下してしまうのだ。
 ちょっとした怪我を治すくらいなら問題はないが、何度も回復魔法に頼っていると、肉体が脆くなってしまう。脆くなってもさらに回復魔法に頼り続ければ、肉体が維持出来ず、最終的には “崩壊” してしまうおそれがあるのだ。
 だからこそ、クラウドの身体はまだ完全に癒やされては居らず、まだベッドで寝たきりの状態だった。

 カインの足の負傷も、クラウドに比べればまだ軽度ではあるが、だからこそクノッサスは細心の注意を払って癒しを施している。
 竜騎士の命はその脚力―――つまりは足にある。回復魔法を使い続ければ肉体は脆くなると言ったが、竜騎士の足が脆くなってしまえば、竜騎士としてはもう終わりである。だから、クノッサスはカインの足が回復魔法を必要としないギリギリを見計らって癒しを施しているのだ。

 ・・・などと述べると勘違いしてしまうかもしれないが、回復魔法の1回や2回でどうにかなってしまうほど、人間の身体は弱くはない。
 そこまで気を遣うのはクノッサスくらいなものだろう。他の白魔道士ならば、大して深くは考えずに魔法を使っている。
 だが、白魔道士として高位のレベルだからこそ、逆に魔法を使うことを戒めているのだろう―――

「・・・ちょっと待って。今、“同行” って言った?」

 セシルの言葉に引っかかりを感じてセリスが尋ね返す。
 前回、地底へ向かった時は、カインがリーダー―――実質的にはロイドが仕切っていたが―――だった。
 だが、 「同行」という言い方では、まるで他に部隊を率いる者が居るような口ぶりだ。そして、あのカインがリーダーとしてではなく、誰かの下に付くと言うことは考えにくい―――ある一人を除いて。

「まさか、国王自らが―――」
「いや」

 セリスの疑問に、セシルは苦笑を返す。

「僕が行きたいのはやまやまだけどね―――代理の者を行かせるつもりだ」
「代理? ―――って、ロイドのことか?」
「ロイドはまだ謹慎中だぜ」

 バッツが言うと、ロックが即座に答えた。
 ならば他にセシルの “代理” となるような人間は―――と、皆の視線がセシルの隣り、ベイガンへと集まる。

「私ではありませんぞ」
「とりあえず、彼女の事は後になれば解るよ―――さて、キスティス」

(・・・ “彼女” ?)

 セシルがぽろりと漏らした言葉に、セリスは内心で困惑していた。
 ふと思いつくのは、セシル好き好き星人ことローザ=ファレルだが、まさかあの女がセシルの側を離れる気になるとは思えない。

 第一、さっきまでローザの様子におかしなところはなかった。
 ―――ちなみにそのローザはと言うと、城まで呼ばれてないくせにセリスに付いてきた後、カインに治療を施そうとしていたクノッサスに見つかって捕まっていた。今頃はまた説教でも受けているのだろう。

  “彼女” が果たして誰のことか気になったが、その疑問を口にする前にセシルがキスティスへ話しかけていたため、セリスは尋ねるタイミングを逃してしまった。

「君達二人をここに呼んだ理由なんだけど―――」
「ハンッ! 俺達にも協力しろって言うんだろ!」
「サイファー! 国王に向かって失礼でしょ!」

 セシルの言葉を遮って乱暴に言い放つサイファーに、キスティスが窘める。
 だが、サイファーは無視して言い放つ。

「別に協力してやってもいいぜ? 暴れさせてくれるんならな!」
「サイファー、貴方はセフィロスに半殺しにされたこと、もう忘れたの!?」

 キスティスはその場に居たわけではないが、その後でサイファーが殺されかけたという話を聞いて、血の気が引いた。
 まだSeeDではないとはいえ、戦闘能力だけならばキスティスを上回るサイファーがあっさり殺されかけたことも驚いたが、何よりも自分の生徒が死にかけたことの方がよほどショックだった。

「貴方はここで待機。エブラーナへは私が行くわ! これは命令よ!」
「ふざけんな! いくら教師だからって、そんな命令する権利なんてねえだろ!」
「今は教師ではなく “SeeD” として、まだ見習いに過ぎない貴方に命じているの! もしも私の命令に従えないというのなら、貴方に適正能力がないと学園長に報告して、二度とSeeD候補生の資格を剥奪させてもらうわ!」
「なにい・・・・・・」

 ぎりぎりと奥歯を噛み締め、サイファーは肉食獣の殺気を思わせる目つきでキスティスを睨む。
 だが、キスティスは臆することなく、ただただ見返した。

「―――あー、揉めているところ悪いんだけど、僕は君達にエブラーナに行って貰いたいなんて一言も言ってないよ?」
「・・・え?」

 キスティスはやや驚いた様子でセシルを見る。
 この場に―――エブラーナのエッジ達と一緒に呼ばれたと言うことは、てっきりバブイルの塔があるエブラーナへ行けと言うことだと思い込んでいた。

(というか、今更違うって言われても困るのよ)

 エブラーナにはバブイルの塔がある。
 地底でキスティス達が侵入したあの塔だ―――つまり地底へと繋がっている。
 まだ地底には何人かのSeeDが取り残されている。キスティスはそれを助けなければならない。

(地上からあの塔へ進入出来れば、地底へ行く方法がなにかあるかも知れないのに・・・・・・)

「君の考えていることは解るよ。仲間を助けたいって気持ちもね」
「なら―――」
「だからこそ、君達には別の任務を頼みたい」
「ハァ? エブラーナに戦いに行く以外に、俺達がやることなんてあんのかよ?」

 サイファーが苛立ったように聞く。キスティスのように仲間を助けたいと思っているわけではなく、単に暴れる場を取り上げられたことに対する不満だろうが、言っていることはキスティスも同意見だった。

「君達にしかできないことだよ―――飛空艇を一つ貸す。それでエイトスへ一旦戻ってくれ」
「どういう意味でしょうか?」
「簡単な話だよ。君達 “SeeD” と契約を結びたいということだよ―――正確には、未だに地底に残っている君の仲間と正式に契約したい」
「・・・・・・なるほど」

 それでキスティスはセシルの真意を理解した。
 今、キスティス達はバロンと正式に契約しているわけではない。成り行き上、地底でロイドと仮に契約しただけ。しかもその報酬は “バラムまで送り届ける” だ。
 つまり、SeeD達が地底から脱出できれば、最早バロンに用はない。キスティス達はさっさと報酬―――エイトスまで送り届けることを要求するだろう。

 そうさせないために、先に正式に契約を結ぼうというのだ。

(・・・そういうことなら、それもアリ、か)

 正式な契約を結ぶと言うことは、つまりそれだけセシルはSeeDたちの戦力をアテにしていると言うことでもある。
 少なくとも、地底に居るSeeD達を見捨ててそのままにしようとはしないだろう。逆にこれを拒否すれば、用無しとして斬り捨てられる可能性もある。

(選択肢は・・・無いわね)

 どのみちバブイルの塔へもう一度行ったとしても、地底に行けるかわからない。行けたとしても、地底から地上へ無事に戻る方法が見つかるかどうかも解らない。
 それならば一旦ガーデンへ戻り、援軍でも連れてきた方が良いかも知れない。

「―――解りました。では私達はバラムへ戻り、改めて正式に契約させていただきます。サイファーもそれでいいわね?」
「・・・勝手しやがれ」

 チッ、と舌打ちして、渋々ながらもサイファーは頷く。
 先程の「SeeD候補生の資格を取り消す」という脅しが効いているのだろう。

 「悪いわね」―――と、思わずキスティスは小さく呟いた。その声がサイファーに届いたか届かなかったのか、彼はなにも反応を示さなかった。

「さて―――エドワード王子」
「なんだよ?」

 それまで黙って話を聞いていた―――というか状況がイマイチ掴めずに話を挟むことが出来なかったエッジにセシルが視線を向ける。

「昨日も話したとおり、僕たちの目的はクリスタルの奪取だ。そのために乗り越えなければ障害がある」
「あの、ルビカンテとかいう炎の魔人か」

 エッジの言葉にセシルは頷いた。

「カインの攻撃力にバッツの斬鉄剣、それにリディアの魔法があれば、あの魔人にも対抗出来るはずだ」

 過去にバッツはルビカンテを斬って撃退したことがある。
 あの時と同じように上手く行くかは解らないが、そこにカインとリディアが加われば、むしろ負けることの方が難しいだろう。もっとも、問題がないわけではないが。

(問題はチームワークだ。これに関しては絶望的のような気もするけど―――まあ、なんとかするしかないな)

 胸中の不安を外には出さず、セシルは言葉を続けた。

「そしてルビカンテさえ撃退できたら、後は―――」
「ああ。あいつさえいなけりゃ、後は俺達でなんとかするさ。あんまりバロンの連中の手を借りたくねえしな」
「アンタ、まだそんなこと言ってるのかよ・・・」

 やれやれ。エッジをユフィが小突く。
 しかしエッジの言葉に対し、セシルはいつものような苦笑を浮かべた。

「そこら辺は配慮したつもりなんだけどね」

 今回、セシルが選出したメンバーで、バロンの人間はカインだけだ。
 他はバロンの―――というよりセシルの客分である。
 後で合流する “彼女” も別にバロンの者というわけではない。

「あ、そうそう。クリスタルの奪取についてはロックが力になってくれると思う」
「勝手に勝手なこと言うなよ・・・」

 セシルの言葉にロックが渋い顔をする。
 そんなロックに、セシルはイタズラっぽく笑いかけた。

「塔の奥へと隠されたお宝を見つけ、手に入れる―――トレジャーハンターの本領発揮だろ?」
「・・・どっちかっつーと、ドロボウの領分じゃないか? これ」

 あまりテンションが上がらない様子でロックが答える。
 セシルはまた苦笑して、それから話の終わりを宣言した。

「ああ、これで話は終わりだ! 皆の健闘を祈る―――」

 

第21章「最強たる者」 END


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